【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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66 一番の薬(イアンside)

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     ◆一番の薬(イアンside)

 礼を尽くした、彼の唇が。我の手の甲、素肌に触れ。
 ゾクリとする。
 それは、クロウが従属する喜びであり。欲情でもある。

「ずっと、陛下を敬愛してきました。そんな僕が、このような事態となり。簡単に割り切れるものではありませんが。衣装を作り上げることが、陛下のお望みならば。なにがなんでも…己の心を殺してでも、叶えてみせます」

 我は、クロウの手を掴んで。再び隣に座らせた。
 両の手で、彼の頬を包み込むと。手の中で、クロウがやんわりと目を細めた。
 その恥じらう顔を見た瞬間、体の奥の方でざわざわするのを感じ、焦る。

 命のやり取りみたいな、粛々とした話し合いのあとだというのに。彼を欲する気持ちがむくりともたげる。
 これは、本能だ。
 本能で、我は。なにもかも差し出そうとする、一途なクロウを、強く、きつく、熱く、抱きしめたいっ。

「望めば、なんでも叶えられるか?」
「命に代えましても」
 視線に力をみなぎらせ、クロウはどんな王命でも叶えてみせると意気込む。
 王の命令に従うことを、究極の栄誉だと思っている顔で。敬虔けいけんで真摯な表情で、みつめてきた。

 そんな無垢な目でみつめられたら。邪な考えが後ろめたくなるではないか。

 少し色めいたものを、クロウに感じてもらいたくて。彼の手首にくちづけた。
 一番皮膚の薄い場所から、彼の脈動を感じる。
 唇はそのままに、視線だけを上げて、クロウを見やると。
 彼は小さな口を開いて、ひとつ息を吸い込んでいた。
 どうやら、艶めいたことだと、意識はさせられたようだ。

 しかし…クロウのそのひそかな息遣いすらも、可愛らしく思えてしまう。

 優美さと可愛さが同居する、このギュウッと、締めつけたくなる感情を。なんと表せばいいのか。
 我の頭の中にある言葉では、表現しきれない。
 とにかくっ、可愛いくて、腰の後ろがビンビン痺れるのだっ。

「我が、おまえを望んでも?」
 聞くと。頬がゆるむような、困ったような、眉を上げたり下げたりさせる、複雑な表情になった。
「おまえに、触れたい」
 重ねて、直截な望みを告げ、もう一度手首にチュッと音の鳴るキスをした。

 くすぐったいのか、クロウは眉間を軽く寄せ、そして、言いにくそうに答えた。
「ま、股を開く性悪? でも、なんでも、やります。それで陛下を、お慰めできるのなら。と、鳥ガラの男の体では、満足できないでしょうが。出汁だしくらいの旨味はあるかと…」
「こらっ」
 我は、勢いで。クロウの唇を親指と人さし指でつまんだ。
 すると柔らかくて小さなサクランボ色の唇が、前に突き出る。

 股を開く性悪や、鳥ガラというのは。先ほどバミネが、クロウを貶めるために使った言葉だった。
 意味がわかっているのかいないのか。微妙だが。とにかく。

「我が、好意を寄せる、クロウを、貶めるような、言葉を、使っては、ならぬ」
 指先を動かしながら、単語を区切って言うと。
 彼の唇が動いて、あたかも、クロウが我の言葉をしゃべっているように見える。
 人形みたいだ。クロウ人形。唇がピヨピヨして、可愛い。
「な、ら、ぬーっ」
 最後の言葉で、ブルブルさせる。
 されるがままのクロウが、あんまりおかしくて。シリアスな話だったはずなのに、笑ってしまった。

「くはっ、可愛いアヒルめっ」
 こらえきれなくて、喉奥でクククッと笑っていると。
 つられて、クロウもフフッと笑った。その顔。

「それだ、クロウ。そうして、笑っていてくれ。それが我を癒す、一番の薬だ」
 穏やかな温かさを、我に注いでくれる。春の日のような、クロウの微笑みが、好きだった。
 この笑顔を守っていたくて、隠し事をしていたのだ。

 それが、バミネによって暴露され、一時は黒雲に隠れてしまった太陽だが。

 再び我の元に戻ってきた。
 この愛しい笑顔を、ずっと見ていたい。そんな気持ちを込め、我はクロウの額に額をくっつけた。
 そばにいたい。触れ合っていたい。

 クロウも、そう思ってくれるだろうか?

