記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

文字の大きさ
7 / 22

7.夏は本気だ

しおりを挟む
 
 夕方独特の橙色の光がリビングに射し込む。
 どこからかカナカナと聞こえてくるひぐらしの鳴き声が夏の終りを告げる。
 ぼおっとする頭でそれらを感じ取りながら、この状態を何と呼ぶのだろうと考えるのは秋だった。
 朝チュンならぬ夕方カナと言うのだろうか。
 そんな現実逃避をする秋は、ベッドで夏に抱きしめられている。もちろん裸で。

「……なんてこった」

 人知れず呟いた秋は己を背後から抱きしめて眠る夏に振り返る。
 その顔は至極満足げで、それはそうだろうと秋は思う。
 なんせ思う存分好き勝手されたのだから。あれだけしておいて満足していなかったらもう付き合いきれない。

 散々むちゃくちゃにされた体を動かして、絡んでいた腕から抜け出す。
 そっとベッドから立ち上がれば少し体がきしむものの、なんとか歩けることを確認してのろのろとキッチンに向かった。
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲むとよく冷えた水がかれていた喉にしみる。

「……秋さん……」

 ペットボトルの半分ほどを一気飲みして一息ついていた秋を、たくましい腕が背後からふわりと抱きしめた。

「よぉ、お前も飲むか?」

 裸のままの夏が掠れた妙に色っぽい声で名を呼び、頬ずりをする。
 秋がくすぐったいなと思っている間に流れるようにキスをされて、この男は本当に先程まで童貞だった男だろうかと、頭の片隅で考えながら夏の髪に指を絡めた。

「はぁ……秋さん、体は平気ですか……?」

「ん、まぁ……ちょっと腰が痛いかな」

 ついばむようなキスを数回して気が済んだのか、唇を離した夏が愛おしそうに秋の頬を撫でながら尋ねる。
 そして秋の返答を聞くと「すみません」と謝るものの背後から秋を包み込んだまま離れようとはしなかった。

 秋は思う。どうしたものかと。
 半ば投げやりのように夏の要望を受け入れた秋であったが、どうせできるはずが無いとたかをくくっていた。
 たとえキス出来たとしてもこれじゃない感に無駄に高まった敬愛の熱も冷めて理性を取り戻すだろうと、思っていたのだ。
 それがどうだ。
 躊躇なくキスしてくるは、そのまま押し倒されるは、おまけに用意されていたように何処からともなく出されたゴムや潤滑剤、嫌になるほど熱っぽく呼ばれる名前。
 こいつもしかして俺の事が……なんて考えるまでもない。
 夏は本気だ。

「……なんてこった」

「どうしました?」

「いや、お前は俺の事が好きなんだなぁって思って」

「当然です。恋人同士なんですから」

「そうな、恋人だもんな……」

 キラキラと輝く夏の笑顔が眩しくて少しげんなりしたら、腕を引かれて今度は正面から夏の胸の中におさまる。
 下顎に手を添えられたから上を向けば、頬を染めた嬉しそうな夏の顔が落ちてくる。
 キスされるなと考える頃にはもう唇は合わさっていて、当然のように舌が忍び込んできた。
 絡んだ舌を受け入れてしまったら、キッチンカウンターに座らせられて、ギラギラ光る瞳とかち合う。
 満足……していなかったのか。
 そう察して焦る秋だったが、極上の肉の味を知ってしまった猛獣のように迫る夏から、逃れる術は持ち合わせていなかった。
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

泣き虫で小柄だった幼馴染が、メンタルつよめの大型犬になっていた話。

雪 いつき
BL
 凰太朗と理央は、家が隣同士の幼馴染だった。  二つ年下で小柄で泣き虫だった理央を、凰太朗は、本当の弟のように可愛がっていた。だが凰太朗が中学に上がった頃、理央は親の都合で引っ越してしまう。  それから五年が経った頃、理央から同じ高校に入学するという連絡を受ける。変わらず可愛い姿を想像していたものの、再会した理央は、モデルのように背の高いイケメンに成長していた。 「凰ちゃんのこと大好きな俺も、他の奴らはどうでもいい俺も、どっちも本当の俺だから」  人前でそんな発言をして爽やかに笑う。  発言はともかく、今も変わらず懐いてくれて嬉しい。そのはずなのに、昔とは違う成長した理央に、だんだんとドキドキし始めて……。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら

たけむら
BL
何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら 何でも出来る美形男子高校生(17)×ちょっと詰めが甘い平凡な男子高校生(17)が、とある生徒からの告白をきっかけに大きく関係が変わる話。 特に秀でたところがない花岡李久は、何でもできる幼馴染、月野秋斗に嫉妬して、日々何とか距離を取ろうと奮闘していた。それにも関わらず、その幼馴染に恋人はいるのか、と李久に聞いてくる人が後を絶たない。魔が差した李久は、ある日嘘をついてしまう。それがどんな結果になるのか、あまり考えもしないで… *別タイトルでpixivに掲載していた作品をこちらでも公開いたしました。

処理中です...