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しおりを挟む「う~ん、やっぱり女性やお酒が苦手な人には親しみにくい味なのよね」
リディアは、マグワート酒を眺めながら考えていた。数日前からマグワート酒を流行らせるにあたって楽しく飲めるアレンジを考えているのだがどうにもいい案が思い浮かばない。
そういうわけで一人で考えていても仕方がないので、今日はロイにも参戦してもらって再挑戦だ。
数個のショットグラスに少しずつ注いで、思いつく限りのアレンジになりそうなものをそろえてある。
隣に座っているロイは真面目な顔をしているが、いつもと違う距離感にそわそわしているのがバレバレだった。
ベイリー男爵家から戻ってもうしばらくたつが、あれ以来、リディアは積極的にロイとの距離を詰めている。
彼を望むとは決めたが、何事にも順序というのは大切だ。ゆっくりと二人きりの時に少しずつ距離を詰めていき、この間はキスだってしてみた。
想像していた通りの反応が返ってきて気分が良くなったのは記憶に新しい。
それより先のことだって、リディアはどんとこいだけれど、ロイの心の準備ができるように夫婦の距離感を慣らしていく必要があるだろう。
「ロイは何かいい案があるかしら?」
聞きつつも、一つのショットグラスにレモンを搾ってみる、強いお酒を飲むときはレモンを齧って塩をなめるんだっただろうか。
あまり飲んだことがないので作法を知らないが搾っても一緒だろう。
「そうですね……実際のところ私はお酒を飲めませんから、あまりよい提案は出来ないと思いますが」
たしかにその通りだろう。期待してというよりも、こうして一緒に過ごすために話題作りという側面もあるのであまり問題ではないのだがロイは、真面目に考えている様子だった。
「……そうね」
同意しつつレモンをいれたマグワート酒を飲む。柑橘系の香りがプラスされて普段よりも飲みやすいような気がするが、格段に美味しいというわけではない。
しかしリディアはアレンジの中でこれが一番お気に入りだった。
他の果実のジュースで割ってみたり、スパイスを入れてみたり、いろいろと試したがリディアはこれが一番しっくりくる。
「それでもいいのよ、一緒にいたかっただけですもの」
これ以上にアレンジを加えるとなると、もはやカクテルの域に達してしまうような気がするが、それでもいいかと考えつつ思ったことを適当に言った。
するとロイはぱっとリディアに目線をやって、それから逸らすように机の方を見る。
……まるで乙女のようなしぐさね。
相変わらずけなげでかわいいロイに、リディアは嬉しくなってゴキゲンにナッツを口に入れた。
「……そう、思っていただけて、嬉しいです。……リディ」
「ええ、ロイ」
丁寧に名前を呼ぶ彼にリディアも愛情をこめて彼を呼ぶ。
傍から見たら異常に甘ったるい光景だろう。それでもそんなことが気にならないほどに彼といるとなんだか知らない感情が満たされる気がするのだ。
「ただその……一ついいでしょうか」
するとロイが恐る恐るといった具合にリディアに切り出した。
「うん?」
首をかしげて聞き返すとロイは、その琥珀色の瞳をちらりとあげてリディアを見つめた。
「リディアお嬢様が、少し前に言っていたことが気になっていまして……その、求めることが愛情だと……」
彼の言葉にリディアは少し考えた。そう考えていることは事実だし、リディアはたまにロイにもそれを言っているような気がするので、すこし前がいつかはよくわからなかった。
しかし、ロイは続けた。
「……先日のその、キスもリディアお嬢様からでしたし、私は告白をした以外は貴方様の言う愛をうまく体現できていないのではないかと思うのです」
「……そうね?」
「なので……できればその……私からも……求めても構わないでしょうか」
不思議な問いかけにリディアはさらに首を傾げた。強引には駄目だけれど求めることに本来は許可など必要ない。
それに彼は、何でかわからないけれど、リディアを好きでも求めてはこなかった。
それに悩んでいたことだってあったけれど、リディアはもう気にしていない。リディアが求めて彼を捕まえておけばいいのだから問題ない。
……問題はないけれど駄目という事ではありませんの。
無言でうなずいて見た。
すると彼は、ソファーの座面に手を置いてリディアをじっと見つめたまま、距離を詰めてきた。このままリディアと同じようにキスでもするつもりなのだろうか。
どんな風にするのかと気になって、リディアはその彼の動きを目もつぶらずに見つめていた。
すると肩に触れられて、ぐっと抱き寄せられる。体が重なって、纏めている髪がさらりとよけられて項に吐息がかかった。
「っ」
なんのひねりもないロイからのお返しのキスだと思っていたリディアの予想は外れて、首筋に小さなリップ音を立ててキスが落とされる。
驚きから体が跳ねて、その機微をロイに悟られたであろうことが無性に腹立たしく同時に恥じた。
すぐに離れていくとロイのぬくもりも、感覚もすぐに消えて、残ったのは腹立たしさと羞恥心だった。
しかし、翻弄されていると知られるのも不服でテーブルの上にあるマグワート酒をひっつかんで三つほど一気に飲み干した。
ごくごくとのどを鳴らすリディアをロイは呆然と見つめてそれからぽつりと「お、お見事」と謎に称賛した。
「……ろ、ロイも、よく頑張ったじゃないその調子よ」
「……はい」
照れ隠しに強気なことを言うリディアに、ロイは少し頬を染めながらも嬉しそうに返事をして、リディアは案外、自分がロイにだけは弱い事を今更ながら悟った。
これはもうどうにもならない事態ではあるが、何とか保てるうちは平静を保って、顔が熱くなっているのはアルコールのせいだと主張するように顔を手でぱたぱたと仰いだ。
そんな様子のリディアにロイは、またマグワート酒に視線を戻してそれから、ふと思いついた様子で言った。
「ところで、リディアお嬢様。このお酒、飲みにくいならお茶のようにお砂糖を入れるなんてどうですか?」
彼は自分に分からない事であってもアレンジの事を真面目に考えていた様子で、そんな風に提案してきた。
……たしかに飲みやすくはなるかもしれないけれど、お酒にお砂糖を入れるのってなんだか抵抗がありますのよね。
リディアもそれほどお酒に詳しいわけではないが、お酒に風味をプラスする分にはよしとされるようなイメージがあり、強いお酒を割るのも許容範囲だと思う。
しかし砂糖を入れてしまうとそのお酒自体の繊細な味わいまで変えてしまうようなイメージがあって、やりづらい。
大陸の向こう側の国では、お酒にお砂糖を入れることは安価で風味が悪いから砂糖を入れないと飲むことが出来ないと言っているのと同じだ、と言う考えもあるんだとか。
この国でもそんな文化はないにしろ、ワインやウィスキーの生産者の前でそのお酒に砂糖を入れたらきっと怒るに違いない。
いやもしかすると、何を入れても生産者側は起こるかもしれないが。
そんな風にリディアが考えを巡らせているとロイはローテーブルに置いてあったシュガーポットから角砂糖を一つ取り出して、ショットグラスの中に沈めた。
あっという間に角砂糖は形を失っていく。色々と思う所はあれど、それでもロイの提案だ、飲まずに却下などできるわけもない。
……それに物は試しですわ。
「いただきますわ」
手渡されて口に運ぶと、驚くことにしっくりくる。さわやかな鼻に抜ける香りと甘味が混じりあって不思議なハーモニーを作り出していた。
「……これは!」
カッと顔を険しくして口にするリディアにロイは「まずかったですか?」と戸惑い気味に言った。
しかしすぐにリディアはぱっと顔を明るくして元気に言う。
「最高ですの! これで行きましょう、決まりですわ、ロイはやっぱりわたくしの相棒ですわね!」
素直にロイをほめるリディアに、ロイは少し照れ臭くなったけれどお役に立ったようで何よりだといつもの親しみやすい笑みを浮かべた。
それからあれやこれやと宣伝方法を考えるリディアの話を静かに聞いた。
彼女はとっても楽しそうで、ロイはその傍らに常にいることができて、これ以上の幸せはないと思える。
まだまだ結婚生活は長いだろうけれどこれからも楽しく、彼女と酒の席を共にしたいと願うのだった。
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