56 / 62
3章 スイユ編
56 日誌の主
しおりを挟む
最後に城とその周辺一帯の浄化をルオンに頼み、私たちは帰路についた。
これで邪術の効力は解除され、きれいさっぱり無効になったはずだし、あの魔石がどこかに隠されていたとしても、マーシャの持っていたあの石と同じく、毒気を抜かれて透明無害な石に変わり果てているはず。
本来の神々しい銀毛の虎の姿を現して、空を駆け浄化の光を放つルオン。それにアルが目を奪われたかのように立ちすくんでいたのが少し不思議だった。ベレニスと魔物討伐に出ていたなら、精霊の浄化なんて珍しくもないだろうに。
もっとも、いくら浄化しても、朽ち果てたものが真新しくなるわけではない。しかし、荒廃した風景に何の変化も見えなくても、場を満たす空気には打って変わった清々しさを感じる。
これだけの広範囲の浄化は、さすがのルオンにも負担だ。
精霊力をほとんど使い果たしてしまったルオンは、また姿を消した。残った力を温存し、蓄積を早めるためだ。
宿に戻ると、ベレニスがまた、カイと一緒に私たちを待ち構えていた。
これはまた、何か頼まれる予感……。
「おかえり。ご苦労様。何か収穫はあったかい?」
満面の笑みで迎えてくれたベレニスに、アルも察したようで苦笑いして応える。
「依頼は果たしたよ。それで、面白そうなものが見つかりもしたから、持ってきた。それぐらいかな」
「それはよかった。じゃあ、早速、次も頼まれておくれ」
「あ……人使い、荒いねえ……」
これに私も同感だ。でも、ギルドに舞い込む依頼なんて、こちらの都合を待ってはくれないのが当たり前だから、仕方がない……。
その時、私のお腹がぐうっ……と小さく鳴った。恥ずかしい……。
気づいたベレニスがにやりとして私を見る。
「あ……すまない、すまない。あんたたち、一仕事してお腹が空いてるよな。先に食事、話はそれから」
「うん。そうしてくれると嬉しい……」
「僕もお腹が減ったよ。仕事の話の前に、何か食わせてくれよ」
「じゃあ、あんたたち、荷物を置いたら、あたしの部屋に集合ってことで。食事も用意しておくよ」
そうしていったん部屋に戻った私は、簡単に着替えを済ますと、ルオンを呼んだ。
「出てきたら?」
呼びかけると、たちまち猫の姿のルオンが現れる。
「ルオンも今日はありがとう。疲れたよね。ベレニスに言ってお菓子を貰おうか?」
「いいねえ。そのほうが回復が早まるよ」
「じゃあ、一緒に行きましょ。毛玉も甘いお菓子を貰おうよ」
お菓子、と聞けば、いつもなら飛び出してきて辺りをぴょんぴょん跳ねまわるはずの毛玉が、なぜか机の上に載ったまま、大人しくしている。
その机の上には、古城から持ってきた魔法師の日誌が置かれていた。さっき、アルから預かってもらえないかと手渡されたのだ。
アルは、自分は出かけることが多く、よく部屋を留守にするから、ルオンも毛玉もいる私の部屋のほうが保管しておくのに安全だろうと言って。
「あれ? 毛玉ちゃんは行かなくていいの? お菓子、いらないの?」
「あ、あい……今日は、とても、疲れた、のです。何だか、眠たい……。お菓子は、後でいい、です……」
「そう……」
いつもと違う反応の毛玉が少し心配ではあるが、今日、古城でいきなり震えだしたりしていたから、毛玉なりに何か気を張るようなことがあったのだろう。だから、大好きなお菓子を後回しにするほど眠たいのかもしれない。
「この、本、大事。守って、います……」
毛玉は古びた日誌の上に、ぴょんと載った。
「じゃ、毛玉ちゃんはお部屋で休んでいてね。お菓子は貰ってきてあげるから」
「はい、です……」
毛玉だけ部屋に残し、私はルオンとベレニスの部屋に向かう。
ベレニスの部屋の扉を開けると、テーブルに人数分の食事が用意されていた。湯気の立つ、美味しそうな匂い。
その匂いにつられて、またお腹が鳴りそうになる。カイも同じテーブルに着いていた。
全員が席に着くと、ベレニスが話し始める。
「カイたちがさ、アンテ城にいた男を街で見た、って言うんだよ。その男、話を聞くと、どうも魔法師だね」
ベレニスの言葉に、カイが隣で大きく頭を振った。
話を聞けば、カイが遊び仲間の少年たちとアンテ城に忍び込んでいた時に、男がそこで魔法を行うのを見たという。
「僕たちが城の中を探検していたら、後から男がやって来たんだよ。外で見張りをしてた奴が、人が来るのに気づいて、先回りして中にいた僕たちに知らせてくれたんだ。だから気づかれないように隠れて、遠くから男のすることを覗いてた」
少年たちに覗き見られているとも知らず、城の大広間に入った男は、小瓶に入った液体を、ゆっくり円を描くように床に垂らしていった。
その作業が一通り終わると、今度は箱から赤い石をいくつか取り出して、さっき描いた円の中に置く。さらに円の中央に、魔法で拘束されているらしい生きた魔物も置いた。それから何事かぶつぶつ唱えていたかと思ったら――。
「そこに黒い煙みたいなのが湧いてきたんだ。床からじわじわ湧いてきた気味の悪い黒い煙が、そのうち太い柱みたいになって広間の高い天井に届くまでのぼっていったと思ったら、その煙の中から大きな虎が出てきたんだ」
大きな虎?
