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87 皇女の行方
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カプリアナ皇女は生まれた時から孤独な日々を送っていた。
鼠色の髪を持って生まれた時の皇帝夫妻の落胆は大きかった。カリスト皇帝としてはルドヴィカをアンジェロ大公家へ棄てて清々したと言うのに、彼女と同じ特徴の皇女が自分の子として生まれるなど耐えれなかった。
カリスト皇帝の怒りを察したアリアンヌは突然しおらしく泣き出した。
「申し訳ありません。私のせいで、陛下を苦しませるなど。この子を殺し私も後を追います!」
悲劇のヒロインながらの演技に思わずカリスト皇帝は彼女に手を伸ばした。
「そんなことをする必要はない。きっと女神への祈りが足りなかったからだ。次は私たちによく似た子を迎えればいいだけだ」
いうことはあまりに酷い内容である。カプリアナ皇女を望んでいなかったかのような発言。
だが、周りのメイドたちは夫妻愛の姿に感動していた。
カリスト皇帝はメイドたちに緘口令を出し、カプリアナ皇女の特徴が外へ流れるのを防いだ。世間には病弱で部屋から出ることが適わない為公の場へ出ることも、誕生祝いの場も設けられることもなかった。
カプリアナ……存在するかも曖昧な皇女として人々から忘れ去られた。
皇帝夫妻から見放された皇女は離れの宮でひっそりと暮らしていた。外へ出る時は髪を隠す為布で覆う必要がある。
時々アリアンヌ皇后に呼ばれるが、あまり良い時間ではなかった。カプリアナの人格を否定する言葉を建て並べられ、カプリアナは何度も心を閉ざしそうになった。その度に彼女を支えたのは世話役のメイドであった。
彼女がいるからこそ、カプリアナは最低限の人としての生活を確保できた。満足に家庭教師を与えられなくてもカプリアナ皇女は文字を覚え、文学に触れることで外の情報を獲得していった。
最低限の礼儀作法もそのメイドから与えられた。
時折、メイドは昔語りを始めた。
「鼠色の髪を否定的に思う方が多いですが、立派な方がいるのも確かです。例えばあなたの伯母にあたる方」
「えーっと、アンジェロ大公妃ね」
こくりとメイドは頷いた。
「とてもお優しく立派な方です。皇女様と同じ鼠色のウェーブのかかった髪をして」
「会ったことがあるの?」
「はい。覚えていないかもしれませんが、私がまだ新人でとんでもない粗相をしてしまったことがあったのです。鞭打ちを受けるところであの方は私を助けてくださって……あの方に仕えたいと思っていましたが」
メイドは困ったように眉をひそめた。
「いえ、いいのです。大公領での評判を聞くと、嫁ぎ先がここでなくて良かったと思います」
「会ってみたいわ」
カプリアナ皇女は自分の髪の色を眺めて呟いた。
いずれ必ずとメイドは笑った。
それから数日後、メイドの姿が消えてしまった。
どこへ行ったのだろうと新しいメイドに声をかけても誰も応えてくれなかった。
カプリアナ皇女は知らなかった。カプリアナ皇女の立場を守るばかりにアリアンヌ皇后の不興を買い、殺されてしまったことを。
さらに1か月後にアリアンヌ皇后はカプリアナ皇女を食事へ呼び寄せた。
大きなお腹をさすりながらカプリアナ皇女のひとつひとつの所作を指摘して恥をかかせた。
「本当に愚図な子ね。恥ずかしくてしかたないわ」
くすくすと周りから笑われてカプリアナ皇女は顔を赤くした。
「そんなだからメイドに愛想つかされるのよ」
アリアンヌ皇后はカプリアナ皇女にメイドのことを話した。
「あの子はあなたのことに嫌気がさしたの。もっと良いところへの就職先が決まって、すぐに宮殿を出て行ったわ」
ありもしないメイドの言葉をひとつひとつカプリアナ皇女に囁く。カプリアナ皇女は何と答えていいのかわからず硬直した。スカートの裾をぎゅと握りしめて、何度も心の中で嘘だと呟いた。
部屋へ戻った後、ベッドの中にくるまり枕を抱きしめた。
それからカプリアナ皇女は孤独な日々を送っていた。
満足に世話を受けられなくなったカプリアナ皇女はそれでも最低限の生活を維持させた。いなくなったメイドに教わったことである。彼女はいつかこうなることを予想してカプリアナ皇女に身の回りのことを教えていたのだ。
残されたカプリアナ皇女にとって残された希望はアンジェロ大公妃であった。
自分と同じ鼠色の髪の貴婦人、宮殿で聞く噂は最悪なものばかりであったがかつてメイドが話していた内容を思い出しカプリアナ皇女は自分を励ました。
きっとルドヴィカ伯母様なら私と同じだから私のことをわかってくれるはず。
そんな期待の中、カプリアナ皇女はルドヴィカが訪れるであろう日に宮を飛び出した。
カプリアナ皇女はがっかりした。
ようやく会えたルドヴィカは自分とは全く違う美しい貴婦人であった。そして祖母に対しても毅然としていた。
この人は違う。私とは違う。
それでも話しているうちに彼女への愛着が芽生えた。
彼女の騎士とのダンスも心がときめいてカプリアナ皇女は会えて良かったと思うようになった。
その後、騒動が起きて、戦争になり、父皇帝の死、帝都の暴徒化であった。
母のアリアンヌ皇后は一目散に逃げだし、弟皇太子は民衆に引きずり出されて行った。
怯えるカプリアナ皇女に対して民衆は一目もくれなかった。
みすぼらしいドレスの彼女はメイドの子だと思われたようだ。
「さぁ、皇女様。こちらです」
どこからともなく現れたメイドがカプリアナ皇女の手を引き宮殿の外へと出してくれた。
だが、その先に待っていたのは安穏な日ではなかった。
メイドはかつてアリアンヌ皇后に酷い目に遭わされて恨みを抱いていた女性であった。
その恨みを晴らす為にカプリアナ皇女を連れ出し、奴隷のように扱いこきつかった。
鼠と呼ばれるようになったカプリアナ皇女はぼろぼろの衣を着せられ、毎日冷たい水で洗濯や洗い物をさせられ、女の機嫌を損なえば鞭を打たれる日々を受けていた。
逃げ出そうにも逃げるという考えが浮かばないカプリアナ皇女はただ女から施される食事を求める他なかった。
宮殿で食べたものも冷めていて固いパンが多いが、女が与えるものは虫が入っていてかびの生えたものだった。
それでもカプリアナ皇女は他に生きる術が見つからず、それを糧にするほかなかった。
生きることで精いっぱいのカプリアナ皇女が、それでも少し外へ出て噂を聞いていればもっと早く苦しい生活から脱出できたであろう。
鼠色の髪を持って生まれた時の皇帝夫妻の落胆は大きかった。カリスト皇帝としてはルドヴィカをアンジェロ大公家へ棄てて清々したと言うのに、彼女と同じ特徴の皇女が自分の子として生まれるなど耐えれなかった。
カリスト皇帝の怒りを察したアリアンヌは突然しおらしく泣き出した。
「申し訳ありません。私のせいで、陛下を苦しませるなど。この子を殺し私も後を追います!」
悲劇のヒロインながらの演技に思わずカリスト皇帝は彼女に手を伸ばした。
「そんなことをする必要はない。きっと女神への祈りが足りなかったからだ。次は私たちによく似た子を迎えればいいだけだ」
いうことはあまりに酷い内容である。カプリアナ皇女を望んでいなかったかのような発言。
だが、周りのメイドたちは夫妻愛の姿に感動していた。
カリスト皇帝はメイドたちに緘口令を出し、カプリアナ皇女の特徴が外へ流れるのを防いだ。世間には病弱で部屋から出ることが適わない為公の場へ出ることも、誕生祝いの場も設けられることもなかった。
カプリアナ……存在するかも曖昧な皇女として人々から忘れ去られた。
皇帝夫妻から見放された皇女は離れの宮でひっそりと暮らしていた。外へ出る時は髪を隠す為布で覆う必要がある。
時々アリアンヌ皇后に呼ばれるが、あまり良い時間ではなかった。カプリアナの人格を否定する言葉を建て並べられ、カプリアナは何度も心を閉ざしそうになった。その度に彼女を支えたのは世話役のメイドであった。
彼女がいるからこそ、カプリアナは最低限の人としての生活を確保できた。満足に家庭教師を与えられなくてもカプリアナ皇女は文字を覚え、文学に触れることで外の情報を獲得していった。
最低限の礼儀作法もそのメイドから与えられた。
時折、メイドは昔語りを始めた。
「鼠色の髪を否定的に思う方が多いですが、立派な方がいるのも確かです。例えばあなたの伯母にあたる方」
「えーっと、アンジェロ大公妃ね」
こくりとメイドは頷いた。
「とてもお優しく立派な方です。皇女様と同じ鼠色のウェーブのかかった髪をして」
「会ったことがあるの?」
「はい。覚えていないかもしれませんが、私がまだ新人でとんでもない粗相をしてしまったことがあったのです。鞭打ちを受けるところであの方は私を助けてくださって……あの方に仕えたいと思っていましたが」
メイドは困ったように眉をひそめた。
「いえ、いいのです。大公領での評判を聞くと、嫁ぎ先がここでなくて良かったと思います」
「会ってみたいわ」
カプリアナ皇女は自分の髪の色を眺めて呟いた。
いずれ必ずとメイドは笑った。
それから数日後、メイドの姿が消えてしまった。
どこへ行ったのだろうと新しいメイドに声をかけても誰も応えてくれなかった。
カプリアナ皇女は知らなかった。カプリアナ皇女の立場を守るばかりにアリアンヌ皇后の不興を買い、殺されてしまったことを。
さらに1か月後にアリアンヌ皇后はカプリアナ皇女を食事へ呼び寄せた。
大きなお腹をさすりながらカプリアナ皇女のひとつひとつの所作を指摘して恥をかかせた。
「本当に愚図な子ね。恥ずかしくてしかたないわ」
くすくすと周りから笑われてカプリアナ皇女は顔を赤くした。
「そんなだからメイドに愛想つかされるのよ」
アリアンヌ皇后はカプリアナ皇女にメイドのことを話した。
「あの子はあなたのことに嫌気がさしたの。もっと良いところへの就職先が決まって、すぐに宮殿を出て行ったわ」
ありもしないメイドの言葉をひとつひとつカプリアナ皇女に囁く。カプリアナ皇女は何と答えていいのかわからず硬直した。スカートの裾をぎゅと握りしめて、何度も心の中で嘘だと呟いた。
部屋へ戻った後、ベッドの中にくるまり枕を抱きしめた。
それからカプリアナ皇女は孤独な日々を送っていた。
満足に世話を受けられなくなったカプリアナ皇女はそれでも最低限の生活を維持させた。いなくなったメイドに教わったことである。彼女はいつかこうなることを予想してカプリアナ皇女に身の回りのことを教えていたのだ。
残されたカプリアナ皇女にとって残された希望はアンジェロ大公妃であった。
自分と同じ鼠色の髪の貴婦人、宮殿で聞く噂は最悪なものばかりであったがかつてメイドが話していた内容を思い出しカプリアナ皇女は自分を励ました。
きっとルドヴィカ伯母様なら私と同じだから私のことをわかってくれるはず。
そんな期待の中、カプリアナ皇女はルドヴィカが訪れるであろう日に宮を飛び出した。
カプリアナ皇女はがっかりした。
ようやく会えたルドヴィカは自分とは全く違う美しい貴婦人であった。そして祖母に対しても毅然としていた。
この人は違う。私とは違う。
それでも話しているうちに彼女への愛着が芽生えた。
彼女の騎士とのダンスも心がときめいてカプリアナ皇女は会えて良かったと思うようになった。
その後、騒動が起きて、戦争になり、父皇帝の死、帝都の暴徒化であった。
母のアリアンヌ皇后は一目散に逃げだし、弟皇太子は民衆に引きずり出されて行った。
怯えるカプリアナ皇女に対して民衆は一目もくれなかった。
みすぼらしいドレスの彼女はメイドの子だと思われたようだ。
「さぁ、皇女様。こちらです」
どこからともなく現れたメイドがカプリアナ皇女の手を引き宮殿の外へと出してくれた。
だが、その先に待っていたのは安穏な日ではなかった。
メイドはかつてアリアンヌ皇后に酷い目に遭わされて恨みを抱いていた女性であった。
その恨みを晴らす為にカプリアナ皇女を連れ出し、奴隷のように扱いこきつかった。
鼠と呼ばれるようになったカプリアナ皇女はぼろぼろの衣を着せられ、毎日冷たい水で洗濯や洗い物をさせられ、女の機嫌を損なえば鞭を打たれる日々を受けていた。
逃げ出そうにも逃げるという考えが浮かばないカプリアナ皇女はただ女から施される食事を求める他なかった。
宮殿で食べたものも冷めていて固いパンが多いが、女が与えるものは虫が入っていてかびの生えたものだった。
それでもカプリアナ皇女は他に生きる術が見つからず、それを糧にするほかなかった。
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