4 / 12
悲しみの涙
しおりを挟む『君を愛しているんだから』
君を、アイシテイルンダカラ…
頭の中で、血液がどくどくと音を立てて流れるのが聞こえてきて、私はいつの間にか呼吸すら忘れていた事に気がついた。頭の中は熱いのに身体はまるで凍ってしまったように冷たくて動かない。
まだ彼らの会話は続いている。
でももう、その内容は耳には入ってこなかった。フィオナが小さく笑い声を上げ、それにジオスが静かにして、と優しく言う言葉だけが聞こえてきた。
彼といる時、私があんまりにも楽しくて幸せで時々笑うことがあった。その度にジオスは『図書館なんだからお静かに』と少し微笑んで唇に人差し指を当てていた。
その光景が浮かんできて、コトリ、と胸の奥で何かが動いてそのまま真ん中にヒビが入り、パリン、と割れる音がしたような気がした。
しばらくすると、彼がフィオナの婚約者だと知らなかった自分の馬鹿さ加減に静かに笑いが込み上げてきた。
震える腕に、胸に抱えた本を落とさないように力を入れながら、そっと二人から離れて身を翻す。
(フィオナの事を愛称で呼んでたなんて、知らなかった…)
足音を立てないように図書館の出入口へと辿り着き、一度だけ室内を振り返った時。こちらを見たフィオナと目が合ったような気がしたけれど、パッと扉から離れて急ぎ足で立ち去った。
そのまま校舎を出て、自宅へと帰る。
自分の部屋の中へと入り、閉じた扉を背に座り込むと。
アンティーヌはようやくポロポロと大粒の涙を零し始めた。
どうして気が付かなかったのだろう。
良く考えて見ればわかる事だったのに。
ジオスとフィオナは、子どもの頃からの幼馴染で家も互いに近く、彼らはよく一緒にいた。アンティーヌはあのパーティの後にそこに混ぜてもらったような存在だったのだ。
フィオナはジオスに近かった。アンティーヌよりもずっと。
子爵の令嬢であるフィオナは、艶やかな黒髪と黒曜石ような煌めく切れ長で勝気な瞳のとても美しい女の子だった。そして正直な性格の少女だった。
『私、貴女みたいに裏でコソコソと他人の悪口を言うような人が大嫌いなの。』
『なっ…!』
『今すぐここでハッキリと言いなさいよ。喧嘩ならいくらでも買ってあげるわ。貴女が勝てるとは思えないけど。』
『フィオナ、貴女…!調子に乗ってるんじゃないわよ!』
『調子に乗っているのは貴女でしょう?大して美しくもないくせに、良くも偉そうに出来たものね?』
『…ッ!!』
何度か教室の中で言い争いをしているのも見たことがある。主な理由は、フィオナの派手な見た目や潔い性格に対して他の女の子が嫉妬して難癖をつける事が多かったからだ。
喋り方もキツめで、女の子達には怖がられて男の子たちには煙たがられていた。だからいつも決まった、彼女と同じくらい美しくて気高い少数の友達と行動していた。
大人しい私は彼女とは別のグループにいた。
フィオナと私は子どもの頃からの幼なじみではあるけど、ジオスほどに親しくはなかった。会えば挨拶や少しの会話もすることはあったけれど、それくらいの関係だった。
私にとっても彼女は高嶺の花だったのだ。
けれど、私はフィオナのハッキリとした物言いが他の人の回りくどい言葉よりもずっと心に届いてくる気がして、彼女と一緒にいるのは結構好きだった。
私はジオスずっとに片想いをしていて、その気持ちを隠すことなく彼と接していたけれど、彼の婚約者であるフィオナの目にはそれはどう映っていたのだろうか。
「だからだったのね…。」
何時の頃だろう。数年前、春よりも少し前くらいから、彼女の自分に対する態度が、周りの人達と同じように冷たくなったような気がしていた。話し掛けても返事はしてくれるけれど、素っ気ない。
元々、学園での友達は被っていなかったから普段は関わることがなかったけれど、遠くから彼女達がこちらを見ながら何やらヒソヒソと話をしていた姿を思い出した。
なるほど、そういう理由だったのかと今になって合点がいった。
では何故。
「…あのキスは何だったの…?」
634
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
【完結】ハーレム構成員とその婚約者
里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。
彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。
そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。
異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。
わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。
婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。
なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。
周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。
コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
ただずっと側にいてほしかった
アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。
伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。
騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。
彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。
隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。
怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。
貴方が生きていてくれれば。
❈ 作者独自の世界観です。
半日だけの…。貴方が私を忘れても
アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。
今の貴方が私を愛していなくても、
騎士ではなくても、
足が動かなくて車椅子生活になっても、
騎士だった貴方の姿を、
優しい貴方を、
私を愛してくれた事を、
例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるゆる設定です。
❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。
❈ 車椅子生活です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる