【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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エピローグ ②

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 バミネの脅威が去り、陛下が王宮に戻ったことで。なんとなく活気にあふれている町を、陛下と並んで歩いた。

 陛下は白シャツに黒ズボンという、王城では定番だった姿に。町民が着るような、ありふれたデザインの茶色いコートを羽織っている。
 でも、町民に擬態しているつもりみたいですけど、陛下のキラキラ国王オーラは、全然隠せていませんよ?
 だって、すれ違う人、みんな陛下を二度見していますもん。

 ちなみに、ぼくは。安定の、いつもの黒コートです。言うまでもなく。

「おまえが王城を去って、悲しみに沈んでいたとき。何度も夢想したのだ。クロウとふたり、並んで町を歩けたら、と。ただの一市民となって、クロウと、どこかで穏やかにゆるやかに、暮らしていけたら…と」

 遠い目をする陛下は、また、つらい日々に戻ってしまったかのような顔つきで。
 ぼくも胸が痛くなったが。
 ふと、ぼくに向けた顔は、もう、優しい笑みが浮かんでいた。

「だから、こうして。クロウと手をつないで、町を歩けて。夢が叶って。我は幸せだ。ただ、あの目立つ長髪で町を歩いたら、騒ぎになるだろうと思って。だから髪を切ってもらったのだ」
 ぼくと町を歩きたい、ただそれだけのことで? とは。ぼくは思わない。
 どんな夢でも、陛下が王城でがれた、孤独を癒しただろう夢は。尊いものです。

「陛下が一市民になることは、難しいかもしれませんが。場所がどこだろうと。どんな立場だろうと。ぼくは陛下のおそばで、穏やかにゆるやかに、暮らしていきたいと思っていますよ?」

 微笑みかけて、言うと。陛下も、嬉しそうに笑った。
 とはいえ。あの美しい金髪が失われたという事実が、あまりにももったいなくて。手と声が震えてしまうのは、お許しを。
 でも、大丈夫ですよ? あとで、あの髪をリボンで縛って、保存しておくつもりなのです。ちゃんと取ってあるのですよ。ふ、ふ、ふ。

「切った髪は、なにやら、部屋の隅に置いてあったが。シヴァーディに頼んで始末してもらったから」
「なんですってぇ?!」
 雑踏の中、ぼくは、最大級の驚きに目をみはる。

 うそでしょーっ、あの、陛下の良い匂いがする、黄金に輝く髪が…髪がぁ…。

 涙ぐむと、陛下は鼻で笑う。
「本人がいつもそばにいるのに、あんなゴミに気を囚われることないだろうが?」
「それはそれ、これはこれですぅ」
 ぼくのコレクター気質を舐めないでいただきたいっ。
 陛下からいただいたものは、道端の小石でも大事にする男ですよ?

 髪なんか、髪なんか…抱いて眠りたいくらいの、究極レアアイテムだというのにぃ。

「…おまえが気の済むまで、髪をスリスリさせてやるから、許せ」
 ぼくの鼻息の荒さに、陛下はちょっと引きながらも。愛しげな眼差しで、目を細めて見やるので。
 ぼくは、ドキリとして。頬を赤くするのだ。

「うぅ。約束ですよ。スリスリさせてくださいね?」
 こっそりと、陛下の耳のそばで囁くと。
 陛下は、喉をウッと詰まらせて。なにやら、ぼくの頭をワシワシと撫でるのだった。

「イチャイチャしないでください、兄上ぇ」
 その声に、ぼくは眉間にしわを寄せる。
 そうだ、当然、陛下とぼくだけで、町に出られるわけではない。
 陛下はカザレニア国の王様なのだ。護衛が馬鹿みたいにいっぱいついている。もちろん、シヴァーディも。

 そしてシオンは、なんと、ぼくの護衛だった。

「シオン、ぼくには護衛なんて、もう必要ないよ? 島から無事に帰ってきた時点で、ボディーガードは終了でいいんだからな?」
「兄上、いつまでも平民気分では困ります。兄上は公爵令息、陛下は王様。この国のトップ2が、平民の恋人同士みたいに、無防備に町を闊歩かっぽできるなんて、思わないでくださいよ?」

 まぁ、陛下はそうだろうけど。
 ぼくは、前世も含めて、三十年以上平民なのだ。
 平民のエキスパートなのだ。今更、貴族の生活だなんて…できる気がしません。
 王族は…もっと想像できません。

 そうは言っても。結婚をして、大々的にお披露目をしたら。ぼくは王妃になるのだから。心の準備をしなければなりませんね? 頑張ります。

「そこの貴方、タダで占ってあげるから。寄ってくれない?」

 町の一角、道に机を置いただけの、占い師が。ぼくたちに手招きしていた。
 つばの広い、黒いとんがり帽子をかぶっていて。顔があまり見えないから、すっごく怪しげなのだが?
「ふーん、占いか? 面白そうだな。そんなものもあるのだな?」
 興味津々に、陛下は、その怪しげな占い師に寄って行ってしまった。

 陛下は長い間、あの島から出ていなかったから。
 人の多さも、店の活気も、見るものすべてが、興味深く、新鮮な驚きに満ちているようだ。
 まぁ、護衛もいっぱいいるから、大丈夫でしょう。

 ぼくと陛下が、その占い師の前に立つと。彼女は、伏せたタロットカードを机に並べた。
 好きなものを取って、とうながされて。
 まずぼくが、お手本みたいに、カードを一枚取る。

「ラバーズね。単純に、恋や願いが叶いますよ、幸せな恋人同士、という意味です」

 神に祝福された、仲睦まじい恋人たちのカード。
 幸先が良いし、ぼくと陛下の仲を応援しているようにも見えて。
 ぼくは思わず、陛下と顔を見合わせて、微笑み合った。てへ、嬉しいですね?

「でも、ここを見て?」
 占い師が、カードを指差したところを見ると。
 恋人たちを、涙して陰からみつめる妖精の姿があった。

「貴方たちの恋の成就の裏で、泣いている人たちがいる、ということよ? まぁ、美男が売約済みになれば、結婚目当ての女性たちは、それはそれは涙するでしょうけど? 気にすることはないけど、これから嫉妬や当てこすりなんかが、ちょっとはあるかもね?」

 わかりますぅ。だって、相手はこの国の王様なのです。
 みなさん、陛下とお近づきになりたいでしょうから。ぼくは邪魔者確定ですよ。
 あぁ、アイキンでは、お邪魔ムシにだけはならないと心に決めていたのに。
 最終的に、国民全員のお邪魔ムシになってしまいそうな予感です。

「大丈夫だ、ちゃんと我が守ってやる」
 不安な顔になっていたのか、陛下がぼくの背中をテンテンしてくれる。
 うぅ、お優しいぃ。陛下のテンテン、ぼくは大好きですっ。

 そして、そのあと。陛下がカードを引いたのだが。
 骸骨が馬に乗った絵柄、死神だった。
 陛下についている警護の騎士が、不吉なカードに、いきり立つ。不敬だと。
 えぇ? ど、どうしましょうかね? お遊びに本気にならないで、と、言ってもいいのでしょうか?

 でも、占い師も陛下も、冷静で。まぁまぁと、騎士をなだめる。
「このカードは死神。骸骨がカマを持っていて、一見、恐ろしく見えますが。死神は、ひとつの事象をカマで切り取って、終わらせ。新たな未来の幕開けを暗示する、吉兆のカードです。つらい日々はすべておしまい。光り輝く明るい道筋が、貴方の前に真っ直ぐに伸びているのです」
「なるほど、良い占いだ」
 陛下は満足そうにうなずいて。タダでいいと言ったのに。金貨を一枚、占い師に握らせた。

 そして、去ろうとする陛下の背中に、ぼくもついて行こうとしたとき。
「バミネを阻止してくれて、ありがとう。坊や」
 そう言って、占い師は手をヒラヒラ振ったのだ。

 その坊やという言葉に、ぼくは。
 十年前、シオンの呪いの、詳しいことを教えてくれた魔女のことを思い出した。
 丸い眼鏡に、濃茶の髪を三つ編みにした…今思うと、アイリスとキャラがかぶっているな?

