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31 僕は、間違っていた 穂高side
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もう用済みだ、とばかりに生徒会室を追い出された僕。もう帰っていいのかな? と思っていると、扉が開いて藤代が部屋から出てきた。
「待って、千雪」
慌てた様子で、藤代は廊下で僕の腕を掴む。
「大丈夫か? どうしても気が進まないようなら、受付用紙を取り返してやるぞ」
心配そうに僕をみつめる藤代。だけど…。
「君が僕を生徒会に入れたかったくせに、撤回してもいいのか?」
「いや…だけど…千雪が嫌々なのも嫌かなって。もちろん、千雪と生徒会がやれたら最高だけど、でも…」
珍しくうだうだ言う藤代が、僕はなんだか憎めなくて。
そして、ちょっと愉快な気分になって、笑った。
「はは、まさか僕も、言いくるめられるとは思っていなかった。君の能力がある限り、誰も僕の主張を崩せないと思っていたんだ。誰がなにを言おうと、藤代の望みを叶えたいだけでしょって言い張るつもりだった。でもまさか、藤代の能力を知る人物がいて、彼らは自我を保っていられるとはね」
「自我。あぁ、なるほどな。俺の力は、他者の自我を弱めて従わせているということ?」
「推測だけど。己の意思に反することでも藤代の意に従ってしまうというのは、そういうことなんじゃないかな?」
僕も藤代も、推測を出すそばから納得してうなずいている。
まぁ、憶測だから、本当のところはわからないけど。
藤代がどこまでの他者を操れるのか、その精度は? など、わからないことの方が多い。
「先輩方は、もちろん藤代の意向もあっただろうが、彼らの意思で僕を生徒会に入れたいと思っていた。そして僕の説得に成功した。それは萩原先輩と深見先輩の頭の回転の速さと優れたコンビネーションの成果だと思う。先輩方のような有能な人と知り合う機会があるのなら、生徒会入りも悪くないと思ったよ」
僕が、先輩方を褒めると、藤代はあからさまに、口をへの字にし。そしてそれがニュッと突き出てくる。
色艶の良い唇をとがらせても、色っぽいだけで、迫力が皆無だぞ。
そんな藤代に、僕はたずねた。
「君は、僕のいいなりなのか?」
「そんなの、決まっているじゃないか」
今まで知らなかったのか? というように目をみはり、驚愕の顔つきで見てくるけど。
いや、そんなの知らないし、決まってもいない。
だって、僕が藤代になんでも従ってきたんだから。
「千雪が望むなら、ウサ耳つけて踊ってもいい。テスト問題を盗みに行ってもいい」
「そんなこと望まない。不正で一位を取ったって、むなしいだけだ。ここまでしなければ僕は一位を取れないのかって、逆に自信喪失だよ」
「千雪はいつか一位を取れるよ。ウサ耳は?」
「学年一位のおまえに言われたくない。つか、ウサ耳も望まないが」
冷静にツッコむ。
でも、藤代が真剣な面持ちを崩さないから、僕は話の続きを黙って聞いた。
「千雪が望むならなんでもする。でも、別れろと言われたら、うなずけない。そこまでいいなりにはなれないよ。けれどそれって、恋人としての普通の感覚だろ?」
「あぁ、普通だ」
恋人と別れたくないという思いは、ごく当たり前のこと。藤代の歴代彼女は、その思いを捻じ曲げられ、承諾してきたのだ。彼女たちは己の主張を藤代に告げる機会を奪われて、可哀想だけど。
それが普通のことなのだと、今まで知らなかった藤代も、そういう環境を与えられなかったわけだから可哀想なのかもしれない。
藤代は、修羅場のひとつやふたつは経験しておくべきだよ。
「普通って、なんか良いな。千雪となら、俺は普通の恋人同士になれる。千雪の前でだけ、俺は普通でいられるんだ」
ほのぼのとした笑みを浮かべ、藤代は嬉しげに己の気持ちを伝えた。
このとき。僕の胸に熱いものが込み上げてきた。
何ヶ月もの間、僕は藤代に、好きだの愛しているだの言われ続けてきたが。本気にしていなかったのだ。
今まで簡単に獲得できたものが、手にすることができずにムキになっている。
特別なものだと思いこむことで生まれる執着。
そんなふうに、彼の気持ちをとらえていたのだ。
