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2-27 森のイベント?
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◆森のイベント?
六月に入ると。曇り空の多い、もやもやした天気が続きます。
カザレニア国にも、梅雨のような季節があるのです。
この国は、アイキンの世界を踏襲している。日本人が作ったゲーム内世界だから、なのか。日本の季節の移ろいや、気候が、似ている場面が、よくあります。
今日は、陛下が昼から登校するということで。
午前中は、魔法科の先生と、マンツーマンの魔法の特訓をしました。
もう、息を吸うように、いろんなタイプの魔法を使えるのですよ? 水魔法に限る、ですが。
水を出すだけではなく、凍らせたり、温めたり、放送の原理のような、空気中の水分を使う変わり種まで、いろいろです。
というわけで、魔法チートを手に入れることが出来ました。やったね。
でも、一番、魔法が必要だった、孤島で魔法が使えなかったんだから。遅いっつうの。
公式の、意地悪味を感じざるを得ません。
屋内の魔法訓練場で、実技の試験のようなことをやって。先生に、卒業レベルのお墨付きをいただきました。
あとは、剣術の訓練に力を入れて良いんだって。
一学期末までに、陛下をお守りできるだけの、剣術をマスターすれば。学園で修得すべき課程を、オールクリアできます。順調、順調。
あと。これは、おまけなのですが。
入学試験のときに、王家の伝記、英雄譚、歴史について、こと細かく書いちゃったりしたら。歴史の先生が、ぼくに教えを乞いに来ちゃって。
論文を書く際の助言が欲しい、なんて言われてしまったのです。
それで、シオンの授業が終わるのを待っているような、空き時間に。先生のお手伝いをすることになったりして。
いえいえ、ぼくは。元々あった本を、読んでいただけなのですけど。
大叔父が持ってきた書物の中には、貴重な文献もあったみたいで。
一般的には出回っていない、王家の伝記を、知っていたみたいなのです。ぼくが。
歴史の先生は、王家の成り立ちや歴史を、時系列で事細かに記憶していることを、研究に値する知識の宝庫、だなんて、誉めそやしてくださいまして。
まぁ、ぼくが知っていることなら、お話するのは、やぶさかではありません。
王家オタクのぼくですから。聞かれれば、ベラベラと話してしまいます。
それを、興味深く、時折メモを取って聞く、先生。変な光景です。
そんな有意義な時間を、学園で過ごしております。
あぁ、また、話がそれてしまいました。
今は、魔法の授業が終わったあとで、これからランチタイムです。
食堂に向かって、ぼくは、ベルナルドと、長い回廊を進んでいるところ。
カッツェは、陛下が学園についたようなので。馬車の車止めに、陛下をお迎えに行っています。
ぼくらは食堂で、陛下が来るのを待って、ランチをする、という流れでしょうか?
回廊は、庭にすぐに出られるような。前世で言ったら、渡り廊下みたいな?
アーチ形にくり抜かれた、素通しの壁、柱かな?
廊下の床には、青と白のタイルが、モザイクで敷き詰められ。とても綺麗な、屋根付きの廊下なのだ。
「クロウ様、大変ですわ?」
そこに、リーリアが、庭の向こうから駆けてきて。ぼくに言った。
「陛下が、穴に落ちて…私、助けを呼びに来たのです」
えっ? 陛下が穴に落ちたの? どういう状況?
でも、リーリアが急かすので。とりあえず、ベルナルドと一緒に、彼女について行った。
「リーリア嬢、どういう状況か、お話しください」
走りながら、ベルナルドが彼女に聞いてくれた。
「そうだよ。陛下は今、学園についたって。カッツェが迎えに行ったところですよ?」
その、ぼくの疑問に。
リーリアは、桃色のツインテールを揺らして走りながら、言った。
「それが…陛下は、三十分ほど前に、学園に到着なされて。私とお話がしたいと言って。一緒に森を散策していたのです。陛下のお達しですもの。断れませんわ?」
まぁ、それはいいんだけど。
なんだか、鬼の首を取ったような顔…んん、表現が荒ぶっていますかね?
したり顔? ドヤ顔? そんな感じか。
「陛下ったら、女性の私と話していると、なんだか気が休まると言って。いろいろな話をしましたのよ?」
そうですかぁ?
陛下はいつも。シャーロットは、かしましいから、ぼくやシヴァーディといた方が、静かで落ち着くな。みたいに言っておりましたが?
ぼくに気遣っている?
いえいえ、ぼくなんか。一国の国王様が気遣うような人物では、ありませんよ。
なので、彼女の言い分には、首を傾げます。
「でも、その散策中に。穴に落ちてしまいましたの」
だから、その、なんで、地面に穴が開いているのか? みたいな?
学園の敷地内の森に、そんな穴が開いていたら、危険じゃない?
それに、陛下の護衛が誰もいないとか、あり得ないよね?
「ほら、そんな穴に」
「えっ?」
と、思ったときには。ベルナルドと一緒に、落とし穴に落ちていた。
結構、深いよ? ベルナルドがふたり分くらいの深さがあるな。
咄嗟に、側面に取りすがってしまって、手を擦りむいてしまった。
ベルナルドは、落ちながらも。ぼくを、抱えてくれたみたいで。
穴の地面に、尻餅的なことにはならなかったけど。ベルナルドが下敷きになってしまった。ごめんよ。
つか、落とし穴って。前世のバラエティー番組でよく見たけど。
ウレタンとか、いっぱい敷かないと、危ないんだからね?
それに、こんな穴、実際に掘ると結構な労力だよ?
公女が掘ったのかな? 知らんけど。
「本当は、私と陛下が一緒に落ちる、森のイベントなの。遭難しているときに、陛下と仲を深めてね? 陛下の影が救いに来るところまでが、ワンセットなんだけど。まだ好感度が低いから、イベント自体が発生しないのよねぇ? でも、ここに穴があることを覚えていたから、利用させてもらったわぁ」
森のイベント? あぁ、アイキンⅡで、そういうイベントがあったってこと?
危ないんだからさぁ、もっと早く言ってよ。
あぁ、落とすつもりだったのか。なら言わないですよねぇ?
それで、リーリアは。穴の中に、なにかを投げ入れた。
ぼくの顔に当たる前に、ベルナルドがナイスキャッチした、それは。
ちょっと暗くてよく見えないけど。ペンダントみたい。
「シナリオは、こうよ? クロウ様が、アルガル公からいただいた私のペンダントを奪って。ベルナルドにプレゼントするのよ? それで、ふたりで森の中にデートをしに行ったの。その仲睦まじい後ろ姿を、私、見たんです。って、陛下に今から言いに行ってくるわね? 浮気者のクロウ様は、陛下に婚約破棄を言い渡されてしまうかもねぇ?」
「ぼくは公爵子息なので、それなりにお小遣いはいただいているのですが、どうして、人から奪ったペンダントを、ベルナルドにプレゼントするのでしょう? それに、女物のペンダントを貰っても、ベルナルドは嬉しくないのでは? さらに、盗品をプレゼントされて嬉しがる、伯爵子息というのも。とてもではないが、頭が悪いとしか、言いようがないと思うのです」
ぼくの指摘に、ベルナルドも冷静に答えてくれる。
「私の頭はそんなに悪くはありません」
「そうでしょう? そんな穴だらけの説明では、陛下は納得しないと思うのですけど?」
正論を言うけど。公女は受け入れなかった。
「うるさいわね。肝はそこじゃないのよ。クロウ様がベルナルドと浮気をしているというところよ。馬鹿じゃないのかしら? いいわ、もう。頑張って、その穴から脱出した頃には。きっと陛下が、婚約破棄を決めているだろうから。楽しみにしていらっしゃい? クロウ、さ、ま?」
真ん丸で愛らしい瞳を、意地悪そうにすがめ。垂れ気味の眉の形を、吊り上げて。摘まんで食べちゃいたくなる小さな唇を、歪ませて、笑う主人公ちゃんは。
もう、誰からも愛される主人公ちゃんの顔つきではなくなっていた。もったいない。
そうして、穴から見えていたリーリアは。どこかへ行ってしまった。
きっと、ルンルンで、食堂に向かったのだろうな。
穴の中で、ぼくはベルナルドと向かい合う。
落とし穴は、ふたりが入って、ちょっと余裕があるくらいの、なかなかに大きめな穴だ。
今まで、ここに誰も落ちなくて、良かったよね?
さて。
「ベルナルド、ぼくは。水魔法の使い手で。でっかいツララとか作れます」
「奇遇ですね、クロウ様。ぼくは土魔法の使い手で、この穴を埋めることも可能です」
ぼくたちは、眉間にしわを寄せて、眉毛を下げるという、なんとも情けない顔でみつめ合う。
そう。つまり。ぼくたちはここから、余裕で抜け出すことが出来るのだ。
主人公ちゃん…ちゃんと、ぼくがどんな魔法を使えるか、リサーチしておかないとさぁ。
一緒に落す、ベルナルドの魔法もだよっ。
せめて、カッツェと一緒のときに落しなよ。
「クロウ様、大丈夫でございますか?」
ふたりで、リーリアの迂闊さに困っていたところ。
ぼくらを陰ながら警護している陛下の影が、穴からのぞき込んできた。
ほらぁ、影の存在も忘れているじゃん?
彼らは、すぐに救いに来てくれるんだからね?
陛下とともに穴に落ちた主人公ちゃん、影に救われるまでがワンセットって言っていたっけ?
そうだな。主人公ちゃんがどんな魔法を持っているか、わからないけど。ここから出られないのだとしたら。陛下は炎魔法だから、自力では出られないかもね?
それで、陛下の影に助けてもらうって、シナリオだったのかな?
でも、今の陛下は。ジャンプしたら、穴から出られそう。
それくらいに、タフアンドガイというか。
まぁ、杜撰シナリオの件はどうでもいいとして。
でも、ぼくとベルナルドでは。このシナリオは成り立たない。
ふたりとも、簡単にここから出られるからね?
「大丈夫ですぅ。今からここを出るので、少し下がっていてください」
穴の中から、彼に声をかけ。
ぼくはまず、ふたりで腰かけられる氷の椅子を作り出した。
そこにベルナルドと一緒に座る。そうして椅子の足を延ばすように氷を伸ばしたらぁぁぁ、たちまち地上に出て。椅子からぴょんと飛び降りて、華麗に着地する。決まったね?
影さんが、感嘆して拍手する中。氷の椅子を、また空気に霧散させて、消した。
空いた穴は、ベルナルドが土魔法で綺麗に埋めてくれた。
こんなに深い穴、なにも知らない生徒が落ちたら大変だものね?
ぼくは、影さんに、ペンダントを渡す。
「顛末は聞いていましたか? 一足先に、食堂に行って、これをリーリアに返してください。お父様にいただいたペンダントは、大事にしなければいけませんから」
影さんは、言葉少なく、うなずいて。サッと姿を消した。
「クロウ様は、どうするのですか?」
ベルナルドの質問に、ぼくは、彼の制服の汚れを軽くはたきながら、言う。
「制服が汚れちゃったから、体操着に着替えてから食堂へ行こうと思います」
「護衛いたします」
どんより雲から、とうとう雨が落ちてきた。これは、嵐の予感です。
まさか、とは思いますが。陛下は、ぼくが浮気したと思うでしょうか?
影さんの証言もありますから、大丈夫だとは思いますが。
心配ではあります。ゲームの強制力、とかが、ね?
六月に入ると。曇り空の多い、もやもやした天気が続きます。
カザレニア国にも、梅雨のような季節があるのです。
この国は、アイキンの世界を踏襲している。日本人が作ったゲーム内世界だから、なのか。日本の季節の移ろいや、気候が、似ている場面が、よくあります。
今日は、陛下が昼から登校するということで。
午前中は、魔法科の先生と、マンツーマンの魔法の特訓をしました。
もう、息を吸うように、いろんなタイプの魔法を使えるのですよ? 水魔法に限る、ですが。
水を出すだけではなく、凍らせたり、温めたり、放送の原理のような、空気中の水分を使う変わり種まで、いろいろです。
というわけで、魔法チートを手に入れることが出来ました。やったね。
でも、一番、魔法が必要だった、孤島で魔法が使えなかったんだから。遅いっつうの。
公式の、意地悪味を感じざるを得ません。
屋内の魔法訓練場で、実技の試験のようなことをやって。先生に、卒業レベルのお墨付きをいただきました。
あとは、剣術の訓練に力を入れて良いんだって。
一学期末までに、陛下をお守りできるだけの、剣術をマスターすれば。学園で修得すべき課程を、オールクリアできます。順調、順調。
あと。これは、おまけなのですが。
入学試験のときに、王家の伝記、英雄譚、歴史について、こと細かく書いちゃったりしたら。歴史の先生が、ぼくに教えを乞いに来ちゃって。
論文を書く際の助言が欲しい、なんて言われてしまったのです。
それで、シオンの授業が終わるのを待っているような、空き時間に。先生のお手伝いをすることになったりして。
いえいえ、ぼくは。元々あった本を、読んでいただけなのですけど。
大叔父が持ってきた書物の中には、貴重な文献もあったみたいで。
一般的には出回っていない、王家の伝記を、知っていたみたいなのです。ぼくが。
歴史の先生は、王家の成り立ちや歴史を、時系列で事細かに記憶していることを、研究に値する知識の宝庫、だなんて、誉めそやしてくださいまして。
まぁ、ぼくが知っていることなら、お話するのは、やぶさかではありません。
王家オタクのぼくですから。聞かれれば、ベラベラと話してしまいます。
それを、興味深く、時折メモを取って聞く、先生。変な光景です。
そんな有意義な時間を、学園で過ごしております。
あぁ、また、話がそれてしまいました。
今は、魔法の授業が終わったあとで、これからランチタイムです。
食堂に向かって、ぼくは、ベルナルドと、長い回廊を進んでいるところ。
カッツェは、陛下が学園についたようなので。馬車の車止めに、陛下をお迎えに行っています。
ぼくらは食堂で、陛下が来るのを待って、ランチをする、という流れでしょうか?
回廊は、庭にすぐに出られるような。前世で言ったら、渡り廊下みたいな?
アーチ形にくり抜かれた、素通しの壁、柱かな?
廊下の床には、青と白のタイルが、モザイクで敷き詰められ。とても綺麗な、屋根付きの廊下なのだ。
「クロウ様、大変ですわ?」
そこに、リーリアが、庭の向こうから駆けてきて。ぼくに言った。
「陛下が、穴に落ちて…私、助けを呼びに来たのです」
えっ? 陛下が穴に落ちたの? どういう状況?
でも、リーリアが急かすので。とりあえず、ベルナルドと一緒に、彼女について行った。
「リーリア嬢、どういう状況か、お話しください」
走りながら、ベルナルドが彼女に聞いてくれた。
「そうだよ。陛下は今、学園についたって。カッツェが迎えに行ったところですよ?」
その、ぼくの疑問に。
リーリアは、桃色のツインテールを揺らして走りながら、言った。
「それが…陛下は、三十分ほど前に、学園に到着なされて。私とお話がしたいと言って。一緒に森を散策していたのです。陛下のお達しですもの。断れませんわ?」
まぁ、それはいいんだけど。
なんだか、鬼の首を取ったような顔…んん、表現が荒ぶっていますかね?
したり顔? ドヤ顔? そんな感じか。
「陛下ったら、女性の私と話していると、なんだか気が休まると言って。いろいろな話をしましたのよ?」
そうですかぁ?
陛下はいつも。シャーロットは、かしましいから、ぼくやシヴァーディといた方が、静かで落ち着くな。みたいに言っておりましたが?
ぼくに気遣っている?
いえいえ、ぼくなんか。一国の国王様が気遣うような人物では、ありませんよ。
なので、彼女の言い分には、首を傾げます。
「でも、その散策中に。穴に落ちてしまいましたの」
だから、その、なんで、地面に穴が開いているのか? みたいな?
学園の敷地内の森に、そんな穴が開いていたら、危険じゃない?
それに、陛下の護衛が誰もいないとか、あり得ないよね?
「ほら、そんな穴に」
「えっ?」
と、思ったときには。ベルナルドと一緒に、落とし穴に落ちていた。
結構、深いよ? ベルナルドがふたり分くらいの深さがあるな。
咄嗟に、側面に取りすがってしまって、手を擦りむいてしまった。
ベルナルドは、落ちながらも。ぼくを、抱えてくれたみたいで。
穴の地面に、尻餅的なことにはならなかったけど。ベルナルドが下敷きになってしまった。ごめんよ。
つか、落とし穴って。前世のバラエティー番組でよく見たけど。
ウレタンとか、いっぱい敷かないと、危ないんだからね?
それに、こんな穴、実際に掘ると結構な労力だよ?
公女が掘ったのかな? 知らんけど。
「本当は、私と陛下が一緒に落ちる、森のイベントなの。遭難しているときに、陛下と仲を深めてね? 陛下の影が救いに来るところまでが、ワンセットなんだけど。まだ好感度が低いから、イベント自体が発生しないのよねぇ? でも、ここに穴があることを覚えていたから、利用させてもらったわぁ」
森のイベント? あぁ、アイキンⅡで、そういうイベントがあったってこと?
危ないんだからさぁ、もっと早く言ってよ。
あぁ、落とすつもりだったのか。なら言わないですよねぇ?
それで、リーリアは。穴の中に、なにかを投げ入れた。
ぼくの顔に当たる前に、ベルナルドがナイスキャッチした、それは。
ちょっと暗くてよく見えないけど。ペンダントみたい。
「シナリオは、こうよ? クロウ様が、アルガル公からいただいた私のペンダントを奪って。ベルナルドにプレゼントするのよ? それで、ふたりで森の中にデートをしに行ったの。その仲睦まじい後ろ姿を、私、見たんです。って、陛下に今から言いに行ってくるわね? 浮気者のクロウ様は、陛下に婚約破棄を言い渡されてしまうかもねぇ?」
「ぼくは公爵子息なので、それなりにお小遣いはいただいているのですが、どうして、人から奪ったペンダントを、ベルナルドにプレゼントするのでしょう? それに、女物のペンダントを貰っても、ベルナルドは嬉しくないのでは? さらに、盗品をプレゼントされて嬉しがる、伯爵子息というのも。とてもではないが、頭が悪いとしか、言いようがないと思うのです」
ぼくの指摘に、ベルナルドも冷静に答えてくれる。
「私の頭はそんなに悪くはありません」
「そうでしょう? そんな穴だらけの説明では、陛下は納得しないと思うのですけど?」
正論を言うけど。公女は受け入れなかった。
「うるさいわね。肝はそこじゃないのよ。クロウ様がベルナルドと浮気をしているというところよ。馬鹿じゃないのかしら? いいわ、もう。頑張って、その穴から脱出した頃には。きっと陛下が、婚約破棄を決めているだろうから。楽しみにしていらっしゃい? クロウ、さ、ま?」
真ん丸で愛らしい瞳を、意地悪そうにすがめ。垂れ気味の眉の形を、吊り上げて。摘まんで食べちゃいたくなる小さな唇を、歪ませて、笑う主人公ちゃんは。
もう、誰からも愛される主人公ちゃんの顔つきではなくなっていた。もったいない。
そうして、穴から見えていたリーリアは。どこかへ行ってしまった。
きっと、ルンルンで、食堂に向かったのだろうな。
穴の中で、ぼくはベルナルドと向かい合う。
落とし穴は、ふたりが入って、ちょっと余裕があるくらいの、なかなかに大きめな穴だ。
今まで、ここに誰も落ちなくて、良かったよね?
