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56 恐れていた時が来た
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朝方は妙に肌寒い。
ルドヴィカは布団からでるのを躊躇した。
ルルが部屋を訪れたのを合図に自分に掛け声をかけて起き上がった。
「大公妃様は冬が苦手なのね」
「だって、すごく寒くて……」
日がでればまだ暖かく感じられるが、朝はとっても寒かった。
寝間着からドレスに着替えるのも躊躇してしまうが、このまま日中を過ごすわけにもいかずルルに急き立てられながら朝の身支度を済ませた。
いつもの通り食堂でビアンカ公女と一緒に朝食をとる予定であった。
「大公妃様!」
ガヴァス卿が慌ててルドヴィカの元へ走った。
こんなに騒がしくするのは珍しい。
「た、たいへんです。大公殿下が……殿下がっ!」
彼の狼狽した様子をみてルドヴィカは嫌な予感がした。
このまま何事も起きずに冬を越すことを夢見ていたが、やはり恐れていたことは起きてしまった。
ジャンルイジ大公の部屋へ飛び込むとうめき声をあげる彼の声がした。
「ジジ!!」
ルドヴィカは彼の元へ走り寄った。
ベッドの上で苦しむ彼の身に何があったのだと確認した。
額には冷や汗がひどく、寝着も汗でびっしょりと濡れていた。
「い、いたい……いた」
ただそれだけを呟き、ジャンルイジ大公は胸の部分を押さえた。
正確には胸とお腹の真ん中あたり、心窩部だ。
この位置の痛みで、朝方の冷や汗が出る程のものといえば心疾患をまず疑いたくなる。
彼の首筋にふれると想像以上に熱かった。
(熱? ……心臓じゃなくて感染症? 敗血症。胆のう炎と胆管炎? それなら抗生剤と点滴)
後からやってきた治癒魔法使いにルドヴィカは点滴をすぐにするようにと指示を出した。同時に血液検査も行わせた。結果がでるのに1時間以上かかる。その前に診察だけで原因疾患を特定できるだけしなければ。
「ルフィーノ殿は!?」
「今、オリンドが呼び寄せています」
ルドヴィカはジャンルイジ大公の頸部を確認した。頸部には血管の怒張は認められない。
治癒魔法使いから奪って聴診器を胸にあてるが、呼吸音は特に異常はない。胸水が溜まっている音もない、喘鳴も認められなかった。心音も雑音は認められない。
ルドヴィカはジャンルイジ大公の寝着を全て脱がせた。
皮膚には全く異常な部分はないと思った。
「背中をみたいわ」
ルドヴィカは治癒魔法使いに指示をだして、ジャンルイジ大公の体位を動かせた。その間に彼の上に着ている寝着を取り除いた。
その時みることができた脇腹の皮膚の変色を認められた。
褐色色の皮膚の変色。
「もう一度あおむけにして」
へそ周囲をみてみるとへそを囲うように褐色色に変色した部位が認められた。
それをみてルドヴィカはまさかと確認した。
「急性膵炎……」
全てにその皮膚症状がでることはない。3%と稀であるが、有名な皮膚症状であった。
診断には血液検査と画像検査のデータも必要だが、ルドヴィカの中では急性膵炎の病名が決して離れることはない。
「よりによって、膵炎だなんて」
急性膵炎は初期は軽症であっても油断はできない疾患である。
1日で急激な転機を迎えて死に至ることさえある。
いや、それよりも脇腹の皮膚変色があるということは炎症は腎臓にまで波及しているということ。非常にまずい。
「点滴の速さを全開にして! すぐに」
ルドヴィカは治癒魔法使いに指示を出した。
一向に動く気配のない治癒魔法使いにルドヴィカは仕方ないと身を乗り出し、点滴のスピードを速めた。
「殿下! いくらなんでも困りますよ」
「急性膵炎よ。点滴の量を躊躇してはいけないの!」
どのくらい時間が経ってしまったのだろうか。
