記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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16.人質

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「おい、どう言う意味だ」

「だ、だから……っ、僕はこれを渡せって言われただけで詳しくは知らないですっ……!」

 気の弱そうな眼鏡男が怯えた様子で夏に紙を渡して告げる。
 夏は、受け取った紙に再度目を通した。

『恋人返してほしかったら今から書く場所に来い』

 汚い字で書かれた紙を握りつぶす。
 指定された場所は夏が秋を幾度となく送り届けたバイト先の近くだ。
 やはり今日も付いていけば良かったと夏は後悔した。

 一度喧嘩に負けた事がよっぽど悔しかったのか、龍也はしつこく絡むようになった。
 しかし、相手にしてやる義理もないのでとり合わないでいたら、まさか大切な秋にまで手を出すとは……いや、大切だからこそ手を出されたのだろう。
 夏は歯ぎしりをしてタクシーを拾う。
 貴様らが秋さんに関わるなど百年早い。
 そう思っても、自分のせいで恋人を巻き込んでしまったのだと考えると、ひどく胸が痛んだ。

「秋さん……」

 恋人。自分が一方的に押し付けた関係。
 感情をあまり表に出さない秋だが、自分が言い出した関係を受け入れてくれたように見えた。
 しかし、本音はどう思っているのだろう。
 己の勝手な思いで巻き込んでしまった今、秋はどう感じただろうか。

 あの男たちは馬鹿だ。おまけに短気でもある。
 秋の飄々とした態度に逆上しかねない。
 もし大切な恋人に何かあれば、

「……ぶち殺してやる……」

「お、お客さん……?」

 夏の呟きを聞いてしまったタクシーの運転手が心配そうに声をかけたが、夏はその後口を開く事は無かった。
 目的地に付き、「釣りはいらない」と一万円札を渡してタクシーを降りる。
 大通りから脇道に入って走ること数分。
 秋ならば大丈夫という思いと、もしかしたらという最悪な予感がない混ぜになり焦りばかりが積もる。
 やっとの思いで辿り着いたそこは、

「あ、秋さんっ……!?」

 夏が想像した以上に、悲惨なものだった。


 ※ ※ ※


 時は少しさかのぼる。
 秋が連れて行かれたのはビルの隙間にあるあまり使われていない駐車場だった。
 数台の車が停まっているが、持ち主が戻ってくる気配も、新たな車が来る様子もない。

「そんで、俺になんの用だ? もうすぐバイトあんだけど」

「ずいぶん余裕じゃん。まぁ、アンタに直接用がある訳じゃねえよ。アンタには夏を呼び出す餌になってもらうぜ」

「普通に呼べば良いんじゃねえの?」

「あいつは俺たちをとことん無視しやがる! 舐め腐りやがって!」

 そりゃあなー、俺でも無視するよこんな面倒くさいそうな奴ら、と秋は熱くなる龍也を冷めた目で見た。

「夏が男と付き合ってるなんて冗談かと思ったけど……どうやら本気みたいじゃんか。悪いが利用させてもらうぜ」

「夏を呼んでどうするんだ?」

「もちろんあの舐め腐った態度をあらためてもらわねーとな。高校ん時に俺に勝ったのはまぐれだったと分からせてやる」

 なるほど高校生時代に喧嘩で負けたのか。
 根に持つタイプなのだろう。やはり面倒くさい。

「一時間ぐらいしたらバイト行っていい?」

「良いわけねぇだろ!」

「じゃあ腹減ったからコンビニでパン買ってきていい?」

「ガムでも食ってろっ! 何なんだお前……っ」

 何なんだお前ってこっちが言いたいよなー、と思いながら秋はもらったガムを食べた。
 夏、早く来いと念じる。来たらこいつら押し付けてバイトに行こう。
 車止めに腰を下ろし夏が来るのを待つ。

「ん?」

 しかしその後に来たのは、見覚えのない顔の男たちだった。
 
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