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第2章 辺境伯領平定戦
第84.6話 母の手に…………
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「何とっ!? 敵を領内に引き込むのでっ!?」
敵を迎え撃つ算段を耳にされた望月信濃守殿は驚きを露わにされました。
当然ですね。
今すぐに出陣すれば、南の木戸口あたりで敵を防ぐ事も出来るのですから。
ですが、此度は三野へ寄せ来る敵を根切りにし、戦捷の基とせねばなりません。
わたくしが左様にお話すると、望月殿は唸り声を漏らされました。
「御一同が妙に賑やかなのは、これが理由にござりましたか……」
「望月殿、御不安はありましょうが是非とも御賛同ください」
「無論にござります」
お願いするや否や、望月殿の眼が「ギラリ」と音を立てて光りました。
「此度の戦、数の上では明らかに不利。これを覆すには地の利を活かすより他に道はござりませぬ」
「ありがとうございます」
「若は度肝を抜かれましょうな。恐らくは、南の木戸口で敵を抑え込むだけで上々とお考えのはず」
「でしょうね。ただ、新九郎には叱られるかもしれません」
「叱られる? それはまた何故?」
「母上は危ない事をし過ぎると申すでしょう」
「親が子の身を案ずるように、子もまた親の身を案ずるものにござる。ならば手前も共に叱られましょう」
「ほっほっほ。左様ですな。我ら全員、一蓮托生じゃ」
望月殿の御言葉に、丹波様が笑って賛意を示されました。
利暁の義兄上様や奉行衆は、「ならばお叱りをお褒めの御言葉と変える程に大勝して見せましょう!」と気勢を上げました。
「ほっほっほ。お方様、ご覧の通り一同の意気は極めて軒昂にござります。早速にも御下知を」
「分かりました。では御一同、心してお聞きください」
笑い声はピタリと止まります。
誰の眼も鋭く、一睨みで敵を打ち殺してしまいそう。
恐るる事など一物もありません。
わたくしは既に、戦捷を確信していました――――。
「――――敵を領内奥深くまで引き込めるだけ引き込みます。城下が戦場となる事も覚悟して下さい」
皆が深く頷きました。
城下には己の屋敷があり、己の家族も暮らすと言うのに、一切の迷いは見られません。
「まず、南の木戸口から兵を退きます。義兄上様?」
「はっ!」
「山伏衆を木戸口の兵と合流させて下さい。そして木戸口から城下へ至る道々に潜ませ、敵勢の動きを細大漏らさず報じさせるのです」
「畏まりました!」
「次に鷲見殿、日根野殿」
「「ははっ!」」
「手勢を率いて城下の南口を押さえて下さい」
「城下の南口と申しますと……」
「三野川を渡った先にある切通ですな?」
「はい。あそこは街道の両側が切り立った崖。少ない手勢で大兵を迎え撃つには持って来いの場所です。敵勢が城下に迫った時は、そこで矢戦、鉄砲戦を仕掛け、足を鈍らせるのです」
「足を鈍らせる、でござりますか?」
「最後には通してしまってもよろしいので?」
「構いません。敵を通した後、岩や木を落として切通を塞ぎます。敵を袋の鼠《ねずみ》とし、一網打尽に討ち取るのです」
「切通を通り抜けた後が根切りの場、ですな」
「成程。では何時頃まで防ぎましょう?」
「夕刻手前までで結構です」
「ほっほっほ。お方様は夜討をお考えのご様子ですな」
「はい。敵に休む暇は与えません。切通で焦らせ苛立たせ、ようやくの思いで通り抜けて安心した所で夜討を仕掛けます。眠る事など許しません。疲弊させるのです」
「ふむ。夜討で敵の力を削り、根切りは夜が明けてから、ですな」
「左様です。暗闇の中で出来る事は限られていますからね。夜討は根切りに備えた下拵えです。丹波様、何か不足はありますか?」
「よろしゅうござります。敵の心から余裕を奪い、休みを与えぬ所は特に良い。明日の朝は、さぞかし宜しい具合に仕上がっておりましょう」
「頭が働かぬ者は、足を掬う事も容易いでしょう?」
「真に真に。然れば此度の夜討、事の成否は戦の帰趨を左右しましょうぞ」
丹波様のお言葉に、奉行衆が先を争う様にして、夜討の役目に名乗りを上げます。
坊主衆や神人衆を率いる義兄上様や、着到したばかりの飛騨衆を率いる望月殿もです。
戦の帰趨を左右するとまで言われては、武士たる者、黙って見過ごす事など出来ません。
本当にもう丹波様は……。
他人をその気にさせる技に長けておられます。
さりげない言葉一つでこうなのですから。
義兄上様や望月殿は丹波様の意図にお気付きでしょうが、それを差し置いても名乗りを上げるのですからね。
「御一同、落ち着て下さい。わたくしは、どこからも満遍なく人を選び出して夜討をさせたいと思います」
「満遍なく? それはまた如何なるお考えで?」
「斎藤家中には、美濃、飛騨、信濃、甲斐、紀伊、関東、九州と、日ノ本の津々浦々から人が集まっております。国が変われば戦の作法や習にも多少の違いが出るもの。忍びの者を透波や乱波と申す国があれば、草やかまりと申す国があるように」
「ふむ……。詰まりは夜討の作法にも違いがある。一様ではない戦い方で、敵を惑わせようとお考えなのですな?」
「さすがは丹波様。その通りです」
奉行衆が「ほう……」と興味深そうに身体を乗り出します。
丹波様は顎を撫でながら、ニヤリとお笑いになりました。
「ほっほっほ! これはなんとも意地がお悪い!」
「まあ! 褒め言葉ですわ!」
その後、十人、二十人程度の組を十ばかり作り、入れ替わり立ち替わり夜討を行わせる事に決まりました。
暗闇の中で敵陣に忍び入る事を考えれば、このくらいで良しとしておくべきでしょう。
無理をすればあるいはもっと…………いえ、欲をかいてはいけませんね。
程々が賢明です。
こうして軍評定は進み、何かが決まる度に使番が駆けて行き、城内には活気が漲りました。
半刻ばかり経った頃には、話しておくべき事は話し終わり、決めておくべき事も決め終わりました。
あとは――――。
「ではお終いに。北條殿?」
三野郡代のお役目にある北條殿に目を向けます。
北條殿も、他の奉行衆も「この上一体何か?」と不思議そうな目をしています。
「三野中の村々に触れを出していただきたいのです」
「触れにござりますか? 敵勢の動きは既に触れ回って――――」
「そうではありません。落人の仕置についてです」
「落人の?」
北條殿や奉行衆はますます不思議そうな顔になりました。
落人の仕置は村の習に任せるもの。
大名がとやかく申す事ではないのです。
ですが、此度ばかりは言わねばなりません。
「このように触れを出して下さい。『敵の落人を見付けし者、乱取り、人取り、成敗は、勝手次第に致すべし。甲首には褒美あり』と――――」
「ほっほっほ! 皆の衆、お方様はこう申されたいのじゃ」
丹波様が楽しそうなお顔で奉行衆に語り掛けました。
「斎藤家は必ず勝つ! 故に案ずる事無く落人を成敗せよ! 奪われた村も盗り返す! とな」
「「「「「!!!!!」」」」」
「でしょう? お方様?」
「もう! せっかくわたくしが説明しようと思っていたのに!」
「ほっほっほ! これは失敬!」
「戦に勝つ為とは申せ、領内の村々には大変な迷惑となりますからね。今出来るせめてもの慰みはこの位ですし……」
「でござりますな。しかし豪儀なお方様じゃ。女子にしておく事が勿体ない。男子《おのこ》ならば天下を盗っておったやもしれませぬな!」
お笑いになる丹波様の横で、奉行衆は「必ず勝とうぞ!」と気勢を上げています。
その時でした。
「――――お方様」
白鉢巻きに白襷姿の女房衆が姿を見せました。
「準備が整いましてございます」
「まあ! 本当!? 御一同に披露したいわ! こちらへ運び込んでちょうだい!」
「畏まりました」
奉行衆が「何だ何だ」と振り向きます。
間もなく、女房衆が三人がかりで長い棒を運び入れました。
板の間の床に置くと「ゴトリッ」と重々しい音が響きます。
「お、お方様……?」
「そ、それは……」
「ご覧のとおり金砕棒ですよ! こんな事もあろうかと、職人に命じて作らせておいたのです! 戦に間に合って良かったわ!」
「これが……」
「金砕棒?」
「ふ、太さが尋常では……」
「異界の名のある騎士は全身を鉄の鎧で覆っているのでしょう? 刀や弓、槍では歯が立たないかもしれないわ。鉄砲でも難しいかもしれません。でも、これなら鎧の上からでも問答無用ね!」
「なっ……!? お方様は御自ら太刀打ちなさるおつもりでっ!?」
「そっ、そればかりはお止めくだされ!」
「まあ! わたくしだけ仲間外れなんてズルいわ!」
「左様な事を申しておるのではありませぬ!」
「お方様の御身に万が一の事があっては……!」
「いいえ出ます! 御国の大事なのですよ!?」
「それはそうですが……」
「我らは若にお叱りを受けてしまいます!」
「何卒!」
「さっきは一緒に叱られてくれると申したではありませんか!?」
「それとこれとは話が別でござります!」
――――多少のすったもんだの後、我が軍は恙無く出陣したのです。
敵を迎え撃つ算段を耳にされた望月信濃守殿は驚きを露わにされました。
当然ですね。
今すぐに出陣すれば、南の木戸口あたりで敵を防ぐ事も出来るのですから。
ですが、此度は三野へ寄せ来る敵を根切りにし、戦捷の基とせねばなりません。
わたくしが左様にお話すると、望月殿は唸り声を漏らされました。
「御一同が妙に賑やかなのは、これが理由にござりましたか……」
「望月殿、御不安はありましょうが是非とも御賛同ください」
「無論にござります」
お願いするや否や、望月殿の眼が「ギラリ」と音を立てて光りました。
「此度の戦、数の上では明らかに不利。これを覆すには地の利を活かすより他に道はござりませぬ」
「ありがとうございます」
「若は度肝を抜かれましょうな。恐らくは、南の木戸口で敵を抑え込むだけで上々とお考えのはず」
「でしょうね。ただ、新九郎には叱られるかもしれません」
「叱られる? それはまた何故?」
「母上は危ない事をし過ぎると申すでしょう」
「親が子の身を案ずるように、子もまた親の身を案ずるものにござる。ならば手前も共に叱られましょう」
「ほっほっほ。左様ですな。我ら全員、一蓮托生じゃ」
望月殿の御言葉に、丹波様が笑って賛意を示されました。
利暁の義兄上様や奉行衆は、「ならばお叱りをお褒めの御言葉と変える程に大勝して見せましょう!」と気勢を上げました。
「ほっほっほ。お方様、ご覧の通り一同の意気は極めて軒昂にござります。早速にも御下知を」
「分かりました。では御一同、心してお聞きください」
笑い声はピタリと止まります。
誰の眼も鋭く、一睨みで敵を打ち殺してしまいそう。
恐るる事など一物もありません。
わたくしは既に、戦捷を確信していました――――。
「――――敵を領内奥深くまで引き込めるだけ引き込みます。城下が戦場となる事も覚悟して下さい」
皆が深く頷きました。
城下には己の屋敷があり、己の家族も暮らすと言うのに、一切の迷いは見られません。
「まず、南の木戸口から兵を退きます。義兄上様?」
「はっ!」
「山伏衆を木戸口の兵と合流させて下さい。そして木戸口から城下へ至る道々に潜ませ、敵勢の動きを細大漏らさず報じさせるのです」
「畏まりました!」
「次に鷲見殿、日根野殿」
「「ははっ!」」
「手勢を率いて城下の南口を押さえて下さい」
「城下の南口と申しますと……」
「三野川を渡った先にある切通ですな?」
「はい。あそこは街道の両側が切り立った崖。少ない手勢で大兵を迎え撃つには持って来いの場所です。敵勢が城下に迫った時は、そこで矢戦、鉄砲戦を仕掛け、足を鈍らせるのです」
「足を鈍らせる、でござりますか?」
「最後には通してしまってもよろしいので?」
「構いません。敵を通した後、岩や木を落として切通を塞ぎます。敵を袋の鼠《ねずみ》とし、一網打尽に討ち取るのです」
「切通を通り抜けた後が根切りの場、ですな」
「成程。では何時頃まで防ぎましょう?」
「夕刻手前までで結構です」
「ほっほっほ。お方様は夜討をお考えのご様子ですな」
「はい。敵に休む暇は与えません。切通で焦らせ苛立たせ、ようやくの思いで通り抜けて安心した所で夜討を仕掛けます。眠る事など許しません。疲弊させるのです」
「ふむ。夜討で敵の力を削り、根切りは夜が明けてから、ですな」
「左様です。暗闇の中で出来る事は限られていますからね。夜討は根切りに備えた下拵えです。丹波様、何か不足はありますか?」
「よろしゅうござります。敵の心から余裕を奪い、休みを与えぬ所は特に良い。明日の朝は、さぞかし宜しい具合に仕上がっておりましょう」
「頭が働かぬ者は、足を掬う事も容易いでしょう?」
「真に真に。然れば此度の夜討、事の成否は戦の帰趨を左右しましょうぞ」
丹波様のお言葉に、奉行衆が先を争う様にして、夜討の役目に名乗りを上げます。
坊主衆や神人衆を率いる義兄上様や、着到したばかりの飛騨衆を率いる望月殿もです。
戦の帰趨を左右するとまで言われては、武士たる者、黙って見過ごす事など出来ません。
本当にもう丹波様は……。
他人をその気にさせる技に長けておられます。
さりげない言葉一つでこうなのですから。
義兄上様や望月殿は丹波様の意図にお気付きでしょうが、それを差し置いても名乗りを上げるのですからね。
「御一同、落ち着て下さい。わたくしは、どこからも満遍なく人を選び出して夜討をさせたいと思います」
「満遍なく? それはまた如何なるお考えで?」
「斎藤家中には、美濃、飛騨、信濃、甲斐、紀伊、関東、九州と、日ノ本の津々浦々から人が集まっております。国が変われば戦の作法や習にも多少の違いが出るもの。忍びの者を透波や乱波と申す国があれば、草やかまりと申す国があるように」
「ふむ……。詰まりは夜討の作法にも違いがある。一様ではない戦い方で、敵を惑わせようとお考えなのですな?」
「さすがは丹波様。その通りです」
奉行衆が「ほう……」と興味深そうに身体を乗り出します。
丹波様は顎を撫でながら、ニヤリとお笑いになりました。
「ほっほっほ! これはなんとも意地がお悪い!」
「まあ! 褒め言葉ですわ!」
その後、十人、二十人程度の組を十ばかり作り、入れ替わり立ち替わり夜討を行わせる事に決まりました。
暗闇の中で敵陣に忍び入る事を考えれば、このくらいで良しとしておくべきでしょう。
無理をすればあるいはもっと…………いえ、欲をかいてはいけませんね。
程々が賢明です。
こうして軍評定は進み、何かが決まる度に使番が駆けて行き、城内には活気が漲りました。
半刻ばかり経った頃には、話しておくべき事は話し終わり、決めておくべき事も決め終わりました。
あとは――――。
「ではお終いに。北條殿?」
三野郡代のお役目にある北條殿に目を向けます。
北條殿も、他の奉行衆も「この上一体何か?」と不思議そうな目をしています。
「三野中の村々に触れを出していただきたいのです」
「触れにござりますか? 敵勢の動きは既に触れ回って――――」
「そうではありません。落人の仕置についてです」
「落人の?」
北條殿や奉行衆はますます不思議そうな顔になりました。
落人の仕置は村の習に任せるもの。
大名がとやかく申す事ではないのです。
ですが、此度ばかりは言わねばなりません。
「このように触れを出して下さい。『敵の落人を見付けし者、乱取り、人取り、成敗は、勝手次第に致すべし。甲首には褒美あり』と――――」
「ほっほっほ! 皆の衆、お方様はこう申されたいのじゃ」
丹波様が楽しそうなお顔で奉行衆に語り掛けました。
「斎藤家は必ず勝つ! 故に案ずる事無く落人を成敗せよ! 奪われた村も盗り返す! とな」
「「「「「!!!!!」」」」」
「でしょう? お方様?」
「もう! せっかくわたくしが説明しようと思っていたのに!」
「ほっほっほ! これは失敬!」
「戦に勝つ為とは申せ、領内の村々には大変な迷惑となりますからね。今出来るせめてもの慰みはこの位ですし……」
「でござりますな。しかし豪儀なお方様じゃ。女子にしておく事が勿体ない。男子《おのこ》ならば天下を盗っておったやもしれませぬな!」
お笑いになる丹波様の横で、奉行衆は「必ず勝とうぞ!」と気勢を上げています。
その時でした。
「――――お方様」
白鉢巻きに白襷姿の女房衆が姿を見せました。
「準備が整いましてございます」
「まあ! 本当!? 御一同に披露したいわ! こちらへ運び込んでちょうだい!」
「畏まりました」
奉行衆が「何だ何だ」と振り向きます。
間もなく、女房衆が三人がかりで長い棒を運び入れました。
板の間の床に置くと「ゴトリッ」と重々しい音が響きます。
「お、お方様……?」
「そ、それは……」
「ご覧のとおり金砕棒ですよ! こんな事もあろうかと、職人に命じて作らせておいたのです! 戦に間に合って良かったわ!」
「これが……」
「金砕棒?」
「ふ、太さが尋常では……」
「異界の名のある騎士は全身を鉄の鎧で覆っているのでしょう? 刀や弓、槍では歯が立たないかもしれないわ。鉄砲でも難しいかもしれません。でも、これなら鎧の上からでも問答無用ね!」
「なっ……!? お方様は御自ら太刀打ちなさるおつもりでっ!?」
「そっ、そればかりはお止めくだされ!」
「まあ! わたくしだけ仲間外れなんてズルいわ!」
「左様な事を申しておるのではありませぬ!」
「お方様の御身に万が一の事があっては……!」
「いいえ出ます! 御国の大事なのですよ!?」
「それはそうですが……」
「我らは若にお叱りを受けてしまいます!」
「何卒!」
「さっきは一緒に叱られてくれると申したではありませんか!?」
「それとこれとは話が別でござります!」
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