もしかすると明朝、パルドンが様子をみにくる何時間も前からだったのかもしれない。
点滴は生理食塩水だけでも1日6000mlは最低入れないといけない。
「大公妃、落ち着いて」
ルフィーノが訪れてルドヴィカの肩を叩いた。
「今言ったのは本当か? 急性膵炎と」
ルフィーノの質問にルドヴィカはこくこくと頷いた。
「ということだ。一刻を争う。点滴はそのまま早く消費し次の分を繋げ。右手の点滴だけじゃ足りないな。足……いや、鼠経から点滴をいれろ。最近入手した16ゲージのがあったはずだ」
「ダメです。脈拍が触れられないから静脈の位置判断できません」
治癒魔法使いも一応人体構造については勉強はしてあるが、ジャンルイジ大公の体型では血管を確保するのは難しかった。
「ヴィートに代われ」
ルフィーノはオリンドと一緒に入ってきたヴィートを呼んだ。
「お前の魔力でも鼠径部の血管くらいは超音波魔法でみれるだろう。それで確保しろ」
ルフィーノからの指示にヴィートは少し青ざめたが、それ以上に青ざめているルドヴィカをみて深呼吸した。治癒魔法使いから針を受け取った。
「それで急性膵炎か。超音波魔法でみたことがなかったが……こうみえるんだな」
ジャンルイジ大公の腹に手をあて超音波魔法をしているルフィーノは眉をしかめて呟いた。
ルドヴィカは必死に前世の記憶を思い出した。
急性膵炎になった原因について考えてみる。
彼は大酒家ではない。多少のお酒は嗜む程度であるが、量をオーバーすることはなかった。アルコールではないということは胆石の可能性はどうだろう。
「胆石……胆のう内の石が胆管にはまっていない?」
ルドヴィカはルフィーノに確認してほしい部分を伝える。
ルフィーノは位置をずらしながら胆管の方を確認してみた。
「あるな……石が3つ、胆管にはまっている」
そういえば、はじめて彼の超音波魔法でジャンルイジ大公の身体調査をしたとき胆のう内に石がいっぱいあると言っていた。
その時にどうして急性膵炎、せめて胆管炎は予想しなかったのだろうか。
自分の不甲斐なさにいら立ちを覚えた。
「その石を、何とかしないと……胆管内の流れが悪いから」
「石をどうするか。手術か」
こんな状態で手術ができるわけがない。それこそ命に係わるだろう。
急性膵炎に胆膵内視鏡は基本禁忌であるが、膵炎の原因が胆石であれば胆膵内視鏡で除去することもある。
でも、この世界では胆膵内視鏡(ERCP)で胆石を除去する治療はできない。内視鏡がそもそもないのだ。
「ところでこの石が悪さしているというなら、石を魔法で砕くのもありだろうか」
ルフィーノの言葉にルドヴィカはぽかんと口を開いた。
「そんなことできるの? 他の臓器は」
内容は重力魔法を使って石を小さく砕いて、胆管の外へと流し出すという。
そんな器用なことができるのだろうか。
「力加減を気を付けないといけないから時間はかかるが理論的にできなくはないように思える。が、超音波魔法を使いながらの、重力魔法なのでかなり疲れるだろうな」
ルフィーノの言葉にルドヴィカは考え込んだ。
「大公妃様、ダメです。危険ですよ。ルフィーノ殿の攻撃魔法を体内に魔法を流し込むなど……それこそ大公殿下の命にかかわります」
治癒魔法使いは必死にルドヴィカに声をかけた。
「他に方法はありますか? あなたの治癒魔法で治せますか?」
ルドヴィカは治癒魔法使いに質問した。
治癒魔法使いは思わず顔を背けた。自分たちの魔法では奇跡のようにジャンルイジ大公を救うことはできない。強い神聖魔法を使えるフランチェスカであれば可能かもしれないが、ここにはいない。
彼女を急いで呼び出しても何週間もかかるだろう。
責めているような口調になってしまったとルドヴィカは口を押えた。
「ごめんなさい。別にあなたたちを責めているわけじゃないの」
ルドヴィカはジャンルイジ大公の方をみやった。