さて。
「ベルナルド、ぼくは。水魔法の使い手で。でっかいツララとか作れます」
「奇遇ですね、クロウ様。ぼくは土魔法の使い手で、この穴を埋めることも可能です」
ぼくたちは、眉間にしわを寄せて、眉毛を下げるという、なんとも情けない顔でみつめ合う。
そう。つまり。ぼくたちはここから、余裕で抜け出すことが出来るのだ。
主人公ちゃん…ちゃんと、ぼくがどんな魔法を使えるか、リサーチしておかないとさぁ。
一緒に落す、ベルナルドの魔法もだよっ。
せめて、カッツェと一緒のときに落しなよ。
「クロウ様、大丈夫でございますか?」
ふたりで、リーリアの迂闊さに困っていたところ。
ぼくらを陰ながら警護している陛下の影が、穴からのぞき込んできた。
ほらぁ、影の存在も忘れているじゃん?
彼らは、すぐに救いに来てくれるんだからね?
陛下とともに穴に落ちた主人公ちゃん、影に救われるまでがワンセットって言っていたっけ?
そうだな。主人公ちゃんがどんな魔法を持っているか、わからないけど。ここから出られないのだとしたら。陛下は炎魔法だから、自力では出られないかもね?
それで、陛下の影に助けてもらうって、シナリオだったのかな?
でも、今の陛下は。ジャンプしたら、穴から出られそう。
それくらいに、タフアンドガイというか。
まぁ、杜撰シナリオの件はどうでもいいとして。
でも、ぼくとベルナルドでは。このシナリオは成り立たない。
ふたりとも、簡単にここから出られるからね?
「大丈夫ですぅ。今からここを出るので、少し下がっていてください」
穴の中から、彼に声をかけ。
ぼくはまず、ふたりで腰かけられる氷の椅子を作り出した。
そこにベルナルドと一緒に座る。そうして椅子の足を延ばすように氷を伸ばしたらぁぁぁ、たちまち地上に出て。椅子からぴょんと飛び降りて、華麗に着地する。決まったね?
影さんが、感嘆して拍手する中。氷の椅子を、また空気に霧散させて、消した。
空いた穴は、ベルナルドが土魔法で綺麗に埋めてくれた。
こんなに深い穴、なにも知らない生徒が落ちたら大変だものね?
ぼくは、影さんに、ペンダントを渡す。
「顛末は聞いていましたか? 一足先に、食堂に行って、これをリーリアに返してください。お父様にいただいたペンダントは、大事にしなければいけませんから」
影さんは、言葉少なく、うなずいて。サッと姿を消した。
「クロウ様は、どうするのですか?」
ベルナルドの質問に、ぼくは、彼の制服の汚れを軽くはたきながら、言う。
「制服が汚れちゃったから、体操着に着替えてから食堂へ行こうと思います」
「護衛いたします」
どんより雲から、とうとう雨が落ちてきた。これは、嵐の予感です。
まさか、とは思いますが。陛下は、ぼくが浮気したと思うでしょうか?
影さんの証言もありますから、大丈夫だとは思いますが。
心配ではあります。ゲームの強制力、とかが、ね?
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