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2-15 断罪式の場にぴったり
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◆断罪式の場にぴったり
陛下が公務で登校していない、ある日の放課後。
一学年は、教師の都合で授業が少し早く終わったのだが。シャーロットとアイリスが、ぼくが使っている教室に遊びに来た。
王宮の、迎えの馬車が来るまでの、暇つぶしのようです。
ぼくと陛下が受ける特別授業は、特別教室という場所で行われている。
前世風に言うと、化学室とか美術室とか、それ専用の教室があるじゃない? そういう教室を一室、ぼくたち用に開放してくれているのだ。
ここは、魔法科教室5番です。
普通の教室の、半分サイズの教室で。主に、薬剤調合実験(シオンが呪いをかけられた、あの液体みたいなのを作るのかな? 怖ぇぇ…)の器具を、仮に準備しておく場だったり。グループ実験などに貸し出されたり。そんな使用目的の教室だそうです。
ぼくと陛下は、学年に組み込まれているわけではなく。本当に特別に許された、聴講生みたいな扱いなのです。
まぁ、いきなり、自分のクラスに。王様が『クラスメイトだよ』なんて言って入ってきたら。驚愕必至、だものね?
だから、教師と生徒、ほぼマンツーマンマン、プラス、見守るベルナルドとカッツェ状態で授業を受けているわけなのだ。
ちなみに、アイリスたちが来たとき、ぼくは魔法の座学の自習中だった。
だから、教師は不在。
ベルナルドとカッツェが見守る中、静かに教科書を読んでいるという…。気まずさマックスのカオス状態でしたから。助かりました。
だってぇ、彼らは陛下の友達で。ぼくは男友達を作ってはいけないのでしょう?
彼らと、どういう付き合いをしたらいいのか、わかりません。
それに、成績優秀、スポーツ万能のリア充と、話したことないんですけど?
ど、ど、ど、どうしたらいいのでしょう?
話しかけてもいいんですか?
つか、なにを話しかけたらいいんですか?
天気の話は、駄目です。
一瞬で会話が終了し。あとに、不自然な沈黙の、魔の時が流れると知っていますから。
えぇ、針のむしろってやつですよ。いたたまれないやつですよ。
そうして、ひとり、教科書を見る態で、陰キャ特有の目をオドオド、ってしていたときに。アイリスが来てくれたから。
その虚無の渦から救い出してくれたアイリスは、救世主です。
「クロウ様、お迎えが来るまで、少しお話しましょう? ゲームが開始されたから、不安なこともあるでしょう? なんでも、前作主人公に相談してね?」
「アイリス、優しいぃ」
というか。この耳が痛くなるような静寂から抜け出せた今、アイリスがひときわ神々しく見えます。
あぁ、女神様、ありがとう。
ちなみに、アイリスは。十六歳だけど。
アイリスの父親が、学園に通わせてくれなかったから。この世界では、初めての学校なんだって。
シャーロットの侍従という立場もあるので、殿下と同じ学年に入学した。
高位貴族の御付きの方は、そういう特例が認められることもあるらしい。
アイリスは聖女でもあるので、特例は通りやすかったみたいだね?
シオンは、編入という形で、二学年に在籍している。
ぼくも、二学年の授業が終わって、シオンが合流するのを待っているところだから。
いいですよ? 馬車が来るまでお話しましょう。
シャーロットは、王族として良い成績を取らなければならない。
王族の矜持を守るのは、大変だね?
でも、今のところ、優秀な生徒として、他の生徒からも一目置かれているようだ。
ダンスの稽古を、いっぱいした甲斐がありましたね?
でも、刺繍は、まだ自信がないようで。
カバンから、刺繍の輪っかを取り出して。ぼくの指導を受けながら、刺繍の腕を磨いている。
ぼくとアイリスが話している間、静かにチクチクしていた。
教室には、一番前に教壇と黒板があり。生徒の席は、大きな、六人掛けの机が、ふたつ。ふたつのグループが研究できる仕様なんだね?
ぼくの隣にシャーロットとアイリスが、ぼくをはさむみたいにして座る。
両手に花? なんて言ったら。陛下に怒られてしまいますね?