痛みにまだ苦しみながら、意識を手放していた。呼吸が荒々しい。
びっしょりと濡れている汗をハンカチでぬぐったが、それでも意味はなさないだろう。
「ルフィーノ・アルフィーネ。今言った方法で石を魔法で除去してください。ルドヴィカ・アンジェロ大公妃が全て責任を持ちます」
ちらりとパルドンの方をみるとパルドンが必死に肩を抱きしめているビアンカ公女がいた。
彼女は青ざめて茫然と立ち尽くしている。自分が何もできなく辛そうにしていた。
彼女に恨まれるかもしれない。それでも自分は後悔したくなかった。
「大公殿下に何かあっても決してあなたを罰しません。だからお願い」
ルフィーノは慣れない魔法を駆使してジャンルイジ大公を救おうとしている。
それならば自分は責任を背負い彼の後押しをしよう。
ルフィーノの治療が開始された。治癒魔法使いたちはまだ何か言いたげであったが、ルドヴィカは彼らに声をかけた。
「血液検査の結果は出ましたか? 途中のでいいから教えて」
聞いた途中経過のデータでは細菌性感染症にも至っていた。
「抗生剤を早くつないでちょうだい。生理食塩水もすぐになくなるからどんどん持ってきて。足りないのなら治療院から借りてきてちょうだい」
ヴィートがようやく大きく息を吐いた。
「できました」
ジャンルイジ大公の鼠径部は、脂肪が厚すぎて血管まで到達するのに苦労しただろう。ヴィートは超音波魔法で静脈、動脈をさがしあて、静脈の方に見事太い点滴を挿入することに成功した。
ルドヴィカは急いでそこに生理食塩水を繋いだ。
ようやく治癒魔法使いたちはルドヴィカの指示通りに動くようになった。点滴に関しては彼らに任せて、ルドヴィカはジャンルイジ大公の顔をみた。
まだ彼は苦しそうにしている。
「誰か、痛みを和らげる魔法をもっていない?」
ルドヴィカは治癒魔法使いたちに声をかけた。おそるおそる一人が手をあげた。
「お願い。今は腹痛がひどくて呼吸するのもたいへんなの。少しだけでも痛みを和らぐ魔法をかけて頂戴」
治癒魔法使いがおそるおそるジャンルイジ大公の手に触れた。そして痛みを軽減する魔法をかけていった。少しだけ彼の呼吸が落ち着いていくのをみることができた。
「ありがとう……私にはできないことだから助かるわ」
ルドヴィカは治癒魔法使いたちにお礼を言った。そして、困ったように笑った。
「さっきは怒鳴ってごめんなさい」
気が動転していたとはいえ、彼らも必死に自分の職務をまっとうしようとしていたのだ。それを軽んじる発言は良くなかった。
ルドヴィカはこの場では治療魔法使いでもルフィーノの助手でもない門外漢であった。治癒魔法使いとしては困惑したことだろう。
彼らにも彼らのできることがある。少なくとも今の自分よりも。
「お願いします。彼を助けるため力を貸してください」
両手を強く握りしめて、ルドヴィカは治癒魔法使いたちに頭を下げた。
彼らはお互いの顔を見合わせて、ジャンルイジ大公の治療のサポートに回った。
ルドヴィカはジャンルイジ大公の頬に触れ、額を撫でる。
「ジジ、ジジは死なないわ。助かるから……だからお願い。死なないで」
耳元で必死に呟く声はとてもか細く弱弱しかった。
ここで彼が死んだらどうしよう。
結局自分は何も変えられなかったのかもしれない。
今もルフィーノたちが頑張っているのに、最悪なことを何度も考えてしまう自分が嫌だ。
それを払拭するようにルドヴィカは何度もジャンルイジ大公に声をかけた。
「あなたは助かるから、だから……」
何度もつぶやいた先、ようやく紡がれる声。
「おいていかないで」
ようやくやり直せたのに。ようやく一緒に笑えるようになったのに。
どこかへ行かないで。ここへ帰ってきて。
ルドヴィカは願うようにジャンルイジ大公に声をかけ続けた。
ルドヴィカは布団からでるのを躊躇した。
ルルが部屋を訪れたのを合図に自分に掛け声をかけて起き上がった。
「大公妃様は冬が苦手なのね」
「だって、すごく寒くて……」
日がでればまだ暖かく感じられるが、朝はとっても寒かった。
寝間着からドレスに着替えるのも躊躇してしまうが、このまま日中を過ごすわけにもいかずルルに急き立てられながら朝の身支度を済ませた。
いつもの通り食堂でビアンカ公女と一緒に朝食をとる予定であった。
「大公妃様!」
ガヴァス卿が慌ててルドヴィカの元へ走った。
こんなに騒がしくするのは珍しい。
「た、たいへんです。大公殿下が……殿下がっ!」
彼の狼狽した様子をみてルドヴィカは嫌な予感がした。
このまま何事も起きずに冬を越すことを夢見ていたが、やはり恐れていたことは起きてしまった。
ジャンルイジ大公の部屋へ飛び込むとうめき声をあげる彼の声がした。
「ジジ!!」
ルドヴィカは彼の元へ走り寄った。
ベッドの上で苦しむ彼の身に何があったのだと確認した。
額には冷や汗がひどく、寝着も汗でびっしょりと濡れていた。
「い、いたい……いた」
ただそれだけを呟き、ジャンルイジ大公は胸の部分を押さえた。
正確には胸とお腹の真ん中あたり、心窩部だ。
この位置の痛みで、朝方の冷や汗が出る程のものといえば心疾患をまず疑いたくなる。
彼の首筋にふれると想像以上に熱かった。
(熱? ……心臓じゃなくて感染症? 敗血症。胆のう炎と胆管炎? それなら抗生剤と点滴)
後からやってきた治癒魔法使いにルドヴィカは点滴をすぐにするようにと指示を出した。同時に血液検査も行わせた。結果がでるのに1時間以上かかる。その前に診察だけで原因疾患を特定できるだけしなければ。
「ルフィーノ殿は!?」
「今、オリンドが呼び寄せています」
ルドヴィカはジャンルイジ大公の頸部を確認した。頸部には血管の怒張は認められない。
治癒魔法使いから奪って聴診器を胸にあてるが、呼吸音は特に異常はない。胸水が溜まっている音もない、喘鳴も認められなかった。心音も雑音は認められない。
ルドヴィカはジャンルイジ大公の寝着を全て脱がせた。
皮膚には全く異常な部分はないと思った。
「背中をみたいわ」
ルドヴィカは治癒魔法使いに指示をだして、ジャンルイジ大公の体位を動かせた。その間に彼の上に着ている寝着を取り除いた。
その時みることができた脇腹の皮膚の変色を認められた。
褐色色の皮膚の変色。
「もう一度あおむけにして」
へそ周囲をみてみるとへそを囲うように褐色色に変色した部位が認められた。
それをみてルドヴィカはまさかと確認した。
「急性膵炎……」
全てにその皮膚症状がでることはない。3%と稀であるが、有名な皮膚症状であった。
診断には血液検査と画像検査のデータも必要だが、ルドヴィカの中では急性膵炎の病名が決して離れることはない。
「よりによって、膵炎だなんて」
急性膵炎は初期は軽症であっても油断はできない疾患である。
1日で急激な転機を迎えて死に至ることさえある。
いや、それよりも脇腹の皮膚変色があるということは炎症は腎臓にまで波及しているということ。非常にまずい。
「点滴の速さを全開にして! すぐに」
ルドヴィカは治癒魔法使いに指示を出した。
一向に動く気配のない治癒魔法使いにルドヴィカは仕方ないと身を乗り出し、点滴のスピードを速めた。
「殿下! いくらなんでも困りますよ」
「急性膵炎よ。点滴の量を躊躇してはいけないの!」
どのくらい時間が経ってしまったのだろうか。
もしかすると明朝、パルドンが様子をみにくる何時間も前からだったのかもしれない。
点滴は生理食塩水だけでも1日6000mlは最低入れないといけない。
「大公妃、落ち着いて」
ルフィーノが訪れてルドヴィカの肩を叩いた。
「今言ったのは本当か? 急性膵炎と」
ルフィーノの質問にルドヴィカはこくこくと頷いた。
「ということだ。一刻を争う。点滴はそのまま早く消費し次の分を繋げ。右手の点滴だけじゃ足りないな。足……いや、鼠経から点滴をいれろ。最近入手した16ゲージのがあったはずだ」
「ダメです。脈拍が触れられないから静脈の位置判断できません」
治癒魔法使いも一応人体構造については勉強はしてあるが、ジャンルイジ大公の体型では血管を確保するのは難しかった。
「ヴィートに代われ」
ルフィーノはオリンドと一緒に入ってきたヴィートを呼んだ。
「お前の魔力でも鼠径部の血管くらいは超音波魔法でみれるだろう。それで確保しろ」
ルフィーノからの指示にヴィートは少し青ざめたが、それ以上に青ざめているルドヴィカをみて深呼吸した。治癒魔法使いから針を受け取った。
「それで急性膵炎か。超音波魔法でみたことがなかったが……こうみえるんだな」
ジャンルイジ大公の腹に手をあて超音波魔法をしているルフィーノは眉をしかめて呟いた。
ルドヴィカは必死に前世の記憶を思い出した。
急性膵炎になった原因について考えてみる。
彼は大酒家ではない。多少のお酒は嗜む程度であるが、量をオーバーすることはなかった。アルコールではないということは胆石の可能性はどうだろう。
「胆石……胆のう内の石が胆管にはまっていない?」
ルドヴィカはルフィーノに確認してほしい部分を伝える。
ルフィーノは位置をずらしながら胆管の方を確認してみた。
「あるな……石が3つ、胆管にはまっている」
そういえば、はじめて彼の超音波魔法でジャンルイジ大公の身体調査をしたとき胆のう内に石がいっぱいあると言っていた。
その時にどうして急性膵炎、せめて胆管炎は予想しなかったのだろうか。
自分の不甲斐なさにいら立ちを覚えた。
「その石を、何とかしないと……胆管内の流れが悪いから」
「石をどうするか。手術か」
こんな状態で手術ができるわけがない。それこそ命に係わるだろう。
急性膵炎に胆膵内視鏡は基本禁忌であるが、膵炎の原因が胆石であれば胆膵内視鏡で除去することもある。
でも、この世界では胆膵内視鏡(ERCP)で胆石を除去する治療はできない。内視鏡がそもそもないのだ。
「ところでこの石が悪さしているというなら、石を魔法で砕くのもありだろうか」
ルフィーノの言葉にルドヴィカはぽかんと口を開いた。
「そんなことできるの? 他の臓器は」
内容は重力魔法を使って石を小さく砕いて、胆管の外へと流し出すという。
そんな器用なことができるのだろうか。
「力加減を気を付けないといけないから時間はかかるが理論的にできなくはないように思える。が、超音波魔法を使いながらの、重力魔法なのでかなり疲れるだろうな」
ルフィーノの言葉にルドヴィカは考え込んだ。
「大公妃様、ダメです。危険ですよ。ルフィーノ殿の攻撃魔法を体内に魔法を流し込むなど……それこそ大公殿下の命にかかわります」
治癒魔法使いは必死にルドヴィカに声をかけた。
「他に方法はありますか? あなたの治癒魔法で治せますか?」
ルドヴィカは治癒魔法使いに質問した。
治癒魔法使いは思わず顔を背けた。自分たちの魔法では奇跡のようにジャンルイジ大公を救うことはできない。強い神聖魔法を使えるフランチェスカであれば可能かもしれないが、ここにはいない。
彼女を急いで呼び出しても何週間もかかるだろう。
責めているような口調になってしまったとルドヴィカは口を押えた。
「ごめんなさい。別にあなたたちを責めているわけじゃないの」
ルドヴィカはジャンルイジ大公の方をみやった。
痛みにまだ苦しみながら、意識を手放していた。呼吸が荒々しい。
びっしょりと濡れている汗をハンカチでぬぐったが、それでも意味はなさないだろう。
「ルフィーノ・アルフィーネ。今言った方法で石を魔法で除去してください。ルドヴィカ・アンジェロ大公妃が全て責任を持ちます」
ちらりとパルドンの方をみるとパルドンが必死に肩を抱きしめているビアンカ公女がいた。
彼女は青ざめて茫然と立ち尽くしている。自分が何もできなく辛そうにしていた。
彼女に恨まれるかもしれない。それでも自分は後悔したくなかった。
「大公殿下に何かあっても決してあなたを罰しません。だからお願い」
ルフィーノは慣れない魔法を駆使してジャンルイジ大公を救おうとしている。
それならば自分は責任を背負い彼の後押しをしよう。
ルフィーノの治療が開始された。治癒魔法使いたちはまだ何か言いたげであったが、ルドヴィカは彼らに声をかけた。
「血液検査の結果は出ましたか? 途中のでいいから教えて」
聞いた途中経過のデータでは細菌性感染症にも至っていた。
「抗生剤を早くつないでちょうだい。生理食塩水もすぐになくなるからどんどん持ってきて。足りないのなら治療院から借りてきてちょうだい」
ヴィートがようやく大きく息を吐いた。
「できました」
ジャンルイジ大公の鼠径部は、脂肪が厚すぎて血管まで到達するのに苦労しただろう。ヴィートは超音波魔法で静脈、動脈をさがしあて、静脈の方に見事太い点滴を挿入することに成功した。
ルドヴィカは急いでそこに生理食塩水を繋いだ。
ようやく治癒魔法使いたちはルドヴィカの指示通りに動くようになった。点滴に関しては彼らに任せて、ルドヴィカはジャンルイジ大公の顔をみた。
まだ彼は苦しそうにしている。
「誰か、痛みを和らげる魔法をもっていない?」
ルドヴィカは治癒魔法使いたちに声をかけた。おそるおそる一人が手をあげた。
「お願い。今は腹痛がひどくて呼吸するのもたいへんなの。少しだけでも痛みを和らぐ魔法をかけて頂戴」
治癒魔法使いがおそるおそるジャンルイジ大公の手に触れた。そして痛みを軽減する魔法をかけていった。少しだけ彼の呼吸が落ち着いていくのをみることができた。
「ありがとう……私にはできないことだから助かるわ」
ルドヴィカは治癒魔法使いたちにお礼を言った。そして、困ったように笑った。
「さっきは怒鳴ってごめんなさい」
気が動転していたとはいえ、彼らも必死に自分の職務をまっとうしようとしていたのだ。それを軽んじる発言は良くなかった。
ルドヴィカはこの場では治療魔法使いでもルフィーノの助手でもない門外漢であった。治癒魔法使いとしては困惑したことだろう。
彼らにも彼らのできることがある。少なくとも今の自分よりも。
「お願いします。彼を助けるため力を貸してください」
両手を強く握りしめて、ルドヴィカは治癒魔法使いたちに頭を下げた。
彼らはお互いの顔を見合わせて、ジャンルイジ大公の治療のサポートに回った。
ルドヴィカはジャンルイジ大公の頬に触れ、額を撫でる。
「ジジ、ジジは死なないわ。助かるから……だからお願い。死なないで」
耳元で必死に呟く声はとてもか細く弱弱しかった。
ここで彼が死んだらどうしよう。
結局自分は何も変えられなかったのかもしれない。
今もルフィーノたちが頑張っているのに、最悪なことを何度も考えてしまう自分が嫌だ。
それを払拭するようにルドヴィカは何度もジャンルイジ大公に声をかけた。
「あなたは助かるから、だから……」
何度もつぶやいた先、ようやく紡がれる声。
「おいていかないで」
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表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
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私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
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