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2-13 我とライバルの苦労話(イアンside)
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◆我とライバルの苦労話(イアンside)
学園の中に、我は、執務室というか、私室のようなものを借りている。
普段はそこで、休講などで長い時間があいたときに、休憩したり。持ち出し可能な公務を、ちょっと片付けたりしている。
部屋は、教室ほどの大きさはない。ちょっと大きめの机がひとつと、小さなソファセットと、本棚が、所狭しと置いてある。
元は教務の準備室らしい。
そこで、黒猫に変化してしまったシオンを、着替えさせることにした。
クロウは、ランチの後片付けをする、アルフレドの手伝いをさせている。
ちょっと、シオンに聞きたいことがあるのだ。クロウは抜きでな。
抜け殻のようになっていたシオンの制服を、衝立の向こうに置き。
猫のシオンが、テシテシと足音をさせて、その陰に隠れる。
しばらくすると、人が、服を着替えるような音がし始めた。
シオンの着替えが済むまでの間、我は少し、先ほどのことを考えていた。
まさか。我の知らぬところで、クロウと公女が接触していたとはな。
あの公女は、我からクロウを奪うつもりなのだろうか? けしからん。
クロウが女神のような慈悲深さで、公女の滞在を許したから。一度は見逃してやるが。
あまりにも目障りだったら、即刻退去させよう。
あの娘、クロウのことを、しげしげと見やっていたからな。一目惚れなどしていないだろうな?
クロウはスレンダーな体躯に、公爵令息としての気品もあって、誰が見ても、目を奪われる美貌だからな。
全く、美しい妃を持つ旦那は大変だよ。ふっふっふ。
ま、美しい妃をものにした優越感も、計り知れぬものがあるがなっ。
大変だと言えば、アイリスとクロウの距離感も気になるところだが。
そこは、やんわりとアルフレドに注意させよう。あのふたりがくっついている間は、安泰だ。
しかし、アイリスは。クロウと、なにやら、彼ら特有の言語で話すほどに、親密な感じがあるから。妬けてしまう。
我もクロウと、ふたりだけで通じる言語を作りたい。
アイリスがとてもうらやましい。
そんなことを考えているうちに、衝立の向こうから、長身の男が顔を出した。
ウェーブした黒髪に、シャープな目元の美丈夫。学園の白い制服を隙なく着こなした、人型のシオンだ。
シオンは、クロウとは系統がまるで違う、色男である。
似たところがない。
ただ、クロウと似ていないと言われるのは、シオンにとって一番嫌なことのようなので。言わないが。
猫のままでは、会話ができなかったが。これでようやく、彼と話ができるわけだ。
「シオン、君の魔法属性は、水だと思うのだが。猫に変化するのは、どのような魔法を使っているのだ?」
魔法属性は、だいたい、ひとりにひとつだ。
しかし、動物に変化するのは、水の魔法と関係がないように思える。
「これは、魔法というより、呪いの余韻ですかね? 兄上が心配するので、この話は内緒でお願いしたいのですが」
我が承諾すると、シオンは詳しく話し出した。
「自分で、コントロールは出来るのですが。魔法や魔力を使って、変化するのではなく。どちらかというと、今までそうなっていたものに、戻ることができるような感覚です。ぼくは、四歳のときから十年間、月影の呪いというものに苦しんできましたが。その十年、毎日経てきた変化を、細胞レベルで覚えている。だから、これは魔法ではないのです」
「クロウが心配するというのは…呪いがまだ残っているのを知ったら、ということか?」
「兄上は、この呪いを直すのに、十年、必死に頑張ってきましたから。とっても。ぼく以上に。この呪いに傷つけられてきたと思うのです。兄上に、呪いのことを、もう思い出させたくはないのです。ま、猫なぼくは、お気に入りのようですが。呪いと猫は、兄上の中ではイコールではないらしい」
「はは、クロウにはそういうところがあるな」
悲壮な話でも、とことん悲壮になり切れない、ほんわかしたところが、彼にはあるのだ。
しかし、そういう彼の心持ちに、我も救われるところがあった。
王城で、死をみつめてきた我が。クロウのほのぼのに、どれほど心癒されてきたことか。
「イアン様、ぼくとその話がしたかったわけではないのでしょう? 本題はなんですか? 昨日、頬に拳を当てたことを、お怒りですか?」
いや、別に。むしろそのことは、ちょっと親友のやり取りのようで、ウキウキしてしまったのだが?
国王ゆえに、そうは言えないがな。
「そのことではない。クロウを不幸せにしたら、殴れと、我が許可したのだ。その件について、決して、シオンを罰したりはしないと約束する」
シオンは、兄であるクロウを、心底愛している者だ。
兄弟でも、クロウの一番近くにいる、クロウを愛する男だから。我のライバルだ。
クロウは絶対に譲れぬ。
しかし、隙を突かれれば、するりとクロウを連れ去ってしまうだろう、その危惧があるのが、この男だ。
だから我は、この男がそばにいる限り。クロウにとめどなく愛を注ぐしかない。隙など突かれぬように。
ま、それは。甘美な労苦である。
しかし、そういう厄介な反面、シオンはクロウを決して傷つけぬ、守り切る、そのことについては一番信頼できる男でもある。
だから。どうしても、我がクロウのそばから離れなければならないシチュエーションのとき、など。彼がクロウのそばにいれば、安心だと思える。
つまり。我は、シオンに一目置いているのだ。猫のときからな。
「…では、兄上について、ですよね? なにか?」
ちょっと、いぶかしげな顔で、我を見やるシオンに。我は、思い切って聞いてみる。
「ずっと、気になっていたのだ。まさか…とは思うが。シオン、クロウは…」
ひと息置くと、シオンがごくりと喉を動かした。
「まさか、クロウは。自分が美形だということに、自覚がないのか?」
シオンは、ちょっと、マヌケなほどに、口を開いた。
だが、我は。
ずっと、ずーっと考えてきたことを、怒涛の勢いでシオンに投げかけたのだ。
「我はクロウの、お可哀想にと、いかにも言っているかのような、変顔に気を取られ。その表情の意味ばかりを考えてきたのだが。もしも、クロウに美形の意識がないのなら、なんとなく納得できるのだ。先ほども、ぼくのような地味な男、だなんて言っていたし、以前は、はっきり、自分はモテないと言っていた。だが、そのようなわけがあるまい? 王城に来る前だとて、あのような整った容姿の男が、街を闊歩していたら、引く手あまたのはずなのだ」
どうなのだ? とシオンに目をやると。
彼は。深く。それは、それは、重々しく。うなずいたのだ。
「王城に来る前、兄上は、店で、黒衣の麗人と呼ばれ。兄上を見かけたらラッキーだと。男性客の間では有名でした。しかし、呪いにかかったぼくがいることで、兄上は接客を滅多にすることがなく。外に出るのも、日が落ちてから。基本は店に引きこもり、という状態だったと。以前、言ったかとは思いますが。つまり、兄上に、面と向かって美しいと言う御仁は、イアン様が初めてでございます」
「嘘、だろう? いやいや、しかし。シオンだって、クロウに綺麗だと言うだろう? それに、鏡を見れば、自分が整った容姿をしていることは、言われなくてもわかるはずではないか?」
「残念ながら。弟の言葉は、肉親の欲目として、相手にはされず。あんまり言うと、おまえの美的感覚はおかしいというレッテルを張られてしまいます」
シオンのその言葉に、我は、ビシッと、指を突きつける。
「それだっ。クロウが我を見る顔は、美的感覚がおかしくて、お可哀想に…ってことだったのだな?」
「そのように思います。ぼくも、何度も、そのような顔で見られたので、わかります」
ふたりで、げっそりした顔で。互いに顔を見やった。
「鏡は。兄上は、鏡の前では、いかにも腑抜けた、変な顔をするのです。そして、うむ、今日も安定のモブ顔だ、とうなずき。振り返ると、もう、いつもの兄上の顔なのですが。そんな具合です」
それは、とても信じがたい話だった。
我は…王城に出てからの、ここ数日。それは、それは、大勢の人物と引き合わされたのだ。
しかし、今まで見てきた、どの老若男女よりも。クロウが一番美しかった。
強いて言えば、シヴァーディは並ぶと思う。
でも、彼は。美形の系統が違うのだ。クロウは清楚可憐系、シヴァーディは高潔美麗系。
とにかく、整った容姿、顔かたちで言えば、クロウとシヴァーディが抜きん出ていると思った。
我は、島にいて。つい最近まで、人と出会う機会というものが制限されていた。
だから、クロウを可愛い、可憐、美しいと思っても。
クロウが、自分なんかモテない、と言うなら。そうなのかなぁ? 本土の者たちは、見る目がないなぁ? クロウと同程度の美形が、本土にはわんさか、いるのかもしれないなぁ? なんて思っていたわけだが。
もう、比較対象が少ないから、などとは言わせないほどに。我は、多くの人と会って来たぞ?
その上で、あえて言う。クロウは美形だと。
顔の造作が、すべてではない。クロウの良いところはそれ以外にもいっぱいある。
我は、クロウの、我を包み込むような大きな優しさに魅かれたのだから。顔にこだわっているわけではないのだが…。
しかし。お可哀想に、ではないだろう?
そのはずだが?
ちょっと、自信を無くし。シオンにたずねる。
「シオン、クロウは美しいよなぁ? 我の審美眼は、間違っていないだろう?」
王城にいながらも、名だたる美術品に造詣を深めてきた。
美しいものは、誰が見ても美しく。心を動かす力を持ったもの。
クロウも、いろんな人々の心を動かしてきたはずなのだが?
「恐れながら、イアン様の審美眼は間違っておりません。兄上は、他人から、面と向かって言われていないだけで。陰では、黒衣の麗人だと言われ、近くでお目にかかりたい、話をしたいと口にする、男どもが、なんと多いことかっ。ま、そんなやつらのそばに、兄上を近づけさせたりはいたしませんよ、このぼくがねっ」
シオンは、話しているうちに、徐々に激昂がエスカレートしていき。兄を守り切ったことに、胸を張るが。
シオンよ。誰とも会わせなかった結果、クロウは己の美しさに自覚がなくなってしまったのではないのか?
まぁ、そのような男には会わせなくてもいいのだがっ。
「イアン様。大変申し訳ないのですが。兄上の『お可哀想に顔』は、一生我慢していただきたい。兄上は、自覚しなくていい。ぼくが…ぼくとイアン様が、これからも兄上に言い寄る、ふていの輩を退けていけばよいのです」
クロウの勘違いを正さなくていいのか? とは思いはするが。
二十年も、自分を地味な男だと勘違いしているのだ。否定すればするほど、あの『お可哀想に顔』をされるに決まっている。
それほどに、彼の勘違いは根深いものなのだろう。
きっと、シオンだって。勘違いを、正そう、正そうと、してきたに違いないのだ。
しかし、この、兄至上主義の弟をもってしても。覆せない。強固な勘違いなのだ。
クロウらしい、と言えなくもないな。
どこか、間が抜けていて。憎めないのだ。
「わかった。我は、クロウに一生『お可哀想に』と思われることにするよ。それは、クロウが我以外の者から、美しいと言われていない。すなわち、クロウに言い寄る輩をすべて排除しきった、ということだろうからな?」
「兄上の、ゆるふわな日常を守るために。お互い苦労いたしましょう、イアン様」
そうして、我とシオンの苦労話は、奇妙な苦笑とともに終結した。
ただ。クロウに公女を近づけさせないように、ということは。シオンに言い置いておいた。
余計な羽虫は、早々に払うにかぎる。
学園の中に、我は、執務室というか、私室のようなものを借りている。
普段はそこで、休講などで長い時間があいたときに、休憩したり。持ち出し可能な公務を、ちょっと片付けたりしている。
部屋は、教室ほどの大きさはない。ちょっと大きめの机がひとつと、小さなソファセットと、本棚が、所狭しと置いてある。
元は教務の準備室らしい。
そこで、黒猫に変化してしまったシオンを、着替えさせることにした。
