【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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30 マヌ毛? アホ毛じゃなくて? (イアンside)

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     ◆マヌ毛? アホ毛じゃなくて? (イアンside)

 シヴァーディが、クロウを害していないことはわかっていたが、部下が起こした騒ぎなので。我は彼の無事を確かめるため、サロンに入っていった。
 すると、目元と頬を赤くした。
 でも、マヌケな髪型のクロウが立っている。

 我はクロウに寄っていき、その目元を親指でこすった。
「泣いたのか? シヴァーディに、きついことを言われたのか?」
「いえ…シヴァーディ様の傷が、お話が、痛々しくて…」
 まばたきをすれば、ポロリと涙がこぼれそうなほどに、瞳は潤んでいる。それはとても可哀想な顔つきなのだが。

 なにせ、前髪を結えたマヌケな髪型が気になって。

 可哀想なのと、おかしいのが、ミスマッチ過ぎて。おかしいが勝ってしまう。
 プッと、吹き出して。我は前髪を引っ張った。
「マヌケだな」
 クロウは、我に前髪を引っ張られて、ようやく、それを結んだままだったと気づいたようだ。
 しまった、という顔をする。
 その顔も、おかしくて。笑いをこらえるのが大変だった。

「マヌ毛? アホ毛じゃなくて? ですか?」
「本土では、これをアホ毛と言うのか?」
 それは初耳だ。
 まさか、本土でこの髪型が流行っている、などとは言わないだろうな?

 そんな気持ちでたずねると。クロウは、首を傾げた。
「いえ。本土というか、一部界隈です」
「アホ毛。変な名前だな」
 もう。おかしすぎて。
 こらえているのがまた、笑いを誘うというか。
 ここは思い切って笑ってしまった方が、笑いの発作が早くおさまると思った。
 ハハッと、大きく笑いを吐き出せば。心も落ち着いてくる。

 笑う我のことを、クロウは不思議そうに見ているが。
 声をあげて笑うのは、王らしくも、男らしくも、大人らしくもないからな。そろそろ戒めよう。

 我は、ひとつ咳払いをして。仕切り直した。
 その間に、クロウもアホ毛を直していた。
「…クロウ。大事ないか?」
 シヴァーディに、斬られはしなくても。怒られたり、傷つけられたりしていないか、心配で聞くが。
 クロウは、なにやらパッと明るい笑みを浮かべた。

「大事は、ありました。麗しの騎士様が名前を教えてくださったのです。これは大きな出来事ですっ」
 また、間の抜けたことを言い出す。
 以前なら、なにかを企んでいて、はぐらかしているのだろうかと、裏を探ってしまうところだが。
 もう、クロウが真剣に、間が外れているのだと了解し始めていた。

 つまり、この死神は、おかしな男なのだ。

「いや、大事というのは、そういうことではなく。怪我などはないか? という意味だ」
「シヴァーディ様が、僕に怪我など、させるわけがありません。気高く、高潔な騎士様なのですから」
 それほど、長く話してはいないと思うのだが。クロウはシヴァーディのことを、よくわかっているようだ。
 部下が、高い評価を受けることは、純粋に嬉しい。

 しかし、ちょっとだけ。モヤモヤする。
「シヴァーディ様がご心配で、サロンへお出ででしたか? お強い騎士様を、僕などが害せるわけないでしょう? おかしな、イアン様ですね?」
 的外れなことを言って、クロウが温かな笑みを浮かべる。

 我は…おまえの心配をしたのだ。

 そして、おかしいのは、いつだっておまえの方だ。失敬な。だが…。
「ふふ、確かに。我はおかしいな」
 この、クロウの温かい笑みを守りたいと思って。
 我は、その身を抱き寄せた。

 つい、数時間前までは。クロウを暗殺者ではないかと疑っていたというのに。
 彼に抱いていた不信感が、コロリと転回してしまったことは、己の単純な心に呆れるばかりだし。あまつさえ、その者を守りたいと思うなんて。
 おかしいこと、この上ない。
 我は。クロウに出会ってから。ずっと、おかしい。

 でも、我の中にはもう、彼を忌み嫌う理由がない。だから。仕方がないのだ。

 腕の中のクロウは、とても小さくて。右の腕だけでも、すっぽりと抱き締められる。
 左手は、彼の頭を支えたが、手のひらに頭がおさまってしまう。
 なんだ? この小さい頭は? 脳みそは詰まっているのか?

 だが、その感覚は。
 妹が生まれたときに抱かせてもらった、あの、生まれたての小さな赤子の頭を手のひらで支える、そんな心もとない気持ちを、思い起こさせた。

 そうか。クロウは、小さくて、か弱い。我が守るべき、我の愛しい国民なのだな。

 我は、手の中のクロウの髪を、指先で撫でる。
 黒いから、鉄鋼のように硬質なイメージだったが。意外と細くて柔らかい。
 指の間から、さらさらとこぼれ。つむじのそばには光の輪がある。黒色でも、艶があると光るのだな? これは新発見だ。

 死神なのに、天使の輪があるなんて…。

「イアン様…?」
 ぼんやりしたような顔で、クロウが我を見上げる。
 泣いたばかりの目元が、赤く色づいて。いつもよりも、妖艶な表情に見えた。
 その、黒の瞳をみつめていれば。また吸い込まれそうで。
 自然、顔をクロウに寄せていってしまう。

「にゃおーん」

 いつもより、幾分か低い声で、あの猫が鳴いた。
 …姿は見えないが?

「なんだ? どこかで、あの猫が怒っているようだぞ?」
「お、お、お、お気になさらず…」
 なにやら、クロウは青い顔になって、言う。
 それで、我は。クロウに密着していることを、改めて認識し。
 夢から覚めた気分で、体を離した。

「…大事ないなら、それでよい。あまり仕事に根を詰めるなよ」
「お気遣い、ありがとうございます。イアン様」
 クロウも、深く頭を下げたので。我はサロンを後にした。

 廊下に出れば、もちろん我を警護するため、シヴァーディとセドリックがいるのだが。
 なぜかふたりとも、顔がほんのり赤い。
「ん? なにかあったか?」
「いえ、なにも」
 上機嫌なセドリックが答え。
 シヴァーディは能面顔に戻って、我の背後に立つ。

 うむ。これでいつもどおりだな。
 思いがけずに起こった騒動は、とりあえず何事もなく終了したようだ。

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