 自然に、どちらからともなく、顔と顔が近寄って。くちづけた。
 唇から、ぬくもりが伝わる。
 暖炉の火から受ける癒しと同じ心地よさ、それと早い鼓動に追い立てられるような興奮が、交互に訪れるような感覚だ。

 そっと唇を離すと。クロウが伏せていた目蓋を開ける。
 ほんのりと赤くなった頬や。潤んだ黒い瞳を見て。
 もっと、深く、クロウとつながりたい、交わりたいと思い。また唇を寄せる。

 薄く開かれた桃色のあわいから、クロウが吐息を漏らすと。
 時折、舌が触れ合って。気持ち良くて。もっと味わいたくなる。

「ん…イアンさ、ま…ん」
 くちづけをしながら、我の名を囁いたクロウが。我の唇をチラリと舐めた。
 そのぬるりとした感触に驚いて。マジマジとクロウを見てしまった。
 そんなふうに煽られたら。暴走しそうだ。

「すみません、御不快でしたか?」
 おどおどと揺れる瞳が、黒真珠のようにきらめいて、綺麗だ。思わず見惚れてしまう。
 慌てるサマも可愛い。

「いや、もう一度してくれ」
 要望に従い、クロウは桃色の小さな舌を出した。
 でも、自分から、再び我の唇を舐めるというのは、難易度が高そうだ。
 彼が戸惑っているところ。今度は我から、その舌を舐めた。
 感触に驚いて、クロウは舌を引っ込めたが。もう一度、おずおずと舌を出して。体の力を抜いて、身を委ねてくれた。
 ふたりで、舌と舌を撫で合うように、舐め上げる。その舌触りが、ものすごく鮮烈な、気持ち良さをもたらす。
 体中の血が沸騰するように熱くなり、肌が、ざわざわとささめいた。

 だが、クロウは大丈夫だろうか?
 このように濃厚な接触を、受け止めてくれるのだろうか?
 心配になり、一度唇を離した。
 すると、潤んだ黒い瞳とかち合う。

「これで、合っているか?」
「…たぶん」

 書物に載っている言葉では、ディープキスとしか書かれていない。
 どこまでしても、許されるものなのか、わからない。
 クロウも、戸惑う感じに見えなくもない。

「気持ち悪くはなかったか? これは、王命ではないのだ。真に嫌なら、拒否しても良い」
「ありがとうございます、陛下」
 ぽやんとしたゆるさで、クロウは微笑み。我の頬を、人差し指でツと撫でた。
 ゾワリと、産毛が立つ。
 そのように、煽るでない。

「イアン様にされて、嫌なことなど。なにひとつありません。どうか、お心のままに。僕は貴方に、貴方の望むものを捧げたいのです」
「クロウ…」

 目を見交わせば、クロウの瞳には、ただただ柔らかい光があるだけ。
 ほんのり目を細めると、切れ長の目元がゆるりと優しくなって。
 我を、愛しいと思ってくれているのだなと、感じさせた。

 とにかく、嫌々従っているわけではないのは、よくわかった。
 しかと確認した。
 だから。再びキスする。

 今度は思い切って、クロウの口腔へ入り込んだ。
 口の中で、結ぶように舌を絡めて。ゆっくり、大事に、彼を甘やかして、慰撫する。

 もっと、彼が欲しい。そんな想いのままに。我は、クロウの頭を手でとらえた。
 ふふ、やっぱり頭、小さい。
 手におさめれば、手のひらにすっぽりで。ちっちゃい。ちんまり。
 髪は絹のようにスルリとして、指先がすべる。
 心地よくて、いつまでも撫でていたい。

 先ほどキスしたとき、クロウはおどおどした様子があったが。
 二度目の深いくちづけは、彼が心底受け入れてくれるような。舌で舌を包み込んでくれるような。まるでクロウ自身のような。熱いばかりではなく、ほのぼのとさせる、ディープキスになった。

 内から湧き出る、こんなにも強い欲求を感じるのは、初めての体験だ。
 己の手の中で、とろりとした眼差しを向けるクロウは。
 目尻が、ほの赤く色づいて。
 濡れた唇も艶やかに、サクランボの光沢のように見えて。
 可憐で、美味しそうで。さらなる愉悦を求めて唇を押しつけてしまう。

 だから…長い時間、飽きることなく、キスし続けてしまった。

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