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他の人には優しい男
しおりを挟むその日、ディアはレオンを残したままお茶会から逃げるように帰ると、気持ち冷めやらぬ内にと直ぐに父親に事の顛末を話した。
この様な形で最後に別れてきたので、婚約解消の話しが向こうから来るかもしれないと。
父はその話を聞いて小難しい顔をしていたが、レオンもお前もそんなに嫌ならば仕方ないな、と肩を落としながらも言ってくれた。友人同士、そして家の結び付きでの婚約を解消する事を親が望んでいないのはディアは分かっていたが、もう知ったことでは無いと思った。
ところが。
待てど暮らせど婚約解消の話は届かなかった。ディアは、会う度にあんなに文句を言っていたのに、結局父親には言い出せなかったんだなと、レオンに心底呆れた。
それからのお茶会は、中止されることはなかったけれど二人とも無言になった。
元々ディアはほぼ喋っていなかったが(それでも喋らないといけない時はレオンが急に機嫌を損なう事があったので、会話内容も厳選に厳選をしていたけれど)ただ自然音が聞こえてくるだけになった。
レオンの、少女を扱き下ろす言葉も出てこなくなり、静かにただひたすらに紅茶を嗜み、公爵家の庭園の花を見て一時間過ごす会となった。
(黙っていればなんとやらね)
ディアは騒音を発しなくなったレオンを、気づかれないようにチラリと盗み見る。
どこかムスッとしたような顔をしていても、やはりその顔は非常に整っていて美しい。芸術的ですらある。六歳の頃はただただ可愛らしかったのに、十六歳になった少年は凄みのある美人に成長していた。
(そりゃ、相手が自分より美しくないのであれば何か言いたくなる気持ちも分からなくは無いけれど。…いえ、やっぱり分からないわ。思っていても口にするものでも無いでしょう?)
ディアは前回のお茶会を思い出してまたムカムカし始めた心を落ち着ける為、胸の下あたりまで伸びたクリームブラウン色の艶やかな髪に、桜貝のように可愛らしく整えられた爪先でそっと触れた。
レオンに会いに行きたく無いと駄々を捏ねたディアの為に、侍女のアリサがせめて気分だけでも良くなりますように、と塗ってくれたマニュキアがつるりと艶めいていて、何だか気持ちが凪いだ。ほっと小さく息をつく。
そもそも、レオンとディアの関係性は仮にも家同士を上手くいかせるのが目的なものなのだから、それに沿うように動くのが貴族の定めでは無いのかと少女はずっと思って我慢をしていたが、レオンの暴言はそんなディアの10年間の努力を無駄にしたようなものだった。
婚約者に「ブス」なんて言うような、そんなデリカシーの無い人は以前言ったように「顔だけ」な訳で、嫌いだなという結論に至ったのだから。
レオンが、ディア以外の女性には優しいのだと知ったのは、それからひと月経ったあたりに開催された夜会での事だった。
その日はレオンの瞳の色のドレスを身につけ、仏頂面のレオンに嫌々エスコートされて入場した。
入った矢先に、彼はあろう事かディアの目の前で別の女性に抱き着かれていた。しかも、
「レオ!」
と愛称で呼ばれて。
「サニー」
と微笑み返すレオンの顔も、ディアが見た事のない顔で。何だか照れくさそうな、優しい顔をしていた。サニーと呼ばれた少女はレオン色─こちらは黄色のドレス─を身につけていて、そしてディアよりもかなり派手めな金髪美女だった。
ディアは何故かその事にショックを受けた。そしてその時思ったのだ。
人として、ないなあと。
サニーと呼ばれた少女は暫くそうやって彼にくっついていたが、ディアの存在に気がついたのかこちらを見た。そしてこちらを見て明るく微笑んだ。
「レオ、こちらもしかして…」
「…婚約者だ」
「まあ!じゃあ貴方がいつも言っていたあの?」
何をどう説明していたのか分からないが、驚いたような笑みを浮かべているサニーとやらの顔を見れば一目瞭然だった。どうやら、彼女にディアについて何らかの話をしていたらしい。
こんなに人の大勢いるところで、婚約者以外の人に抱きつかれて鼻の下を伸ばしている男。しかもその相手は、ディアを良く知っているようだ。
プチン、とまた頭のどこかが切れる音がした。
「レオン様」
「…なんだ」
「その方と待ち合わせていらっしゃったんですね?」
「は?」
「あ、大丈夫です。それ以上私に近づかないで下さいませ。もう今日はエスコートもして頂きましたし長居は無用ですわね。それでは失礼致します」
「お、おい、ちょっと待て」
背を向けた後ろでなにか喚くレオンを置き去りにすると、ディアは連れてきてもらった公爵家の馬車ではなく、乗合馬車で夜会から全力で帰った。
その事はまた父親にすぐ報告した。公爵家よりもうすぐ婚約解消のお知らせが来るかもしれない、その時は四の五の言わずに解消してくれと。
けれど父はうーん、と唸ったままで「そうかなあ」と言っただけだった。
けれど、ディアの予想に反して。その時も婚約は解消にならなかった。
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