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エピローグ 穂高side
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梓浜学園は十一月の末に球技大会がある。
新生徒会が手掛ける、はじめてのビッグイベントだ。
三年生はもう受験体制に入っていて、午前授業だけの学生もちらほらいる。だが付属の大学に進む者は面接のみなので、お気楽に残り少ない高校生活を楽しんでいた。
ゆえに球技大会では、三年生は有志参加になる。だが、一、二年生より燃えていた。
窓の外から自主練習をする先輩方の声が聞こえてきている。
僕は生徒会室で、藤代と球技大会のタイムスケジュールを制作していた。
円卓に隣り合って、体育館とグラウンドのコートの割り振りやおおよその時間割りをタブレットに書き起こしている。
他の役員や執行部員――ナイトとジャックって言うらしいけど、僕はちょっと言い慣れない――は借り出す備品の確認などに行っていて、留守だ。
っていうか、いつも留守だ。生徒会で話し合いが終わるとさぁーっといなくなる。
僕、他の役員とあまりまだ話とかできていないんですけど。
つか、僕はなんでいつも、藤代とマンツーで仕事をしなきゃならないのだろう?
あと、影でなんでかクィーンって呼ばれてて、なんでやねんって思っているんだけど。僕もナイトでしょ。ナイトのはずだ。
「前髪、伸びたね」
僕がタブレットを睨んでいると、藤代が僕の髪を指先でかき分けた。
なんとなく甘い雰囲気を漂わせる声で。色っぽく目を細める。
「生徒会室で変な空気を作るのはやめろ」
文句にはなにも言わず、藤代は僕の髪をいじり続ける。でも、なにかを探しているような指の動きを額に感じた。
「いろいろあって、床屋に行ってないから。ちなみに傷など残っていない」
あの事件で僕は額から出血して、藤代はひどく動揺したみたい。
でも、髪の生え際を二針縫ったけど、もうほとんどわからないくらいだし。
三週間ほど経つから、頬の痣も見えなくなった。
「責任取るよ。結婚して、千雪」
「まだ結婚年齢に達していない」
「…リアルぅぅ」
藤代はクスクス笑いながら、女子のバレーボールの時間を少しずらした。
むぅ、同時進行よりも少し時間をずらした方が準備の時間に余裕ができるか…。
ちなみに、女子はバレーボールとバスケ。男子は野球とバスケである。
僕は画面操作をしながら藤代に聞いた。
「君が言ういいなりってさ、キスしなくても従わせられるみたいだな」
生徒総会のときの藤代を見て、僕はそう思った。
あの生徒たちの催眠状態は、僕のいいなりなんかよりも絶大に効いていたと思う。
いや、僕は最初から効いていないけど。
藤代が言っていた元カノの話よりも効いていたように見えたから。
「キスすると、服従性が強まるように感じていたんだ。実験したわけでもないし、体感でそう思っていただけなんだよ。でも、濃密に交わらなくても強く言えば効くみたいだな。この前ので実証された」
「藤代が僕に固執するのは、君の能力に惑わされないからだろう? だったら萩原先輩でも深見先輩でも良いんじゃないかな?」
「またそういうこと言うの? 千雪以外に目を向けろって?」
彼がちょっと怒った顔を見せたから、フォローしておく。
「そうじゃないけど。僕は君が思うほど特殊じゃないと思う。ずっと見るほどじゃないけどそれなりに視線は引き付けられるし、僕より先輩方のほうがしっかりしているように感じたからさ」
僕の質問の意味をようやく理解したみたいな顔で、藤代はうなずいた。
「あぁ、千雪には先輩たちが俺の能力にハマっていない感じに見えたんだな? 選挙のときも自分の意思で千雪を副会長にしたいって言ったから。確かに、俺の能力を自覚した先輩方は、意思を強く保てて、俺の支配を受けづらくなる。でも、いざというときには従わせられるんだ。わかりやすいのは、生徒総会のとき。あの中で動けたのは千雪だけだった」
あの異様な空気感を僕は思い起こす。
講堂にいた五百名ほどの生命が感じられないほどに、ひっそりと静まり返って。人はいるのに誰もいない、そんな感じがして、怖かった。
その場には萩原先輩も深見先輩もいたけれど。確かに彼らの気配も感じられなかったな。
「千雪はマジで効かない。何度かふたりきりのときに『キスしろ』って真剣に念じてみたけど、一度もされたことないもん」
「能力の無駄遣いはよせ」
なにやってんの? 呆れちゃうよ、本当に。
「だから千雪は、特別ってこと」
なんだか嬉しそうに笑って、藤代は言う。
でも僕は…他の人たちと違うところしか取り柄がないように思えて、ちょっと気落ちする。
それは、なんか、自分の実力で勝ち取ったものじゃないじゃん。
意識してそうなっているのではない。つまり、体質みたいな? 運が良かっただけ。
イケメンだから好き、みたいな。一部分だけを好きになる感じと同じで、僕自身というか、僕という人間が好きなのではないんじゃないかって感じてしまったんだ。
「僕が特別でなかったら、藤代はきっと僕を好きにならなかったんだろうな」
だからつい、ぽろっと言ってしまった。
「ううん、絶対好きになってた」
しかし藤代は僕の言葉を明るく否定する。
「だって俺、千雪にひと目惚れだったから。はじめて会った花壇の前でさ。千雪は覚えていないだろうけど…」
唇をとがらせて、藤代は拗ねたように言う。
は? 藤代こそ、アレ覚えてたの?
「覚えているよ。入学式の前に会ったやつだろ。堂々としていたから、あのときは上級生の編入かと思ったんだ」
「え? 覚えていたのか? 二度目に会ったとき、千雪、俺のことスルーしたんだぞ」
「ちょっと道案内しただけだったから、君は覚えていないと思って…」
言ったら、藤代はさらに怒った。
「もうっ! 千雪は俺の嬉しがること、いっつも言ってくれないんだからなぁ。意地悪っ。でも、あの日のこと覚えててくれて、ものすごく嬉しい」
いじけて、怒って、幸せそうに笑って…情緒が忙しいな。他の人相手ではいつもクールなのに。
「だからぁ、千雪が特別だって知る前から、俺、千雪のことが好きだった。先輩方がたとえ千雪と同じだったとしても、絶対千雪を好きになっている。大体、先輩方は好みじゃないし、なんかおっかないし」
「本当に、君の美的感覚って最悪だよな。ふたりとも格好良いのに」
女性の萩原先輩に格好良いは誉め言葉じゃないかもしれないが、僕より背が高くて、僕よりイケメンで、僕より女子生徒にモテているのだから、格好良いで良いだろう。
しかし藤代は、大きく息を吸って、なんか般若みたいな顔になってる。おいおい。
「なに、その顔? 僕が先輩を褒めたからそんなになっちゃうのか? 恩ある先輩に変な対抗意識を持つなよ」
「…努力はする」
眉間に深い皺を刻む藤代。
まったく、残念な男だな。
「君、本当に僕のことが好きなんだな? なんでこんなブサ男を好きになっちゃったんだか…そこだけは理解不能だ」
「千雪は、ブサじゃない。格好良くて、男前で、綺麗で、可愛くて、凛としていて、ギュッとしたときの抱き心地も好きだし、もう全部好きだし……」
なんか、延々と続きそうだから、彼を手で制した。
「はいはい、わかった」
「あぁ、その言い方は、全然わかっていない。本気にしていないだろ。つか、千雪は自分を過小評価しすぎだよ。千雪にはいっぱい素敵なところがあるのに、もっと自分を好きになって」
「自分のことなんか好きになれないよ。要領悪いし顔悪いし性格悪いし」
「それが過小評価。仕事丁寧、可愛い、性格は…ちょっと意地悪。いや、小悪魔」
「小悪魔、誉め言葉じゃねぇ。つか、性格小悪魔ってなんだよ」
なんか馬鹿らしくなって、笑っちゃったよ。
「でもマジで、千雪が副会長に受かったのは、それなりの人数が千雪の仕事ぶりや真面目さを評価したってことだから、もっと自信を持って。自分で自分を貶めないでほしい。俺の好きな千雪を傷つけないで」
イケメンのマジ顔で、そんな臭いことを言っちゃうところが、藤代の強いところだと思うよ。
そんなこと言われて、ほだされないやついるぅ?
