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2-26 剣術大会っ! ③
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陛下とシオンの対決は、初めから熾烈を極めた。
陛下は、今までの生徒たちとの対戦で、ほぼ一撃で、剣を弾いたり、場外に落したりしていた。
そのため、毎試合十秒も、舞台上にいなかったのだ。
でもシオンとの対戦では、剣を交える、というところまで来ていて。
それだけで、陛下の雄姿を存分に目にしたい観客たちを、満足させた。
シオンは、持ち前のスピードで、陛下に剣を繰り出し。
陛下は、それを如才なく受け止めているのだが。
まだ、様子見のような。不敵な笑みを浮かべて、この対戦を楽しんでいるような気配がする。
うぅむ、余裕ですな?
一閃、陛下が剣を横に振るうと。
シオンは、高い運動神経で、それをヒラリとかわす。
「ほう? これをかわすとは、さすがだな。猫のような、機敏でしなやかな動きは、なかなか厄介だ。しかし、これはどうだ?」
そう言って、陛下は、なにやら小さな袋を、シオンの足元に落す。
途端、シオンの気配がゆるんだ。
「この、甘い香り…力が抜ける、これは…マタタビかっ? 卑怯だぞ? 陛下ともあろう人が…」
なんか、シオンは鋭い目で、シリアスな雰囲気出しているけど…マタタビ、効くんだ?
「卑怯ではない。戦いでは、いつでも全力を尽くすものだ。おまえの弱点を知っていて、利用しない手はない」
「ふん、こんなもの。兄上の良い匂いの魔力ほどの誘惑は、ないっ!」
シオンは、再び足に力を込めて、陛下に襲い掛かる。
剣を受け止め、ギリギリと、つばぜり合いするふたり。
つか、ぼくは。話が変な方向に行っているのが、先ほどから気にかかっています。
嫌な予感しかしません。
「なにっ? クロウの魔力の匂いを、嗅いでいる…だとっ?」
「えぇ、ぼくは毎晩、兄上とベッドをともにしているのです。毎日毎晩、嗅ぎまくりです」
いやぁぁぁぁっ!
誤解を招く発言をするんじゃない、シオン。
おまえが毎晩、ベッドの中に、勝手にもぐり込んで来るのではないですか?
猫になって、窓から侵入し、いつの間にかベッドでぬくぬくしているだけなのです。
決して、ぼくが招き入れているのではありませんよ? 陛下ッ。
ぼくが頬を両手でおさえて、顔を真っ赤にすると。
なにやら御令嬢の黄色い声援が、キャーーーッとあがる。
そうでしょう、そうでしょう?
イケメンエロビーストのシオンが、モブ兄のベッドで一緒に寝ているとか、御令嬢方は知りたくなかったですよね?
えぇ、わかります。イメージ崩れますよね?
「クロウの、お日様の独特の爽やかな香りと相まって、ほの甘く、とてもかぐわしい、あの匂いを。毎晩嗅いでいるというのか? 許せん。シオン、おまえはここで成敗してやるっ」
ギャーー、陛下? 公爵家後継を成敗しないでください。
そして、公衆の面前で、ぼくの匂いについて、事細かに解説しないでくださいぃいぃ。
再び、御令嬢方の悲鳴があがる。
そうでしょう、そうでしょう? モブの匂いとか、誰も知りたくないに決まっています。
「陛下こそ、なんで、兄上の魔力の匂いを知っているのですか? 嫁入り前の清らかな兄上に、不埒なことをしているんじゃないでしょうね?」
「…………恋人なら、不埒をしても良かろう?」
意味深な間を持たせて、な、な、なに、言っちゃってんのぉ? 陛下ッ。
みなさんの前ですよ。やーめーてー。
「し、真剣にやってください。シオンも、陛下もっ」
もう黙っていられず、ぼくは客席で声をあげた。
すると、その声に反応し。ふたりとも、同時に、こちらを向いた。
ひえっ、怖いです。なんで、ぼくの声が聞こえるのですか?
そんな大声でもないというのにっ。
「我の嫁が心配している。遊びは終わりだ、シオン」
「まだ、嫁ではありません、陛下ッ」
そうして、ふたりは。遠慮もなにもなく、バチバチに剣を叩き合うのだった。
うわっ、ふたりの剣筋が全く見えません。
目が追いつかないくらいの勢いで、剣が体に当たったら。いくら刃が潰れているとはいっても、怪我しそう、痛そうです。
そんな中、陛下が徐々に、シオンを押し始めている。
シオンは、陛下の重い剣戟を当てられて、一歩一歩、後ろに下がっていくしかない。
「はは、スピードはあるが、受けられないほどではないな。それに、とにかく軽いぞ」
陛下は、笑いながら言うと。渾身の力で、シオンを弾き飛ばしてしまった。
たまらず、シオンは舞台の端から落っこちて、地面に着地してしまう。
そこで、勝者は陛下となった。
生徒たちの大歓声が、剣闘技場を揺らし。
トーナメント表をちぎって作った紙吹雪が、舞う。
陛下は舞台の上で、剣先をシオンに向け。告げた。
「なかなかに楽しかったぞ、シオン。だが、おまえは我に負けたのだから、クロウと一緒に寝るのは禁止だ」
「横暴だ、陛下。そんな約束してないしぃ」
「横暴じゃない。というか、早く兄離れしろ」
「もうすぐ嫁に行くからこその、最後の甘えくらい許してくださいよ。器が小さい…」
「なんか、言ったか? シオンよ?」
目をすがめて見やられ。
シオンは、いさぎよく勝者に礼を取るのだった。
もう、シオンったら。陛下にそのような言葉遣いで、不敬に問われたらどうするんだ? 公爵子息失格です。
「シオン、我とクロウが結婚したら、おまえは我の弟になるな。たまには、剣の稽古をつけてやってもいいぞ?」
「お手柔らかにお願いいたしますぅ、陛下ぁ」
気のなさそうな棒読みと、気の抜けた三白眼で、シオンは言う。
本当に不敬だな、あいつ。
もっと厳しく、天誅をくだした方が良かったのでは? あとでこんこんと叱っておこう。
大歓声の中、陛下が真っ直ぐに、こちらにやってきます。
ぼくも、陛下が優勝して、嬉しくて。思わずフェンスに駆け寄ってしまいました。
「イアン様、優勝おめでとうございます。とっても素敵でした」
「そうか、そうか。では、クロウ。褒美をいただこうか?」
褒美? ハッ。そうだ。陛下が優勝したら、ご褒美のチュウをする約束だった。
いえ、ぼくは約束をしたつもりはないのですが。なにやら、そのようなことに。
「そ、そんな。みなさんの前でチュウなど…」
恥ずかしいじゃないですかっ。
顔が、燃えるように熱くなっているんですけどぉ?
ぼくは熱をおさえるため、またもや頬を両手ではさむ。
「なにを言うんだ? 結婚式では、国民の前でチュウをするのだぞ? 国中の皆々に知らしめる、チュウだっ。その予行演習だと思えばいい。さぁ、こちらに来るのだ、クロウ」
陛下が手を差し伸べてくる。
もちろん、陛下の御言葉には従わなければなりません。それが王家への忠義ですから。
しかしながら。
恥ずかしいのは、恥ずかしい。国中に知らしめるチュウっ? 無理ぃ。
「ど、ドラゴンっ」
ぼくは闘技場に向かって、指をさした。そこに、あの氷でできたドラゴンが、アンギャ―と言いながら、出現する。
ドラゴンを初めて見た生徒たちが、アレはなんだと騒ぎ始めた。
「ドラゴン、陛下をウィニングラン、してきてっ」
薄青の氷結ドラゴンは、嬉しそうにアンギャっ、と返事をすると。陛下をお姫様抱っこして、闘技場を一周し始めた。
セドリックが慌てて、ドラゴンのうしろについて走るが。
ドラゴンは、陛下が大好きなので。陛下を傷つけたりはしないよ。アレは、ぼくの化身のようなので。
陛下が、ご無事な様子を見て。生徒たちも、ドラゴンが無害だとわかってくれたみたい。
陛下におめでとうの祝福を贈り、手を振っている。
ぼくは、ふぃー、と息をつく。
でも、えぇ、問題を先延ばしにしただけですよね? わかっています。さぁ。どうしよう。
ドスドスという音とともに、陛下は、観客席の声援に応えて、一応手など振っているが。
こめかみに、怒りマークが浮いているのが、遠目からでもわかります。ヤバヤバ。
そして、とうとう、誇らしげな顔のドラゴンが、闘技場を一周して、帰ってきた。
「クロウ、このドラゴンを消すのだ。なにやら、聖母のような顔つきで、ゆりかごのように我を揺らして、寝かしつけにかかっているぞっ」
見ると、ドラゴンは。陛下を自分の子供のように優しく抱いて。イイ子イイ子だネンネしな、とばかりにゆらゆらしている。あわわ。
ぼくはまた、指をさした。
「ドラゴン、終了」
すると、ふわわんと、ドラゴンを形作る結晶が、空中に溶けていく。
陛下を寝かしつけたかったドラゴンは、本懐を遂げられずに、そんなぁ…という、悲しそうな顔つきで、ぼくを見やる。
うぅ、そんな顔するなよぉ。
ま、陛下には。ドラゴンが消えることへの感傷は、なさそうですが。
消えゆくドラゴンの腕から、ひらりと地に着地した陛下は。そのままの勢いで、フェンスも飛び越えた。
「こら、クロウ。ちゃんと褒美を寄越すのだ」
貴賓席に飛び込んできた陛下は、ぼくをガバッとして、ブチュッとした。
恥ずかしいと思う前に、チュウされたから。ただただ、びっくりしたけど。
でも、あぁ。久しぶりの陛下とのキスです。
やっぱり、うっとりしてしまいます。
ブチュッときたので、色気やムードはないですが。
でも、陛下の唇がうごめいて、ぼくの唇を揉むようにくすぐる。陛下のぬくもりに包まれて、トロトロに蕩けてしまいそう。
体の芯がうずうずする。ぼくだって、陛下に飢えていたのですから。
腰が抜けそうで、陛下の服にしがみついた。
そのとき、生徒たちが、ひやぁぁぁっ、と黄色い悲鳴のような、ため息のような声を上げる。
や、やっぱり、駄目でした。公衆の面前はいけません。
モブのキスシーンなんて、誰得? み、醜いものをお見せして、すみませえぇぇん。
そこに、なにやら、ガンッと。異質な音が響く。シオンが模造剣で、フェンスを叩いていた。
「嫁入り前の(ガン)兄上を(ガン)離しやがれ(ガン)ク(ガン)ソ(ガン)へ(ガン)い(ガン)か(ガンガン)っ!!」
目を回して、ぐったりしかけているぼくの唇から、陛下はチュッとリップ音を鳴らして唇を離した。
陛下は、片腕でしっかりぼくを抱えたまま、シオンを見やり。鼻の頭に筋を作る。器用ですね?
「とうとうクソ陛下って言いやがったな? チョン。我は、おまえが猫のときから、我のことをクソ陛下呼ばわりしていたのを知っているぞ。その目が、そう言っていたからなっ?」
「そのような恐れ多いこと、言ってはおりませんんん」
「その慇懃無礼なところが、生意気なのだ。小うるさい、小姑めっ」
シオンはジト目で、フェンスをガンガンと叩き。
みんなが集まって、陛下とシオンをとりなしたりして。もう、わちゃわちゃだったけれど。
それがとにかく、いわゆる学生生活、みたいな?
友達っぽくね? これって、あぁ、憧れの、友達いっぱいの学生生活じゃんっ。
前世でボッチだったぼくが、このような充実した生活を味わえるなんて。感無量です。
しかしながら。そのとき、ぼくは。
視界の端に、見てはいけない、ホラーなものを見てしまったのです。
あの、主人公ちゃんパートⅡの公女様が。ぼくたちのことを、なんか、ものすっごい怖い顔で見ているんですけどぉ?
うえぇっ? 丸い瞳が、目が吊り上がって逆三角です。
桃色の髪が、燃えているみたいに赤みがかって、下あごにしわが寄っていて。
すぐにも、チッと舌打ちが聞こえそうな口から、牙みたいな歯が見えて。あれは八重歯ではなく犬歯です。
マジで鬼の形相ってやつなんですけど。怖っ。な、なんですかぁ?