堪らず話の途中に割って入った。
「……本当に虎に見えたの?」
カイは迷いなく答える。
「うん! 確かに虎だったよ。大きな虎!」
◆◆◆
「じゃ、毛玉ちゃんはお部屋で休んでいてね。お菓子は貰ってきてあげるから」
そう言って二人は部屋を出て行った。
毛玉は閉められた扉を確かめるようにじっと見つめてから、アルが持ってきた古びた日誌を小さな手で器用にぺらり、ぺらりとめくる。
すると、何も書かれていなかったはずの頁に、文字がうっすらと、やがてはっきりと現れてきた。
その文字を、愛おしそうに手でなぞると、毛玉の目からはらはらと涙がこぼれる。
その涙が日誌の文字を滲ませたと思った瞬間、毛玉が机の上から床に飛び降りた。
ポンッ!
床には、飛び降りた毛玉の代わりに、黒髪の少女が膝を抱えて蹲っていた。
これで邪術の効力は解除され、きれいさっぱり無効になったはずだし、あの魔石がどこかに隠されていたとしても、マーシャの持っていたあの石と同じく、毒気を抜かれて透明無害な石に変わり果てているはず。
本来の神々しい銀毛の虎の姿を現して、空を駆け浄化の光を放つルオン。それにアルが目を奪われたかのように立ちすくんでいたのが少し不思議だった。ベレニスと魔物討伐に出ていたなら、精霊の浄化なんて珍しくもないだろうに。
もっとも、いくら浄化しても、朽ち果てたものが真新しくなるわけではない。しかし、荒廃した風景に何の変化も見えなくても、場を満たす空気には打って変わった清々しさを感じる。
これだけの広範囲の浄化は、さすがのルオンにも負担だ。
精霊力をほとんど使い果たしてしまったルオンは、また姿を消した。残った力を温存し、蓄積を早めるためだ。
宿に戻ると、ベレニスがまた、カイと一緒に私たちを待ち構えていた。
これはまた、何か頼まれる予感……。
「おかえり。ご苦労様。何か収穫はあったかい?」
満面の笑みで迎えてくれたベレニスに、アルも察したようで苦笑いして応える。
「依頼は果たしたよ。それで、面白そうなものが見つかりもしたから、持ってきた。それぐらいかな」
「それはよかった。じゃあ、早速、次も頼まれておくれ」
「あ……人使い、荒いねえ……」
これに私も同感だ。でも、ギルドに舞い込む依頼なんて、こちらの都合を待ってはくれないのが当たり前だから、仕方がない……。
その時、私のお腹がぐうっ……と小さく鳴った。恥ずかしい……。
気づいたベレニスがにやりとして私を見る。
「あ……すまない、すまない。あんたたち、一仕事してお腹が空いてるよな。先に食事、話はそれから」
「うん。そうしてくれると嬉しい……」
「僕もお腹が減ったよ。仕事の話の前に、何か食わせてくれよ」
「じゃあ、あんたたち、荷物を置いたら、あたしの部屋に集合ってことで。食事も用意しておくよ」
そうしていったん部屋に戻った私は、簡単に着替えを済ますと、ルオンを呼んだ。
「出てきたら?」
呼びかけると、たちまち猫の姿のルオンが現れる。
「ルオンも今日はありがとう。疲れたよね。ベレニスに言ってお菓子を貰おうか?」
「いいねえ。そのほうが回復が早まるよ」
「じゃあ、一緒に行きましょ。毛玉も甘いお菓子を貰おうよ」
お菓子、と聞けば、いつもなら飛び出してきて辺りをぴょんぴょん跳ねまわるはずの毛玉が、なぜか机の上に載ったまま、大人しくしている。
その机の上には、古城から持ってきた魔法師の日誌が置かれていた。さっき、アルから預かってもらえないかと手渡されたのだ。
アルは、自分は出かけることが多く、よく部屋を留守にするから、ルオンも毛玉もいる私の部屋のほうが保管しておくのに安全だろうと言って。
「あれ? 毛玉ちゃんは行かなくていいの? お菓子、いらないの?」
「あ、あい……今日は、とても、疲れた、のです。何だか、眠たい……。お菓子は、後でいい、です……」
「そう……」
いつもと違う反応の毛玉が少し心配ではあるが、今日、古城でいきなり震えだしたりしていたから、毛玉なりに何か気を張るようなことがあったのだろう。だから、大好きなお菓子を後回しにするほど眠たいのかもしれない。
「この、本、大事。守って、います……」
毛玉は古びた日誌の上に、ぴょんと載った。
「じゃ、毛玉ちゃんはお部屋で休んでいてね。お菓子は貰ってきてあげるから」
「はい、です……」
毛玉だけ部屋に残し、私はルオンとベレニスの部屋に向かう。
ベレニスの部屋の扉を開けると、テーブルに人数分の食事が用意されていた。湯気の立つ、美味しそうな匂い。
その匂いにつられて、またお腹が鳴りそうになる。カイも同じテーブルに着いていた。
全員が席に着くと、ベレニスが話し始める。
