異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第3章 帝都の客人

第113話 金髪縦ロール

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「うちの姫様が本っ――――――――当にご迷惑をお掛けしましたぁ!」

 部屋に入って来るなり、萌黄色の騎士服姿の娘が「ガバッ!」と頭を下げた。

 女子の割には背が高く、大柄な身体をしているが、これを見事なまでに二つ折りに曲げておる。

 頭頂部が爪先つまさきに付かんばかりの勢いだ。

 ミナも、娘を連れて来た左馬助も、目を丸くする。

 俺が瞬きを二度、三度とする間も頭を上げず、四度目を終えたところでようやく頭を上げ、金の箔押しで彩られた厚紙を取り出した。

「こ、こちらが姫様のご身分を証明する証書です……」

「ミナ? これはどうか?」

「ああ……。皇帝陛下の御名御璽……。国務卿と宮内卿の連署に……。帝室御紋章の箔押し……。紙の質も……。当家が皇帝陛下よりいただいた文書と寸分違わぬように見えるな……」

「間違いないか?」

「恐らく……。念のため、お父様やお母様、ベンノにも見てもらおう」

「分かった」

 室内に控えていた春日源五郎が漆塗りの盆を手にして前に出る。

 ミナから受け取った書状を盆に載せ、ただちに辺境伯の元へ向かった。

 自称皇女が賊の類であれば一大事だと、辺境伯や奥方には別室に控えていただいたが、どうやらもう心配はなさそうだ。

 と、そこで、俺達のやり取りを不安そうな顔付きで見ていた騎士娘が口を開いた。

「あ、あの……道すがらモチヅキ様から伺いました。あなたがアルテンブルク辺境伯閣下のご令嬢様……でいらっしゃいますか?」

「ん? ああ、そうだ」

「それから、そちらは辺境伯家の陣代様……ですよね?」

「うむ」

「こ、高貴な立場の方々のお手をこんなに煩わせてしまうなんて……。この度は……この度は、うちの姫様が本っ――――――――当に御迷惑を――――!」

「いや、それはもう聞いたから……」

「あ……す、すみません……」

「ところで其方の名は何と申す? ドロテア……とか叫んでおったようだが?」

「あっ! こ、これは失礼しました!」

 娘は「んんっ!」と喉の調子を整えると、たった今の慌てふためいた様子はどこへやら。

 優雅な所作で礼の姿勢を取った。

「御意を得まして光栄に存じます。我が名はドロテア・エルセ・フランカ・リンブルフ・フォン・ヘスラッハ。騎士爵テオバルト・フォン・ヘスラッハの三の娘。皇帝陛下より騎士の栄誉を受けし者。近衛騎士にして、シャルロッテ・コルネーリア皇女殿下のお側に付き従う者。以後、お見知り置きを」

 ドロテアは見事な口上を終える。

 多少慌て者のきらいがあるようだが、さすがは皇女の側付きを務めるだけのことはある、と言ったところか。

 続いて、ミナも礼の姿勢を取る。

「同輩の礼に感謝を。我が名はヴィルヘルミナ・ゾフィー・アンシェリーナ・グリューネ・フォン・アルテンブルク。アルテンブルク辺境伯アルバンの一の娘。皇帝陛下より騎士の栄誉を受けし者。アルテンブルクの騎士。以後、お見知り置きを」

 ミナが口上を終えると、二人は右手を握り合った。

 たしか悪手……ではなく、握手とか申す異界の挨拶だったな。

 それにしても――――。

「ミナよ。其方、そんなに長い名前だったのか?」

「ん? ああ、そうだな。そう言えば初めて聞かせたんだった」

 ミナが異界における貴族の命名法を説明する。

 女子ならば、本人の実名じつみょう、母の実名、母方の祖母の実名、母方先祖の発祥地、貴族の称号、本人の氏、の順に命名するのだという。

 男子ならば、本人の実名じつみょう、父の実名、父方の祖父の実名、父方先祖の発祥地、貴族の称号、本人の氏、の順。

 例外はいくつもあるそうだが、大体においては斯様かような名を持つ者が多いそうだ。

「済まなかったな。説明するのが随分遅くなってしまって……」

「これまで気軽にミナと呼んでまいったが、もしや気分を害するようなことは……」

「シンクローが心配だなんて珍しいな……」

 ミナは少し驚いた様子で申した。

「呼び名は粗略には出来ぬ。疎かにすれば悪しきものを呼び寄せようぞ」

「そういう細かなところを大切にする習わしは好感が持てるんだが……。これでどうして狂戦士バーサーカーと共存しているのか不思議でならない。二重人格か?」

「ん? 何だ?」

「何でもない! 最近は公式の場でもなければ、こんな名乗り方はしないんだ。騎士同士の名乗りは数少ない使用例だな。ミナでまったく構わないぞ?」

「ふむ……。日ノ本で申せば朝廷の口宣くぜんに使う名の様なものか……」

「『クゼン』? よく分からないが、とりあえずシンクローも名乗ったらどうだ?」

「ん? そうだな」

 俺もドロテアに倣って「コホン……」と息を調えて名乗った。

「日ノ本は美濃国三野郡を領知りょうち致す、斎藤さいとう左近さこんの大夫たいふ将監しょうげん利晴としはるが嫡男、斎藤さいとう新九郎しんくろう利興としおきと申す。故あってアルテンブルク辺境伯より陣代の御役目を任されておりまする」

 聞き慣れない名前を聞かされたせいか、ドロテアは少し身体を硬くしたものの、それも僅かのこと。

 すぐさま姿勢を正し、軽く腰を折った。

「ご丁寧な挨拶痛み入ります――――」

「では、斎藤家の由来をば。そもそも斎藤氏は藤原ふじわらの利仁としひと公が一子、叙用のぶもち公が斎宮頭さいぐうのかみに任ぜられ――――」

「えっ!? まだ終わってなかったんですか……!?」

「シンクロー。ヘスラッハ卿が困っている。そこまではいらない」

「む? そうなのか? 斎藤家の発祥、中興、没落、再興の物語を語って聞かせようと思ったのだが……」

「ちなみに時間はどれくらいかかる?」

「昼には終わろう」

「半日潰れるじゃないか!?」

「ではまたの機会だ。よろしくお頼み申しますぞ? ヘスラッハ殿?」

「は、はあ……――――」

「こりゃ!」

 和やかな挨拶を遮る、怒りを含んだ幼い声。

 声の方向を振り向くと、グルグル巻きの皇女がこちらを睨みつけていた。

「ドロテア! いつまで仲良く挨拶を続けとるんじゃ! 主君が縛り上げられとるんじゃぞ!? 早う助けるのじゃ!」

「ええ~!?」

「『ええ~!?』じゃないのじゃ! なんでそんなに嫌そうなんじゃ!?」

「せっかく気付かないフリをしてたのに……」

「フリ? フリじゃと!? 主は主君を見限ったのか!?」

「違いますよ!」

「じゃあ何じゃ!?」

「だって姫様すぐにどこかへ行っちゃうじゃないですか! 昨日の晩に言いましたよね!? 今日はもう遅いから、明日先触れの使者を送りましょうって! 私が使者を務めますからって!」

「ここまで来て何を悠長な……! 待ち切れんじゃ!」

「昨日は『うんうん』って頷いてたじゃないですか!?」

「寝ておる妾に天啓が下ったのじゃ! 『汝、ただちに宿を出よ』とな!」

「何が天啓ですか!? 帝国皇女に『気配を消して物音立てずに宿を出よ』なんて言う神様がどこの世界にいるんです!」

「妾は出会った! おお! 我が神よ!」

「馬鹿なことを言わないで下さい! 罰が当たりますよ!」

「やかましい! 主もいい加減に妾の行動くらい先読みせんか!?」

「何が先読みですか!? 追い駆けるこちらの身にもなってくださいよ! 今朝だって、目が覚めたら姫様どこにもいないし! 私、半泣きで町中を探してたんですよ! モチヅキ様が見つけてくれなかったら今頃も……!」

「くっ……! 我が側付きの騎士が町中で半泣きとは……! 情けのうて涙が出るわい!」

「それはこっちの台詞です! 先触れどころか供回りもなしに臣下の屋敷に押し掛ける皇族なんて前代未聞です!」

「押し掛けとらんのじゃ! ちょっと覗いていたら馬に襲われたんじゃ!」

「こんな平和な町の中で子供を襲う馬なんていませんよ! 姫様は魔物にでも遭ったんですか!?」

「そうじゃ! 魔物じゃ! ありゃ魔物同然の馬なのじゃ! 見よ! 妾自慢の縦ロールがグシャグシャじゃ!」

「ちょうど良かったです。私、金髪縦ロールってあんまり好きじゃなくて……」

「なっ……!? 主……妾の髪形を愚弄するか!? この最大のチャーム・ポイントを!?」

「姫様はストレートの方がお似合いだと思うんですよね。深窓しんそうの令嬢っぽくなりますって!」

「ああん? 別にそんなのなりたくないのじゃ!」

「金髪縦ロールは姫様の捻じ曲がった性格を表現していると思うんですよね」

「主は……! それが主君に向けるセリフか!?」

「この機会にストレートにしてみませんか? きっと性格も素直になりますよ! お誂え向きに縛り上げられているし……ぐふふふふ……」

 怪しげに指を動かし髪をいじり始めるドロテア。

 眼の光が少し暗い気がする。

「ひゃ……! ひゃあ! やめい! やめんかドロテア! ヴィルヘルミナ! シンクロー! 助けて欲しいのじゃ!」

 助けを求める皇女。

 俺とミナは顔を見合わせた。

「……なあ、ミナよ?」

「……何だ?」

「あの髪型、『キンパツ・タテ・ロール』と申すのか……。異界はまだまだ奥が深いのう……」

「そうか……。勉強になって良かったな……」

「ところでのう……?」

「……ん?」

「放っておいてよいか?」

「……いいんじゃないか? 仲の良い主従がじゃれ合っているだけだろ?」

「こりゃ! 何がじゃれ合いじゃ! このままでは妾のアイデンティティが――――」

「――――失礼」

 喧騒《けんそう》を一刀両断に斬り捨てる怜悧れいりな女の声。

 振り向くと、ドロテアが来てから開けっ放しになっていた部屋の入り口に、二十半ば程の女子おなごが立っていた。

 一つにまとめた長い髪は栗色、目には透き通った玻璃はり――南蛮渡来の眼鏡とか申す道具か?――を掛け、仕立ての良さそうな濃紺の服を着ておる。

 その背後には、ドロテアと同じ騎士服の娘が二人と、白い前掛けを付けた女中達が控えていた。

「探しましたよ? 姫様?」

「げっ!? どうして主がここに!?」

「不肖ヘレン・フォン・ミュンスター。シャルロッテ・コルネーリア皇女殿下付き女官長として、姫様のいらっしゃる所ならば何処いずこなりと馳せ参じます」

「くっ……! 今回こそはまけたと思うたのに……!」

「姫様」

「は、はいっ!」

折檻せっかんのお時間です…………」

 直後、皇女の悲鳴が辺境伯邸に木霊した。
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