「でも、今は大丈夫ですよ? 陛下が、ぼくの不安の種は全部取り除いてくれるので。ぼくが一番心配なのは、ゲームの強制力で、みなさんが、ぼくのことや王城でのことを、すっかり忘れてしまうことなのですが。でも、今のところ、そういう大きな修正は起きていないでしょう? まぁ、成人のぼくが学園に通うことになったのは、強制力のせいかもしれませんが…」
ぼくは、ジト目になって、ため息をつく。
そう思えば。結構な修正具合だもんな?
このぐらいの補正なら、ぼくもついていけますが。
記憶操作だけは、なにとぞご勘弁を、公式様。と、思ってしまう。
「そうね。私も、また学校に通うことになるとは、思っていなかったもの。でも、この世界の科目は、前世とは違うし。魔法とか? 礼儀作法とか? 勉強も、はるか昔のことだから、すっかり忘れているのよね? 勉強苦手だったし。なにもかも、初めからやり直しよ」
テヘペロ、とアイリスが舌を出す。
「そうなのですか? シオンにドリルを作ったことがあるので。アイリスも使う?」
「ドリル? 懐かしい響きねぇ。やってみたいわぁ」
「クロウぅ、私もぉ。なにかわからないけど」
シャーロットも言うので。ぼくは微笑んでうなずいた。
「なら、明日作って持ってきますね。ところで、話は変わるのですが。この学園には、文化祭とか体育祭ってあるのですか?」
学校生活の醍醐味は、やっぱりイベントだ。
陛下に、短い間でも、学生ライフを楽しんでいただきたいから。
前世で、ぼくには、あまり馴染みのなかったイベントだけど。今世ではがんばって参加しようかなって、思って。聞いてみたのだけど。
アイリスは、桃色の目をきゅるんとさせて、説明した。
「体育祭はなくって。五月に剣術大会があるのですって。騎士科の方たちの、腕前披露の会ね」
騎士科の腕前披露って、ガチじゃん?
一般の生徒には、関係なさそうな話だな?
「私、鈍足だから。体育祭はマジ勘弁っていうか。なくて、ラッキーよ。ま、他の異世界物はともかく、この世界では、御令嬢が戦うこともあまりないから。私は、参加しなくていい剣術大会、大歓迎よ」
「それを言ったら、ぼくだって。運動全般、イケてなかったしぃ。ま、魔の、マラソン大会も、ないよね?」
恐る恐る聞いたら、ないないって、アイリスが言った。
やったぁぁ。ぼくは、両拳を天に突き上げて、歓喜したのだった。
「剣術大会、ってことは。騎士科のカッツェ様は、剣術大会に出るのですか?」
教室の後ろで、立ったままぼくらを見ているカッツェに、話を振ったら。答えてくれたよ。
やった、話しかけが成功したぁぁぁっ。
モブの陰キャには、一言めの声掛けが、とってもハードルが高いんですよ。
「クロウ様。私のことは、カッツェとお呼びください」
「…でも、先輩ですし」
ぼくは、言いよどむ。
身分的には、オフロ公爵家は対等で。先輩とはいえ、ぼくの方が年は上なので。呼び捨てもアリなのだが。
なんと言っても、ぼくはつい最近まで、平民として暮らしていたので。
貴族の方には、みなさんに、様をつける。お客さまにも、様をつける。それが当たり前だったからなぁ。
つまり、高位貴族の自覚が、全くないんですよ。
無理です。いきなり、そんなの。
しかし、カッツェは。悠然と、首を横に振る。
「私はこの先、陛下と、その妃を守る職に就きたいのです。今は、その予行演習。クロウ様も、もうすぐ最上位の地位につくのです。堅苦しいとは思いますが、徐々に、その環境に慣れることも必要かと思います。クロウ様も、その予行演習だと思えば。この学園生活は、最適な環境ではないですか?」
なるほど。ぼくが貴族として振舞えなかったら。ぼくを妃にする陛下も、恥をかくかもしれない。それはいけないことだよね。
陛下は有力貴族の顔つなぎを、学園でするつもりみたいだけど。
ぼくは貴族としての振る舞いを身につける、良い機会にしなければならないんだな。
カッツェは。見た目はちょっとチャラめで、セドリックみたいに底抜けに明るいキャラかと思ったけれど。
ぼくなんかよりも、しっかりとした考えを持っていて。良いことを言うじゃん? 素敵です。
「わかりました、カッツェ。ベルナルドも。これから、そう呼ばせていただきます」
そう言うと、ベルナルドは眼鏡の奥の瞳を光らせて、告げた。
「敬語も不要ですよ」
「それは、おいおい」
なにもかも、急速に、偉そうには振舞えない。
つか、ぼく自身は偉くない。陛下が偉いのだ。
ぼくは、その奥方として、そばにいても恥ずかしくない所作や、言葉遣いを、身につけなければならないのだな。
丁寧な言葉遣いは、悪くないと思うんだ。でも、卑屈になってはいけない。難しいね?
「剣術大会には、出ます。最終学年なので、有終の美を飾りたいのです。しかし、今年は楽に勝たせてはもらえないでしょう」
「…そうなのか? 後輩に、強い人がいるの?」
ぼくの問いかけに、カッツェは、紫の瞳を少し丸くし。そして小さく笑った。
「強敵は、シオン・バジリスク。貴方の弟君ですよ」
「でも、シオンは騎士科じゃないよ?」
ギリギリまで、シオンは進路に悩んでいたようだが。
公爵家の後継を、視野に入れたので。魔法科で、魔力や魔法の研鑽に力を入れることにしたらしい。
「兄上には及びませんが、王家の対の者を輩出する家系として、相応しいくらいには、魔法を極めたいのです。兄上に恥をかかせられませんからね?」
進路を決めたとき、シオンはそんなことを言っていた。
いやいや、今のままで充分、シオンはぼくにはもったいないくらいに出来た弟ですよ。と、そのときは思いまして。
ま、弟賛辞は、いくらでも出てくるけど。これくらいにして。
魔法科や普通科でも、男子は剣術の授業があるが。大会に出場するほどの腕は、ないんじゃね?
騎士を目指す騎士科の生徒には、さすがに敵わないでしょう?
という目で、ぼくはカッツェを見るが。
「スタイン騎士団長が『シオンは、すぐにも騎士団に入れたい』とおっしゃったと、耳にしています。どれほどの腕前なのか、ぜひ対戦してみたい」
まぁ、シオンは。ずっと、ぼくのボディーガードをしていたわけだから。
人型のときには、剣の訓練を怠らなかったし。
先日、公爵家に乗り込んだときも、警備の騎士をバッタバッタと斬り倒していったからな。
ミネウチダケド。
いや、剣に峰はないので、柄打ち?
騎士科じゃない生徒が、剣術大会に出られるのか、わからないけど。実現したら面白そうだな、とは思った。
「そうなんだ? シオンが有力株だなんて、初耳だよ。今から剣術大会が楽しみだな?」
ぼくがそう言ったら、アイリスが話を戻してきた。
「文化祭も、ないのだけど、似たような感じなのは、魔法演技会というのがあるみたいよ? 魔法や、魔道具のお披露目会みたいなの。でもそれは、十月ね」
十月まで、ぼくも陛下も在学していない予定だからな。
文化祭ならぬ、魔法演技会も、縁がなさそうだ。
「でも、その代わりに。夏季休暇前の、夜会があるのですって。飛び級や、いち早く卒業資格を有したものが、優秀生徒として表彰されて。ちょっと早めの卒業式みたいなやつがあるのですって」
そのアイリスの説明に、ベルナルドが補足をしてきた。
「その夜会で、私も、カッツェも、卒業認定を受ける予定です。その後は速やかに、王宮の職に就くことになります。陛下やクロウ様も、予定通りであれば、その場で教育修了認定を受けられることになっております」
へぇ、そうなんだぁ。と思い。うなずくけれど。
あぁ、でも。これって、ゲームの断罪式の場にぴったりですね。
ちらりと、アイリスを見やると。
彼女も、難しそうな顔でこくりとうなずく。
嫌な予感しかしません。
きっと、そこが一番の正念場なのですね? ここさえ超えられれば、陛下と結婚できる…と信じたいです。
陛下が公務で登校していない、ある日の放課後。
一学年は、教師の都合で授業が少し早く終わったのだが。シャーロットとアイリスが、ぼくが使っている教室に遊びに来た。
王宮の、迎えの馬車が来るまでの、暇つぶしのようです。
ぼくと陛下が受ける特別授業は、特別教室という場所で行われている。
前世風に言うと、化学室とか美術室とか、それ専用の教室があるじゃない? そういう教室を一室、ぼくたち用に開放してくれているのだ。
ここは、魔法科教室5番です。
普通の教室の、半分サイズの教室で。主に、薬剤調合実験(シオンが呪いをかけられた、あの液体みたいなのを作るのかな? 怖ぇぇ…)の器具を、仮に準備しておく場だったり。グループ実験などに貸し出されたり。そんな使用目的の教室だそうです。
ぼくと陛下は、学年に組み込まれているわけではなく。本当に特別に許された、聴講生みたいな扱いなのです。
まぁ、いきなり、自分のクラスに。王様が『クラスメイトだよ』なんて言って入ってきたら。驚愕必至、だものね?
