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第2章 辺境伯領平定戦
第69.5話 親父と爺の密談
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「おう、丹波か。よう来たのう」
「ほっほっほ。ネッカーから三野を経て、大坂屋敷まで参るのは、さすがにちと骨が折れますな。齢も八十の坂を超えますと、なかなか無理が利きませぬ」
「抜かしおる。早朝から馬を飛ばして六里の距離を駆け抜けた癖をして」
「往時ならば十里は固うござりましたぞ」
「儂は距離の長さを申してはおらぬ。お主の齢を申しておるのじゃ。馬を飛ばして六里を掛ける八十なぞいて堪るものか」
「ここにおります。然り乍ら、馬を下りれば斯様に杖を突かねば歩くこともままならぬ老爺にござりますれば……」
「口の減らん奴め。ゴトゴトと重々しい音を立てる杖を突く年寄りなぞるものか。今日はまたぞろ何を仕込んだ杖なんじゃ?」
「仕込むとは人聞きの悪い。鉄の芯が通っただけの杖にござる」
「鉄の芯? ならばその芯は切れ味鋭いか? それとも硝煙と共に弾でも飛び出すか?」
「左様に恐ろしいものではござりませぬ。多少、分銅付きの鎖が飛び出すほどにて……」
「十分に恐ろしいわ! ……ふう。お主と話しておるといつまで経っても話が始まらん」
「恐れ入りまする。話を弾ませてこその御伽衆にござりますれば」
「もうよい、もうよい。そろそろ本題じゃ」
「これは失敬をば致しました」
「新九郎は無事に評定を終えたのであろう? 仔細を申せ」
「おや? 自信あり気なお尋ね様にござりますな? 失敗したとはお思いにならぬので?」
「あれは儂なんぞより余程出来の良い男に育ったわ。上手くやるであろうよ」
「親の欲目にござりますな」
「かもしれん。だが、お主もおったのだ。たとえ不慮の儀出来すると言えども、二人して如何様にもしてしまおう?」
「不慮の儀…………ほっほっほ。確かに確かに。如何様にも言い包めてしまわねば、御伽衆の沽券に関わりまする」
「分かった分かった。また話が逸れておる。さっさと始めよ」
「これはしたり! 然らば申し上げまする――――」
「――――わははははは! そうかそうか! 喧嘩沙汰となりかけたか!」
「あの時の竹腰殿の気合の入り様、軍目付として戦陣にある時と比べましても段違い。余程に気合が入っておりましたぞ」
「あれは道理を弁えた男。故に軍目付を命じたが、本来は同輩の働きに目を光らせるよりも戦場を駆け回り、槍を振り回していたい男よ。致し方あるまい」
「それに比べ若様は……」
「何じゃ? 新九郎もアロイスとやらを散々に脅し付けたのであろう? 働きに不足でもあったか?」
「不足はござりませぬ。じゃがしかし、少し賢し過ぎる。小利口にまとまってしまわぬかと案じております」
「小利口じゃと?」
「若様は先々を考え過ぎる嫌いがござります。やれミナ様の迷惑となりはしまいか? やれ辺境伯様の名を貶めぬか? などなど……」
「ふむ……」
「先頃、ネッカーの町中にて試し斬りに興じられた折は、叩き切った案山子をご丁寧にお片付けになられたと伺いました。また、無礼を働いた冒険者を打ち倒すにとどめ、お斬りにはならなかったとも。そして此度の一件にござります」
「要は阿呆を一人か二人は斬り捨てておけと。左様に申したいのか?」
「如何にも。若様には御年相応の血気が見えませぬ。相手を脅し付けた時も、心を平静に保とうとしておられる。言わば冷静に怒っておられるのでござります」
「う~む……。悪い事のようには思えんぞ? あ奴にはまだ家督を譲っておらんが、既に三野を背負っておる。家臣や民を路頭に迷わせる事など出来ようか?」
