異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第3章 帝都の客人

第133話 蟒蛇

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「ちょっとシンクロー。さかなはないの? 肴は?」

 俺に酌をさせながら、カヤノは「あれはないの?」だの、「これをちょうだい」だのと、勝手気ままに酒盛りを楽しみ始めた。

 もはや皇女のことなぞ眼中にもない。

 ヘスラッハ殿らが慌て俺達の毛氈に駆け付け、皇女を背後に庇ったのだが、

「ちょっと。あんまり暴れないで。ホコリが立つでしょ? お酒に入ったらどうするつもり?」

などと歯牙にも掛けぬ有り様だ。

 カヤノの奴……。

 御側付き騎士らを倒して退けたのは、つい一昨日のことだと申すのに……。

「そう言えば見ない顔ね? 誰?」

「えっ!? わ、私達のこと……覚えてないんですか!?」

「何のこと? 知らないわ。誰よ?」

「嘘でしょ……?」

「ヘスラッハ殿、致し方のないことだ」

「どういうことです?」

「カヤノは神仏の類なるぞ? 神仏にとって人の子なぞ吹いて飛ぶかの如き代物よ。いちいち顔を覚えていると思うか?」

「ふ、吹いて飛ぶ? たしかに一瞬で吹っ飛ばされましたけど……」

「納得いかんのじゃ!」

 皇女がヘスラッハ殿らを押し退けて顔を出した。

「くびり殺そうとした相手の顔も忘れたと申すか!? こんなん殺されかけ損なのじゃ! 断固抗議するのじゃ!」

「くびり殺す? 何のこと?」

「そ、それも忘れたのか? ええい! 思い出せ! 一昨日の早朝じゃ! ネッカーのアルテンブルグ辺境伯邸にて妾の首を絞めたではないか!?」

「…………ああ、思い出した」

「じゃろう!? 覚えがあろう!?」

「ちゃんと言わないから分かんなかったわ。わたしはね、くびり殺そうとしたんじゃないの」

「それならありゃどういうつもりだったんじゃ!? どっからどう見てもくびり殺そうとしとったじゃろうが!?」

「首を握り潰そうとしたのよ」

「……………………は?」

 皇女が固まる。

 ヘスラッハ殿らは愕然とした。

 カヤノは気にする様子もなく、続けた。

「首をぶちんってやって、わたしの子の根元に埋めるつもりだったわ。憎らしいあいつの種から伸びた枝なのよ? 腐るのなんて待っていられないもの。血が滴って浸み込めば、それだけ早く土も肥えるでしょ? ねえ? そうでしょ?」

「俺に聞かんでくれ。どちらが良いかなど、試したこともない」

「けち。ちょっと調べておいて」

 カヤノは俺の手から銚子ちょうしを取り上げ、手酌でぐびぐびとやり始めた。

「ぷはっ……。あら? ちょっとシンクロー。もうなくなったわ」

「やれやれ。何たる蟒蛇うわばみか……。おいっ! 誰か!? 樽か甕ごと持って参れ!」

「待て待て待ていっ! 待つのじゃ!」

「おおっ。如何なさいましたか、皇女殿下? 首絞めの一件は落着したではござりませぬか?」

「首を握り潰すなどと言われて平静でいられるか!? ちょっと想像しちゃったのじゃ! めっちゃスプラッタでグロテスクなのじゃ! 血の気も失せるのじゃ!」

「すぷ……? ぐろ……? はて? よく分からぬ言葉にござりますな?」

「血みどろで気色悪いっちゅうことじゃ!」

「それならそうと、左様に仰せ下さりませ」

「何でそんなに冷静なのじゃ!? 妾の受けた衝撃をちょっとでも理解せんか!?」

「カヤノは神仏の類にござりますぞ? 人ならざる身にござる。人の手に余ることも、苦もなくやってのけて不思議はござらん」

 皇女は地団駄を踏んで「だから思うとった反応と違うんじゃ!」と怒り狂っておる。

 御側付きの騎士や侍女も、皇女の言葉に合わせて「うんうん」と何度も頷いておったが、俺にとっては何の不可思議もないことだ。

 神仏と人とを、同じ物差しで測ろうとするからこうなる。

 肝心なことは、「左様なものなのだ」と割り切ってしまうこと。

 これに尽きる。

「ところでお尋ねしても?」

 皇女が地団駄を踏み続ける横で、ミュンスター殿が相変わらず表情を変えずに眼鏡の位置を直す。

「姫様のお首を握り潰そうとなさった件はさておき――」

「さて置くんじゃないのじゃ!」

「――もう、姫様を手に掛けようとなさらないのですか? 一昨日のあなたからは、激しい憎悪の感情が渦巻いていたように思いましたが?」

「ぐぶぐびぐびぐび………」

「カヤノ! カヤノ! ミュンスター殿が尋ねておられるぞ!」

「ぐびぐび……。今は忙しいの」

「酒なら溺れるほど飲ませてやる。其方が答えんと納まらんのだ。さっさと答えよ」

「……うるさいわね。分かったわよ。で? 何?」

「姫様を手に掛けることは、ないのですか?」

「ないわ」

「どうしてです?」

「だって、あいつ、わたしの信者になるんでしょ?」

「それは――――」

「うおい! 待たんかい! 妾はそんなもんになった覚えはないのじゃ!?」

「何言ってるの? 宴が始まる前に、ちゃんと願文を読み上げたじゃない。このお酒もあんたが用意した供物でしょ?」

「願文? 供物? 何のことを――」

「姫様、あれではございませんか?」

「ヘレン? 主、心当たりがあるのか? あれとは何じゃ!?」

「宴会が始まる前、『カンヌシ』と呼ばれる異世界の聖職者達が何かの呪文を唱えていました。宗教的な儀式の一つではないかと推察していましたが、予想が当たったようです。そうではありませんか? サイトー卿?」