「あなた、あのときの…眼鏡っ子、ドジっ子の魔女っ娘さん?」
「あら、覚えてくれてた? そうよ。そして、バミネに殺されそうになって、力を失って、退行しちゃって、新人魔女のくらいまで落ちちゃって、なにも助けてあげられなかった、ドジっ子の大魔女、アーデル様よぉ?」

 ええぇぇっ? あなた自身が、シオンがかけられた、呪いの液体を作った張本人魔女なのですかぁ?

 シオンはよくわからないみたいで、ぼくとアーデルのやり取りを、ただ聞いているけど。
 ちょっと、シオンは怒ってもいいと思うよ?

「でも、私が渾身の力を注いだ月影の呪いが、本当に魔力で跳ね返されちゃうとはねぇ? もっと精進しなくちゃだわぁ?」
「精進しなくていいです。ぼくたち、マジで苦労したんだから。…クロウだけに」

 ぼくのボケには、誰もツッコんでくれなかった。ふーんだっ。
 そのうち、離れてしまったぼくに気づいた陛下が、名前を呼んで。
 ぼくたちは本当に、占い師の前から去ったのだった。
 なんか、つながっていたんだな? いろいろ。

 陛下の隣に戻ると、そばにいろとばかりに、肩を抱かれてしまう。
 ふふ、あったかい。

「死神は、吉兆の存在だったのだな? 確かに、我の前に現れた、ちっぽけで真っ黒な死神は、憂いをすべてカマで刈り取り。不遇の我を、孤島から救い出してくれた。やはりおまえは、我のための死神だったのだな?」

 頭の上に、チュッと、陛下はキスをした。
 ひえぇっ。こんな道の往来で、いけませんん。

「クロウ、おまえは我の死神だから。我のそばから離れてはならない。我の死を見届けろ。ゆえに、我より先に死んではならぬ。あぁ、死を見届けろ、と言っても。五十年以上先の話だぞ? それほどに長い旅路が、これから始まるのだ。ふたりで歩いていけば、あの占い師が言うように、明るい道筋に違いない」

 それは、以前言われた言葉と、似て、非なるもの。

 ずっと死をみつめてきた陛下が、将来を語る。
 希望と歓喜に満ちた、世界を。海色の瞳をキラキラさせて、夢見る。
 そのことが、ぼくはとても嬉しくて。
 自然に、喜びいっぱいの笑みがあふれた。

「はい、イアン様。五十年、いえ、もっと、もっと、陛下のおそばに置いてくださいませ」
「愛しい、愛しい、我の死神」
 語尾にハートマークがついて見えるほど、甘い声音で、陛下に囁かれる。

 ぼくは、死神と呼ばれることが、ずっと好きではなかった。
 そりゃ、あまり良い意味合いじゃないって、思っていたからね?
 でも、陛下に死神と呼ばれる、その言葉の中に。大きな、大きな、愛情を感じ取ったのだ。

 自分は、陛下だけの。陛下のための死神。
 陛下のそばに存在し。陛下とともに長く長く生きて。年老いた先で、陛下と死をも、ともにする。
 そのすべてを許されたのだ。
 なんて、光栄なことだろう。そして、なんて、愛に満ちあふれているのだろう。

 ぼくは、王からたまわった『死神』の称号を、ありがたく受け取った。

 翌日、夜会の支度のため、王宮は朝から大忙しの様相だった。
 祝賀の会場づくりで、使用人はバタバタと駆け回っている。

 そんな中。王家の者が住まう住居スペースは、主に女性陣の部屋が、ソワソワワサワサしている。
「クロウ、私のドレス、ちょっと大人っぽすぎるわぁ? どうにかしてちょうだい?」
 シャーロット殿下が、着つけているドレスが気に入らないと言い出して。
 侍女たちが困り顔をしている。

 オレンジ色の鮮やかなドレスは、とても華やかで。
 シャーロットの天真爛漫さを、よく表しているように見えるが。
 確かに、胸元や背中が大きく開いていて、十三歳には、ちょっとセクシーかな?

「デザインは、気に入っているのよ? 刺繍も豪華だし。でも、着てみたら、なんだか私に合わないような気がして」
「ちょっと甘さが足りませんかね? 大きなリボンを胸の前に当てると、少しは可愛らしさが演出できるかと思いますが?」
「それっ、それをやってちょうだい?」
 シャーロットがご機嫌さんになって、侍女たちがホッと胸を撫でおろす。

「助かりましたわ、クロウ様。シャーロット様ったら、選ぶときに言ってくださらないからぁ」
 アイリスが、苦笑して。シャーロットの、まだ結い上げていない髪を撫でる。

 紺色のワンピースに、白いエプロンの、侍女の制服を身にまとっているが。アイリスは、主人公キラキラモードだ。丸い眼鏡を取り、オレンジの波打つ髪を下ろしている。
 それは、子爵になったからだ。

 アイリスは、子供の頃から自分の可愛さを自覚していて…まぁ、アイキンの主人公だって、わかっていたんだからな。
 でも、父親と継母に、不遇な扱いをされていたから。
 可愛いままだと、いじめられ。
 さらには貴族のジジイに売られてしまうと、危惧して。
 わざと、メイクや小道具を駆使して、ブサイクに見せていたようなのだ。
 実際、バミネを通じて。アイリスの父は、アイリスを売ろうとしていたしね?
 その危機感は、決して大袈裟なものではなかったわけだ。

 その父親は、バミネに加担したことで、失脚し。今はアイリスが子爵を継いだ。
 もう、アイリスは自分を偽る必要がなくなったのだ。良かった良かった。

「着てみないと、わからないこともありますよ。それに、こうして、ご自分の良さを引き立たせたいと思う感覚は、センスが良いから生まれるのです」
「そうよ、アイリス。全部、侍女任せじゃ、個性が出ないわっ」
 ぼくがシャーロットを擁護すると、アイリスは『クロウ様は甘すぎです』と唇をとがらせた。

 苦笑しつつも、ぼくは、七つ道具が入ったカバンから、針と糸を取り出す。
 あの、海で流してしまった鞄である。
 店の名前を書いておいたため、海岸で拾った人が届けてくれて。大叔母の手に渡ったのだ。
 それで大叔母は、ぼくらの身になにかあったのではないかと、肝を冷やして。
 次の日に、ぼくらが無事な姿で海岸に現れたから。あの、胸にぎゅううぅの、歓迎ぶりだったようだ。

 しかし、ドレス三着分の値段のハサミは、海の中だから。トホホだけどね?

 鞄の中には、以前入っていたものの代替品が入っている。
 リボンは、シャーロットの持ち物の中に、シフォン生地のショールがあったので、それを代用する。
 ドレスに合う色みのものがあって、ラッキー。

 ダンスしても落ちないように、チャチャッと縫い付けてしまうと。シャーロットは満足げに笑い、くるりとその場を一回転した。
 華やかなドレスの裾がひらりと揺れて、可愛いな。

「わぁ、素敵だわぁ? ありがとう、クロウ。さすが、国一番のドレス職人ね?」
 侍女たちと一緒になって、キャッキャと喜ぶシャーロットを見ていると。
 部屋に、陛下が入ってきた。

「クロウ、いつまでシャーロットのお守りをしているのだ? 早く支度をしろ」
「イアン様だって、まだいつものお召し物ではありませんか。それに支度といっても、僕は衣装に着替えるだけですから」

 女性のように、あっち絞めたりこっち絞めたり、化粧をしたり、髪を結ったりする手間はない。
 衣装は、シオンが商会から見繕って、持ってきてもらう手はずになっているので。その衣装待ちでもあるのだ。
「おまえは我の伴侶、王妃だぞ? この夜会で、一番磨かれて、輝くべき人物だ」

 モ、モブは、輝けないから、モブなのですっ。

 と胸の内で叫んだが。陛下に引きずられ、部屋を出る羽目になった。
 アイリスが『クロウ様ぁ、女装イベはぁ?』って叫んでいるけど。
 いたしませんからねぇっ!

 陛下は、王の間の隣室である部屋に、ぼくを押し込めた。
 そこは今、ぼくに当てられている部屋だ。

「美しいおまえと、皆の前でダンスするのを、楽しみにしている」
 人差し指と親指で、ぼくのほっぺをムギュムギュして。陛下は去って行く。

 しかし、振り返ると。部屋の中では、ラヴェルと侍女たちが、手ぐすね引いてぼくを待っていた。
 ひぇぇ、ラヴェル? なんか、笑顔が怖いんですけどぉ?

「クロウ様のお支度のお手伝いをさせていただけるなんて、ふ、ふ、ふ。このときを、何度夢に見たことか。陛下のお隣に、ピッカピカの公爵令息様が並ぶのですよ? あああぁぁぁ…さぁ、国一番の麗しいカップルに、仕上げてみせますからねっ!」

 ほ、発作ですか? 大丈夫ですか?

 なにやら異様なテンションアゲアゲで張り切るラヴェルに、襲い掛かられ。ぼくは、わけのわからない荒波に揉まれることになるのだった。

 そして、三時間後。
 風呂場でピッカピカに磨かれ。
 なんか、良い匂いのするオイルで、モミモミされて。
 若干、化粧なんかもいたされて。
 髪をあちこち引っ張られて。
 シオンが持ってきてくれた衣装に着替えたら。

 ラヴェルは、やり切ったぜ、という満面の笑顔になった。

 ぼくは、すでに。ライフゲージが赤になっている状態ですけどね。
 夜会の前に、精も根も尽き果てました。

 ちなみに、シオンが持ってきた衣装は、安定の黒ですが。
 大叔母様が、店で一番良い生地で仕立てたという、深淵の黒色のシャツとズボンだ。
 それに、男性用の、ちょっと丈長のジャケット。
 黒ではあるが、艶やかで。銀糸の刺繍が華やかだ。
 グレーのスカーフタイと、脇のスリットから見える、同色のシフォン生地が、チラりと見えて。クールながら甘さも添えている感じ?

「うわぁ、ぼくには、似合わないんじゃないかなぁ? 貴族のお坊ちゃんが着るやつみたいぃ」
「兄上はまがうことなき、貴族の坊ちゃんです」
 ぼくのつぶやきに、シオンはそうツッコみ。
 整髪して片側を後ろに流している、ぼくの髪を撫でた。
 なんか怖いから、あんまり自分の姿を見ていないけど。髪飾りもついているみたい。目の端に、キラキラが見えるよぉ。
 絶対、七五三みたいな感じだよぉ。

「とてもお似合いですよ、兄上」
 シオンは、そんなお世辞を言ってくれる。
 兄を立てる、出来た弟である。

 そして、うっそりと、目を細めて。ぼくに極上の笑みを垂れ流す。また、無駄なことを…。
 しかし…あぁ、きっと今日は。このエロエロビーストにハートを撃ち抜かれる御令嬢が、たくさんいるのだろうなと、想像できてしまった。
 シオンはぼくより、派手さをおさえた黒ジャケットに、さし色は濃い紫。

 うん。やっぱり、うちの弟、最高にエレガントっ。

 そこに、部屋をたずねてきた陛下が入ってきた。
 陛下はぼくを目にすると、驚愕に瞳を丸くする。

「クロウ、素晴らしい。まさしく、天から遣わされた神の使いだ」
 そう言って、ぼくの手を引き、甲にチュウした。
 テンション高めの陛下は、ちょっとレア。

 つか。いえいえ、陛下こそ。はたまたお美しいですよ?
 陛下こそ、公式かみが精緻に作り込んだ、奇跡の造形なのですから。

 ぼくが仕立てた、あの婚礼衣装を身にまとい。さらには襟元にファーがついた、深紅のマントを羽織っている。
 そして、短髪になった黄金の髪は、オールバックで後ろに流すように整髪されているが。
 すっごい大人っぽくて、ゴージャスぅっ。

