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55 王城へ至る道 ①(イアンside)
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◆王城へ至る道(イアンside)
秘密の通路をくぐり抜け、扉の向こうに海を見たクロウは、興奮と喜びの面持ちで、目をキラキラさせている。
昔話が好きな彼は、歴史を感じさせるものに心惹かれるようで。ミハエルの剣や噴水の彫刻や、門の仕組みなどにも、興味津々、感激、という表情をする。
クロウの気持ちは、よくわかる。
我も、父に、この通路と、この遺跡に関わる話を教えてもらったときは、ワクワクと心が躍ったものだ。
今は、少しせつない心持ちで、この場所に来ることが多いけれどな。
海に沈む階段を見て、これでは使えませんよね、とクロウは言うが。
どうやって使うのですか? なんのために作られたのですか? と、闇の中に星が瞬くかのような瞳が、如実にそう、我に語り掛けていた。
楽しそうで、なによりである。
「城の北側から、本土にかけての海は、遠浅で。大きな船は入れない地形だ」
「はい。僕の勤める店は、ここの対面の辺りにあるのですが。こちらに渡るのに、王都のはずれにある、港まで行かないとならなかったのです」
「船は外海を通らないと、島に接岸できないからだ。北の内海は、騎士団に規制されて、釣り船一隻出せないようだが。ゆえに、誰にもみつからずに、この階段で海底まで降りることができる」
我の説明に、クロウは素直に感心し。目を丸くして、話に食いついてくる。
普段は綺麗めな顔が、子供のような無邪気さになって。可愛いな。
「でも、下は海でしょう? どうやって、下へ降りるのですか?」
「海底は、複雑に隆起している。引き潮の加減で、時折、盛り上がった箇所が、海の上に出ることがあるのだ。その現象を、砂洲という。本土まで続く、砂の道だな」
クロウは、おぉ、と。感嘆の声を出す。
驚きの連続に、口がずっと、開きっぱなしだぞ?
「海の上に、道ができるのですか? すごいっ。すごいですね? イアン様っ」
「あぁ、本土から、この階段の下まで、砂洲があるのだ。距離は五キロ、制限時間はおよそ三十分弱と聞いているが…クロウ、渡れるか?」
「…制限時間が…運動が苦手なぼくには、無理かもしれません」
クロウは、自分がこの道を渡るところを想像したようで。
不可能と判断したのか、シュンとして、肩を落とした。
我は…ハチに追われていると思って、噴水を一周した、あのクロウを思い出して。
あの足運びでは、いかにも無理だろうなと思って、笑いが込み上げてきてしまった。
「はははっ、そうだな。クロウには、全力疾走でも難しいかな? だが、船が実用的ではなかった、数百年前まで。カザレニアの民はみな、この道を通って、島に上陸していたのだ。王城へ至る道、王幾道を渡ってな」
「王幾道? すっごい、格好いいネーミングですねっ?」
頬を上気させ、クロウは感激に打ち震えている。
少し、落ち着け。
だが、海を割る道を、大荷物を背負い、我先にと渡ってくる…大昔の民の姿を脳裏に思い浮かべれば。感激するのも、もっともだな。
それは、この城にひとり取り残された王も、恋焦がれる情景だ。
「しかし、その道は熾烈だ。中には渡り切れず、海に、のまれた者もあったそうだからな。それでも、城下を目指し、みな、渡ってきた…」
もしも自分を慕って、民たちが命懸けで、この道を渡ってきたら。身震いするほど感動するだろう。
だが、ここ数年、砂洲が現れるほどの引き潮は、起きていなかった。
「現在、船で島へ渡るのが、当たり前の世になり。王幾道は忘れ去られてしまった。短時間でもあるから。この現象のことを、民はもう、知らぬのだろうな?」
「子供の頃から、ぼくは、海岸でこの城を見てきましたが。そんな現象があるなんて、初めて知りました。城へ上がれる、こんな階段があるなんて…本土からは見えませんし。王家の伝記の中にも、ぼくが知る限り、海を渡る記述はなかったです。もし一行でも書かれていたら、こんなロマンティックなことは、絶対に忘れたりしませんからねっ?」
鼻息をフンフンさせて、クロウは言う。
そうだな、クロウが海を見てきた、その間は一度も、その現象はなかったと思う。
あるいは、我もクロウも、知らぬうちに。砂洲は出現していたのかもしれないが。
「伝記に書いていないというのは、セキュリティーのために、秘匿されているのかもしれないな。木戸の裏は、外壁と同じ素材の石組みが使われ、目立たぬようになっているから。カザレニア以外の敵に悪用されないため、かもしれない。だから、本土からは見えないし。民も、その存在を忘れているのだろう…」
バミネが、王家の話を極力出さないようにして、民の心から、王家を引き離している。そういう背景もあるからな。
王幾道のみならず、王家も、忘れ去られようとしているのかもしれない。
そう思うと、せつないな。
バミネの仕打ちに、憤りを感じる。
だが、自分にはなにもできない。
その己の情けなさの方が、心底腹立たしい。
そんな苦しい胸の内を、我は思わず吐露してしまった。
「…この道を通って、逃げてしまいたいと…何度、思ったことか。だが、王が。民を捨てて逃げるなど、絶対にあってはならない」
民を捨てて逃げることだけは、してはならない。
王として。
それだけは、最低限、守るべきことなのだと。自戒する。
「そんなに、結婚が、御嫌なのですか?」
クロウの、的外れで、マヌケな問いかけに。我は息をのんで、彼をみつめる。
死から逃れたい、そんなつぶやきを。彼は誤解したのだ。
そういえば、クロウは。婚礼衣装を作っているつもり、なのだものな?
だが、それでいい。誤解したままで、いいのだ。
クロウとは、つかの間の出会い。ほんの一瞬、関わるだけの。でも、大事な人だから。
こんなに重いものは背負わせられない。
クロウは、死に装束ではなく。婚礼衣装を、作っていれば良い。
なにも知らないでいい。
重いものを押しつけたら、きっと、クロウの晴れやかな笑みが、曇ってしまうから。
秘密の通路をくぐり抜け、扉の向こうに海を見たクロウは、興奮と喜びの面持ちで、目をキラキラさせている。
昔話が好きな彼は、歴史を感じさせるものに心惹かれるようで。ミハエルの剣や噴水の彫刻や、門の仕組みなどにも、興味津々、感激、という表情をする。
クロウの気持ちは、よくわかる。
我も、父に、この通路と、この遺跡に関わる話を教えてもらったときは、ワクワクと心が躍ったものだ。
今は、少しせつない心持ちで、この場所に来ることが多いけれどな。
海に沈む階段を見て、これでは使えませんよね、とクロウは言うが。
どうやって使うのですか? なんのために作られたのですか? と、闇の中に星が瞬くかのような瞳が、如実にそう、我に語り掛けていた。
楽しそうで、なによりである。
「城の北側から、本土にかけての海は、遠浅で。大きな船は入れない地形だ」
「はい。僕の勤める店は、ここの対面の辺りにあるのですが。こちらに渡るのに、王都のはずれにある、港まで行かないとならなかったのです」
「船は外海を通らないと、島に接岸できないからだ。北の内海は、騎士団に規制されて、釣り船一隻出せないようだが。ゆえに、誰にもみつからずに、この階段で海底まで降りることができる」
我の説明に、クロウは素直に感心し。目を丸くして、話に食いついてくる。
普段は綺麗めな顔が、子供のような無邪気さになって。可愛いな。
「でも、下は海でしょう? どうやって、下へ降りるのですか?」
「海底は、複雑に隆起している。引き潮の加減で、時折、盛り上がった箇所が、海の上に出ることがあるのだ。その現象を、砂洲という。本土まで続く、砂の道だな」
クロウは、おぉ、と。感嘆の声を出す。
驚きの連続に、口がずっと、開きっぱなしだぞ?