「そうは言っても、自分の嫌いなところは簡単に受け止められないものなの。でも…まぁ、あまり卑下はしないようにするよ」
ここまで話してて、なんの話していたのかわからなくなった。
あぁ、ブサなのに好きってやつか。
「つまり、君は…どんな僕でも好きなんだな。そして僕は君の思考が意味不明だ。宇宙人と付き合うには、もっと話し合いが必要だな」
この話を終了させたくて、そんなふうにしめた。
もう、タイムテーブルの制作がちっとも進まないじゃないか。
しかし藤代は興味津々なワンコの風情で机に乗り出して、僕の顔をのぞき込むのだ。
「なんでも聞いて。俺も千雪のこといっぱい知りたい。千雪の気持ちを教えて?」
もう、まだ話し続けるのか?
だったらぁ、そんなこと言うならぁ、僕は今までの不満をぶちまけるぞ。
「じゃあ、言うけど。校内放送で呼び出されるの、好きじゃなかった。あと、君の課題や雑用をするのも、面倒くさかった。生徒会に入ったからには雑事はするけど、効率的にしたいんだ。無駄な時間を取らないようにするなら、まぁ、悪くないというか?」
「俺の課題をやらせていたのは、千雪がすぐに帰ろうとするから引き留める口実だよ」
そんな理由があったのかと、僕は呆れてしまう。
そういえば、課題をやっている最中になにかとくっついてきていたな。
なんか、憎めなくて。笑える。
「じゃあ、もうひとつ」
「えぇ? まだ不満があるの?」
眉尻を下げる情けない顔をする藤代に、そっと囁いた。
「君とキスするのは…好き」
彼の目が、途端に潤む。
藤代の情熱を受け止めて、彼のくちづけを受け入れた。
「千雪、ちゅき…」
しっとりと唇を濡らすキスのあと、藤代はついばむキスをしながらそう言った。
は、恥ずかしいっ。
「僕の名前をもじって、変なふうに言うんじゃねぇっ!」
「ちゅき、ちゅき、愛してる、千雪」
すっごく、愛しそうに、嬉しそうに、そう言う藤代は。一転、真剣な顔つきで言った。
「千雪の中には、俺への憎しみも痛みも苦しみも愛も、そんないっぱいの感情があるんだってわかっているよ。千雪の憎しみを受け止める覚悟、俺、できてるから。だから、どうしても憎くて、ムカついて、殺したくなったら。俺の首に手をかけて、力を込めても良いよ」
僕が、藤代を首を絞めて殺す。その場面を想像すれば、僕は背筋が凍るが。
藤代はなんとなく幸せそうな顔で夢想していた。
「俺は千雪に殺されても仕方のないことをした。その罰を受ける日が、いつか来るかもしれないが。千雪が自ら罰してくれるのなら、それって最高に幸せなことだよ。でも、千雪の中にひと粒でも俺への愛が残っていたら…その愛が消えるまでは、俺に千雪を愛させて」
そんな…殺されてもいいなんて、そんな重い愛情を向けられても困ってしまう。
でも僕は。そんな藤代だから、拒めないのだ。
彼の本気が、胸に迫る。
それほどに僕を求めるなんて。
どうしようもなく、バカで。
どうしようもなく、愛おしい。
体を引き裂いて、心臓を捧げるような狂気的な愛情だけど。
素直に嬉しいと感じた。
藤代は、僕の、僕にもわからないような複雑感情を理解してくれている。
彼のような激しい愛情が、自分の中に生まれることはないかもしれない。
僕は何事も、そんなにズブズブとのめりこんだことがないからさ。性格的なもので。
けれどそれは、急激に高まったり、情熱的に求めたり、そういう形ではないだけで。
愛情がないわけではないんだ。
自分の愛情は、雪が降り積もるように、ゆっくり、でも確実に募っていくもの。
藤代にひたすらに愛情を注がれて、いつの間にか僕の中に藤代がいっぱいになっていた。
彼を、愛している。
「いいよ、愛させてやる…永輝」
はじめて彼の名を呼ぶと、藤代は目を丸くした。
そして、ほんの間近に互いの顔が寄り、どちらからともなくキスをする。
藤代とキスをすると、自分が変化させられるように感じる。
自分ばかりが変えられるのは嫌で、それに抗いたいと思ったときもあったけど。
でも、彼も僕の色に塗り替えられていた。それを知ったのだ。
心も体も互いの色に染め合う、それが愛し合っているってことなのかな?
まだよくわからないけど。
「なぁ、千雪。生徒総会でなんでもするって言ったやつ…猫耳コスの千雪にチュウしたい」
「却下だっ!」
それは生徒会選挙のときに悪ノリした萩原先輩にさせられて写真撮られたやつだけど。
絶対に、嫌ですぅっ!
あと、その写真もいつか回収しないとならんっ!
「えぇぇぇ、なんでもするって言ったじゃーん」
藤代は口をとがらせるが。できることとできないことがあるので。
「じゃあさ。俺が息絶えるその日まで…そばにいて」
そうしたら、重いやつブッこんできた。
でも、目がマジだったから。
愛させてやるって言ったばっかりだし、もう、仕方ないなぁ。
その重いの、背負ってやるよ。
「いいよ、永輝」
甘えたように言う藤代、それに応える僕。
これはゆがんだ愛の形だ。
けれど、未熟な僕らはそれでいい。
これからふたりで、その形を整えていくんだろう。
結局僕は、彼のいいなりだ。
新生徒会が手掛ける、はじめてのビッグイベントだ。
三年生はもう受験体制に入っていて、午前授業だけの学生もちらほらいる。だが付属の大学に進む者は面接のみなので、お気楽に残り少ない高校生活を楽しんでいた。
ゆえに球技大会では、三年生は有志参加になる。だが、一、二年生より燃えていた。
窓の外から自主練習をする先輩方の声が聞こえてきている。
僕は生徒会室で、藤代と球技大会のタイムスケジュールを制作していた。
円卓に隣り合って、体育館とグラウンドのコートの割り振りやおおよその時間割りをタブレットに書き起こしている。
他の役員や執行部員――ナイトとジャックって言うらしいけど、僕はちょっと言い慣れない――は借り出す備品の確認などに行っていて、留守だ。
っていうか、いつも留守だ。生徒会で話し合いが終わるとさぁーっといなくなる。
僕、他の役員とあまりまだ話とかできていないんですけど。
つか、僕はなんでいつも、藤代とマンツーで仕事をしなきゃならないのだろう?
あと、影でなんでかクィーンって呼ばれてて、なんでやねんって思っているんだけど。僕もナイトでしょ。ナイトのはずだ。
「前髪、伸びたね」
僕がタブレットを睨んでいると、藤代が僕の髪を指先でかき分けた。
なんとなく甘い雰囲気を漂わせる声で。色っぽく目を細める。
「生徒会室で変な空気を作るのはやめろ」
文句にはなにも言わず、藤代は僕の髪をいじり続ける。でも、なにかを探しているような指の動きを額に感じた。
「いろいろあって、床屋に行ってないから。ちなみに傷など残っていない」
あの事件で僕は額から出血して、藤代はひどく動揺したみたい。
でも、髪の生え際を二針縫ったけど、もうほとんどわからないくらいだし。
三週間ほど経つから、頬の痣も見えなくなった。
「責任取るよ。結婚して、千雪」
「まだ結婚年齢に達していない」
「…リアルぅぅ」
藤代はクスクス笑いながら、女子のバレーボールの時間を少しずらした。
むぅ、同時進行よりも少し時間をずらした方が準備の時間に余裕ができるか…。
ちなみに、女子はバレーボールとバスケ。男子は野球とバスケである。
僕は画面操作をしながら藤代に聞いた。
「君が言ういいなりってさ、キスしなくても従わせられるみたいだな」
生徒総会のときの藤代を見て、僕はそう思った。
あの生徒たちの催眠状態は、僕のいいなりなんかよりも絶大に効いていたと思う。
いや、僕は最初から効いていないけど。
藤代が言っていた元カノの話よりも効いていたように見えたから。
「キスすると、服従性が強まるように感じていたんだ。実験したわけでもないし、体感でそう思っていただけなんだよ。でも、濃密に交わらなくても強く言えば効くみたいだな。この前ので実証された」
「藤代が僕に固執するのは、君の能力に惑わされないからだろう? だったら萩原先輩でも深見先輩でも良いんじゃないかな?」
