7 / 12
其之七:稽古再び
しおりを挟む
時が過ぎ、再び、江戸城内の道場。左門は再び家光公と相対していた。
「左門、もう一本、頼むぞ」家光公はそう言って、蟇肌竹刀を構えた。
久しぶりの、家光公との剣の稽古であった。左門もゆるりと蟇肌竹刀を構える。
道場で立ち会うたびに、家光公様の剣は変わっていった。以前のように、無闇矢鱈に打ち込んでくることは無くなっていた。じわりじわりとすり足で間合いを詰め、隙を伺うようになっていた。左門が意図的に隙を作ると、容赦無く打ち込んでくる。
左門はさらりと家光公の太刀を躱す。決して受けない。新陰流の「柳の枝」は、相手の太刀を受けない。しかし、家光公も、左門に打ち込まれる位置までは踏み込まなくなっていた。
家光公の世継ぎを望む福の差配か、左門だけでなく、小姓たちは、徐々に家光公から離されていった。左門も例外ではなかった。堀田正盛の思惑もあり、政の舞台で同席することも少なくなっていた。家光公が左門と接することができるのは、この道場での剣の稽古がほとんどになっていた。
剣の稽古が終わった。今日も、家光公は左門に竹刀を受けさせることができなかった。しかし、家光公は満足げに笑みを浮かべていた。
「左門」家光公が汗を拭きながら、左門に声をかける。「今度、おぬしを、徒頭に任ずるぞ。拒否は許さん」
左門は黙って聞いていた。
「徒頭であれば、今よりわしに近くなり、わしに直接、意見を述べることが容易くなるだろう。ゆくゆくは父親同様、惣目付となり、わしを補佐せい」
家光公は高らかに宣言するのだった。
――それは、私の望むところではないのですよ、上様……
左門は、その思いを表にすることはなかった。
「左門、もう一本、頼むぞ」家光公はそう言って、蟇肌竹刀を構えた。
久しぶりの、家光公との剣の稽古であった。左門もゆるりと蟇肌竹刀を構える。
道場で立ち会うたびに、家光公様の剣は変わっていった。以前のように、無闇矢鱈に打ち込んでくることは無くなっていた。じわりじわりとすり足で間合いを詰め、隙を伺うようになっていた。左門が意図的に隙を作ると、容赦無く打ち込んでくる。
左門はさらりと家光公の太刀を躱す。決して受けない。新陰流の「柳の枝」は、相手の太刀を受けない。しかし、家光公も、左門に打ち込まれる位置までは踏み込まなくなっていた。
家光公の世継ぎを望む福の差配か、左門だけでなく、小姓たちは、徐々に家光公から離されていった。左門も例外ではなかった。堀田正盛の思惑もあり、政の舞台で同席することも少なくなっていた。家光公が左門と接することができるのは、この道場での剣の稽古がほとんどになっていた。
剣の稽古が終わった。今日も、家光公は左門に竹刀を受けさせることができなかった。しかし、家光公は満足げに笑みを浮かべていた。
「左門」家光公が汗を拭きながら、左門に声をかける。「今度、おぬしを、徒頭に任ずるぞ。拒否は許さん」
左門は黙って聞いていた。
「徒頭であれば、今よりわしに近くなり、わしに直接、意見を述べることが容易くなるだろう。ゆくゆくは父親同様、惣目付となり、わしを補佐せい」
家光公は高らかに宣言するのだった。
――それは、私の望むところではないのですよ、上様……
左門は、その思いを表にすることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
夜鳴き蕎麦徒然草子
いわん
歴史・時代
日本橋の袂、湯気の向こうに映る江戸の人間模様。
文化四年、江戸。夜の静寂に包まれた日本橋で、一台の夜鳴き蕎麦屋「清吉」に灯がともる。 店主は、寡黙な職人。茹で上げる蕎麦の音と出汁の香りに誘われ、今夜も暖簾をくぐる者たちがいた。
愚痴をこぼす同心、ささやかな祝いを分かち合う老夫婦、故郷を懐かしむ上方者、そして袖口に不穏な汚れをつけた訳ありの男……。 店主は何も聞かず、ただ淡々と蕎麦を差し出す。
冬の夜から春一番が吹く頃まで。 風鈴の音とともに流れる、切なくも温かい十の物語。 一日の終わりに、江戸の粋を味わう「蕎麦」の人情連作短編。
2026/01/23、全10話。完結しました。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる