記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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5.恋人らしい事とは

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 秋と夏が同棲を始めて早くも一月経った。
 突如始まった同棲生活であったが、秋の不安と期待を裏切りその生活は穏やかであった。
 基本的に家事全般は夏がこなしていたし、家賃も夏持ちである。
 生活費を払おうとして断られた秋であったが、年上としてのなけなしの意地をかき集め最低限の生活費を払っている。

 たまに秋も料理をして「ちょっと失敗したなー」なんて言えばすかさず「そんな事ありません! 今まで生きてきた人生の中で最高の料理です!」と満面の笑顔で夏が言ったり、大きなのソファーで夏の足の間に座って背後から抱きしめられながらテレビを見たり、夜は大きなベッドで体をくっつけて寝たり、朝はペアカップにコーヒーを用意したり、そんな生活だ。
 そして秋は思う。「今までとあんま変わんねぇな……」と。

 秋と夏の出会いは中学生の時だ。
 成長期前だった夏は体が小さく線も細い。しかし気の強さは1人前だったものだから弱いくせに喧嘩が絶えなかった。
 そこで数人に囲まれている夏をたまたま助けたのが秋だったのだ。
 それから夏は秋に懐くようになった。
「秋さん秋さん」と尻尾を千切れんばかりに振る子犬のように夏は秋にべったりだった。
 秋が高校に上がる頃には夏から抱きつかれる形から抱きしめられる形に変わっていたが、秋にとっては子犬から懐かれてじゃれつかれている感覚のまま、そして現在に至る。

 退院して大学への登校初日には、夏から友人達へさっそく恋人宣言をされた秋であったが、友人達からは母親と同じ反応をされ頭を抱える。
 秋は思う。解せない、と。
 いったい自分と夏の何を見て恋人同士だと思うんだ、と不満に思うが、そんな二人を見守ってきた周りから言わせればこれで付き合ってない方がおかしいだろと言う認識である。それでも、秋にとっては解せないのだ。
 秋にとって夏はまだ、ちょっと懐いてきたじゃれるのが好きな子犬のような後輩と言う認識のままだったからだ。

「おはようございます秋さん、トースト食べますか?」

 珍しくバイトのない休日の朝、のそのそと起きてきた秋に夏が爽やかな笑顔で尋ねる。

「んー……じゃあ一枚」

 夏はソファーに座った秋に入れたてのコーヒーを手渡し、そのままトーストの準備に取り掛かる。
 フライパンでハムと卵を一緒に焼きヨーグルトと共に食卓へ出した。

「おぉ、目玉焼きいい感じじゃん。あんがとな」

 半熟の目玉焼きを見て喜ぶ秋に、夏は満足げに笑う。
 朝のニュースを見ながらご機嫌でトーストにかぶりつく。そんな秋の隣で腰に腕を回してご機嫌で秋を眺める夏。
 休日独特のゆっくりとした時間が流れる中で、二人は至福の時を感じていた。

「俺はゲームするけどたまには夏もするか?」

 用意された朝食を食べ終わり、軽くシャワーを浴びた秋が尋ねると、夏は首を横に振る。

「いつもの様に俺は見ているだけで良いです」

 そう言って微笑む夏に、秋は「そうか」と短く返事をしていそいそとゲームの準備をする。
 ゲームをする秋を夏が飽きもせずに隣で眺め続ける事はいつもの光景であった。
 だから秋も慣れたもので、ソファーの端っこに座り背もたれに寄り掛かってゲームの電源を入れた。

「秋さん、今日はここ良いですか?」

「ん? あぁ、良いよ使って」

 ここ、と手を置かれたのは秋の膝の上。
 返事を聞いた夏はいそいそとソファーに寝っ転がり頭を秋の膝に乗せた。
 ゲームをする秋と、秋の膝枕でご満悦の夏。会話は無いものの、どちらも実に楽しそうに休日を満喫するのだった。

 ゲームをしながら、気まぐれに夏の髪に指を絡ませたり、頭を撫でたり、そんな秋の手に今度は夏が指を絡ませたり……。
 そんな休日を過ごしながら、秋は思う。
 自分達は恋人らしい事をできているのだろうか、と。
 誰かと付き合った事も無ければそんな事に興味も無かった秋は、恋人同士の過ごし方を知らない。
 知っている事としたら、キスをしたり、それ以上の事をしたり、である。
 だから、今自分達がしている事はただの友達の延長にしか感じなかった。
 だが、夏とキスをする場面がいまいち想像出来ない。
 それに、夏は自分とそんな事をしたいと思っているだろうか。

 いや無いな。
 秋は思う。

 夏はちょっと助けてくれた先輩に憧れを抱いてしまって、それを恋心と勘違いしているだけだろう。
 だからちょっと付き合ってあげれば、この感情がただの憧れであったと気づくはずだ。
 間違っても夏だって俺にキスだとか何だとかしたいとは思わないだろう。
 そう自分の中で勝手に納得している時だった。

「秋さん」

「何だ?」

「キスしても良いですか?」

「マジか……」

 秋に緊急事態が訪れた。
 
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