「またそういうこと言うの? 千雪以外に目を向けろって?」
彼がちょっと怒った顔を見せたから、フォローしておく。
「そうじゃないけど。僕は君が思うほど特殊じゃないと思う。ずっと見るほどじゃないけどそれなりに視線は引き付けられるし、僕より先輩方のほうがしっかりしているように感じたからさ」
僕の質問の意味をようやく理解したみたいな顔で、藤代はうなずいた。
「あぁ、千雪には先輩たちが俺の能力にハマっていない感じに見えたんだな? 選挙のときも自分の意思で千雪を副会長にしたいって言ったから。確かに、俺の能力を自覚した先輩方は、意思を強く保てて、俺の支配を受けづらくなる。でも、いざというときには従わせられるんだ。わかりやすいのは、生徒総会のとき。あの中で動けたのは千雪だけだった」
あの異様な空気感を僕は思い起こす。
講堂にいた五百名ほどの生命が感じられないほどに、ひっそりと静まり返って。人はいるのに誰もいない、そんな感じがして、怖かった。
その場には萩原先輩も深見先輩もいたけれど。確かに彼らの気配も感じられなかったな。
「千雪はマジで効かない。何度かふたりきりのときに『キスしろ』って真剣に念じてみたけど、一度もされたことないもん」
「能力の無駄遣いはよせ」
なにやってんの? 呆れちゃうよ、本当に。
「だから千雪は、特別ってこと」
なんだか嬉しそうに笑って、藤代は言う。
でも僕は…他の人たちと違うところしか取り柄がないように思えて、ちょっと気落ちする。
それは、なんか、自分の実力で勝ち取ったものじゃないじゃん。
意識してそうなっているのではない。つまり、体質みたいな? 運が良かっただけ。
イケメンだから好き、みたいな。一部分だけを好きになる感じと同じで、僕自身というか、僕という人間が好きなのではないんじゃないかって感じてしまったんだ。
「僕が特別でなかったら、藤代はきっと僕を好きにならなかったんだろうな」
だからつい、ぽろっと言ってしまった。
「ううん、絶対好きになってた」
しかし藤代は僕の言葉を明るく否定する。
「だって俺、千雪にひと目惚れだったから。はじめて会った花壇の前でさ。千雪は覚えていないだろうけど…」
唇をとがらせて、藤代は拗ねたように言う。
は? 藤代こそ、アレ覚えてたの?
「覚えているよ。入学式の前に会ったやつだろ。堂々としていたから、あのときは上級生の編入かと思ったんだ」
「え? 覚えていたのか? 二度目に会ったとき、千雪、俺のことスルーしたんだぞ」
「ちょっと道案内しただけだったから、君は覚えていないと思って…」
言ったら、藤代はさらに怒った。
「もうっ! 千雪は俺の嬉しがること、いっつも言ってくれないんだからなぁ。意地悪っ。でも、あの日のこと覚えててくれて、ものすごく嬉しい」
いじけて、怒って、幸せそうに笑って…情緒が忙しいな。他の人相手ではいつもクールなのに。
「だからぁ、千雪が特別だって知る前から、俺、千雪のことが好きだった。先輩方がたとえ千雪と同じだったとしても、絶対千雪を好きになっている。大体、先輩方は好みじゃないし、なんかおっかないし」
「本当に、君の美的感覚って最悪だよな。ふたりとも格好良いのに」
女性の萩原先輩に格好良いは誉め言葉じゃないかもしれないが、僕より背が高くて、僕よりイケメンで、僕より女子生徒にモテているのだから、格好良いで良いだろう。
しかし藤代は、大きく息を吸って、なんか般若みたいな顔になってる。おいおい。
「なに、その顔? 僕が先輩を褒めたからそんなになっちゃうのか? 恩ある先輩に変な対抗意識を持つなよ」
「…努力はする」
眉間に深い皺を刻む藤代。
まったく、残念な男だな。
「君、本当に僕のことが好きなんだな? なんでこんなブサ男を好きになっちゃったんだか…そこだけは理解不能だ」
「千雪は、ブサじゃない。格好良くて、男前で、綺麗で、可愛くて、凛としていて、ギュッとしたときの抱き心地も好きだし、もう全部好きだし……」
