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1 ある女の転生
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結婚初日に夫から言い渡された言葉はルドヴィカへの拒絶であった。
顔も合わせようともしない。
天幕ベッドに籠り、カーテンからみえる姿はまるまるとした巨体がわずかに動いているのみである。
ぜこぜことした酷い呼吸音が聞こえた。
「こんな醜い男に嫁いでお前も災難だと思っているだろう。城内の範囲であれば自由に過ごせばいい。社交費用も与えてやるから好きに生きればいい。恋人も作りたければ自由にしろ。ただし後継は妹のビアンカのものだ」
あまりに妻に対して蔑ろにする言葉であった。
特に恋人を作ることも認められるとは、彼女の義理など最初から信用に値しないと言っているも同然であった。
ルドヴィカであれば、前の婚約者からの酷い婚約破棄から立ち直れず、夫からも拒否されプライドを傷つけ殻に籠っていたことだろう。
「さぁ、わかったなら早々に出ていけ。私のことなど気にするな」
「嫌です」
ルドヴィカは天幕ベッドのカーテンに手をとり、サーッとあけ放った。
中にいた男は慌てるが、まるまると太った巨体で寝返ることすらもできず目をちかちかとさせた。
「何をする! 無礼者」
「無礼? 結婚式に代理人をたてて顔も出そうともせず、ようやく部屋を訪れた妻に酷い言葉を浴びさせる男こそ無礼でしょう」
ルドヴィカはにこりと笑った。
「あなたは私に好きにしろとおっしゃいました」
ルドヴィカの言葉に夫となる男はこくりと頷いた。
「だから私は自由にします」
今のルドヴィカであれば彼をどうすればいいか計画を立てることができる。
「ジャンルイジ様、私はこれからあなたの健康を管理します!」
<i707587|38607>
◆◆◆
東敬医療センター、3つの市の救急を包括した総合病院である。
診療科が豊富にそろっており、特に地方で3つしかない肥満外科手術の認定を受けている為、肥満症に対するエキスパートが揃っている。
その中でまずは第一の関門となる内分泌代謝内科の外来の風景である。
「血糖は良好、血圧も少し高めですが塩分制限をしていたため収縮期血圧150だったのが130前後まで改善しております」
本日の血液検査のデータをみせて、菊丘朱美(きくおかあけみ)は患者に今の状況を説明した。
「体重は前回と比較すると148kg……1kg増えている? インボディのデータを開きましょう」
先ほどスタッフが測定した筋肉量と脂肪を測定したものを取り出した。
「脂肪量は落ちて、筋肉量は増えています。筋肉量の方が重いことと、富田さんは筋肉量が少な目なので良い兆候とみましょう。この調子で頑張りましょう」
患者が退室したことで朱美はふぅーんと背伸びをした。
「ようやく終わったー」
時間帯をみると午後の2時、できれば食堂へ行きたいところであるが指示簿の出し直しをしなければならない。
いくら大きな総合病院でも立て直しの時に病棟と外来棟をくっつけてくれればいいのに。
そんな気持ちを抱えながら朱美は軽い運動と言い聞かせて病棟へと向かった。
エレベーターから降りようとしたときに白いシーツにくるまれたストレッチャーが待機中であった。朱美は慌ててエレベーターから降りる。
ストレッチャーの傍らには沈んだ面持ちの女性がこくりとお辞儀をして、看護スタッフと消化器内科の医師とともにエレベーターの中へと消えていった。
「あ、菊丘先生。さっき向井さんが亡くなられました」
「えっ……!」
まさかとは思ったが、やはり今のは自分も対応していた患者だったのか。
「急だったね」
今朝方に状態が悪化しているというのは確認済であったが、こんなに早く亡くなってしまうなど。何度も経験していることとはいえ、慣れないことである。
「膵炎は怖いですものね」
看護スタッフはこくこくと頷く。
「奥さん、どうでした?」
「お酒は辞められなかったからしょうがないですよねと……といってもなかなか受け入れるのもたいへんでしょう。まだ若いし、子供も小さいし」
向井という患者は朱美の外来にも通院していた患者であった。病名は膵炎由来の糖尿病。飲酒もやめられず、膵炎を繰り返して入院していた。
3日前は「また入院しちゃいました!」とからっと元気に挨拶していたのが今では昔のことのように思える。
「ほらほら、しんみりしていないで指示簿の出し直しがあれば早くしてください」
別の看護スタッフは切り替えて朱美をささっと電子カルテの方へと座らせた。
「うちは3時締切なんですからねー」
いつも3時越え指示で看護スタッフから注意がくる有様で朱美は苦笑いするしかない。
別にさぼっていた訳じゃないんだけどな。
ようやく指示を書き終えた後、朱美はふぅっとため息をついた。
「つかれたー。何年やっても慣れないものだなー」
指示を出し終えた後は入院患者を診て周り、医局へと戻る。
とはいえ、朱美としては今の日々に満足感を得ていた。
ガラス張りの廊下を歩いていると妙に外が騒がしかった。何かあったのだろうかとガラス面の壁をみやると、目の前に広がるのは大きなトラックがこちらに向かって突進してきていた。
「え……」
うそ。
そう口にするまでもなく、朱美はガラス壁に突進してきたトラックの下敷きとなった。
パトカーのサイレンの音が鳴り響く。トラックに乗っていたものを警察官が取り囲み、あたりは騒然とした。
「た、たいへんだ。女医さんがトラックの下敷きに!」
通りがかりの患者が必死に周りに訴えかけた。
病院中のスタッフを招集するコールが鳴り響き、多くの白衣を着たスタッフが密集した。
「この靴、菊丘先生じゃ……」
「嘘、まじで」
スタッフたちの悲痛の叫びの中、菊丘朱美の人生は幕を閉ざした。
遠ざかる意識の中、朱美は過去のことを思い起こした。
これが走馬灯というものか。
それは、菊丘朱美の記憶だけでなくさらに過去のものが含まれていた。
朱美の人格を形成する契機となった前世の自分。
あの時の私は何もかも自暴自棄となり、見るべきものを見ず、知るべきことを知ろうともしなかった。
気づいた時は全てを失い、贖うように学び直した。そしてあまりの無知さを恥じた。
前世の彼女は死の間際に神に祈った。
神様、私を憐れむならどうか次の生は大事な方を守れるだけの知識と力を与えてください。
せっかく願いは叶えられ、充実した日々を送っていたのに。
あっけなく終わったな。
顔も合わせようともしない。
天幕ベッドに籠り、カーテンからみえる姿はまるまるとした巨体がわずかに動いているのみである。
ぜこぜことした酷い呼吸音が聞こえた。
「こんな醜い男に嫁いでお前も災難だと思っているだろう。城内の範囲であれば自由に過ごせばいい。社交費用も与えてやるから好きに生きればいい。恋人も作りたければ自由にしろ。ただし後継は妹のビアンカのものだ」
あまりに妻に対して蔑ろにする言葉であった。
特に恋人を作ることも認められるとは、彼女の義理など最初から信用に値しないと言っているも同然であった。
ルドヴィカであれば、前の婚約者からの酷い婚約破棄から立ち直れず、夫からも拒否されプライドを傷つけ殻に籠っていたことだろう。
「さぁ、わかったなら早々に出ていけ。私のことなど気にするな」
「嫌です」
ルドヴィカは天幕ベッドのカーテンに手をとり、サーッとあけ放った。
中にいた男は慌てるが、まるまると太った巨体で寝返ることすらもできず目をちかちかとさせた。
「何をする! 無礼者」
「無礼? 結婚式に代理人をたてて顔も出そうともせず、ようやく部屋を訪れた妻に酷い言葉を浴びさせる男こそ無礼でしょう」
ルドヴィカはにこりと笑った。
「あなたは私に好きにしろとおっしゃいました」
ルドヴィカの言葉に夫となる男はこくりと頷いた。
「だから私は自由にします」
今のルドヴィカであれば彼をどうすればいいか計画を立てることができる。
「ジャンルイジ様、私はこれからあなたの健康を管理します!」
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◆◆◆
東敬医療センター、3つの市の救急を包括した総合病院である。
診療科が豊富にそろっており、特に地方で3つしかない肥満外科手術の認定を受けている為、肥満症に対するエキスパートが揃っている。
その中でまずは第一の関門となる内分泌代謝内科の外来の風景である。
「血糖は良好、血圧も少し高めですが塩分制限をしていたため収縮期血圧150だったのが130前後まで改善しております」
本日の血液検査のデータをみせて、菊丘朱美(きくおかあけみ)は患者に今の状況を説明した。
「体重は前回と比較すると148kg……1kg増えている? インボディのデータを開きましょう」
先ほどスタッフが測定した筋肉量と脂肪を測定したものを取り出した。
「脂肪量は落ちて、筋肉量は増えています。筋肉量の方が重いことと、富田さんは筋肉量が少な目なので良い兆候とみましょう。この調子で頑張りましょう」
患者が退室したことで朱美はふぅーんと背伸びをした。
「ようやく終わったー」
時間帯をみると午後の2時、できれば食堂へ行きたいところであるが指示簿の出し直しをしなければならない。
いくら大きな総合病院でも立て直しの時に病棟と外来棟をくっつけてくれればいいのに。
そんな気持ちを抱えながら朱美は軽い運動と言い聞かせて病棟へと向かった。
エレベーターから降りようとしたときに白いシーツにくるまれたストレッチャーが待機中であった。朱美は慌ててエレベーターから降りる。
ストレッチャーの傍らには沈んだ面持ちの女性がこくりとお辞儀をして、看護スタッフと消化器内科の医師とともにエレベーターの中へと消えていった。
「あ、菊丘先生。さっき向井さんが亡くなられました」
「えっ……!」
まさかとは思ったが、やはり今のは自分も対応していた患者だったのか。
「急だったね」
今朝方に状態が悪化しているというのは確認済であったが、こんなに早く亡くなってしまうなど。何度も経験していることとはいえ、慣れないことである。
「膵炎は怖いですものね」
看護スタッフはこくこくと頷く。
「奥さん、どうでした?」
「お酒は辞められなかったからしょうがないですよねと……といってもなかなか受け入れるのもたいへんでしょう。まだ若いし、子供も小さいし」
向井という患者は朱美の外来にも通院していた患者であった。病名は膵炎由来の糖尿病。飲酒もやめられず、膵炎を繰り返して入院していた。
3日前は「また入院しちゃいました!」とからっと元気に挨拶していたのが今では昔のことのように思える。
「ほらほら、しんみりしていないで指示簿の出し直しがあれば早くしてください」
別の看護スタッフは切り替えて朱美をささっと電子カルテの方へと座らせた。
「うちは3時締切なんですからねー」
いつも3時越え指示で看護スタッフから注意がくる有様で朱美は苦笑いするしかない。
別にさぼっていた訳じゃないんだけどな。
ようやく指示を書き終えた後、朱美はふぅっとため息をついた。
「つかれたー。何年やっても慣れないものだなー」
指示を出し終えた後は入院患者を診て周り、医局へと戻る。
とはいえ、朱美としては今の日々に満足感を得ていた。
ガラス張りの廊下を歩いていると妙に外が騒がしかった。何かあったのだろうかとガラス面の壁をみやると、目の前に広がるのは大きなトラックがこちらに向かって突進してきていた。
「え……」
うそ。
そう口にするまでもなく、朱美はガラス壁に突進してきたトラックの下敷きとなった。
パトカーのサイレンの音が鳴り響く。トラックに乗っていたものを警察官が取り囲み、あたりは騒然とした。
「た、たいへんだ。女医さんがトラックの下敷きに!」
通りがかりの患者が必死に周りに訴えかけた。
病院中のスタッフを招集するコールが鳴り響き、多くの白衣を着たスタッフが密集した。
「この靴、菊丘先生じゃ……」
「嘘、まじで」
スタッフたちの悲痛の叫びの中、菊丘朱美の人生は幕を閉ざした。
遠ざかる意識の中、朱美は過去のことを思い起こした。
これが走馬灯というものか。
それは、菊丘朱美の記憶だけでなくさらに過去のものが含まれていた。
朱美の人格を形成する契機となった前世の自分。
あの時の私は何もかも自暴自棄となり、見るべきものを見ず、知るべきことを知ろうともしなかった。
気づいた時は全てを失い、贖うように学び直した。そしてあまりの無知さを恥じた。
前世の彼女は死の間際に神に祈った。
神様、私を憐れむならどうか次の生は大事な方を守れるだけの知識と力を与えてください。
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