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第3章 帝都の客人
第121話 刑場
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「こ、こんな場所で……。い、一体何をするつもりなんじゃ?」
枯れ草が「カサカサ」と音を立てるネッカー川の河原で、皇女が寒そうに声を震わせる。
上等な毛皮で出来た外套やら手袋やらを着せられて、モコモコと着ぶくれしておるが、河原を吹き抜ける寒風に耐えかねているらしい。
ただし、皇女の声が震えておるのは寒さだけが原因ではるまい。
お側付き騎士らは心身を鍛えているだけあって寒さは気にしていないようだが、その顔付きは険しく、剣の柄に常に手を掛けている。
侍女達は騎士達の後ろに集まり、ピタリと肩を寄せ合っていた。
その顔には、寒さだけではなく、不安の色がありありと見えた。
皇女一行で唯一、平生と変わらぬ顔をしておるのは女官長のミュンスター殿だけだ。
一方こちらはというと、左馬助や近習衆に不安の色はない。
ミナも不安な様子を見せておらんが、チラチラと俺に視線を送っていた。
皇女らを気遣ってのことであろう。
こんな場所にまで連れて来なくても……などと思っているに違いあるまい。
皇女が同行すると申した時、俺は二つ返事でそれを許した。
同行した先で何があるのか、ミナには口止めした上でな。
ミナは不満そうな顔をしておったが、始めから明かしては、皇女の素の反応を確かめられんからのう。
「ほ、捕虜をこんなに集めて……。妾達だけ柵の内側に……」
皇女は幾分不安そうな顔付きで、周囲をぐるりと見渡した。
皇女の申す通り、俺達の周囲は虜となった者共で溢れている。
その数は三千に達しよう。
連中は竹や木で作った柵の内側に押し込められておるが、こちらに比べてあまりに数が多い故、見ようによってはこちらが連中に囲まれているようにも見える。
だが、皇女らの不安は杞憂に終わろう。
虜らの瞳には力がなく、寒風に煽られた河原の枯れ草が「カサカサ」と鳴る度、皇女ら以上に身体を震わせている。
着の身着のままの薄汚れた格好も相俟って、みすぼらしさに拍車がかかる。
ほんの五、六日前まで、武器を持って戦っていたとは思えぬ姿だ。
見張りに立つ我が兵が、赤備の甲冑を「カチャカチャ」と音を立てながら歩くたび、不安そうな顔で目を逸らし、寒風に吹かれた時以上に身体を震わせておる。
連中には、もはや敵に突き立てる牙も爪も、気概も気力も、何もない。
我が兵に追い立てられるばかりの無力な奴原と成り果てたのだ。
と、そのとき、一等冷たい風が吹き寄せた
「うおおおお……! さ、寒いのじゃ……!」
「サイトー様、このままでは姫様がお風邪を召されます。一体何をなさろうというのです? そろそろご説明下さってもよいのではありませんか?」
「失敬した。少し遅れて――――いや、参ったようだ」
虜らが押し込められた柵の向こう、堤の方へと目を向ける。
縄を打たれ、猿轡と目隠しをされた四、五人の虜が、赤備の武者に引き立てられている。
先導するのは御蔵奉行の松永弾正。
公事奉行の伊勢兵庫や軍目付の竹腰次郎兵衛の姿もある。
虜の扱いを任せていた者達だ。
加えて異界の者達の姿もある。
赤備に白鉢巻き姿のクリストフが弾正らの後に続く。
先日と比べて簡素な服を着たカロリーネの姿もある。
顔色は悪く、憔悴した顔をしておる。
八千代に支えられ、クリスとハンナに守られるようにして歩いていた。
「若、お待たせを致しました」
弾正、伊勢、竹腰の三人が俺の前で膝を突いた。
「禁を破り、逃げ出そうとした者共を引っ捕らえてございます」
これを聞いた皇女の目が険しくなった。
何が行われるか見当がついたのであろう。
だが、この場を立ち去ろうとする気配はない。
「……こちらはシャルロッテ・コルネーリア皇女殿下であらせられる。お立合いいただくことと相成った」
弾正らが俺や左馬助を見た。
本当に良いのかと、目が問うておる。
構わぬと、小さく頷いておく。
「カロリーネよ」
「はい……」
八千代に支えられたカロリーネが、その場に膝を突く。
「聞いての通りだ。覚悟は良いな?」
「はい……。恨み言を申すつもりはありませんわ……」
「うむ」
「こりゃ、シンクローよ。こりゃどういうことじゃ? この娘は何者じゃ?」
「ご心配には及びませぬ。この者はカロリーネ・フォン・マルバッハ。マルバッハ男爵の娘にござります」
カロリーネは力なく立ち上がると、皇女に礼を取った。
「マルバッハじゃと? おい、それはもしや――――」
「レムスタール公爵家の一族でございますね。もっとも、分流したのは今から二百ほど前。領地も離れており、地縁血縁共に非常に薄まっておりますが」
ミュンスター女官長が淀みなく答えた。
「そのマルバッハ男爵の娘がどうしてここにおるんじゃ?」
「マルバッハ男爵はブルームハルト子爵に与し、辺境伯へ弓を引き申した。しかしこの者は、先頃の戦の後で改心し、斎藤家に仕えることとなったのでござります」
「では主の家臣なのか?」
「左様にござります」
「カロリーネがおる理由は分かったのじゃ。じゃが、どうしてこんなにも憔悴しておるんじゃ? まさかとは思うが、この者を虐げるような――――」
「違うのです!」
皇女の言葉をカロリーネが遮る。
「違うのです! 違うのです、皇女殿下! サイトー様も、その家臣の方々も、わたくしに良くして下さっています!」
「では何があったんじゃ? 主の様子は只事には見えんぞ?」
「それは……」
カロリーネが後ろを振り返る。
視線の先には、河原に無理やり正座させられている虜らの姿があった。
その内の一人、小太りの中年男が「むー! むー!」とうるさい。
猿轡を外そうと、しきりに口を動かしている。
見張りの兵が「静かにせいっ!」と槍の石突で中年男を突いた。
目を背けるカロリーネ。
皇女が何かに気付いた様子で、「あっ……」と声を上げた。
「……おい、シンクローよ」
「何か?」
「主……。あの者らを処刑する気じゃろ? 逃亡を禁じる命に背いたことを理由に」
「左様にござります」
皇女の顔が険しくなった。
枯れ草が「カサカサ」と音を立てるネッカー川の河原で、皇女が寒そうに声を震わせる。
上等な毛皮で出来た外套やら手袋やらを着せられて、モコモコと着ぶくれしておるが、河原を吹き抜ける寒風に耐えかねているらしい。
ただし、皇女の声が震えておるのは寒さだけが原因ではるまい。
お側付き騎士らは心身を鍛えているだけあって寒さは気にしていないようだが、その顔付きは険しく、剣の柄に常に手を掛けている。
侍女達は騎士達の後ろに集まり、ピタリと肩を寄せ合っていた。
その顔には、寒さだけではなく、不安の色がありありと見えた。
皇女一行で唯一、平生と変わらぬ顔をしておるのは女官長のミュンスター殿だけだ。
一方こちらはというと、左馬助や近習衆に不安の色はない。
ミナも不安な様子を見せておらんが、チラチラと俺に視線を送っていた。
皇女らを気遣ってのことであろう。
こんな場所にまで連れて来なくても……などと思っているに違いあるまい。
皇女が同行すると申した時、俺は二つ返事でそれを許した。
同行した先で何があるのか、ミナには口止めした上でな。
ミナは不満そうな顔をしておったが、始めから明かしては、皇女の素の反応を確かめられんからのう。
「ほ、捕虜をこんなに集めて……。妾達だけ柵の内側に……」
皇女は幾分不安そうな顔付きで、周囲をぐるりと見渡した。
皇女の申す通り、俺達の周囲は虜となった者共で溢れている。
その数は三千に達しよう。
連中は竹や木で作った柵の内側に押し込められておるが、こちらに比べてあまりに数が多い故、見ようによってはこちらが連中に囲まれているようにも見える。
だが、皇女らの不安は杞憂に終わろう。
虜らの瞳には力がなく、寒風に煽られた河原の枯れ草が「カサカサ」と鳴る度、皇女ら以上に身体を震わせている。
着の身着のままの薄汚れた格好も相俟って、みすぼらしさに拍車がかかる。