なんか、延々と続きそうだから、彼を手で制した。
「はいはい、わかった」
「あぁ、その言い方は、全然わかっていない。本気にしていないだろ。つか、千雪は自分を過小評価しすぎだよ。千雪にはいっぱい素敵なところがあるのに、もっと自分を好きになって」
「自分のことなんか好きになれないよ。要領悪いし顔悪いし性格悪いし」
「それが過小評価。仕事丁寧、可愛い、性格は…ちょっと意地悪。いや、小悪魔」
「小悪魔、誉め言葉じゃねぇ。つか、性格小悪魔ってなんだよ」
なんか馬鹿らしくなって、笑っちゃったよ。
「でもマジで、千雪が副会長に受かったのは、それなりの人数が千雪の仕事ぶりや真面目さを評価したってことだから、もっと自信を持って。自分で自分を貶めないでほしい。俺の好きな千雪を傷つけないで」
イケメンのマジ顔で、そんな臭いことを言っちゃうところが、藤代の強いところだと思うよ。
そんなこと言われて、ほだされないやついるぅ?
「そうは言っても、自分の嫌いなところは簡単に受け止められないものなの。でも…まぁ、あまり卑下はしないようにするよ」
ここまで話してて、なんの話していたのかわからなくなった。
あぁ、ブサなのに好きってやつか。
「つまり、君は…どんな僕でも好きなんだな。そして僕は君の思考が意味不明だ。宇宙人と付き合うには、もっと話し合いが必要だな」
この話を終了させたくて、そんなふうにしめた。
もう、タイムテーブルの制作がちっとも進まないじゃないか。
しかし藤代は興味津々なワンコの風情で机に乗り出して、僕の顔をのぞき込むのだ。
「なんでも聞いて。俺も千雪のこといっぱい知りたい。千雪の気持ちを教えて?」
もう、まだ話し続けるのか?
だったらぁ、そんなこと言うならぁ、僕は今までの不満をぶちまけるぞ。
「じゃあ、言うけど。校内放送で呼び出されるの、好きじゃなかった。あと、君の課題や雑用をするのも、面倒くさかった。生徒会に入ったからには雑事はするけど、効率的にしたいんだ。無駄な時間を取らないようにするなら、まぁ、悪くないというか?」
「俺の課題をやらせていたのは、千雪がすぐに帰ろうとするから引き留める口実だよ」
そんな理由があったのかと、僕は呆れてしまう。
そういえば、課題をやっている最中になにかとくっついてきていたな。
なんか、憎めなくて。笑える。
「じゃあ、もうひとつ」
「えぇ? まだ不満があるの?」
眉尻を下げる情けない顔をする藤代に、そっと囁いた。
「君とキスするのは…好き」
彼の目が、途端に潤む。
藤代の情熱を受け止めて、彼のくちづけを受け入れた。
「千雪、ちゅき…」
しっとりと唇を濡らすキスのあと、藤代はついばむキスをしながらそう言った。
は、恥ずかしいっ。
「僕の名前をもじって、変なふうに言うんじゃねぇっ!」
「ちゅき、ちゅき、愛してる、千雪」
すっごく、愛しそうに、嬉しそうに、そう言う藤代は。一転、真剣な顔つきで言った。
「千雪の中には、俺への憎しみも痛みも苦しみも愛も、そんないっぱいの感情があるんだってわかっているよ。千雪の憎しみを受け止める覚悟、俺、できてるから。だから、どうしても憎くて、ムカついて、殺したくなったら。俺の首に手をかけて、力を込めても良いよ」
僕が、藤代を首を絞めて殺す。その場面を想像すれば、僕は背筋が凍るが。
藤代はなんとなく幸せそうな顔で夢想していた。
「俺は千雪に殺されても仕方のないことをした。その罰を受ける日が、いつか来るかもしれないが。千雪が自ら罰してくれるのなら、それって最高に幸せなことだよ。でも、千雪の中にひと粒でも俺への愛が残っていたら…その愛が消えるまでは、俺に千雪を愛させて」
そんな…殺されてもいいなんて、そんな重い愛情を向けられても困ってしまう。
でも僕は。そんな藤代だから、拒めないのだ。