「時として心の奥底から血に狂うた様を見せ付ける事も必要かと。何と申しましても、この地は日ノ本にはござらん。異界にござる」
「敵を恐れさせよと? それが足らぬか?」
「御意。ただ幸いな事に、斎藤家家中上下共々、戦国乱世の気風が消えた訳ではござりません。羽柴めは天下の権を握り続けんが為、これに蓋をしようと目論みましたが……」
「上手くはいかなかったのう。応仁文明の大乱以来、百有余年。公儀は頼りとならず、頼むは己の実力のみ。天下一統じゃ、戦も喧嘩も停止じゃと言われたところで、戦国乱世の気風は消えぬ」
「然り。狂うて良いと許しを出せば、たちまち狂いましょうぞ」
「待て待て。新九郎の話がいつの間にか家中全体の話になっておる。収拾がつかんではないか。下剋上を唆すつもりか?」
「これはまた人聞きの悪い。慫慂するだけにござります」
「強くやるか、穏やかにやるかの違いだけではないか! 勧める事に変わりはない!」
「ほっほっほ。分かりましたかの?」
「分かるわ!」
「周りを無理にも狂わせれば若様も狂わざるを得ぬかと思うたのでござりますが……」
「家中を乱すつもりか!?」
「まさかまさか」
「もうよい。新九郎の好きにさせよ。あ奴ならば何とかするであろうよ」
「しかし……」
「ならば申すが、貴公も他人の事は言えぬぞ?」
「は? 何の事にござりましょうか?」
「忘れてはいまい? 大それたことをやらかしておきながら、事を成した後は小利口に振る舞おうとして失敗した」
「…………」
「儂が貴公に何と申したか覚えておろう? 『小心なり!』だ。新九郎があの時の貴公の如く小利口に振る舞うと思うか? 儂は左様に思わんがな。慎重と臆病は違おう?」
「…………はてさて、これは一本取られましたな」
「……親の欲目と思うか?」
「お尋ねになるまでもなく。なに、答えは近々分かりましょう」
「うむ。まあ、精々楽しみに待っておるとしようかの」
「この後は辺境伯の御前に?」
「うむ。評定の次第をご報告せねばな。お主も同席せよ」
「喜んでお供致しまする――――――――」
「ほっほっほ。ネッカーから三野を経て、大坂屋敷まで参るのは、さすがにちと骨が折れますな。齢も八十の坂を超えますと、なかなか無理が利きませぬ」
「抜かしおる。早朝から馬を飛ばして六里の距離を駆け抜けた癖をして」
「往時ならば十里は固うござりましたぞ」
「儂は距離の長さを申してはおらぬ。お主の齢を申しておるのじゃ。馬を飛ばして六里を掛ける八十なぞいて堪るものか」
「ここにおります。然り乍ら、馬を下りれば斯様に杖を突かねば歩くこともままならぬ老爺にござりますれば……」
「口の減らん奴め。ゴトゴトと重々しい音を立てる杖を突く年寄りなぞるものか。今日はまたぞろ何を仕込んだ杖なんじゃ?」
「仕込むとは人聞きの悪い。鉄の芯が通っただけの杖にござる」
「鉄の芯? ならばその芯は切れ味鋭いか? それとも硝煙と共に弾でも飛び出すか?」
「左様に恐ろしいものではござりませぬ。多少、分銅付きの鎖が飛び出すほどにて……」
「十分に恐ろしいわ! ……ふう。お主と話しておるといつまで経っても話が始まらん」
「恐れ入りまする。話を弾ませてこその御伽衆にござりますれば」
「もうよい、もうよい。そろそろ本題じゃ」
「これは失敬をば致しました」
「新九郎は無事に評定を終えたのであろう? 仔細を申せ」
「おや? 自信あり気なお尋ね様にござりますな? 失敗したとはお思いにならぬので?」
「あれは儂なんぞより余程出来の良い男に育ったわ。上手くやるであろうよ」
「親の欲目にござりますな」
「かもしれん。だが、お主もおったのだ。たとえ不慮の儀出来すると言えども、二人して如何様にもしてしまおう?」
