【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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87 春の嵐 ③(イアンside)

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 話の途中で、防御の門が大きな音を立てた。

 我とラヴェルは、ぎくりと肩を震わせ。
 セドリックと、居室の前で警護していたシヴァーディが、即座に階下へと走って行った。

 バミネが、来たのか?

 とうとう、その日がやってきた。
 そう思うと。覚悟していたつもりだったが。毛が逆立つほどの危機感に襲われる。
 己が死ぬ覚悟など、できるわけもないのだ。

「時間切れ、ではないと良いのですが。とりあえず、陛下はこちらにいらしてください。敵は、騎士たちとともに入り口で食い止めます。バミネを、王城の中へは、入れません」
 ラヴェルは、壁にかけてあるミハエルの剣を、我に持たせ。自分も、もうひとつの剣を手に取った。

「待て。我も行く」
 いきり立つラヴェルを制し、我は部屋を出た。
「陛下、騎士団の急襲であったら、危険です」
「ここにいても、同じだ。それと、ラヴェル。おまえは生き永らえろ。決して、騎士団に歯向かってはならぬ。クロウとえにしがあるのなら。どうか。我の代わりにクロウを守ってくれ」

 先に立って行こうとする我を。ラヴェルが止めた。
「クロウ様を守る、というのは。受け入れます。しかし、私はクロウ様に、自分の代わりに陛下のおそばにいてくれ、と。命じられています。階下には、ともに行きましょう。ですが、どうか私の後ろに。貴方様を守らせてください。クロウ様も大事ですが。私は、陛下の執事でもあるのですから…」

 どうにも、ラヴェルは引かない様子なので。我は苦笑してうなずく。
 それに…僕の代わりに陛下のおそばに、というのは。いかにも、クロウの言いそうな言葉だ。
 守れでも、従えでもなく、おそばに。
 今、クロウは我のそばにいないが。ラヴェルを通じて、彼がそばにいるような。彼に守られているような。そんな気がして、嬉しくなった。

 そうして、曲線の階段を降りていくと。玄関の前には、セドリックとシヴァーディが剣を構えて、警戒しており。
 包丁を持ったアルフレドと。なんでかアイリスが、ホールの柱の陰から、玄関をうかがっていた。
 そして、我が玄関前に立ったとき。
 扉を、拳で激しく叩く音がした。

「今日の来客の予定はない。何者だ?」
 ラヴェルが声を張って、外の者に問いただす。
 そうしたら、なにかいらえがあったのか。
 ラヴェルは驚愕し。慌てて両開きの玄関扉の片側を開けた。

 途端、黒い塊が、ズルリと城になだれ込んでくる。
 騎士たちは警戒を強めて、剣を握り込む。

 しかし、なだれ込んできたものを目にし、我は、跳ねた鼓動を手でおさえた。

 ひとりは、クロウのマントを羽織った、黒髪の、見知らぬ男で。
 ひとりは、今朝方、城を出たはずのクロウだった。

 ふたりは、頭からずぶ濡れで。
 衣服も髪も、肌に張り付いている状態だった。
 荒い息を継ぎ、床に倒れ込んでいる。

「だ、誰だ、おまえはっ? クロウから離れろっ!」
 我は、クロウが見知らぬ男に抱かれていることに、腹を立て。怒りの声を上げて、剣を抜いた。
 しかし、それを制したのは。意外にも、ラヴェルだった。

「お待ちください、陛下。彼は、クロウ様の弟君の、シオン様です」
 ラヴェルは気遣うように、クロウのかたわらに座り込み。
 クロウは床に膝をついて、朦朧とした目をこちらに向けた。
 そして、クロウを支えてこちらを見る。クロウの弟という男。
 その緑の、強烈な光を持つ瞳を。我は見たことがあるような気がしていた。しかし。

「クロウ…それに、その弟とやらが。なぜ、ここに…」
 重そうに顔を上げたクロウは。我を目にしっかり捕えると、震える声を発した。
「恐れながら、陛下っ」
 クロウは。涙をボロボロこぼし、でも、とても安心したみたいな表情で、笑った。

「愛しています、イアン様っ…」

 彼の告白を聞き、我の体に、電流が走り抜けた。
 胸の奥から、なにかがせり上がってきて。
 その熱いものが、喉を震わせ。
 押しとどめるように、唇を引き結んだが。それは、目からあふれて。

 涙となって、頬を伝った。

 己の中にある気持ちの正体がわからなくて、我は言えずにいた、その言葉を。
 クロウは、伝えに来てくれたのかっ?