「シオン、クロウは我がエスコートするので、先に行け」
「陛下、兄上の上気した顔を、世間にさらさないでくださいね? キスは厳禁」

 なにやらぼくの頭の上で、陛下とシオンの視線が、バチバチと火花を散らせている。
 シオンは、猫だったら、シャーと言うかのように。鼻をフンと鳴らして。ぼくの部屋を出て行った。
 まぁ、そろそろ、公爵家が会場に入る時間だからな。

 ぼくと陛下が、会場に入るのは。一番最後だ。
 入場したら、真ん中で止まって、ホールの中央で、ファーストダンスを踊る。
 それから、陛下が着座し。祝賀の挨拶をして。乾杯したら。舞踏会っぽい流れになるんだって。

「緊張しているか?」
「いいえ、すべて、陛下にお任せするつもりですので。でも、イアン様。ファーストダンスは、ぼくでよろしいのですか? 華やかで、美しいドレス姿の御令嬢の方が…」
「馬鹿な。伴侶を差し置いて、見知らぬ女性と踊るわけがないだろう? もし、女性と踊らなければならないのなら、シャーロットになるが。アレは、おまえよりダンスが下手だ。学園に入る前に、妹にダンスを叩き込んでやってくれ」
 陛下は兄の顔で、鼻からため息を漏らす。
 ここ数日、顔見知りでない者と会うとき、陛下は威厳のある態度で通していたが。
 ぼくの前で見せる、気安い顔つきの方が、好きだな。

 そんな気持ちで、陛下をみつめていたら。
 陛下が、唇をついばむようなくちづけをした。
「キスは厳禁。クロウの色っぽい顔を、衆目にさらすわけにはいかないが。我の伴侶があまりにも可愛くて美しいから。少しだけつまみ食いをしてしまった」
「い、イアン様ったら」

 色っぽい顔なんて、わからないけど。そんなことを言われたら、顔が真っ赤になってしまいますぅ。
 ぼくは両手を頬に当てて、頬の火照りを冷まそうとするが。
 扉がノックされ、入場の時間ですと告げられてしまう。

「はあぁぁ、へ、変な顔ではありませんか?」
「大丈夫、いつもどおり美しいぞ?」
 そう言って、陛下はぼくの手を引き、部屋を出る。

 あぁぁっ! そういえば。
 陛下は、モブのぼくを美しいと思っている、審美眼的にはあまり頼りにならない、残念な御方だったぁ?

 だが、まぁ。もう、なるようになれ、的な気持ちで。ぼくは陛下と並んで歩く。
 ぼくらの後ろには、セドリックとシヴァーディが、騎士服の最高礼服を着用していて。
 これまた、御美しくて、目が潰れそうですがっ。
 見慣れた面々が近くにいてくれるのは、とても心強いです。

「さぁ、行こう。クロウ」
 会場の閉ざされた扉の前で、安心させるような、優しい笑顔を、陛下は向けてくれる。
 とても頼もしくて。彼に、なんでも任せておけば大丈夫、という気になった。
 だから、扉が開いて、いっぱいの人の視線がこちらを向いても。
 光にあふれた、まぶしい空間が、目の前に広がっていても。

 心配ないと思えたのだ。

 舞台は、王宮の大ホール。
 きらびやかなシャンデリアの下で。大勢の人が見守る中、ぼくと陛下は、ホールの中央で足を止めた。
 シーンと静まった会場で、楽団がワルツの調べを奏で始めると。
 ぼくと陛下は手を取り合って、ファーストダンスを踊り出す。