「不慮の儀…………ほっほっほ。確かに確かに。如何様にも言い包めてしまわねば、御伽衆の沽券に関わりまする」
「分かった分かった。また話が逸れておる。さっさと始めよ」
「これはしたり! 然らば申し上げまする――――」
「――――わははははは! そうかそうか! 喧嘩沙汰となりかけたか!」
「あの時の竹腰殿の気合の入り様、軍目付として戦陣にある時と比べましても段違い。余程に気合が入っておりましたぞ」
「あれは道理を弁えた男。故に軍目付を命じたが、本来は同輩の働きに目を光らせるよりも戦場を駆け回り、槍を振り回していたい男よ。致し方あるまい」
「それに比べ若様は……」
「何じゃ? 新九郎もアロイスとやらを散々に脅し付けたのであろう? 働きに不足でもあったか?」
「不足はござりませぬ。じゃがしかし、少し賢し過ぎる。小利口にまとまってしまわぬかと案じております」
「小利口じゃと?」
「若様は先々を考え過ぎる嫌いがござります。やれミナ様の迷惑となりはしまいか? やれ辺境伯様の名を貶めぬか? などなど……」
「ふむ……」
「先頃、ネッカーの町中にて試し斬りに興じられた折は、叩き切った案山子をご丁寧にお片付けになられたと伺いました。また、無礼を働いた冒険者を打ち倒すにとどめ、お斬りにはならなかったとも。そして此度の一件にござります」
「要は阿呆を一人か二人は斬り捨てておけと。左様に申したいのか?」
「如何にも。若様には御年相応の血気が見えませぬ。相手を脅し付けた時も、心を平静に保とうとしておられる。言わば冷静に怒っておられるのでござります」
「う~む……。悪い事のようには思えんぞ? あ奴にはまだ家督を譲っておらんが、既に三野を背負っておる。家臣や民を路頭に迷わせる事など出来ようか?」
「時として心の奥底から血に狂うた様を見せ付ける事も必要かと。何と申しましても、この地は日ノ本にはござらん。異界にござる」
「敵を恐れさせよと? それが足らぬか?」
「御意。ただ幸いな事に、斎藤家家中上下共々、戦国乱世の気風が消えた訳ではござりません。羽柴めは天下の権を握り続けんが為、これに蓋をしようと目論みましたが……」
「上手くはいかなかったのう。応仁文明の大乱以来、百有余年。公儀は頼りとならず、頼むは己の実力のみ。天下一統じゃ、戦も喧嘩も停止じゃと言われたところで、戦国乱世の気風は消えぬ」
「然り。狂うて良いと許しを出せば、たちまち狂いましょうぞ」
「待て待て。新九郎の話がいつの間にか家中全体の話になっておる。収拾がつかんではないか。下剋上を唆すつもりか?」
「これはまた人聞きの悪い。慫慂するだけにござります」
「強くやるか、穏やかにやるかの違いだけではないか! 勧める事に変わりはない!」
「ほっほっほ。分かりましたかの?」
「分かるわ!」
「周りを無理にも狂わせれば若様も狂わざるを得ぬかと思うたのでござりますが……」
「家中を乱すつもりか!?」
「まさかまさか」
「もうよい。新九郎の好きにさせよ。あ奴ならば何とかするであろうよ」
「しかし……」
「ならば申すが、貴公も他人の事は言えぬぞ?」
「は? 何の事にござりましょうか?」
「忘れてはいまい? 大それたことをやらかしておきながら、事を成した後は小利口に振る舞おうとして失敗した」
「…………」
「儂が貴公に何と申したか覚えておろう? 『小心なり!』だ。新九郎があの時の貴公の如く小利口に振る舞うと思うか? 儂は左様に思わんがな。慎重と臆病は違おう?」
「…………はてさて、これは一本取られましたな」
「……親の欲目と思うか?」
「お尋ねになるまでもなく。なに、答えは近々分かりましょう」
「うむ。まあ、精々楽しみに待っておるとしようかの」
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