「良い所に目を付けるものだ。さすがはミュンスター殿。女官長の面目躍如よのう」

「恐れ入ります。それで? 答えをお聞かせくださいますか?」

「御明察だ。祝詞のりとの中に、皇女殿下がカヤノの氏子うじことなること、そして供物を捧げることを含ませておいたのだ」

「『ウジコ』とは信者と言う意味でしょうか?」

「左様――」

「くぉらサイトー! 主は何を勝手に妾を信者にしてくれとんじゃ!?」

「こうでもせねば、カヤノの手を逃れることなぞ出来ませぬぞ? しばしの間は引き籠っておりましたが、怒りを思い出せば再び皇女殿下のお命を狙ったに違いない。そうだな?」

「そうね。あんたが意地悪するからちょっと閉じ籠ってたけど、よく考えればわたしは悪くないもの。わたしが伐られたのに、あの男の種がのうのうと芽吹いている方が悪い。ぐびぐびぐび…………」

「で? これからどうするのだ? もう許した、ということで良いのか?」

「……そうね。今度だけは許してあげる。精霊は寛容なの。私を敬い、崇め、祀り、供物を捧げるなら、許してあげる。ぐびぐびぐび…………」

 カヤノがそう言うと、ミュンスター殿が「興味深い……」と眼鏡の位置を直した。

「サイトー卿が神と同列視している理由がよく分かりました。正に、信じる者は救わる、なのですね?」

「納得してよいのか!? 本当に安心出来るのか!? あそこまで恨みをぶつけてきおったのに、こんな簡単な――」

「ご安心ください。恐らくですが、前例がある、のではないかと……」

「前例じゃと?」

「ですね? サイトー卿?」

「いやはや。ミュンスラー殿には重ね重ね恐れ入る。わずかな間にそこまで見抜いてしまわれるとは」

「どういうことじゃ?」

「ミナとクリスが先例にござります」

「ヴィルヘルミナとクリスティーネ? ……そうか! 二人の縁者も開発に関わっておったはずなのに、カヤノは何らの手出しもしておらん!」

「何のこと?」

「何故首を傾げる……。ミナとクリスも皇女殿下と同じだったではないか。まさか、気付いておらなんだのか?」

「そんなの知らない。言われないと分かる訳ないじゃない。でも、まあいいわ。二人はもう信者だし」

 あっさりと申すカヤノ。

 許しを得る方法は当たっていたものの、肝心の根拠と思うておった話に根拠がなかったとは……。

 丹波が「ほっほっほ」と笑うておる。

 あのクソ爺……どこかでこのことに気付いておったな?

 カヤノに皇女のことを告げた時であろうか?

 話す内に何か気付く事でもあったのかもしれん。

 忌々しい奴め……。

 ところで話の渦中にあるミナとクリスは、

「わ、私達もカヤノ様に命を狙われたかもしれないのか?」

「知らない間に信者にされちゃったけどねぇ……」

「そして知らない間に助かったようだが……」

「よく無事でいれたよねぇ……」

などと申し、乾いた笑い声を響かせていた。

「ねえ? もういいでしょ? ゆっくり飲みたいのよ」

「済まなんだな。もう、よいぞ」

「あっそ……。そうだ。一つだけ、言い忘れてたわ……」

 カヤノは手に持った杯を皇女に向けた。

「な、何じゃ?」

「いい? 今回は許した。でも次はない。次にあの男か、あの男の種がわたしやわたしの子達に手を出したらこうなる」

 バキンッ!

 陶製の杯を握り潰すカヤノ。

 残っていた酒が手指を伝いポタポタと滴り落ちる。

 その酒には、一滴の血も混じっていない。

 カヤノの肌は、磨き上げられたように滑らかなままだ。

「根絶やしにする。あの男の種は全部。分かった?」

「……肝に銘じておくのじゃ」

 皇女が答えると、カヤノは甕を抱えて大株の方へと行ってしまった。

 賑やかな宴の場で、俺達の毛氈だけ静かになってしまう。

 この静寂を破ったのは、やはり腹黒な笑い声であった。

「ほっほっほ。災難にござりましたな?」

「ふん……。これも身から出た錆と思うておくのじゃ」

「なんと殊勝なるお心掛け! この丹波、真に感じ入りましてござります! …………ところで――」

「なんじゃ?」

「そろそろ、帝都にお帰りになられては?」

「……どういう意味じゃ?」

「そのままの意味にござります。ミナ様を騎士となすこと敵わず、カヤノ様には命を狙われ、異界の恐ろしき習に肝を冷やされた。いくらお忍びと申しましても、いささか剣呑に過ぎまする。のう? ミュンスラー殿も左様にお思いになりませぬか?」

「…………」

 ミュンスラー殿は答えぬ。

 何を思うておるのか分からぬが、スッと眼鏡の位置を直したのみだ。

「早うお帰りなされ。御身の御為にござりますぞ?」

 皇女もミュンスラー殿も答えない。

 周囲の宴はお構いなしに続いていた。
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