「海の上に、道ができるのですか? すごいっ。すごいですね? イアン様っ」
「あぁ、本土から、この階段の下まで、砂洲があるのだ。距離は五キロ、制限時間はおよそ三十分弱と聞いているが…クロウ、渡れるか?」
「…制限時間が…運動が苦手なぼくには、無理かもしれません」
クロウは、自分がこの道を渡るところを想像したようで。
不可能と判断したのか、シュンとして、肩を落とした。
我は…ハチに追われていると思って、噴水を一周した、あのクロウを思い出して。
あの足運びでは、いかにも無理だろうなと思って、笑いが込み上げてきてしまった。
「はははっ、そうだな。クロウには、全力疾走でも難しいかな? だが、船が実用的ではなかった、数百年前まで。カザレニアの民はみな、この道を通って、島に上陸していたのだ。王城へ至る道、王幾道を渡ってな」
「王幾道? すっごい、格好いいネーミングですねっ?」
頬を上気させ、クロウは感激に打ち震えている。
少し、落ち着け。
だが、海を割る道を、大荷物を背負い、我先にと渡ってくる…大昔の民の姿を脳裏に思い浮かべれば。感激するのも、もっともだな。
それは、この城にひとり取り残された王も、恋焦がれる情景だ。
「しかし、その道は熾烈だ。中には渡り切れず、海に、のまれた者もあったそうだからな。それでも、城下を目指し、みな、渡ってきた…」
もしも自分を慕って、民たちが命懸けで、この道を渡ってきたら。身震いするほど感動するだろう。
だが、ここ数年、砂洲が現れるほどの引き潮は、起きていなかった。
「現在、船で島へ渡るのが、当たり前の世になり。王幾道は忘れ去られてしまった。短時間でもあるから。この現象のことを、民はもう、知らぬのだろうな?」
「子供の頃から、ぼくは、海岸でこの城を見てきましたが。そんな現象があるなんて、初めて知りました。城へ上がれる、こんな階段があるなんて…本土からは見えませんし。王家の伝記の中にも、ぼくが知る限り、海を渡る記述はなかったです。もし一行でも書かれていたら、こんなロマンティックなことは、絶対に忘れたりしませんからねっ?」
鼻息をフンフンさせて、クロウは言う。
そうだな、クロウが海を見てきた、その間は一度も、その現象はなかったと思う。
あるいは、我もクロウも、知らぬうちに。砂洲は出現していたのかもしれないが。
「伝記に書いていないというのは、セキュリティーのために、秘匿されているのかもしれないな。木戸の裏は、外壁と同じ素材の石組みが使われ、目立たぬようになっているから。カザレニア以外の敵に悪用されないため、かもしれない。だから、本土からは見えないし。民も、その存在を忘れているのだろう…」
バミネが、王家の話を極力出さないようにして、民の心から、王家を引き離している。そういう背景もあるからな。
王幾道のみならず、王家も、忘れ去られようとしているのかもしれない。
そう思うと、せつないな。
バミネの仕打ちに、憤りを感じる。
だが、自分にはなにもできない。
その己の情けなさの方が、心底腹立たしい。
そんな苦しい胸の内を、我は思わず吐露してしまった。
「…この道を通って、逃げてしまいたいと…何度、思ったことか。だが、王が。民を捨てて逃げるなど、絶対にあってはならない」
民を捨てて逃げることだけは、してはならない。
王として。
それだけは、最低限、守るべきことなのだと。自戒する。
「そんなに、結婚が、御嫌なのですか?」
クロウの、的外れで、マヌケな問いかけに。我は息をのんで、彼をみつめる。
死から逃れたい、そんなつぶやきを。彼は誤解したのだ。
そういえば、クロウは。婚礼衣装を作っているつもり、なのだものな?
だが、それでいい。誤解したままで、いいのだ。
クロウとは、つかの間の出会い。ほんの一瞬、関わるだけの。でも、大事な人だから。
こんなに重いものは背負わせられない。
クロウは、死に装束ではなく。婚礼衣装を、作っていれば良い。
なにも知らないでいい。
重いものを押しつけたら、きっと、クロウの晴れやかな笑みが、曇ってしまうから。
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