5 / 8
突然の出来事
しおりを挟む「貴女に甘えていること、貴女を傷つけていること、婚約者殿も気がついてるはずなのに…。お子様よねえ…」
「お子様…」
「そうよ。婚約者殿は子どもなのよ。貴女が出会った頃から成長していないの。
今の貴女を見て、ブスなんていう男はその人くらいでしょう?貴女、社交界で『真珠姫』なんて愛称で呼ばれるくらい美しいのに。」
ディアはこの国ではさして珍しくもなく地味な色をしている。されど、元々の顔立ちは整っていて、レオンほどの精巧さはないが、この十年あまりで可憐な美女へと変貌していた。
彼女が地味だと気にしていた薄茶色の髪は毎日のブラッシングや手入れによって水のように艶やかに流れ、長い睫毛に囲まれた大きな瞳は夢を見ているように光がキラキラと滲む。
透き通るような白い肌に頬や指先は甘く色づき、丁寧に磨かれた宝石のような柔らかな美しさは、周りの羨望を集めるほどとなっているというのに。
まだ、足りないと言われる。
ディアは小さく溜息を零すと、その美しい顔に悲しげな笑みを浮かべた。
「…好きな人に認めてもらえないなら、意味なんてない事なんだって痛感してるわ」
「そんな事ないわよ。もし今婚約解消をしたらきっと各所から申し込みが殺到するでしょうね」
「そんな事ないわ。私はブスで気が利かなくてノロマらしいし」
「まあ!それあの男が言ったの?!有り得ない…。ディア、貴女本当に良く我慢していたわね。いえ、その前に良く恋心を保てたわね…」
「…『初恋』って呪いみたい。」
「呪い、ねえ。」
すっかりと肩を落としてしまったディアを見ながら、サーシャは呟くように言った。
「プライドが邪魔をしてよっぽどの事がない限り取り消せないのね…。」
と、言っていた矢先の出来事だった。
その知らせは、サーシャと話した翌日、ディアが学園から帰ってきた後にやってきた。
前日の話で気持ちが落ち込んだまま、室内着に着替えを済ませ、学園での勉強の復習をしながら寛いでいると、にわかに屋敷の中が騒がしくなった。なんだろうとディアが疑問に思っていると、唐突に私室の扉がノックされる。
ディアが返事をすると、お付の侍女であるアリサが真っ青な顔を覗かせた。
「どうしたの?」
「お嬢様!レオン様が落馬をされたそうです!」
「え?!」
思わず立ち上がったディアは、手元からインクペンが転がり落ちたのにも気づかず、慌ててアリサに駆け寄った。彼女のお仕着せを掴む指先が震える。
「ど、どういう事なの?」
「そ、それが、詳しいことは…。兎に角お嬢様を呼ぶようにと旦那様が」
それを聞いたディアは、取るものも取らず階下に急いだ。淑女としては端ない行為ではあったが、今はそれどころでは無い。
階段下の広間には執務室で仕事中だった父が立っていて、忙しなく行き来しているのが見え、少女は階段を駆け下りながら叫んだ。
「お父様!」
「おお、ディア」
「な、何があったのです?レオン様はご無事なのですか?」
「ああ、その事でな。今すぐ公爵家へと向かいなさい。」
「今すぐ?そ、そんなに容態が良くないのですか?」
「あ、ああ、まあ…」
「分かりました!アリサ、馬車を用意して!」
「既に手配しております!こちらへ…」
「ありがとう。お父様、行ってまいります…!」
挨拶もそこそこに玄関へと駆けてゆく少女に、父は何とも言えない顔をしながら「気をつけてな…」と呟くように言ったが、それはディアには聞こえていなかった。
(落馬…?レオン様、そんな…!)
馬車の中でもディアの頭の中はレオンの容態の事でいっぱいだった。傷付けられた仕返しにレオンは顔だけだ、なんて言っていたが、運動神経もかなり良かったことをディアは知っていた。
けれど、どんなに素晴らしい能力を持っていても馬から落ちて打ちどころが悪ければ死んでしまうことだってある。
そんな事は馬鹿なことは起こらない、と思おうとしてもディアの身体は震え、涙が溢れてくるのを止められなかった。
震える指先をどうにか治めようとギュッと強く両手をにぎりしめて、そしてその中でやはり自分はまだレオンの事が心底好きだと突きつけられてしまうのだ。
(本当に馬鹿みたいよね。あんな遠い昔の、あの一瞬の時間をずっと思い続けるなんて…)
レオンの元々の優しく明るい性質を知っているから。母親が亡くなった後の傷付いた心にも触れているから。
もしも、ディアに対しては素直になれないというのなら、サニーのように素直に微笑み合える相手を見つけてくれたら良いと思う。彼が幸せになるのなら、ディアは胸の痛みを誤魔化す事だって出来るだろう。幸せを素直に祈ってしまうほど、愚かにも彼の事を愛しているのだから。無理にディアと結ばれる必要なんかないのだ。その事を、レオンに言わなくてならなかったのに。まさか、こんな事になるなんて。
(神様…!どうか、どうかレオン様をお助け下さい…!)
そして、不安に苛まれながらもたどり着いた公爵家。入口で待っていた家令に案内されるままに、連れていかれたレオンの部屋にて。
「今まで…本当にすまなかった」
「……」
頭に包帯を巻き、頬にガーゼを貼ったレオンが、悲痛な顔をして謝ったのをこの十年で初めて目の当たりにしたディアは、返事をすることが出来ず固まってしまったのだった。
633
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!
Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。
そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。
病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。
そして結婚に関して、ある条件を出した。
『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』
愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは
ただただ戸惑うばかり。
二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…?
※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
クレアは婚約者が恋に落ちる瞬間を見た
ましろ
恋愛
──あ。
本当に恋とは一瞬で落ちるものなのですね。
その日、私は見てしまいました。
婚約者が私以外の女性に恋をする瞬間を見てしまったのです。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜
よどら文鳥
恋愛
ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。
ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。
同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。
ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。
あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。
だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。
ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる