異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第3章 帝都の客人

第118.6話 姫様、折檻のお時間です その壱【中編】

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「サイトー卿が異世界人と言うお話、辺境伯領内に浸透しているのですか?」

 眼鏡の位置を直しつつ尋ねるヘレンに、辺境伯領内で耳にした話を聞かせた。

「信じておる者もいるぞ。特にネッカー川沿いに住まう民じゃ」

「ネッカー川沿いですか? 辺境伯の本拠たるネッカーに近いから、でしょうか?」

「いや、そういう訳でもなくてのう。信じ難い話ではあるんじゃが……」

「伺います」

「うむ……。事の起こりは三ヶ月ばかり前じゃ。何の前触れもなく、ネッカー川東岸は季節外れの深い霧に覆われ、それが十日ばかり続いた後、巨大な地震が起こった。地震が収まると共に霧は晴れ、見慣れぬ山々が姿を現した。それがサイトーの領地なんだそうじゃ。ネッカー川沿いに住まう民は、まさにその瞬間を目撃した訳じゃな」

「では、それ以外の民には信じていない者も多いのですね?」

「アルテンブルク辺境伯領は帝国の東辺境じゃ。かつては異民族の出入りもあった。サイトーもその一部族くらいに思っておる民も多い。そもそも、東の荒れ地は魔物が巣食っておるから民は無用に近付かん。従ってじゃ、荒れ地の詳細も存ぜぬ。見慣れぬ山と言われても『はて? そうだったか?』と首を捻るだけ。ネッカー川から離れれば離れるほどに、その傾向は強まろう」

「そうでしたか。勇者伝説やホーガン伝説とサイトー卿が結びついているようであれば、帝室にとって好ましからざる状況かと思いましたが……」

「そこまでにはなっとらん。ちなみにのう、ゲルトやブルームハルト子爵……サイトーに負けた連中は、あ奴を流民の頭目くらいに思うとったらしい。病で気が弱った辺境伯に取り入った下賤な奴原やつばらとな」

「過小評価も極まれり、ですね。その付けは自分達の命で払ったようですが」

「まったくじゃ。その程度の観察眼しかないから負けるんじゃ」

「二度の戦に勝利したのです。サイトー卿の実力は相当なもの、と解釈も出来ますが、実際のところはどうなのでしょう? 戦った相手が弱過ぎ、実力が過大評価されている、ということはないでしょうか?」

「どうかのう? こればかりはこの目で戦を見たわけではないからのう。どこまで行っても聞いた話でしかないのじゃが……」

「同じ異世界人と比べてどうでしょうか? ホーガンは確かな戦術眼を持ち、軍の指揮を執れば常勝不敗。武人としても優秀で、剣においても、弓においても、敵う者はいなかった…………と、一応、伝説には謳われております」

「盛って膨らませてはおるが、実際のホーガン様も名将やら、達人やらと呼べる実力があったのは確かのようじゃ」

「ホーガンと同等の実力であれば如何なさいます? 四百年前はホーガンただ一人がこの地に現れました。ですが、サイトー卿は領地と軍勢を引き連れているとか。ホーガンの率いる異世界の軍隊……油断なりませんね」

「ついでに有能な官僚団もじゃ」

「と、仰いますと?」

「妾がアルテンブルクに到着したのはブルームハルト子爵が挙兵する直前であった。その時すでに、サイトーの手は領内隅々に及びつつあったのじゃ。ゲルト戦の手当てを民に施し、税制を改め、腐敗した役人共の摘発を進めておった」

「武力のみに頼る人物ではなさそうですね……」

「そういうことじゃ。アルテンブルク辺境伯家は、先代の死後二十年に渡り内訌ないこうを続けたが、サイトーは現れてからたった二ヶ月程度の間に、敵対する者を排除し、領内の混乱も収集しつつある。なんと鮮やかな手並みか」

「サイトー卿が率いる軍勢の全貌は明らかではありませんが、極めて強力な軍勢である可能性が高いでしょう。そして占領地を短期間で治める行政手腕から見て、姫様の仰る有能な官僚団も確実に存在するでしょう」

「……弱体となる前のアルテンブルク辺境伯家は、一万の精兵を以って帝国東辺境の御楯みたてと称され、代々の当主が示してきた帝国への忠誠心は騎士の鑑とも謳われた。その家が、外からの血を得て復活を遂げるか。あるいは――――」

「帝国への復仇ふっきゅうの念に燃えているか、ですね?」

「そういうことじゃ。まったく……。先帝陛下は余計なことをしてくれた……」

 妾は深々と溜息をついた。

「帝国の治世は揺るぎないように思えます。少なくとも、見かけ上は……」

 ヘレンの言葉に頷く。

 先帝陛下の御代みよ以来、帝国の治世は三十年余りに渡って安定しておる。

 国境を接する諸外国とは多少の小競り合いはあるものの、大きな戦は起きておらん。

 内政も安定し、民心は収まり内乱の陰もない。

 それもこれも、先帝陛下と今上陛下の善政の賜物たまもの…………と言いたいところじゃが、内実を知るとそうとだけも言い切れぬ。

 先帝陛下が、己が治世の安定のために採った手段――――それは、帝室に抗し得る実力者達の力を徹底して削ぐことじゃった。

 不審な病死あり、不可解な事故死ありと、後ろ暗い手段も使ったようじゃが、それは主たる手段ではない。

 頻用されたのは、実力者同士を競わせて共倒れを誘うこと。

 あるいは、相手の弱味に付け込んで無理難題を押し付け、没落へと導くこと――――。

 これをあたかも善人面をしてやってのけたというのじゃから、先帝陛下も相当な悪人じゃ。

 実力者を没落させれば帝室は安泰じゃと、信仰にも似た信念で事を進めた。

 重視されたのは帝室に抗し得る実力の有無のみ。

 帝室に対する隔意かくい有無うむなぞ関係ない。

 そしてその矛先は、帝室への忠誠心を騎士の鑑と謳われたはずのアルテンブルク辺境伯家にも向いた。

 今は『東の荒れ地』と称される、ネッカー川東岸地域。

 そこで魔石が発見されたことにかこつけ、辺境伯家の身の丈を越える大規模な開発を命じた。

 成功すれば、利益は横から搔っ攫い、帝室が全て吸い上げる手筈。

 失敗すれば、辺境伯家の財政は火の車となり、帝室への反逆なぞ思いもよらなくなる。

 むしろ、帝室を伏し拝んで援助を乞うであろう。

 成功しようと、失敗しようと、辺境伯家の没落は約束されていた。

 ゲルトなんぞという俗物の勝手を見過ごしておったのも、俗物が当主となれば辺境伯家は自ずと傾くと考えてのことじゃった。

 今上陛下が即位なさったとき、アルテンブルク辺境伯家には、もう施す手はないように思われた。

 陛下は無理に手を出さず、静観なさることに決められた。

 道は定まったかに見えた。

 じゃが、当代の辺境伯アルバンは決して凡庸な男ではなかった。

 断崖に追い詰められても、爪先だけで抗し続けた。

 窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、誰も予想だにしなかった粘り強さを発揮した。

 俗物がかなう人物ではなかったのじゃ。

 これをご覧になった先帝陛下は、実に愚かな真似をなさった。

 帝室直属の密偵を使い、秘かにゲルトを支援させたのじゃ。

 ある時は資金や武器を流し、またある時は宮廷の有力者との仲を取り持った。

 果ては暗殺者を雇い入れてアルテンブルクへ送り込み、アルバンに毒を盛らせた。

 病に見せかけて命を奪う毒だったそうじゃ。

 幸い、アルバンは一命を取り留めたがのう……。

 アルバンを消し去らんとする先帝陛下の執念は狂気じみておると言ってもよい。

 もしかするとご自身への報復を恐れてのことかもしれん。

 ほとんど被害妄想に近いと思うんじゃがな。

 何せゲルトへの支援は秘密裏に行われた。

 支援を受けていたはずのゲルトすら、帝室の陰を察することも出来んじゃろう。

 うちの密偵共はそれなりに優秀じゃし。

 そもそもの話、帝室の顔が明らかになってしまえば、先帝陛下の目論見も潰えてしまうからのう。

 内紛当事者の一方に、故無く加担したことが露見すれば、帝室の権威低下は免れぬ。

 アルバンは辺境伯家の正当な家督。

 若年とは言え、アルバンが家督を継いだのは十代半ばのこと。

 これを差し置いて叔父を家督に付ける道理なぞない。

 要は、大っぴらな動きは全く出来なかった訳で、先帝陛下とゲルトを結び付けることなぞ不可能だと思うんじゃがな……。

 帝室が公然と、本気を出して支援しておれば、アルバンと言えども耐え切れまい。

 秘密裏に支援するしかなかったからこそ、アルバンにも耐え切る余地が生まれた訳じゃ。

 こんなこと、少し冷静に考えれば分かるはず。

 余計な手出しをしては、藪をつついて蛇を出すことになりかねん。

 にも拘らず、先帝陛下は退位した後も辺境伯家へのちょっかいをお止めにならなかった。

 それどころか、年を追うごとにゲルトへの肩入れは激しくなった。

 ヴィルヘルミナと辺境伯家の悪評を広め、他家との縁組を妨害した。

 行商に扮した密偵をネッカーに送り込み、アルバン側の内情を探らせた。

 さらに、再び暗殺者を雇い入れ、アルバンに毒を盛らせた。

 これはまたしても失敗に終わったようじゃがな…………。

「先帝陛下の知恵の鑑も曇ったか。今は御自身の御代ではない。勝手なことをされては、皇帝陛下や妾達が困るのじゃ」

「辺境伯家はどこまで気付いているか、ですね」

「気付いていなかったとしても、過去の恨みは残っておるじゃろうな……。無理難題を押し付けられ、失敗すれば失敗したで、今日に至るまで何らの手当ても行われておらんのじゃ」

「反逆の芽があると?」

「これと言うものはない。まだ、懸念の段階を出ておらん」

「…………」

「どうしたんじゃ? 黙りこくって?」

「サイトー卿は東の荒れ地に生息する魔物の討伐を進めていると伺いました」

「そうらしいのう。アルバンから荒れ地の開発権を得ておるようじゃな。簡単には進まんと思うが、なにせ土地は広大じゃ。一部でも農地となれば相応の利益を生むじゃろう。既に移住した者もいるらしいぞ」

 妾がそう答えると、ヘレンは思案気な様子で口元を手で覆った。

 そして、思わぬことを言い出しよったのじゃ。
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