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15.それ
しおりを挟む「おぅ! 壁の修復は終わったんだけどさ、下の階の壁も気になってついでに修繕しに来たんだよ」
「良いんですか!?」
あまりに良いタイミングすぎてご飯だけ食べに来たのだろうかと勘ぐってしまったが、なんと他の所も修繕してくれる気らしい。
ヒギルマの人が良すぎるのか、それともよっぽど勇者業が暇なのか。
ひとまずとてもありがたいので、ご飯ぐらいご馳走せねばと思う。
そう、思うのだけど──
「──……」
チラリと、大人しく座って待つマオを見る。とっても分かりやすくヒギルマを睨んでいた。
うん、僕の独断で決められる事じゃないよな、と悩んでいたら、いつの間にかマオが僕を見つめていた。そしておもむろに口を開いく。
「……サクは、みんなで食べるのが好きだろう」
「え……? まぁ、そうですね」
「じゃあ、仕方ないな」
やれやれ、と言うようにマオは息を吐いた。
なんだろう、何と言うかこう、お前のことは俺が一番分かってるぞ、と言われている気がする。
むず痒い感覚を覚えながら、ひとまずヒギルマの同席の許可が出たので安堵して彼に席をすすめた。
でもきっとマオは僕の為に我慢してくれたのだろう。
だから今度は二人でゆっくり食べる時間を作ろうかな。
そんな事を考えながら、できたての目玉焼きをテーブルに置いた。
マオは良く焼いた目玉焼きを選んだ。
「美味かったー! ごちそうさん!」
「お粗末様でした」
僕のとくに面白みのない家庭料理を、ヒギルマは美味しい美味しいと食べてくれた。
やっぱり良い人だな。
マオも無言だったけど出された物は綺麗に食べた。スープはおかわりもしてくれた。
言葉は無いが、たぶん気に入ってくれたのだと思う。
ちなみに洗い物や片付けは全部ワレがやってくれた。
つくづく仕事のできる魔物だと思う。可愛いし。
「これって、どうやって相手と魔伝するんですか?」
食事が終わったらしばらく雑談時間になった。
僕はまたマオの膝に乗せられて、対面に座るヒギルマから小型魔伝機について色々と教えてもらった。
マオとは当たり前のように通話できたが、他の人とはどうやってするのだろう。
ちなみにマオは出かけている最中に十分おきぐらいにかけてきた。
「相手の魔力を記憶させんだ」
「どうやって?」
「どちらかが相手の魔伝機に魔力を流せば良いんだよ。それでお互い魔伝できるから」
「へー」
僕の知る魔伝機は色々と登録がめんどくさかったが、今はこんなにも簡単なのかと感心する。文明の発達はすごいな。
そこで使い方が分かると、当然いろいろ試してみたくなるのが人間ってもんだ。
せっかくこんなに便利な道具を手に入れたんだから最大限に活用したいじゃないか。
だから背後から僕を抱きしめるマオを、ちらりと見上げた。
「あの……ヒギルマさんと登録していいですか?」
「……………………──。別に気にしない」
すっごく気にしてそうだ。
けれど、言いたいことはあるようだが飲み込んでくれたようなのでお言葉に甘える事にする。
いざという時の連絡先は多いに越したことはないだろう。あと単純に友達がほしい。
そんな訳でヒギルマとも魔伝機を登録し合い、今日のお昼は過ぎていった。
途中からワレも加わって、楽しい時間だった。
✧ ✧ ✧
夢を見た。
これは夢だ。
だって、愛しいあの子が笑っているから。
これから大切するのだと心に決めたあの子は、人間の子供ではなかった。
白に近い灰色の髪に、灰色の瞳。
そんな彼は六歳ぐらいに見えるのだが、年齢のわりにどうにも言葉が拙い。
それでも必死に意思を伝えようとする姿は可愛いので初めは気にしていなかった。
「キミの名前は?」
「なう……な、まぁえ?」
「えっとね、キミは何て呼ばれてたのかな?」
言葉を砕いて問えば、あの子も理解したようで、自信満々に答えてくれた。
「スィーウ」
「スィーウ?」
難しい発音だったけど、なんとか聞き取って覚えた。
変わった名前だから別の国からきたのだろう。
だとしたら、この国の言葉が拙いのも納得だ。
でも大丈夫。
今からたくさんお話して、たくさん本を読めば大丈夫だよね。きっとすぐお喋りできるようになるさ。
そんな事を思いながら古本屋に一緒に行ったんだ。
「スィーウ、気になる本はある?」
興味をしめす物があればいいのだけれど、と様子を見ていたら、あの子はしばらく物珍しげにウロウロしていた。
まだ本は難しすぎたかな、と思いながら見ていたら、あの子はずっと奥になる古い本に目を止めた。
「え、これ?」
「う、う」と指さす本を取ってみたら、小難しそうな辞書だった。
とてもこの子が読めるとは思えなかったから、装丁が気に要ったのかなと思っていた。しかし彼は、開かれたページを指さし驚く言葉を発したのだ。
「こ、こえ……は、やまの、せーれー、てす」
「え……」
僕でも読めない不思議な文字を指さし、あの子は意味のある言葉を並べる。
ページをめくると翻訳があり、言葉の意味を教えてくれた。
“これは山の精霊である”と。
「……合ってる」
話し言葉も拙いのに難しい文字は翻訳して見せた子供。
いったいこの本はなんなのか、と表紙をみて、驚いた。
精霊族の辞典だったのだ。
「じゃあ、これは精霊語?」
そしてこの文字をこの子が読めるとはいう事は、つまりだ。
精霊族はめったに人前に姿を見せないからあまり詳しい事は知らないが、ほとんどが髪や瞳の色が薄いと聞く。
この子の髪色と瞳も薄い灰色で、そう言えば耳も、少し尖っているように見える。
「そっか……」
そうか、キミは精霊族だったんだね。
これから共に生きていこうと決めたのに、この子の事が何一つ分からなくて困っていた。
けれど思いがけず種族が分かって、安堵する。
この情報があるだけで、いつか彼が生きるべき場所に帰せるかもしれない。
ウキウキしながらも、この本の購入を決めた。
家に帰ってさっそく本を開き、二人で眺めながら不思議な響きの精霊語をこの子から教えてもらった。
たくさん読んでいるうちに僕もほんの少しだけ精霊語を覚えた。発音が難しすぎて単語を少しだけど。
そんな楽しい時間を過ごすうちに、もしかしたらこの子の名前の意味ものっているかもしれないと思った。
だってこんなに素敵な子なんだ。きっと素敵な意味があるに違いない。
そう思って、張り切ってページをめくっていたら──
「──…………っ」
あったんだ、スィーウの意味が。
添えられた絵は、指をさす絵だった。
何度も次のページの翻訳をめくって確かめるが、意味が分からなかった。
いや、意味を分かりたくなかった。
スィーウは、精霊族の言葉で……“それ”だったのだ。
「……ンだよ、それって……」
めったに湧かない怒りが、腹の底からふつふつと湧いた。
この子と出会った日を思い出す。
ボロボロで、傷だらけで、痩せ細って、手足は棒のようだった。
知らない土地に捨てられて、きっと見様見真似で必死に生きてきたのだろう。
お腹をすかせても盗みを働こうともせず、健気に足掻いて、誰を恨むでもなく、生きようとした。
なぁ、こんなに健気で優しくて賢い子、めったに居ないよ?
どんな理由があったのかは知らない。でもさ、名前の一つも、与えてあげられなかったのか?
「さぁ、く?」
「……うん、何でも無いよ」
精霊族はプライドが高いと聞く。
自然を操る不思議な能力に長け、多種多様な力を持つのだと。
しかしこの子は、どうやら不思議な力を持っていない。僕が精霊族だと気づかないほどに。
でも、じゃあ、だからって……
「……ねぇ、あのね。新しい名前欲しくない? スィーウじゃなくて、僕が新しい呼び方するのは嫌かな?」
久しぶりに湧き出た怒りは胸におさめ、僕は愛しい子供を抱きしめた。
精霊族の元になんか帰さない。
もう誰にも“それ”なんて呼ばせないから。
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