 一番初めに踊るのは、本日主役のふたりきり。

 軽やかにステップを踏んで。優雅に、くるくると回りながら、ダンスを楽しむのだ。
 ぼくの脇スリットについている、ひらひら揺れるシフォン生地が、ダンスで回転するたびに。陛下のマントに絡んで。なにやら、衣装も踊っているみたいに見えて。フフッと小さく笑った。

「余裕だな? クロウ」
「緊張よりも、嬉しくて。イアン様と、またダンスが踊れたから」
「そうだな。あのラストダンスから、一週間も経っていないが。随分前のことのようだな? あのときは、今生で、最後のダンスになると思っていた。こうして、またクロウとダンスが踊れたのは。クロウが我を愛してくれたから。クロウが頑張ってくれたからだ」

 とてもあたたかいねぎらいをもらい。ぼくは嬉しさに、涙ぐんでしまう。
「クロウの、真摯な、ひたむきな愛情で、我が救われたことを。我は決して忘れない。クロウの愛に、必ず報いよう。生涯をかけて、我も、真摯でひたむきな愛を、クロウに注いでいくと誓うよ」

 生涯、愛を注ぐだなんて。
 そんな、情熱的で、大きな大きな愛を示す告白をされたら。
 ぼくの心臓は張り裂けそうなほどに暴れ出してしまいます。ドックンドックンです。

「イアン様、ぼ、ぼくもっ。す、す、す、しゅきでしゅ」
 あ、最後でかんだ。

 そうしたら、陛下が。ブッと吹き出した。
「ハハッ、締まらないな。だが、好きの一言でどもってしまう、そんな純真なおまえが…すっごく可愛い」
 顔を寄せて、そっと囁かれ。
 ぼくは、頬に血液が集まって。のぼせて、顔からプシューッと蒸気が出てしまうくらい、真っ赤になった。

「クロウ? 今宵は…その身を我に捧げよ」

 気を良くしたのか、陛下は。巴と静、垂涎のイケボで、追撃してくる。
 いやぁぁ、無理無理ぃ。ぼくだって、そのエロボイスは弱いのですからぁ。

「ひえぇぇ、イ、イアン様。怒涛の甘々ワード攻撃はやめてください。足を踏んでしまいますよっ?」
 それでも、ステップはちゃんと踏みますけど。
 大勢の人の前で、陛下の足を踏むわけにはいきませんから。

 だけど、ステップに必死なぼくを、ターンして振り回し。陛下は笑うのだ。むきぃ。
「そこは、イアン様の御心のままに、と言うところだろう?」
「言いませんよ、こんないっぱいの人の前で、恥ずかしい。つか、あの夜をパロディーにするのはダメでしょ?」
「あの夜が笑い話になったのなら、うぃんうぃんではないか?」
「ウィンウィン?」
「幸せしかない、という意味なのだろう?」

 それは塔の上で、陛下が誤解した言葉だ。
 両方、手にできたら最高。みたいな意味で、ぼくは言ったのだけど。
 幸せしかない、と説明したら。ウィンウィンをそういう意味だと、認識されてしまった。あれ。

 だけど、今、確かに幸せしかないから。ま、それでいっか?
「はい。ウィンウィンです」
 ぼくが笑うと、陛下も微笑んで。

 幸せしかない、ぼくと陛下のダンスは。いつまでも、いつまでも、続いたのだった。

 それにさ、王宮で、みんなが笑顔で見守る中、踊ってるこれって。
 アイリスが言ってた、クロウルートのハッピーエンドじゃね?

 その身を我に捧げよって、今、陛下も言ったし。絶対、そうでしょ?

 あの、悲しみのラストダンスから、笑顔のファーストダンスへの、華麗な逆転劇。
 愛の力で王(キング)を救えっ! アイキン、完全攻略だっ。やったね?


 end

 ★★★★★

 別枠の『幽モブ アダルトルート』にて、後日談、夜会のあと①~③があります。
 Rー18です。読まなくても本編に影響はありませんが。より、作品をお楽しみいただけます。Rが大丈夫な方は、よろしければ、ご覧ください。

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七咲陸
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サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

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