でも今、はじめて彼の好きという気持ちが僕の胸に刺さった。
「僕は、間違っていた」
思わず、つぶやく。
そのとき生徒会室の扉がガンガン鳴った。萩原先輩が扉を少し開けてジト目でこちらを見ている。
「会長、接近禁止」
藤代は、なにか問いたげな目を僕に向けるが。
待て。僕もまだ、自分の考えや気持ちの整理ができていない。
「選挙が終わったら、話をしよう」
言って、僕は藤代に背を向けた。
ひとりで教室に戻り、ひとりで帰り支度をして帰路につく、久々のひとりだけの下校だ。
その帰り道で、僕は先ほどのつぶやきの言葉を改めて考えてみる。
僕は唐突に、自分の行いが間違いであったことに気づいたのだ。
ずっと、藤代に魅了され、いいなりになっている男を演じてきた。特別ではない、普通の男だと。
でも。藤代の元カノに比べたら、僕はあきらかにいいなりではなかった。普通ではない男だった。
彼に魅了されるのは、彼にとって普通のこと。
そして彼に魅了されない男は、普通ではない男だということだ。
その上で、藤代は『普通の恋人』を求めていた。
この場合の普通の恋人は、能力に惑わされていない、一般的な恋人同士の有様だ。
つまり。僕が彼に接していた状態は、彼が欲してやまない、普通の恋人の態だった。
彼が一番求めていたものを、知らず提供していたってこと。それじゃあ、藤代が僕に飽きることなんかないよ。
僕は、藤代が僕に飽きて離れていく場面を長い間夢に見ていた。
彼が乱暴に豹変して、意識を失って、死ぬかと思って、おびえて、僕の意に添わないキスをして僕を無理やり従わせようとした。
あの日のことが忘れられない。
今でも彼が嫌いだ。
でも。自分だけに甘えてすがる彼を、愛おしいと思う気持ちも、心の中に確かに存在していて。
その気持ちも、本当なのだ。
僕が間違えたとつぶやいたのは、自分の、この複雑な感情と向き合わなかったこと。
そして、この件について藤代となにも話さなかった、半年も彼と向き合わなかった。
それを、間違いだと思ったのだ。
僕は藤代のこと、好きなのか、嫌いなのか。わからない。
なのに。
夕暮れの帰り道、いざひとりで立ち尽くすと。
道に映る、なにも寄り添わない自分の影が寂しいと感じる。
藤代のいない隣が、ちょっと寒かった。
「待って、千雪」
慌てた様子で、藤代は廊下で僕の腕を掴む。
「大丈夫か? どうしても気が進まないようなら、受付用紙を取り返してやるぞ」
心配そうに僕をみつめる藤代。だけど…。
「君が僕を生徒会に入れたかったくせに、撤回してもいいのか?」
「いや…だけど…千雪が嫌々なのも嫌かなって。もちろん、千雪と生徒会がやれたら最高だけど、でも…」
珍しくうだうだ言う藤代が、僕はなんだか憎めなくて。
そして、ちょっと愉快な気分になって、笑った。
「はは、まさか僕も、言いくるめられるとは思っていなかった。君の能力がある限り、誰も僕の主張を崩せないと思っていたんだ。誰がなにを言おうと、藤代の望みを叶えたいだけでしょって言い張るつもりだった。でもまさか、藤代の能力を知る人物がいて、彼らは自我を保っていられるとはね」
「自我。あぁ、なるほどな。俺の力は、他者の自我を弱めて従わせているということ?」
「推測だけど。己の意思に反することでも藤代の意に従ってしまうというのは、そういうことなんじゃないかな?」
僕も藤代も、推測を出すそばから納得してうなずいている。
まぁ、憶測だから、本当のところはわからないけど。
藤代がどこまでの他者を操れるのか、その精度は? など、わからないことの方が多い。
「先輩方は、もちろん藤代の意向もあっただろうが、彼らの意思で僕を生徒会に入れたいと思っていた。そして僕の説得に成功した。それは萩原先輩と深見先輩の頭の回転の速さと優れたコンビネーションの成果だと思う。先輩方のような有能な人と知り合う機会があるのなら、生徒会入りも悪くないと思ったよ」
僕が、先輩方を褒めると、藤代はあからさまに、口をへの字にし。そしてそれがニュッと突き出てくる。
色艶の良い唇をとがらせても、色っぽいだけで、迫力が皆無だぞ。
そんな藤代に、僕はたずねた。
「君は、僕のいいなりなのか?」
「そんなの、決まっているじゃないか」
