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第2章 辺境伯領平定戦
第90話 治に居て乱を忘れず
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えいえいっ!
おおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――っ!!!!!
「敵本陣陥落……か……」
九州衆から上がる勝鬨の声。
陣を追い出された敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ散っておる。
だが、北に馬廻衆と異界の衆、西に山県の備が陣取るのを見て逃げ場を失った様子。
人の流れは次第にビーナウを攻める軍勢へと向き始めていた。
ミナは「まだ一時間と経っていないのに……」と、馬を宥めながら口にする。
クリストフは「然もありなん」と誇らしげな顔をしているが、異界の衆で左様な顔をしているのはたった一人だ。
他の者は「どうしてこんな簡単に勝てるのだ?」と、始めの内は驚き、今となっては呆れ果てている。
「大兵を擁する軍勢も、意気の揚がらぬ者共が中にあっては斯様なものよ。戦う前から腰が引けておるのだ。不思議はない」
「それは分かっているんだ。頭では分かっているんだが……」
「相手の士気を見抜き、弱点を的確に突く戦いぶり……。やろうと思っても簡単に出来るものではありません」
「シンクローは事も無げに言ったがな、どうしてこうも容易く出来てしまうのか……」
「それこそ答えは簡単ですよ。九州の方々ですから」
クリストフが己の事を語るように胸を張った。
ミナとヨハンは「確かに敵に回して勝てる気はしないが……」と渋い顔だ。
クリストフが申すように九州衆は強い。
だがしかし――――、
「クリストフよ。気持ちは分かるが答えにはなっておらぬぞ?」
「えっ!? そ、そうでしょうか?」
「九州衆は強い。日ノ本でも指折りの精強さよ。それは間違いない。ただし何故強いのか、その説明がないではないか」
「何故強いのか……ですか?」
「そうだ。それが聞きたいんだ」
ミナとヨハンが身体を乗り出した。
「ミノで軍事演習を見せてもらったから、キューシューが恐れ知らずで、精強な兵である事は分かり切っている」
「ですが、それだけではあのように巧みな戦は出来ません。相当な経験を積まなければ……」
「経験か。うむ。それこそ答えであるな」
「え?」
「ミナは『頭では分かっている』と申したであろう? 知識があっても実際にやって見せるのは難しき事だ。余程の天賦の才に恵まれておる者は別として、大概の者は己自身で経験せねば上手くやって見せる事は出来まい?」
「あれ程までに鮮やかな勝利を収めて見せるだけ、キューシューは戦の経験が豊富だと?」
「九州には実り豊かな土地が少ない。故に土地を巡って諍いとなる。竹木や水を巡っても諍いとなるし、高ずれば戦にもなる。おまけに異国が近いが為に、古来よりその来襲に悩まされて来た。戦に慣れるなと申す方が無理と申すものよ」
「だから異世界でも屈指の精兵に……」
「とは申せ、それは九州に限った話ではないのだがな」
「何だって?」
「平将門の昔より七百年、戦を忘れた武士など日ノ本にはおらぬ。絶える事無く戦の知識を蓄え、技を磨き、そして戦ってきた。日ノ本は普く左様であった」
「い、異世界は乱世だと聞いていたが……」
「七百年も乱世が続いているのですか!?」
「七百年の乱世か……。左様とも申せるのかもしれぬ。大きな戦が打ち続く事もあれば、小競り合い程度の戦しかない事もあったであろうが」
ミナやヨハンが驚きを露わにする。
クリストフでさえ「そ、それは長い……長過ぎませんか!?」と慌てた。
「わ、私達の世界でも戦の続く時代はある。でも、戦の後には必ず平和な時代が来るものだ。乱世が七百年も続くと言うのは流石に……その……。だから狂戦士なんだろうか?」
「またそれか。一体何者なのだ?」
「も、物の例えだ! 気にしないで欲しい……。それよりも! 平和な時代はなかったのか? 戦のない時代は……」
「もちろん戦だけしておる訳ではない。左様な事をすれば、如何な兵と言えども死に果て、民は疲れ果てて土地は荒れよう」
「そ、そうか……。いくら異世界の狂戦士でも、ずっと戦い続けている訳じゃないんだな……」
「戦はしたくてするものではない。己の家を守るため、せざるを得ぬからするものだ。己が家を滅ぼしては元も子もない。家が守れたならば戦は適当な所で手打ちとする。そして次の戦に備える。この繰り返しよ」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ。その言い方だと、戦をしているか、戦の準備をしているか、二つしかないように聞こえるんだが……?」
「『君子は安にして危を忘れず、存にして亡を忘れず、治にいて乱を忘れず』と申すからな。平和とは次の戦に備えて力を蓄えるもの。それ以外に何がある?」
「いや、『何がある?』と不思議そうに訊かれても……」
「素晴らしいっ! この精神が異世界の武士の強さの秘訣……! 乱世こそ人を鍛え、成長させるのですね!?」
「ク、クリストフ様? 褒めるなとは言いませんが、何と言いますか、そのように目を輝かせるような事でもないと言いますか……」
「ううううう……。わ、私達が間違っているのだろうか……? 平和とは……平和の定義とは一体……? 平和は尊くないのか?」
「尊いに決まっておる。兵を休め、要害を築き、武器を整えられるのだ」
「それを本当に平和と言うのか!? 血生臭過ぎないか!?」
「戦の勝敗は時の運にもよろう。しかし、戦を忘れては勝てる戦も勝てぬ。血の匂いが漂う程度が丁度良い」
「ダメだっ! 話が通じないっ!」
「左様に嘆くことはない。俺達と共におれば、ミナにもきっと分かる時が来る。クリストフのようにな?」
「……それは喜んでいいことか?」
「当たり前だ――――ふむ、そろそろ次が始まるな」
「え? 次?」
「山県と小幡が動くであろうよ。甲斐、信濃、そして関東。こちらも戦の絶えぬ地。九州とはまた違った戦い方をするが、九州に劣らぬ戦巧者揃いよ」
ドンドンドンドンドンっ!
ドンドンドンドンドンっ!
俺の言葉に応ずるように、押太鼓の音が響き始めた。
おおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――っ!!!!!
「敵本陣陥落……か……」
九州衆から上がる勝鬨の声。
陣を追い出された敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ散っておる。
だが、北に馬廻衆と異界の衆、西に山県の備が陣取るのを見て逃げ場を失った様子。
人の流れは次第にビーナウを攻める軍勢へと向き始めていた。
ミナは「まだ一時間と経っていないのに……」と、馬を宥めながら口にする。
クリストフは「然もありなん」と誇らしげな顔をしているが、異界の衆で左様な顔をしているのはたった一人だ。
他の者は「どうしてこんな簡単に勝てるのだ?」と、始めの内は驚き、今となっては呆れ果てている。
「大兵を擁する軍勢も、意気の揚がらぬ者共が中にあっては斯様なものよ。戦う前から腰が引けておるのだ。不思議はない」
「それは分かっているんだ。頭では分かっているんだが……」
「相手の士気を見抜き、弱点を的確に突く戦いぶり……。やろうと思っても簡単に出来るものではありません」
「シンクローは事も無げに言ったがな、どうしてこうも容易く出来てしまうのか……」
「それこそ答えは簡単ですよ。九州の方々ですから」
クリストフが己の事を語るように胸を張った。
ミナとヨハンは「確かに敵に回して勝てる気はしないが……」と渋い顔だ。
クリストフが申すように九州衆は強い。
だがしかし――――、
「クリストフよ。気持ちは分かるが答えにはなっておらぬぞ?」
「えっ!? そ、そうでしょうか?」
「九州衆は強い。日ノ本でも指折りの精強さよ。それは間違いない。ただし何故強いのか、その説明がないではないか」
「何故強いのか……ですか?」
「そうだ。それが聞きたいんだ」
ミナとヨハンが身体を乗り出した。
「ミノで軍事演習を見せてもらったから、キューシューが恐れ知らずで、精強な兵である事は分かり切っている」