ほんの五、六日前まで、武器を持って戦っていたとは思えぬ姿だ。
見張りに立つ我が兵が、赤備の甲冑を「カチャカチャ」と音を立てながら歩くたび、不安そうな顔で目を逸らし、寒風に吹かれた時以上に身体を震わせておる。
連中には、もはや敵に突き立てる牙も爪も、気概も気力も、何もない。
我が兵に追い立てられるばかりの無力な奴原と成り果てたのだ。
と、そのとき、一等冷たい風が吹き寄せた
「うおおおお……! さ、寒いのじゃ……!」
「サイトー様、このままでは姫様がお風邪を召されます。一体何をなさろうというのです? そろそろご説明下さってもよいのではありませんか?」
「失敬した。少し遅れて――――いや、参ったようだ」
虜らが押し込められた柵の向こう、堤の方へと目を向ける。
縄を打たれ、猿轡と目隠しをされた四、五人の虜が、赤備の武者に引き立てられている。
先導するのは御蔵奉行の松永弾正。
公事奉行の伊勢兵庫や軍目付の竹腰次郎兵衛の姿もある。
虜の扱いを任せていた者達だ。
加えて異界の者達の姿もある。
赤備に白鉢巻き姿のクリストフが弾正らの後に続く。
先日と比べて簡素な服を着たカロリーネの姿もある。
顔色は悪く、憔悴した顔をしておる。
八千代に支えられ、クリスとハンナに守られるようにして歩いていた。
「若、お待たせを致しました」
弾正、伊勢、竹腰の三人が俺の前で膝を突いた。
「禁を破り、逃げ出そうとした者共を引っ捕らえてございます」
これを聞いた皇女の目が険しくなった。
何が行われるか見当がついたのであろう。
だが、この場を立ち去ろうとする気配はない。
「……こちらはシャルロッテ・コルネーリア皇女殿下であらせられる。お立合いいただくことと相成った」
弾正らが俺や左馬助を見た。
本当に良いのかと、目が問うておる。
構わぬと、小さく頷いておく。
「カロリーネよ」
「はい……」
八千代に支えられたカロリーネが、その場に膝を突く。
「聞いての通りだ。覚悟は良いな?」
「はい……。恨み言を申すつもりはありませんわ……」
「うむ」
「こりゃ、シンクローよ。こりゃどういうことじゃ? この娘は何者じゃ?」
「ご心配には及びませぬ。この者はカロリーネ・フォン・マルバッハ。マルバッハ男爵の娘にござります」
カロリーネは力なく立ち上がると、皇女に礼を取った。
「マルバッハじゃと? おい、それはもしや――――」
「レムスタール公爵家の一族でございますね。もっとも、分流したのは今から二百ほど前。領地も離れており、地縁血縁共に非常に薄まっておりますが」
ミュンスター女官長が淀みなく答えた。
「そのマルバッハ男爵の娘がどうしてここにおるんじゃ?」
「マルバッハ男爵はブルームハルト子爵に与し、辺境伯へ弓を引き申した。しかしこの者は、先頃の戦の後で改心し、斎藤家に仕えることとなったのでござります」
「では主の家臣なのか?」
「左様にござります」
「カロリーネがおる理由は分かったのじゃ。じゃが、どうしてこんなにも憔悴しておるんじゃ? まさかとは思うが、この者を虐げるような――――」
「違うのです!」
皇女の言葉をカロリーネが遮る。
「違うのです! 違うのです、皇女殿下! サイトー様も、その家臣の方々も、わたくしに良くして下さっています!」
「では何があったんじゃ? 主の様子は只事には見えんぞ?」
「それは……」
カロリーネが後ろを振り返る。
視線の先には、河原に無理やり正座させられている虜らの姿があった。
その内の一人、小太りの中年男が「むー! むー!」とうるさい。
猿轡を外そうと、しきりに口を動かしている。
見張りの兵が「静かにせいっ!」と槍の石突で中年男を突いた。
目を背けるカロリーネ。
皇女が何かに気付いた様子で、「あっ……」と声を上げた。
「……おい、シンクローよ」
「何か?」
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「左様にござります」
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