彼の本気が、胸に迫る。
それほどに僕を求めるなんて。
どうしようもなく、バカで。
どうしようもなく、愛おしい。
体を引き裂いて、心臓を捧げるような狂気的な愛情だけど。
素直に嬉しいと感じた。
藤代は、僕の、僕にもわからないような複雑感情を理解してくれている。
彼のような激しい愛情が、自分の中に生まれることはないかもしれない。
僕は何事も、そんなにズブズブとのめりこんだことがないからさ。性格的なもので。
けれどそれは、急激に高まったり、情熱的に求めたり、そういう形ではないだけで。
愛情がないわけではないんだ。
自分の愛情は、雪が降り積もるように、ゆっくり、でも確実に募っていくもの。
藤代にひたすらに愛情を注がれて、いつの間にか僕の中に藤代がいっぱいになっていた。
彼を、愛している。
「いいよ、愛させてやる…永輝」
はじめて彼の名を呼ぶと、藤代は目を丸くした。
そして、ほんの間近に互いの顔が寄り、どちらからともなくキスをする。
藤代とキスをすると、自分が変化させられるように感じる。
自分ばかりが変えられるのは嫌で、それに抗いたいと思ったときもあったけど。
でも、彼も僕の色に塗り替えられていた。それを知ったのだ。
心も体も互いの色に染め合う、それが愛し合っているってことなのかな?
まだよくわからないけど。
「なぁ、千雪。生徒総会でなんでもするって言ったやつ…猫耳コスの千雪にチュウしたい」
「却下だっ!」
それは生徒会選挙のときに悪ノリした萩原先輩にさせられて写真撮られたやつだけど。
絶対に、嫌ですぅっ!
あと、その写真もいつか回収しないとならんっ!
「えぇぇぇ、なんでもするって言ったじゃーん」
藤代は口をとがらせるが。できることとできないことがあるので。
「じゃあさ。俺が息絶えるその日まで…そばにいて」
そうしたら、重いやつブッこんできた。
でも、目がマジだったから。
愛させてやるって言ったばっかりだし、もう、仕方ないなぁ。
その重いの、背負ってやるよ。
「いいよ、永輝」
甘えたように言う藤代、それに応える僕。
これはゆがんだ愛の形だ。
けれど、未熟な僕らはそれでいい。
これからふたりで、その形を整えていくんだろう。
結局僕は、彼のいいなりだ。
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完結おめでとう御座います。
一気読みしたくて途中目をつぶってスルーして、最終日に感想を、と思っていたら時間がかかってしまいました。
現代でも異世界でも攻めは執着するもの!千雪君のそっけない感じ?が一番刺さった模様。
千雪君に、いろんな意味で、色眼鏡をかけない友達ができることを切に願うよーむーです。
よーむーさま、いつも感想をくださりありがとうございます💕
そして、お祝いのコメントも嬉しいです✨
今回は珍しく一気見勢だったのですね? 完結後にみなさんが読んでくださって、作者もとても嬉しかったです。喜びぃ(笑)
執着する攻めが塩の受けに翻弄されるところが私も好きです。もっと穂高ツンになれぇ、と思いつつ、なかなか甘くならなくて、苦労もしましたよ🌸
とにかく、最終回まで期間中に終えられて良かった。
次回は異世界の新作でお会いしたいと思います。引き続きご愛顧のほどよろしくお願いします💕
完結、おめでとうございます。
藤代は少年の友情や恋愛をすっとばして、ある意味早く大人になって大人の恋愛を体験してしまって、しかも、周り中が自分に対して好意だけを差し出す状況。誰かに嫌われたり、好きになっても思い通りにいかない。失敗体験といった負の年相応の体験のような心の成長に必要なものをとりこぼしてしまったのだろうなと勝手に思いました。読んでて、藤代は身勝手マンの恋愛観、相手の気持ちを何も考えてないなぁ。穂高と付き合って、手痛い体験をして年相応の成長をするのだろうなと思いました。