「ですが、それだけではあのように巧みな戦は出来ません。相当な経験を積まなければ……」
「経験か。うむ。それこそ答えであるな」
「え?」
「ミナは『頭では分かっている』と申したであろう? 知識があっても実際にやって見せるのは難しき事だ。余程の天賦の才に恵まれておる者は別として、大概の者は己自身で経験せねば上手くやって見せる事は出来まい?」
「あれ程までに鮮やかな勝利を収めて見せるだけ、キューシューは戦の経験が豊富だと?」
「九州には実り豊かな土地が少ない。故に土地を巡って諍いとなる。竹木や水を巡っても諍いとなるし、高ずれば戦にもなる。おまけに異国が近いが為に、古来よりその来襲に悩まされて来た。戦に慣れるなと申す方が無理と申すものよ」
「だから異世界でも屈指の精兵に……」
「とは申せ、それは九州に限った話ではないのだがな」
「何だって?」
「平将門の昔より七百年、戦を忘れた武士など日ノ本にはおらぬ。絶える事無く戦の知識を蓄え、技を磨き、そして戦ってきた。日ノ本は普く左様であった」
「い、異世界は乱世だと聞いていたが……」
「七百年も乱世が続いているのですか!?」
「七百年の乱世か……。左様とも申せるのかもしれぬ。大きな戦が打ち続く事もあれば、小競り合い程度の戦しかない事もあったであろうが」
ミナやヨハンが驚きを露わにする。
クリストフでさえ「そ、それは長い……長過ぎませんか!?」と慌てた。
「わ、私達の世界でも戦の続く時代はある。でも、戦の後には必ず平和な時代が来るものだ。乱世が七百年も続くと言うのは流石に……その……。だから狂戦士なんだろうか?」
「またそれか。一体何者なのだ?」
「も、物の例えだ! 気にしないで欲しい……。それよりも! 平和な時代はなかったのか? 戦のない時代は……」
「もちろん戦だけしておる訳ではない。左様な事をすれば、如何な兵と言えども死に果て、民は疲れ果てて土地は荒れよう」
「そ、そうか……。いくら異世界の狂戦士でも、ずっと戦い続けている訳じゃないんだな……」
「戦はしたくてするものではない。己の家を守るため、せざるを得ぬからするものだ。己が家を滅ぼしては元も子もない。家が守れたならば戦は適当な所で手打ちとする。そして次の戦に備える。この繰り返しよ」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ。その言い方だと、戦をしているか、戦の準備をしているか、二つしかないように聞こえるんだが……?」
「『君子は安にして危を忘れず、存にして亡を忘れず、治にいて乱を忘れず』と申すからな。平和とは次の戦に備えて力を蓄えるもの。それ以外に何がある?」
「いや、『何がある?』と不思議そうに訊かれても……」
「素晴らしいっ! この精神が異世界の武士の強さの秘訣……! 乱世こそ人を鍛え、成長させるのですね!?」
「ク、クリストフ様? 褒めるなとは言いませんが、何と言いますか、そのように目を輝かせるような事でもないと言いますか……」
「ううううう……。わ、私達が間違っているのだろうか……? 平和とは……平和の定義とは一体……? 平和は尊くないのか?」
「尊いに決まっておる。兵を休め、要害を築き、武器を整えられるのだ」
「それを本当に平和と言うのか!? 血生臭過ぎないか!?」
「戦の勝敗は時の運にもよろう。しかし、戦を忘れては勝てる戦も勝てぬ。血の匂いが漂う程度が丁度良い」
「ダメだっ! 話が通じないっ!」
「左様に嘆くことはない。俺達と共におれば、ミナにもきっと分かる時が来る。クリストフのようにな?」
「……それは喜んでいいことか?」
「当たり前だ――――ふむ、そろそろ次が始まるな」
「え? 次?」
「山県と小幡が動くであろうよ。甲斐、信濃、そして関東。こちらも戦の絶えぬ地。九州とはまた違った戦い方をするが、九州に劣らぬ戦巧者揃いよ」
ドンドンドンドンドンっ!
ドンドンドンドンドンっ!
俺の言葉に応ずるように、押太鼓の音が響き始めた。
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