「カイたちがさ、アンテ城にいた男を街で見た、って言うんだよ。その男、話を聞くと、どうも魔法師だね」
ベレニスの言葉に、カイが隣で大きく頭を振った。
話を聞けば、カイが遊び仲間の少年たちとアンテ城に忍び込んでいた時に、男がそこで魔法を行うのを見たという。
「僕たちが城の中を探検していたら、後から男がやって来たんだよ。外で見張りをしてた奴が、人が来るのに気づいて、先回りして中にいた僕たちに知らせてくれたんだ。だから気づかれないように隠れて、遠くから男のすることを覗いてた」
少年たちに覗き見られているとも知らず、城の大広間に入った男は、小瓶に入った液体を、ゆっくり円を描くように床に垂らしていった。
その作業が一通り終わると、今度は箱から赤い石をいくつか取り出して、さっき描いた円の中に置く。さらに円の中央に、魔法で拘束されているらしい生きた魔物も置いた。それから何事かぶつぶつ唱えていたかと思ったら――。
「そこに黒い煙みたいなのが湧いてきたんだ。床からじわじわ湧いてきた気味の悪い黒い煙が、そのうち太い柱みたいになって広間の高い天井に届くまでのぼっていったと思ったら、その煙の中から大きな虎が出てきたんだ」
大きな虎?
堪らず話の途中に割って入った。
「……本当に虎に見えたの?」
カイは迷いなく答える。
「うん! 確かに虎だったよ。大きな虎!」
◆◆◆
「じゃ、毛玉ちゃんはお部屋で休んでいてね。お菓子は貰ってきてあげるから」
そう言って二人は部屋を出て行った。
毛玉は閉められた扉を確かめるようにじっと見つめてから、アルが持ってきた古びた日誌を小さな手で器用にぺらり、ぺらりとめくる。
すると、何も書かれていなかったはずの頁に、文字がうっすらと、やがてはっきりと現れてきた。
その文字を、愛おしそうに手でなぞると、毛玉の目からはらはらと涙がこぼれる。
その涙が日誌の文字を滲ませたと思った瞬間、毛玉が机の上から床に飛び降りた。
ポンッ!
床には、飛び降りた毛玉の代わりに、黒髪の少女が膝を抱えて蹲っていた。
24
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
【完結】最後に貴方と。
たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。
貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。
ただそれだけ。
愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。
◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします
◆悲しい切ない話です。
堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。
木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。
彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。
そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。
彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。
しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。
だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
私の物をなんでも欲しがる義妹が、奪った下着に顔を埋めていた
ばぅ
恋愛
公爵令嬢フィオナは、義母と義妹シャルロッテがやってきて以来、屋敷での居場所を失っていた。
義母は冷たく、妹は何かとフィオナの物を欲しがる。ドレスに髪飾り、果ては流行りのコルセットまで――。
学園でも孤立し、ただ一人で過ごす日々。
しかも、妹から 「婚約者と別れて!」 と突然言い渡される。
……いったい、どうして?
そんな疑問を抱く中、 フィオナは偶然、妹が自分のコルセットに顔を埋めている衝撃の光景を目撃してしまい――!?
すべての誤解が解けたとき、孤独だった令嬢の人生は思わぬ方向へ動き出す!
誤解と愛が入り乱れる、波乱の姉妹ストーリー!
(※百合要素はありますが、完全な百合ではありません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる