【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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85 春の嵐 ①(イアンside)

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     ◆春の嵐(イアンside)

 王の居室で、ぼんやりと窓の外を見ていたら。
 ガラスに水滴がついて。雨が降ってきたことに気づいた。
 時間は、昼食をとって、少しのちの、昼下がり。
 朝からずっと雲がかかっていて、すっきりしない天気だと思っていたが。とうとう降り出したな。
 島の上空を流れる雲の速さや、時折、強く吹く風。
 長年、閉じ込められ、島の気候に詳しくなったから、わかる。

 これから春の嵐がやってくるのだ。

「クロウは、無事に本土へついたかな? 海が荒れていないと良いが」
「出立は、早朝でしたから。海が荒れる前に、本土についているはずですよ」
 我のつぶやきに、ラヴェルが答えた。
 そうだな。クロウは、もう本土だ。

 この城の中に、我の愛しき死神はもういない。

 部屋の隅では、クロウの仕立てた衣装を、紳士用人台が着ている。
 彼が残していった物を、我はなんとなく視界に映す。

 この一月ほどは、怒ったり笑ったり、心の起伏が激しかったけれど。おおよそは楽しいことばかりで、夢のようだった。
 でも、夢じゃない。彼は、この城に確かにいた。
 その証が、この白い装束だけなのは。皮肉なことだが。
 あぁ。時が止まってしまったな。
 我の心には、ぽっかりと穴が開いていて。それを埋めるには、過去を反芻するしかない。
 我は、今朝方のことを、脳裏に思い浮かべた。

 ラストダンスのあと、客室で、素肌で抱き合い。心と体の情熱を確かめ合った、我とクロウは。心地よいまどろみに身を委ねていたが。
 やがてクロウは、ひとり、寝台を出た。

 我は、起きていたのだが。
 寝たフリをする。
 去って行くクロウに、どういう顔をすればいいのか。どう声をかけたらいいのか、わからなかったからだ。

 そうしたら、クロウは。我の剥き出しの肩に、触れるか触れないかくらいの、小さなキスをして…。
「ありがとうございました、イアン様」
 と言い。部屋を出て行った。

 なぜ、礼など言うのか?
 人のぬくもりだけを求めるような、薄情な王に。
 伴侶となってくれた者に、なにもしてやれない男に…。

 クロウが部屋を出てから、しばらくしたあと。外で警護をしているシヴァーディに、ラヴェルを呼んでもらった。
 彼に、着替えを持ってきてもらい。クロウが手掛けた衣装も、居室に運んでもらう。
 衣装の取り扱いは、王の服飾の管理を仕切るラヴェルが適任だ。
 クロウが緻密に、愛情込めて作り上げたものだから。たとえ力持ちでも、セドリックのような大雑把な者には、運搬を任せられない。

 いつもの、シャツと黒ズボンを身につけた我は。客室を出て、王の居室にもどり。窓の外をみつめる。
 夜のとばりが下りているから、闇しか目に映らないが。

「陛下、まだ夜明け前です。お休みになられませんか?」
 ラヴェルが、寝室へ行くように促すが。我は首を振る。
 クロウが、もうすぐ城を出るのに、眠れる気がしないし。その気もなかった。

 そのうち、夜が明けて、薄日がさすと。
 港から汽笛が鳴った。
 バミネがクロウを呼んでいる。そのとき、猛烈な不快感に襲われた。
 クロウとバミネが対峙するのを、想像するだけで、腹が煮える。

 我は、セドリックを部屋に呼んだ。
「セドリック、クロウについて行ってくれないか?」
「…しかし。王城の警備が薄くなります」
 セドリックの言葉は、正しい。
 ただでさえ、警備の手は少ない中であるし。
 セドリックは、騎士だからな? 王を守るのが信条だから、我のそばから離れたくないのだろう。
 その気持ちは、わかるのだが。

「クロウは、王妃だ。騎士として、どうか…クロウを守ってほしい。無事に本土に渡れるよう。そして、ペンダントをバミネから、確かに受け取れるよう。クロウを助けてやってくれないか?」
 すがるような目を向けると。セドリックは。軽く笑い飛ばした。
「陛下ぁ、ベタ惚れですね? 了解しました。陛下のクロウを、俺がちゃんと守りますよ?」
 セドリックはそう言って、我の曇り顔を、太陽の笑顔で吹き飛ばした。
 こういう日は、セドリックの馬鹿みたいな明るさがありがたいと思う。

 しばらくして。朝靄あさもやの中。庭園を横切っていく、今では見慣れた、黒マントの男の姿が見える。
 以前、黒尽くめの男が、庭をほてほてと歩いていたときは、イラッとしたものだが。
 今は、その足取りすら可愛く見えるのだから。不思議だな?

 少し離れて、クロウの後ろをセドリックがついて行く。
 今日はなんだか、天気が悪いな。
 クロウの姿を、つぶさに見ていたいのに。視界がにじんで、よく見えない。

 やがて、ふたりの影は見えなくなり。防衛の門が閉まる、轟音が、島に響き渡った。

 あぁ、これは。世界が崩れ落ちる音。
 終焉のときが来た、と思った。


「行ったな」
 髪も、瞳も、服も…連れている猫さえも、真っ黒黒。でも、心根は白く、清らかな。我の死神が。行ってしまった。
 ダンスをしているとき、その姿を目に焼き付けようと思って。凝視してしまった。
 ふんわりと微笑むクロウが。可愛くて。可愛くて。

 クロウの笑顔に、我は、出会った当初から魅かれていたように思う。
 己の気持ちを否定したくて、死神っぽくないと、憤ったりして。今思えば、とんだ言いがかりだな?
 そんな、偏屈で、苛烈な王のことなんか。よく、クロウは好きになってくれたものだ。

 もしも、生きる道を選べたら…。

 ささやかな暮らしぶりでいい。彼とふたりで生きていけたら、どんなに素敵だろう。
 王のくらいなど、バミネに渡してしまえばいい。
 そして、クロウとふたりで異国に逃げて。名もないような土地で。穏やかに、ゆるやかに、生活していくのだ。

 あぁ、なんて、幸せな夢だ。
 けれど…遠い夢だ。

 王家に生まれた己が、この城を、国を捨てるということは。逃げでしかなく。王と生まれたからには、逃げることは許されない。
 しばらくして、防衛の門が、再びガガーンと鳴った。
 曇り空ながら、辺りの様子がよく見えるくらいには、明るくなっていたが。
 クロウが出て行ってから、まだ、それほどの時間が経っていない。

 もしかしたら、バミネが攻め入ってきたのだろうか?
 もう、あいつが、いつ事を起こしても、おかしくはないのだ。我も、ラヴェルも。身構えたが。

 居室にノックが響いて、入ってきたのはセドリックだった。
「申し訳ありません、陛下。俺もクロウに付き添うと言ったのですが。バミネが、俺が船に乗り込んだら、敵対行為とみなして、直ちに騎士を島に解き放つと言うので。クロウも…ひとりで行くと…言うので」
「…そうか」
 バミネが、そう簡単に、セドリックをクロウの護衛につかせるとは、思っていなかった。
 できたら。我の代わりにクロウを守る者がいてくれたら。
 そんな願望で。思いつきで。セドリックに命じたのだ。

 でも、セドリックは、命令を果たせなかったことを、気に病んでいるようで。
 珍しく、声に張りがなかった。
「クロウが陛下に、お心遣い、ありがとうございました、と。言っていました」
「…そうか」

 クロウの、喜びとすまなさが入り混じる、眉尻を下げる情けない表情が、目に浮かぶ。
 先ほど別れたばかりだというのに。

 あぁ、もう一度会いたい。そう、思ってしまった。

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