穂高は高校生男子の色気づいてない方なら、こんな感じだろう。自分の興味の範疇以外からの好意なんて、好きとか嫌い以前に恐怖を感じると思う。話を読んでいると穂高が非常に冷静の自分の心の動きを観察し、言葉にしているなぁと結構感心してしまいました。
高校生という時代は、中学生以下の読者さん以外は、大半の人が通過する時代のため、懐かしく思うけど、自分の高校時代と違うと共感しづらい部分があって、なかなか、感想書きづらいですね。
自分の小学校から高校まで同じ学校に行った友人は、高校時代に付き合った人と結婚したから、お話を読んで少しだけ甘酸っぱいやら、心がモダモダするやらの感覚がよみがえりました。年ですね。
operahouseさま、いつも感想をくださりありがとうございます💕
そして完結のお祝いコメントもありがとうございます💕 なんとか駆け抜けました(笑)
今回の話は藤代が特殊だったゆえ、共感はなかなかできなかったかもしれませんね。
でも、作者としては。高校時代の痛い体験などを盛り込んだつもりです。
好きを意識して挙動不審だったり、ことさら大人ぶってみたり、恋愛経験が豊富だと大人だって勘違いしたり、好きの気持ちで見ているけど目が合いそうになったらそらしたり…イタイ…イタイよぉ💦
でも私はつい最近までそんな感じだったので。若いからイタイというわけでもなさそう。作者がイタイ人なのです(笑)
藤代…穂高に結婚してもらえると良いですね。そうしたら高校時代に会った運命の人と結婚!って、藤代はジーンとしそう。そしてそれを冷ややかに見やる穂高✨
しかして、学生BLだから心がモダモダして正解なのです。学生BLはそういうものです!!
というわけで、operahouseさまもいいキス完走おめでとうございます。
まだまだ引き続き、過去作などもご愛顧くださると嬉しいです。感想をお待ちしております💕
最終回(* ´꒳`)ノ"お疲れ様でした♪
藤代くんは最後までSF(すこしふしぎ、主に精神面が)でしたね
少し情緒が幼い(ただし特定人物のそばにいるとき限定)ので、
最終的にはSK(すこしかわいい)になりました。
穂高くんの塩対応(でもちょっと流されちゃう)なところもよかったです。
甘やかされてふにゃふにゃのふわふわ受け(ちょこっとふわふわもしてますが)にはないピリッと感。
わかりやすいツンデレ(テンプレ的な…XXなんだからね!プンプン的な‥わかります?)に収まらないピリツンでよきよき。冷静でいい医師になれそうです!
個人的には先輩二人も好きでした。
いいっすね、言いたいことを(聞こえるように)言っちゃう脇キャラ(๑´ლ`๑)フフ♡
nashiumaiさま、いつも感想をくださりありがとうございます💕
いいキス、完走してくれてとても嬉しいです。最初は入り口が???で、なかなか入りずらい作品ではあったと思うのですが、よくぞ完走してくれました✨
キャラも立ってはいるが好感度的にはふたりとも???だったかもしれませんね。
でも最終的にskになって、嬉しいッス!
そう、穂高は終始塩だった…甘くならなくて困っちゃう。
でも若いときはなかなか素直になれないものですもんね。 (* ̄▽ ̄)フフフッ♪
藤代は…エスパーnashiumaiさまの読み通り、あとで後悔しちゃいましたね。かつ、ヤンデレも増進してしまったというか。いいキスはなんでもできる子の藤代が穂高にだけ振り回されて、から回っちゃう話でした。空回り具合が笑えたら良いかと(笑)
私も先輩ズ好きです。脇に全力投球しちゃう作者であった。
あ、初、梨、いただきました^^。みずみずしくて美味しかったよぉ。
nashiumaiさまの美味しい梨も早く届くといいねぇ。
では、今度は次回作でお会い出来たら嬉しいですぅ。よろしくお願いします✨