やばやば。見…見なかったことにしよう。うん。
陛下は、今までの生徒たちとの対戦で、ほぼ一撃で、剣を弾いたり、場外に落したりしていた。
そのため、毎試合十秒も、舞台上にいなかったのだ。
でもシオンとの対戦では、剣を交える、というところまで来ていて。
それだけで、陛下の雄姿を存分に目にしたい観客たちを、満足させた。
シオンは、持ち前のスピードで、陛下に剣を繰り出し。
陛下は、それを如才なく受け止めているのだが。
まだ、様子見のような。不敵な笑みを浮かべて、この対戦を楽しんでいるような気配がする。
うぅむ、余裕ですな?
一閃、陛下が剣を横に振るうと。
シオンは、高い運動神経で、それをヒラリとかわす。
「ほう? これをかわすとは、さすがだな。猫のような、機敏でしなやかな動きは、なかなか厄介だ。しかし、これはどうだ?」
そう言って、陛下は、なにやら小さな袋を、シオンの足元に落す。
途端、シオンの気配がゆるんだ。
「この、甘い香り…力が抜ける、これは…マタタビかっ? 卑怯だぞ? 陛下ともあろう人が…」
なんか、シオンは鋭い目で、シリアスな雰囲気出しているけど…マタタビ、効くんだ?
「卑怯ではない。戦いでは、いつでも全力を尽くすものだ。おまえの弱点を知っていて、利用しない手はない」
「ふん、こんなもの。兄上の良い匂いの魔力ほどの誘惑は、ないっ!」
シオンは、再び足に力を込めて、陛下に襲い掛かる。
剣を受け止め、ギリギリと、つばぜり合いするふたり。
つか、ぼくは。話が変な方向に行っているのが、先ほどから気にかかっています。
嫌な予感しかしません。
「なにっ? クロウの魔力の匂いを、嗅いでいる…だとっ?」
「えぇ、ぼくは毎晩、兄上とベッドをともにしているのです。毎日毎晩、嗅ぎまくりです」
いやぁぁぁぁっ!
誤解を招く発言をするんじゃない、シオン。
おまえが毎晩、ベッドの中に、勝手にもぐり込んで来るのではないですか?
猫になって、窓から侵入し、いつの間にかベッドでぬくぬくしているだけなのです。
決して、ぼくが招き入れているのではありませんよ? 陛下ッ。
ぼくが頬を両手でおさえて、顔を真っ赤にすると。
なにやら御令嬢の黄色い声援が、キャーーーッとあがる。
そうでしょう、そうでしょう?
イケメンエロビーストのシオンが、モブ兄のベッドで一緒に寝ているとか、御令嬢方は知りたくなかったですよね?
えぇ、わかります。イメージ崩れますよね?
「クロウの、お日様の独特の爽やかな香りと相まって、ほの甘く、とてもかぐわしい、あの匂いを。毎晩嗅いでいるというのか? 許せん。シオン、おまえはここで成敗してやるっ」
ギャーー、陛下? 公爵家後継を成敗しないでください。
そして、公衆の面前で、ぼくの匂いについて、事細かに解説しないでくださいぃいぃ。
再び、御令嬢方の悲鳴があがる。
そうでしょう、そうでしょう? モブの匂いとか、誰も知りたくないに決まっています。
「陛下こそ、なんで、兄上の魔力の匂いを知っているのですか? 嫁入り前の清らかな兄上に、不埒なことをしているんじゃないでしょうね?」
「…………恋人なら、不埒をしても良かろう?」
意味深な間を持たせて、な、な、なに、言っちゃってんのぉ? 陛下ッ。
みなさんの前ですよ。やーめーてー。
「し、真剣にやってください。シオンも、陛下もっ」
もう黙っていられず、ぼくは客席で声をあげた。
すると、その声に反応し。ふたりとも、同時に、こちらを向いた。
ひえっ、怖いです。なんで、ぼくの声が聞こえるのですか?