「…クロウ」
 我は剣を捨てて、彼に駆け寄り。クロウの小さな体を抱き締めた。
 しかし彼は、腕の中で気を失ってしまったのだ。

「ラヴェル、サロンの風呂にお湯を入れてくれ。兄上は、朝からずっと、海を泳いできた。体温が低い」
 クロウの弟というシオンが、ラヴェルに命じる。
 それは、慣れた物言いのように見え。
 シオンとラヴェルには、接点があったのだと感じさせた。

 いや、それよりも。クロウの安否の方が先だ。
 まさか、朝から今まで海にいたのか? だったら、相当体力も体温も削られていることだろう。命に関わる。

「ラヴェル、彼を王の居室へ案内しろ。我の風呂には、すでに湯が溜まっている」
「ですが、サロンの方が、着替えとかいろいろあるのですけど?」
 一応、敬語だが。シオンの声に、棘を感じるのは、気のせいだろうか?
 いや。我は。この雰囲気を知っている。

「着替えはラヴェルに持ってこさせる。とりあえず、早くクロウを温めてやらなければ」
 我はクロウを横抱きにして、階段を登り始める。

 昨夜も同じように、クロウを横抱きにした。
 でもそのときは、彼の意識はあり、体も濡れていなかった。羽のように軽いと思ったのに。
 今の、意識を失い、ぐったりとしているクロウは、すごく重みを感じる。
 まるで、魂の入っていない人形のように思えて…このままでは、クロウを失ってしまいそうで。ゾッとした。

「つか、おまえはどこから湧いてきた? クロウに弟などいなかった」
 剣をおさめたセドリックとシヴァーディは、まだ胡散臭い顔つきで、シオンを見やっている。
 我の背後で、シオンに問いただしていた。

「それは、兄上が意識を取り戻してから、お聞きください。ぼくがなにを言っても、信用できないでしょ?」
 それはそうなのだ。
 初対面の男に、なにを言われても。簡単には信じないよう、我らは過ごしてきたのだ。
 セドリックも、そう思ったのか。むすりと黙り込む。

「でも、ひとつだけ報告を。バミネは、本土についたら、すぐにも騎士団を派遣する、と言っていたが。この天気と風では、やつは、こちらには来られないだろう。短い時間だが、今日中にどうこうということはないでしょう」
「おまえ、本当にクロウの弟か? クロウより年上に見えるし。顔も似ていない。騎士団の誰かなんじゃねぇのか?」
「ラヴェルが、弟だと言ったでしょう? それに、兄上は母上似。ぼくは…父親似だ。年は十四歳」
「十四? 嘘だろ? 俺たちと体つきも大差ないし、声もバリバリ低いし、クロウの弟が、なにをどうしたら、こんなふてぶてしい、目つきの悪い青年になるんだ?」
 シオンは、セドリックの疑問に答えなかった。

 話をしている間に、王の居室に到着したので。バスルームの扉を開ける。
 部屋ひとつ分ほどもある、広く取られた浴場と。湯気を立てた、なみなみと湯を張る浴槽を見たシオンは。我からクロウをひったくって。彼を抱いたまま浴槽にざぶんと入った。服も着たままだ。

「ここからは、兄弟のぼくが、兄上の面倒を見ます。兄上が意識を戻すまで、しばしお待ちください」
 シオンはクロウの顔にお湯がかからないよう、抱え直すと。マントを脱いで、浴槽の外にビシャリと放った。
 よくよく見ると、シオンはすでに全裸で。マントの下に衣服を着ていなかったようだ。

「クロウは、我の伴侶だ。我が世話をしても良いのではないか?」
「ラヴェルがいないとなにもできない貴方に、お世話などできませんよ。クソ陛下」
 とがった犬歯を剥き出しにして、シオンは揶揄するように笑った。
 そして、そのクソ陛下という言葉。
「おまえ…チョンだな?」
 クロウが連れていた、あの黒い子猫。
 あれが、声を出せたなら。我をクソ陛下とでも言っているのだろうな…と何回も思ったものだ。
 それに、グリーンに金が混じる独特の色合いの瞳が、チョンと同じだ。

 シオンは、そのことに是も非もなかったが。ただ、鼻で笑う。
 王家を敬愛してやまない、クロウの弟なのに…不敬だ。そして、やはり可愛くない。

 そうは言っても、兄のことはとても大事にしているのだろう。クロウの肩に湯をかける、世話する手つきはとても優しい。
 我は。シオンにクロウを任せ、浴室を出た。
 それと入れ替わりに、着替えや体を拭く布などを整えに、ラヴェルが浴室に入っていく。
 しばらくして、ラヴェルが浴室から出てきて。発した驚愕の言葉は。

 クロウとシオンが、バジリスク公爵の子息である。ということだった。

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