今まで知らなかったのか? というように目をみはり、驚愕の顔つきで見てくるけど。
いや、そんなの知らないし、決まってもいない。
だって、僕が藤代になんでも従ってきたんだから。
「千雪が望むなら、ウサ耳つけて踊ってもいい。テスト問題を盗みに行ってもいい」
「そんなこと望まない。不正で一位を取ったって、むなしいだけだ。ここまでしなければ僕は一位を取れないのかって、逆に自信喪失だよ」
「千雪はいつか一位を取れるよ。ウサ耳は?」
「学年一位のおまえに言われたくない。つか、ウサ耳も望まないが」
冷静にツッコむ。
でも、藤代が真剣な面持ちを崩さないから、僕は話の続きを黙って聞いた。
「千雪が望むならなんでもする。でも、別れろと言われたら、うなずけない。そこまでいいなりにはなれないよ。けれどそれって、恋人としての普通の感覚だろ?」
「あぁ、普通だ」
恋人と別れたくないという思いは、ごく当たり前のこと。藤代の歴代彼女は、その思いを捻じ曲げられ、承諾してきたのだ。彼女たちは己の主張を藤代に告げる機会を奪われて、可哀想だけど。
それが普通のことなのだと、今まで知らなかった藤代も、そういう環境を与えられなかったわけだから可哀想なのかもしれない。
藤代は、修羅場のひとつやふたつは経験しておくべきだよ。
「普通って、なんか良いな。千雪となら、俺は普通の恋人同士になれる。千雪の前でだけ、俺は普通でいられるんだ」
ほのぼのとした笑みを浮かべ、藤代は嬉しげに己の気持ちを伝えた。
このとき。僕の胸に熱いものが込み上げてきた。
何ヶ月もの間、僕は藤代に、好きだの愛しているだの言われ続けてきたが。本気にしていなかったのだ。
今まで簡単に獲得できたものが、手にすることができずにムキになっている。
特別なものだと思いこむことで生まれる執着。
そんなふうに、彼の気持ちをとらえていたのだ。
でも今、はじめて彼の好きという気持ちが僕の胸に刺さった。
「僕は、間違っていた」
思わず、つぶやく。
そのとき生徒会室の扉がガンガン鳴った。萩原先輩が扉を少し開けてジト目でこちらを見ている。
「会長、接近禁止」
藤代は、なにか問いたげな目を僕に向けるが。
待て。僕もまだ、自分の考えや気持ちの整理ができていない。
「選挙が終わったら、話をしよう」
言って、僕は藤代に背を向けた。
ひとりで教室に戻り、ひとりで帰り支度をして帰路につく、久々のひとりだけの下校だ。
その帰り道で、僕は先ほどのつぶやきの言葉を改めて考えてみる。
僕は唐突に、自分の行いが間違いであったことに気づいたのだ。
ずっと、藤代に魅了され、いいなりになっている男を演じてきた。特別ではない、普通の男だと。
でも。藤代の元カノに比べたら、僕はあきらかにいいなりではなかった。普通ではない男だった。
彼に魅了されるのは、彼にとって普通のこと。
そして彼に魅了されない男は、普通ではない男だということだ。
その上で、藤代は『普通の恋人』を求めていた。
この場合の普通の恋人は、能力に惑わされていない、一般的な恋人同士の有様だ。
つまり。僕が彼に接していた状態は、彼が欲してやまない、普通の恋人の態だった。
彼が一番求めていたものを、知らず提供していたってこと。それじゃあ、藤代が僕に飽きることなんかないよ。
僕は、藤代が僕に飽きて離れていく場面を長い間夢に見ていた。
彼が乱暴に豹変して、意識を失って、死ぬかと思って、おびえて、僕の意に添わないキスをして僕を無理やり従わせようとした。
あの日のことが忘れられない。
今でも彼が嫌いだ。
でも。自分だけに甘えてすがる彼を、愛おしいと思う気持ちも、心の中に確かに存在していて。
その気持ちも、本当なのだ。
僕が間違えたとつぶやいたのは、自分の、この複雑な感情と向き合わなかったこと。
そして、この件について藤代となにも話さなかった、半年も彼と向き合わなかった。
それを、間違いだと思ったのだ。
僕は藤代のこと、好きなのか、嫌いなのか。わからない。
なのに。
夕暮れの帰り道、いざひとりで立ち尽くすと。
道に映る、なにも寄り添わない自分の影が寂しいと感じる。
藤代のいない隣が、ちょっと寒かった。
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