そんな大声でもないというのにっ。
「我の嫁が心配している。遊びは終わりだ、シオン」
「まだ、嫁ではありません、陛下ッ」
そうして、ふたりは。遠慮もなにもなく、バチバチに剣を叩き合うのだった。
うわっ、ふたりの剣筋が全く見えません。
目が追いつかないくらいの勢いで、剣が体に当たったら。いくら刃が潰れているとはいっても、怪我しそう、痛そうです。
そんな中、陛下が徐々に、シオンを押し始めている。
シオンは、陛下の重い剣戟を当てられて、一歩一歩、後ろに下がっていくしかない。
「はは、スピードはあるが、受けられないほどではないな。それに、とにかく軽いぞ」
陛下は、笑いながら言うと。渾身の力で、シオンを弾き飛ばしてしまった。
たまらず、シオンは舞台の端から落っこちて、地面に着地してしまう。
そこで、勝者は陛下となった。
生徒たちの大歓声が、剣闘技場を揺らし。
トーナメント表をちぎって作った紙吹雪が、舞う。
陛下は舞台の上で、剣先をシオンに向け。告げた。
「なかなかに楽しかったぞ、シオン。だが、おまえは我に負けたのだから、クロウと一緒に寝るのは禁止だ」
「横暴だ、陛下。そんな約束してないしぃ」
「横暴じゃない。というか、早く兄離れしろ」
「もうすぐ嫁に行くからこその、最後の甘えくらい許してくださいよ。器が小さい…」
「なんか、言ったか? シオンよ?」
目をすがめて見やられ。
シオンは、いさぎよく勝者に礼を取るのだった。
もう、シオンったら。陛下にそのような言葉遣いで、不敬に問われたらどうするんだ? 公爵子息失格です。
「シオン、我とクロウが結婚したら、おまえは我の弟になるな。たまには、剣の稽古をつけてやってもいいぞ?」
「お手柔らかにお願いいたしますぅ、陛下ぁ」
気のなさそうな棒読みと、気の抜けた三白眼で、シオンは言う。
本当に不敬だな、あいつ。
もっと厳しく、天誅をくだした方が良かったのでは? あとでこんこんと叱っておこう。
大歓声の中、陛下が真っ直ぐに、こちらにやってきます。
ぼくも、陛下が優勝して、嬉しくて。思わずフェンスに駆け寄ってしまいました。
「イアン様、優勝おめでとうございます。とっても素敵でした」
「そうか、そうか。では、クロウ。褒美をいただこうか?」
褒美? ハッ。そうだ。陛下が優勝したら、ご褒美のチュウをする約束だった。
いえ、ぼくは約束をしたつもりはないのですが。なにやら、そのようなことに。
「そ、そんな。みなさんの前でチュウなど…」
恥ずかしいじゃないですかっ。
顔が、燃えるように熱くなっているんですけどぉ?
ぼくは熱をおさえるため、またもや頬を両手ではさむ。
「なにを言うんだ? 結婚式では、国民の前でチュウをするのだぞ? 国中の皆々に知らしめる、チュウだっ。その予行演習だと思えばいい。さぁ、こちらに来るのだ、クロウ」
陛下が手を差し伸べてくる。
もちろん、陛下の御言葉には従わなければなりません。それが王家への忠義ですから。
しかしながら。
恥ずかしいのは、恥ずかしい。国中に知らしめるチュウっ? 無理ぃ。
「ど、ドラゴンっ」
ぼくは闘技場に向かって、指をさした。そこに、あの氷でできたドラゴンが、アンギャ―と言いながら、出現する。
ドラゴンを初めて見た生徒たちが、アレはなんだと騒ぎ始めた。
「ドラゴン、陛下をウィニングラン、してきてっ」
薄青の氷結ドラゴンは、嬉しそうにアンギャっ、と返事をすると。陛下をお姫様抱っこして、闘技場を一周し始めた。
セドリックが慌てて、ドラゴンのうしろについて走るが。
ドラゴンは、陛下が大好きなので。陛下を傷つけたりはしないよ。アレは、ぼくの化身のようなので。
陛下が、ご無事な様子を見て。生徒たちも、ドラゴンが無害だとわかってくれたみたい。
陛下におめでとうの祝福を贈り、手を振っている。
ぼくは、ふぃー、と息をつく。
でも、えぇ、問題を先延ばしにしただけですよね? わかっています。さぁ。どうしよう。
ドスドスという音とともに、陛下は、観客席の声援に応えて、一応手など振っているが。
こめかみに、怒りマークが浮いているのが、遠目からでもわかります。ヤバヤバ。
そして、とうとう、誇らしげな顔のドラゴンが、闘技場を一周して、帰ってきた。
「クロウ、このドラゴンを消すのだ。なにやら、聖母のような顔つきで、ゆりかごのように我を揺らして、寝かしつけにかかっているぞっ」
見ると、ドラゴンは。陛下を自分の子供のように優しく抱いて。イイ子イイ子だネンネしな、とばかりにゆらゆらしている。あわわ。
ぼくはまた、指をさした。
「ドラゴン、終了」
すると、ふわわんと、ドラゴンを形作る結晶が、空中に溶けていく。
陛下を寝かしつけたかったドラゴンは、本懐を遂げられずに、そんなぁ…という、悲しそうな顔つきで、ぼくを見やる。
うぅ、そんな顔するなよぉ。
ま、陛下には。ドラゴンが消えることへの感傷は、なさそうですが。
消えゆくドラゴンの腕から、ひらりと地に着地した陛下は。そのままの勢いで、フェンスも飛び越えた。
「こら、クロウ。ちゃんと褒美を寄越すのだ」
貴賓席に飛び込んできた陛下は、ぼくをガバッとして、ブチュッとした。
恥ずかしいと思う前に、チュウされたから。ただただ、びっくりしたけど。
でも、あぁ。久しぶりの陛下とのキスです。
やっぱり、うっとりしてしまいます。
ブチュッときたので、色気やムードはないですが。
でも、陛下の唇がうごめいて、ぼくの唇を揉むようにくすぐる。陛下のぬくもりに包まれて、トロトロに蕩けてしまいそう。
体の芯がうずうずする。ぼくだって、陛下に飢えていたのですから。
腰が抜けそうで、陛下の服にしがみついた。
そのとき、生徒たちが、ひやぁぁぁっ、と黄色い悲鳴のような、ため息のような声を上げる。
や、やっぱり、駄目でした。公衆の面前はいけません。
モブのキスシーンなんて、誰得? み、醜いものをお見せして、すみませえぇぇん。
そこに、なにやら、ガンッと。異質な音が響く。シオンが模造剣で、フェンスを叩いていた。
「嫁入り前の(ガン)兄上を(ガン)離しやがれ(ガン)ク(ガン)ソ(ガン)へ(ガン)い(ガン)か(ガンガン)っ!!」
目を回して、ぐったりしかけているぼくの唇から、陛下はチュッとリップ音を鳴らして唇を離した。
陛下は、片腕でしっかりぼくを抱えたまま、シオンを見やり。鼻の頭に筋を作る。器用ですね?
「とうとうクソ陛下って言いやがったな? チョン。我は、おまえが猫のときから、我のことをクソ陛下呼ばわりしていたのを知っているぞ。その目が、そう言っていたからなっ?」
「そのような恐れ多いこと、言ってはおりませんんん」
「その慇懃無礼なところが、生意気なのだ。小うるさい、小姑めっ」
シオンはジト目で、フェンスをガンガンと叩き。
みんなが集まって、陛下とシオンをとりなしたりして。もう、わちゃわちゃだったけれど。
それがとにかく、いわゆる学生生活、みたいな?
友達っぽくね? これって、あぁ、憧れの、友達いっぱいの学生生活じゃんっ。
前世でボッチだったぼくが、このような充実した生活を味わえるなんて。感無量です。
しかしながら。そのとき、ぼくは。
視界の端に、見てはいけない、ホラーなものを見てしまったのです。
あの、主人公ちゃんパートⅡの公女様が。ぼくたちのことを、なんか、ものすっごい怖い顔で見ているんですけどぉ?
うえぇっ? 丸い瞳が、目が吊り上がって逆三角です。
桃色の髪が、燃えているみたいに赤みがかって、下あごにしわが寄っていて。
すぐにも、チッと舌打ちが聞こえそうな口から、牙みたいな歯が見えて。あれは八重歯ではなく犬歯です。
マジで鬼の形相ってやつなんですけど。怖っ。な、なんですかぁ?
やばやば。見…見なかったことにしよう。うん。
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