【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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82 海に落ちました

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     ◆海に落ちました

 海に落ちました。
 いや、自分で飛び込んだんだけど。だって、バミネがペンダントを海に投げるからぁ。
 ま、仕方がない。

 やつらが乗った船は、もう、だいぶ見えなくなりまして。海の真ん中に、ぼくとチョンと荷物が浮いている感じです。
 不幸中の幸いなのは、曇り空の割には、海水温がぬくいことでしょうかね?
 冷たい海なら、十分も、もたないかもしれませんから。これはすごいことです。

 そして実は。
 ぼくが着ているこのマント。生地が、普通の布地より二倍の材質を使っていることで、防風できるほどに織目の密度があり。
 つまり気密性があって、撥水性にも優れておりまして。
 前世的に言うと、ウェットスーツに似た効果があります。なので、ちょっと浮力があるんですよぉ?
 なので、あまり一生懸命ワタワタしなくても、浮いていられるという…九死に一生な感じです。

 グッジョブ、ぼくっっ。

 さらにさらに、バミネが海に投げ入れた、ぼくの荷物。
 木製のボックス型の鞄ですが。いわゆるイカダ効果がありまして。浮いてるぅ。ビート板、的な?
 やっべぇ、超ついてるぅ。

「兄上ぇ…」
 海に浮きながら、メリットだけを脳裏に浮かべてテンション上げていたら。チョンが不安そうな声を出した。
 そうだよな? チョンは怖いよな? ぼくも怖いよ。
 こんな海の真ん中でポツン、なんてさ。

 でも、ぼくはお兄ちゃんだから。ぼくがしっかりしなきゃ。
 ぼくは、鞄につかまると。チョンを、その鞄の面に置いた。
 騎士に、乱暴なことをされていたから。ちょっと心配だ。

「チョン、どこも痛くないか? ケガしていないか?」
 濡れた指先で、チョンの小さな体を撫でながら、傷がないか確かめる。
 チョンはピカピカの、緑の瞳をウルウルさせて、ぼくをみつめた。
「ぼくは、大丈夫です。猫は柔らかくて丈夫なのです。でも、兄上がぁ」
「大丈夫だよ、チョン。僕、運動は苦手だけど、泳ぎは得意なんだ。鞄は浮くし。きっと島までたどり着けるさ」

 まぁ、ぼくは全身濡れネズミだから、チョンは申し訳なく思うのかもしれないが。
 力づけるように言って、チョンに頬ずりする。
 うーん、可愛さ浴びればパワーアップ。濡れていても大丈夫だ。

「兄上、ぼくは。なんの力にもなれなくて…やっぱり、この姿じゃ。兄上をお守りできなくて…」
 甘えるように、ぼくの頭に子猫の小さな頭をゴリゴリぶつけてくるが。声はしゅんとして。落ち込んでいるようだ。
 ダメダメ、こういう状況で弱音を吐いたら。心の闇にのまれてしまうよ。
 だからことさら、ぼくは明るい声を出す。

「なにを言っているんだ? チョン。いや、シオン。おまえはいつだって、一番にぼくを守ってくれて、一番の心強い味方だよ。それに、勇敢にも騎士に飛びついて、ペンダントを落としてくれたじゃないか。おかげで、ほら、ここにちゃんとあるよ」
 ぼくは首にかけていたペンダントをチョンに見せる。
 絶対に落したくなかったから、水の中で、ペンダントを捕まえたとき、すぐに首にかけたんだ。

「ああぁ、ヤッタ。やりましたね、兄上っ!」
 猫なのに、チョンは笑顔になって。
 目がピカーンで。
 尻尾もピーンってなった。

「魔力はどうですか? 戻りましたか?」
「それが…うんともすんともないな」
 ペンダントトップをみつめて、ぼくは苦笑する。

 バジリスク家の紋章のペンダントトップ、その紋章のくり抜かれた部分に、指輪がはめ込まれているのだが。
 環に切り込みがないというか。とにかく外れません。
「ペンダントを首にかけただけでは、駄目なようだ。指輪を指にはめないと。もしくは、なんか儀式っぽいのがあるのか? とにかく、今は全く、魔力の目覚めを感じない」
「…そんなぁ」
 チョンもがっかりして、口が、台形になっている。
 残念そうでも、可愛く見えるなんて。お得だな?