クロウは、ランチの後片付けをする、アルフレドの手伝いをさせている。
ちょっと、シオンに聞きたいことがあるのだ。クロウは抜きでな。
抜け殻のようになっていたシオンの制服を、衝立の向こうに置き。
猫のシオンが、テシテシと足音をさせて、その陰に隠れる。
しばらくすると、人が、服を着替えるような音がし始めた。
シオンの着替えが済むまでの間、我は少し、先ほどのことを考えていた。
まさか。我の知らぬところで、クロウと公女が接触していたとはな。
あの公女は、我からクロウを奪うつもりなのだろうか? けしからん。
クロウが女神のような慈悲深さで、公女の滞在を許したから。一度は見逃してやるが。
あまりにも目障りだったら、即刻退去させよう。
あの娘、クロウのことを、しげしげと見やっていたからな。一目惚れなどしていないだろうな?
クロウはスレンダーな体躯に、公爵令息としての気品もあって、誰が見ても、目を奪われる美貌だからな。
全く、美しい妃を持つ旦那は大変だよ。ふっふっふ。
ま、美しい妃をものにした優越感も、計り知れぬものがあるがなっ。
大変だと言えば、アイリスとクロウの距離感も気になるところだが。
そこは、やんわりとアルフレドに注意させよう。あのふたりがくっついている間は、安泰だ。
しかし、アイリスは。クロウと、なにやら、彼ら特有の言語で話すほどに、親密な感じがあるから。妬けてしまう。
我もクロウと、ふたりだけで通じる言語を作りたい。
アイリスがとてもうらやましい。
そんなことを考えているうちに、衝立の向こうから、長身の男が顔を出した。
ウェーブした黒髪に、シャープな目元の美丈夫。学園の白い制服を隙なく着こなした、人型のシオンだ。
シオンは、クロウとは系統がまるで違う、色男である。
似たところがない。
ただ、クロウと似ていないと言われるのは、シオンにとって一番嫌なことのようなので。言わないが。
猫のままでは、会話ができなかったが。これでようやく、彼と話ができるわけだ。
「シオン、君の魔法属性は、水だと思うのだが。猫に変化するのは、どのような魔法を使っているのだ?」
魔法属性は、だいたい、ひとりにひとつだ。
しかし、動物に変化するのは、水の魔法と関係がないように思える。
「これは、魔法というより、呪いの余韻ですかね? 兄上が心配するので、この話は内緒でお願いしたいのですが」
我が承諾すると、シオンは詳しく話し出した。
「自分で、コントロールは出来るのですが。魔法や魔力を使って、変化するのではなく。どちらかというと、今までそうなっていたものに、戻ることができるような感覚です。ぼくは、四歳のときから十年間、月影の呪いというものに苦しんできましたが。その十年、毎日経てきた変化を、細胞レベルで覚えている。だから、これは魔法ではないのです」
「クロウが心配するというのは…呪いがまだ残っているのを知ったら、ということか?」
「兄上は、この呪いを直すのに、十年、必死に頑張ってきましたから。とっても。ぼく以上に。この呪いに傷つけられてきたと思うのです。兄上に、呪いのことを、もう思い出させたくはないのです。ま、猫なぼくは、お気に入りのようですが。呪いと猫は、兄上の中ではイコールではないらしい」
「はは、クロウにはそういうところがあるな」
悲壮な話でも、とことん悲壮になり切れない、ほんわかしたところが、彼にはあるのだ。
しかし、そういう彼の心持ちに、我も救われるところがあった。
王城で、死をみつめてきた我が。クロウのほのぼのに、どれほど心癒されてきたことか。
「イアン様、ぼくとその話がしたかったわけではないのでしょう? 本題はなんですか? 昨日、頬に拳を当てたことを、お怒りですか?」
いや、別に。むしろそのことは、ちょっと親友のやり取りのようで、ウキウキしてしまったのだが?
国王ゆえに、そうは言えないがな。
「そのことではない。クロウを不幸せにしたら、殴れと、我が許可したのだ。その件について、決して、シオンを罰したりはしないと約束する」
シオンは、兄であるクロウを、心底愛している者だ。
兄弟でも、クロウの一番近くにいる、クロウを愛する男だから。我のライバルだ。
クロウは絶対に譲れぬ。
しかし、隙を突かれれば、するりとクロウを連れ去ってしまうだろう、その危惧があるのが、この男だ。
だから我は、この男がそばにいる限り。クロウにとめどなく愛を注ぐしかない。隙など突かれぬように。
ま、それは。甘美な労苦である。
しかし、そういう厄介な反面、シオンはクロウを決して傷つけぬ、守り切る、そのことについては一番信頼できる男でもある。
だから。どうしても、我がクロウのそばから離れなければならないシチュエーションのとき、など。彼がクロウのそばにいれば、安心だと思える。
つまり。我は、シオンに一目置いているのだ。猫のときからな。
「…では、兄上について、ですよね? なにか?」
ちょっと、いぶかしげな顔で、我を見やるシオンに。我は、思い切って聞いてみる。
「ずっと、気になっていたのだ。まさか…とは思うが。シオン、クロウは…」
ひと息置くと、シオンがごくりと喉を動かした。
「まさか、クロウは。自分が美形だということに、自覚がないのか?」
シオンは、ちょっと、マヌケなほどに、口を開いた。
だが、我は。
ずっと、ずーっと考えてきたことを、怒涛の勢いでシオンに投げかけたのだ。
「我はクロウの、お可哀想にと、いかにも言っているかのような、変顔に気を取られ。その表情の意味ばかりを考えてきたのだが。もしも、クロウに美形の意識がないのなら、なんとなく納得できるのだ。先ほども、ぼくのような地味な男、だなんて言っていたし、以前は、はっきり、自分はモテないと言っていた。だが、そのようなわけがあるまい? 王城に来る前だとて、あのような整った容姿の男が、街を闊歩していたら、引く手あまたのはずなのだ」
どうなのだ? とシオンに目をやると。
彼は。深く。それは、それは、重々しく。うなずいたのだ。
「王城に来る前、兄上は、店で、黒衣の麗人と呼ばれ。兄上を見かけたらラッキーだと。男性客の間では有名でした。しかし、呪いにかかったぼくがいることで、兄上は接客を滅多にすることがなく。外に出るのも、日が落ちてから。基本は店に引きこもり、という状態だったと。以前、言ったかとは思いますが。つまり、兄上に、面と向かって美しいと言う御仁は、イアン様が初めてでございます」
「嘘、だろう? いやいや、しかし。シオンだって、クロウに綺麗だと言うだろう? それに、鏡を見れば、自分が整った容姿をしていることは、言われなくてもわかるはずではないか?」
「残念ながら。弟の言葉は、肉親の欲目として、相手にはされず。あんまり言うと、おまえの美的感覚はおかしいというレッテルを張られてしまいます」
シオンのその言葉に、我は、ビシッと、指を突きつける。
「それだっ。クロウが我を見る顔は、美的感覚がおかしくて、お可哀想に…ってことだったのだな?」
「そのように思います。ぼくも、何度も、そのような顔で見られたので、わかります」
ふたりで、げっそりした顔で。互いに顔を見やった。
「鏡は。兄上は、鏡の前では、いかにも腑抜けた、変な顔をするのです。そして、うむ、今日も安定のモブ顔だ、とうなずき。振り返ると、もう、いつもの兄上の顔なのですが。そんな具合です」
それは、とても信じがたい話だった。
我は…王城に出てからの、ここ数日。それは、それは、大勢の人物と引き合わされたのだ。