だから、教師と生徒、ほぼマンツーマンマン、プラス、見守るベルナルドとカッツェ状態で授業を受けているわけなのだ。
ちなみに、アイリスたちが来たとき、ぼくは魔法の座学の自習中だった。
だから、教師は不在。
ベルナルドとカッツェが見守る中、静かに教科書を読んでいるという…。気まずさマックスのカオス状態でしたから。助かりました。
だってぇ、彼らは陛下の友達で。ぼくは男友達を作ってはいけないのでしょう?
彼らと、どういう付き合いをしたらいいのか、わかりません。
それに、成績優秀、スポーツ万能のリア充と、話したことないんですけど?
ど、ど、ど、どうしたらいいのでしょう?
話しかけてもいいんですか?
つか、なにを話しかけたらいいんですか?
天気の話は、駄目です。
一瞬で会話が終了し。あとに、不自然な沈黙の、魔の時が流れると知っていますから。
えぇ、針のむしろってやつですよ。いたたまれないやつですよ。
そうして、ひとり、教科書を見る態で、陰キャ特有の目をオドオド、ってしていたときに。アイリスが来てくれたから。
その虚無の渦から救い出してくれたアイリスは、救世主です。
「クロウ様、お迎えが来るまで、少しお話しましょう? ゲームが開始されたから、不安なこともあるでしょう? なんでも、前作主人公に相談してね?」
「アイリス、優しいぃ」
というか。この耳が痛くなるような静寂から抜け出せた今、アイリスがひときわ神々しく見えます。
あぁ、女神様、ありがとう。
ちなみに、アイリスは。十六歳だけど。
アイリスの父親が、学園に通わせてくれなかったから。この世界では、初めての学校なんだって。
シャーロットの侍従という立場もあるので、殿下と同じ学年に入学した。
高位貴族の御付きの方は、そういう特例が認められることもあるらしい。
アイリスは聖女でもあるので、特例は通りやすかったみたいだね?
シオンは、編入という形で、二学年に在籍している。
ぼくも、二学年の授業が終わって、シオンが合流するのを待っているところだから。
いいですよ? 馬車が来るまでお話しましょう。
シャーロットは、王族として良い成績を取らなければならない。
王族の矜持を守るのは、大変だね?
でも、今のところ、優秀な生徒として、他の生徒からも一目置かれているようだ。
ダンスの稽古を、いっぱいした甲斐がありましたね?
でも、刺繍は、まだ自信がないようで。
カバンから、刺繍の輪っかを取り出して。ぼくの指導を受けながら、刺繍の腕を磨いている。
ぼくとアイリスが話している間、静かにチクチクしていた。
教室には、一番前に教壇と黒板があり。生徒の席は、大きな、六人掛けの机が、ふたつ。ふたつのグループが研究できる仕様なんだね?
ぼくの隣にシャーロットとアイリスが、ぼくをはさむみたいにして座る。
両手に花? なんて言ったら。陛下に怒られてしまいますね?
「でも、今は大丈夫ですよ? 陛下が、ぼくの不安の種は全部取り除いてくれるので。ぼくが一番心配なのは、ゲームの強制力で、みなさんが、ぼくのことや王城でのことを、すっかり忘れてしまうことなのですが。でも、今のところ、そういう大きな修正は起きていないでしょう? まぁ、成人のぼくが学園に通うことになったのは、強制力のせいかもしれませんが…」
ぼくは、ジト目になって、ため息をつく。
そう思えば。結構な修正具合だもんな?
このぐらいの補正なら、ぼくもついていけますが。
記憶操作だけは、なにとぞご勘弁を、公式様。と、思ってしまう。
「そうね。私も、また学校に通うことになるとは、思っていなかったもの。でも、この世界の科目は、前世とは違うし。魔法とか? 礼儀作法とか? 勉強も、はるか昔のことだから、すっかり忘れているのよね? 勉強苦手だったし。なにもかも、初めからやり直しよ」
テヘペロ、とアイリスが舌を出す。
「そうなのですか? シオンにドリルを作ったことがあるので。アイリスも使う?」
「ドリル? 懐かしい響きねぇ。やってみたいわぁ」
「クロウぅ、私もぉ。なにかわからないけど」
シャーロットも言うので。ぼくは微笑んでうなずいた。
「なら、明日作って持ってきますね。ところで、話は変わるのですが。この学園には、文化祭とか体育祭ってあるのですか?」
学校生活の醍醐味は、やっぱりイベントだ。
陛下に、短い間でも、学生ライフを楽しんでいただきたいから。
前世で、ぼくには、あまり馴染みのなかったイベントだけど。今世ではがんばって参加しようかなって、思って。聞いてみたのだけど。
アイリスは、桃色の目をきゅるんとさせて、説明した。
「体育祭はなくって。五月に剣術大会があるのですって。騎士科の方たちの、腕前披露の会ね」
騎士科の腕前披露って、ガチじゃん?
一般の生徒には、関係なさそうな話だな?
「私、鈍足だから。体育祭はマジ勘弁っていうか。なくて、ラッキーよ。ま、他の異世界物はともかく、この世界では、御令嬢が戦うこともあまりないから。私は、参加しなくていい剣術大会、大歓迎よ」
「それを言ったら、ぼくだって。運動全般、イケてなかったしぃ。ま、魔の、マラソン大会も、ないよね?」
恐る恐る聞いたら、ないないって、アイリスが言った。
やったぁぁ。ぼくは、両拳を天に突き上げて、歓喜したのだった。
「剣術大会、ってことは。騎士科のカッツェ様は、剣術大会に出るのですか?」
教室の後ろで、立ったままぼくらを見ているカッツェに、話を振ったら。答えてくれたよ。
やった、話しかけが成功したぁぁぁっ。
モブの陰キャには、一言めの声掛けが、とってもハードルが高いんですよ。
「クロウ様。私のことは、カッツェとお呼びください」
「…でも、先輩ですし」
ぼくは、言いよどむ。
身分的には、オフロ公爵家は対等で。先輩とはいえ、ぼくの方が年は上なので。呼び捨てもアリなのだが。
なんと言っても、ぼくはつい最近まで、平民として暮らしていたので。
貴族の方には、みなさんに、様をつける。お客さまにも、様をつける。それが当たり前だったからなぁ。
つまり、高位貴族の自覚が、全くないんですよ。
無理です。いきなり、そんなの。
しかし、カッツェは。悠然と、首を横に振る。
「私はこの先、陛下と、その妃を守る職に就きたいのです。今は、その予行演習。クロウ様も、もうすぐ最上位の地位につくのです。堅苦しいとは思いますが、徐々に、その環境に慣れることも必要かと思います。クロウ様も、その予行演習だと思えば。この学園生活は、最適な環境ではないですか?」
なるほど。ぼくが貴族として振舞えなかったら。ぼくを妃にする陛下も、恥をかくかもしれない。それはいけないことだよね。
陛下は有力貴族の顔つなぎを、学園でするつもりみたいだけど。
ぼくは貴族としての振る舞いを身につける、良い機会にしなければならないんだな。
カッツェは。見た目はちょっとチャラめで、セドリックみたいに底抜けに明るいキャラかと思ったけれど。
ぼくなんかよりも、しっかりとした考えを持っていて。良いことを言うじゃん? 素敵です。
「わかりました、カッツェ。ベルナルドも。これから、そう呼ばせていただきます」
そう言うと、ベルナルドは眼鏡の奥の瞳を光らせて、告げた。
「敬語も不要ですよ」
「それは、おいおい」
なにもかも、急速に、偉そうには振舞えない。
つか、ぼく自身は偉くない。陛下が偉いのだ。
ぼくは、その奥方として、そばにいても恥ずかしくない所作や、言葉遣いを、身につけなければならないのだな。
丁寧な言葉遣いは、悪くないと思うんだ。でも、卑屈になってはいけない。難しいね?
「剣術大会には、出ます。最終学年なので、有終の美を飾りたいのです。しかし、今年は楽に勝たせてはもらえないでしょう」
「…そうなのか? 後輩に、強い人がいるの?」
ぼくの問いかけに、カッツェは、紫の瞳を少し丸くし。そして小さく笑った。
「強敵は、シオン・バジリスク。貴方の弟君ですよ」
「でも、シオンは騎士科じゃないよ?」
ギリギリまで、シオンは進路に悩んでいたようだが。
公爵家の後継を、視野に入れたので。魔法科で、魔力や魔法の研鑽に力を入れることにしたらしい。
「兄上には及びませんが、王家の対の者を輩出する家系として、相応しいくらいには、魔法を極めたいのです。兄上に恥をかかせられませんからね?」
進路を決めたとき、シオンはそんなことを言っていた。
いやいや、今のままで充分、シオンはぼくにはもったいないくらいに出来た弟ですよ。と、そのときは思いまして。
ま、弟賛辞は、いくらでも出てくるけど。これくらいにして。
魔法科や普通科でも、男子は剣術の授業があるが。大会に出場するほどの腕は、ないんじゃね?
騎士を目指す騎士科の生徒には、さすがに敵わないでしょう?
という目で、ぼくはカッツェを見るが。
「スタイン騎士団長が『シオンは、すぐにも騎士団に入れたい』とおっしゃったと、耳にしています。どれほどの腕前なのか、ぜひ対戦してみたい」
まぁ、シオンは。ずっと、ぼくのボディーガードをしていたわけだから。
人型のときには、剣の訓練を怠らなかったし。
先日、公爵家に乗り込んだときも、警備の騎士をバッタバッタと斬り倒していったからな。
ミネウチダケド。
いや、剣に峰はないので、柄打ち?
騎士科じゃない生徒が、剣術大会に出られるのか、わからないけど。実現したら面白そうだな、とは思った。
「そうなんだ? シオンが有力株だなんて、初耳だよ。今から剣術大会が楽しみだな?」
ぼくがそう言ったら、アイリスが話を戻してきた。
「文化祭も、ないのだけど、似たような感じなのは、魔法演技会というのがあるみたいよ? 魔法や、魔道具のお披露目会みたいなの。でもそれは、十月ね」
十月まで、ぼくも陛下も在学していない予定だからな。
文化祭ならぬ、魔法演技会も、縁がなさそうだ。
「でも、その代わりに。夏季休暇前の、夜会があるのですって。飛び級や、いち早く卒業資格を有したものが、優秀生徒として表彰されて。ちょっと早めの卒業式みたいなやつがあるのですって」
そのアイリスの説明に、ベルナルドが補足をしてきた。
「その夜会で、私も、カッツェも、卒業認定を受ける予定です。その後は速やかに、王宮の職に就くことになります。陛下やクロウ様も、予定通りであれば、その場で教育修了認定を受けられることになっております」
へぇ、そうなんだぁ。と思い。うなずくけれど。
あぁ、でも。これって、ゲームの断罪式の場にぴったりですね。
ちらりと、アイリスを見やると。
彼女も、難しそうな顔でこくりとうなずく。
嫌な予感しかしません。
きっと、そこが一番の正念場なのですね? ここさえ超えられれば、陛下と結婚できる…と信じたいです。
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