「ここは、まだ島が見えている位置だから。泳いで島に向かおう。上陸出来たら、道具を借りて指輪を取り出せばいいんだ。チョン? ぼくたち、やったんだ。これで陛下をお助けできる。きっと、できるさ」
 自分に言い聞かせるように、チョンを励ます。
 そうでもしないと、足がすくんでしまいそう。

 ぼくだって、魔力が戻るのを期待していたんだ。
 ペンダントを手にして。ぼくもチョンみたいに、目を輝かせた。
 でも、なにも変わらなくて。どうしたらいいんだって、思うけど。

 大丈夫。まだ、大丈夫だよ。

 指輪をはめれば、魔力は戻るよ。
 アイリスの、あの明るい笑顔を思い浮かべて。
 握る拳をぶんぶん振るアイリスに、鼓舞されているのを想像して。
 ぼくは自分を励ました。

「よし。とにかく、動こう。チョン、こっちに戻って」
 海でプカプカしながら、言うと。すぐにチョンは襟元におさまった。
 ぼくは、鞄の蓋を開けて、思い切って中身を捨ててしまう。
「あああぁぁ、兄上ぇ。ドレス三着分の報酬と同じ値段のハサミがぁ…?」
「説明臭いぞ、チョン」

 言うな、弟よ。
 ぼくだって、涙を呑んで、あの、最高級のハサミを捨てるのだ。
 そして多分、それが一番重いのだ。命には代えられないのだぁぁ。

 鞄の中には、ぼくの、仕立て屋としての七つ道具が入っていた。
 どれも手に馴染む一品。
 この中身があれば、生地さえあればどんな服でも作れる、という感じになっているし。
 まぁ、高級品でもあるので、別便であとから運んでもらうのに、ためらいがあって。持ち歩いていたものなのだ。
 でも、この鞄を、とにかく軽くして、水に浮かせないと…ハサミがぁ、とか言っている間に、死ぬっ。

「鞄を軽くして、中身を空にすれば、もっと浮く。船で、ニ十分くらいの位置だったろう? 一時間も泳げば、島につける、つけるぅ」
 軽い感じでそう言って、少し大きな波に乗り、足をバタバタして泳ぎ始めた。
 一時間でつけるなんて、大ウソだけどねっ。
 だけど、チョンをこれ以上不安にさせたくないから。あからさまに、楽観的に言った。

 …ということで。かれこれ一時間半くらい、泳いでいるんですが。
 島はだいぶ近くなってきたが。海流のせいか、なかなか島に取りつけなくて。苦労していた。

 ちょっと、雲行きが怪しくて。黒い雲が、海の上にかかっているんだ。
 まだ、雨は降っていないけど。すぐにも、降り出しそう。

 陛下が。島は、天気が変わりやすい、なんて言っていたから。ちょっと、怖い。
 今、海が荒れたら、マジで、死ぬ。

 だけど。打ち寄せる波で、島に近づき。荒れた波で押し戻されるという繰り返しだった。ひえぇぇ。
 それに、島の港は南に位置しているのだが。
 どう見ても、北へ流されていて。本土の海岸も見えてきちゃった。

 いやじゃぁ、ぼくは島に行きたいんだぁ…。

 あがくように、足を動かすのだが。温かいと言っても、やはり長時間海水に浸かっていると、冷えてくるし。
 泳ぎが得意と言っても、体力が少ないので。
 あぁ。さすがに疲れてきてしまった。

 せめて、チョンだけでも。島に上陸させたいぃ。
 と、焦る気持ちがピークになったとき。

 足に、なにかが触ったのだ。

「あ、足が…つく?」
 本土から島を見渡せる海岸は、遠浅で。大きな船を出すことができない。
 だから、すぐ近くに城の建つ島が見えていても、そこへは誰も行けないのだ。
 そういう海底の状況だから、まだつま先だけど、足がついたのかと思った。
 だったら、少なくとも、溺れて死ぬことはない。

 けれど、違ったのだ。

 足の触れたところだけ、なんか、隆起していて。
 ぼくは山を登るように、海底を歩いていく。
 そうしたら、まだ沖に近い場所だというのに、海の上に立つみたいになったのだ。

 ぼくは、今。海の真ん中で、膝から下を海水につかった状態で、立ち上がっている。

「これは…陛下が言っていた、砂洲さすだっ」

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