しかし、今まで見てきた、どの老若男女よりも。クロウが一番美しかった。
強いて言えば、シヴァーディは並ぶと思う。
でも、彼は。美形の系統が違うのだ。クロウは清楚可憐系、シヴァーディは高潔美麗系。
とにかく、整った容姿、顔かたちで言えば、クロウとシヴァーディが抜きん出ていると思った。
我は、島にいて。つい最近まで、人と出会う機会というものが制限されていた。
だから、クロウを可愛い、可憐、美しいと思っても。
クロウが、自分なんかモテない、と言うなら。そうなのかなぁ? 本土の者たちは、見る目がないなぁ? クロウと同程度の美形が、本土にはわんさか、いるのかもしれないなぁ? なんて思っていたわけだが。
もう、比較対象が少ないから、などとは言わせないほどに。我は、多くの人と会って来たぞ?
その上で、あえて言う。クロウは美形だと。
顔の造作が、すべてではない。クロウの良いところはそれ以外にもいっぱいある。
我は、クロウの、我を包み込むような大きな優しさに魅かれたのだから。顔にこだわっているわけではないのだが…。
しかし。お可哀想に、ではないだろう?
そのはずだが?
ちょっと、自信を無くし。シオンにたずねる。
「シオン、クロウは美しいよなぁ? 我の審美眼は、間違っていないだろう?」
王城にいながらも、名だたる美術品に造詣を深めてきた。
美しいものは、誰が見ても美しく。心を動かす力を持ったもの。
クロウも、いろんな人々の心を動かしてきたはずなのだが?
「恐れながら、イアン様の審美眼は間違っておりません。兄上は、他人から、面と向かって言われていないだけで。陰では、黒衣の麗人だと言われ、近くでお目にかかりたい、話をしたいと口にする、男どもが、なんと多いことかっ。ま、そんなやつらのそばに、兄上を近づけさせたりはいたしませんよ、このぼくがねっ」
シオンは、話しているうちに、徐々に激昂がエスカレートしていき。兄を守り切ったことに、胸を張るが。
シオンよ。誰とも会わせなかった結果、クロウは己の美しさに自覚がなくなってしまったのではないのか?
まぁ、そのような男には会わせなくてもいいのだがっ。
「イアン様。大変申し訳ないのですが。兄上の『お可哀想に顔』は、一生我慢していただきたい。兄上は、自覚しなくていい。ぼくが…ぼくとイアン様が、これからも兄上に言い寄る、ふていの輩を退けていけばよいのです」
クロウの勘違いを正さなくていいのか? とは思いはするが。
二十年も、自分を地味な男だと勘違いしているのだ。否定すればするほど、あの『お可哀想に顔』をされるに決まっている。
それほどに、彼の勘違いは根深いものなのだろう。
きっと、シオンだって。勘違いを、正そう、正そうと、してきたに違いないのだ。
しかし、この、兄至上主義の弟をもってしても。覆せない。強固な勘違いなのだ。
クロウらしい、と言えなくもないな。
どこか、間が抜けていて。憎めないのだ。
「わかった。我は、クロウに一生『お可哀想に』と思われることにするよ。それは、クロウが我以外の者から、美しいと言われていない。すなわち、クロウに言い寄る輩をすべて排除しきった、ということだろうからな?」
「兄上の、ゆるふわな日常を守るために。お互い苦労いたしましょう、イアン様」
そうして、我とシオンの苦労話は、奇妙な苦笑とともに終結した。
ただ。クロウに公女を近づけさせないように、ということは。シオンに言い置いておいた。
余計な羽虫は、早々に払うにかぎる。
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