イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ

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    誰もいなくなった会議室で1人、瀬戸はしばらく椅子に座ったまま棚を眺めていた。見ようとしているわけではなく、視線の先にあるから棚に目を向けているだけだった。そんな無意味な傍観だったが、ふと飾られた写真に焦点が合った。
    事務所のみんなが写った、世に出ていない写真だ。瀬戸が入社して半年くらいの時に開催された創立記念パーティーのもので、ごく自然な表情が収められていた。今まで幾度となく見てきた写真に瀬戸が少し顔を近づけると、笹川にいじられている瀬戸の横に目を細めた新坂がいた。
    みんなが笑って騒ぐ中、新坂だけは瀬戸に眼差しを注いでいた。

「新坂さん……」

    瀬戸は立ち上がって近づき、指先で新坂の輪郭をなぞった。今になってようやくわかるその表情の意味が瀬戸の胸を締めて、気付けば瀬戸は部屋を出ていた。

(新坂さんに会いたい)

    瀬戸はただそれだけを思った。
    新坂を探して休憩室に行くと、段ボールに入れられた備品や小道具を各々見ているスタッフたちはいたが、でも新坂はいなかった。

「新坂さん、どこにいますか」
「さっきここに来て廃棄予定の備品いじってたけど。もう帰っちゃったかな」
「あ、撮影室のほう行ったかも。あそこ新しいセットが置いてあるって話したから──」

    情報を提供してくれた同僚と先輩への礼もそこそこに、瀬戸は撮影室に向かった。羽振りのいい事務所が最近作った撮影スタジオで、幻想的なテントが展開されたそこには、薄明かりがついていた。既に深夜と言って過言ではない時間のため、スタッフなどは誰もいない。
    セットの周囲を巡るように回り込むと、ワンポールテントの入り口に座る新坂がいた。求めた姿を見つけて瀬戸が足早に近づいても、新坂は手に持った白い花を見ていて気付かない。ぷつ、と花びらを引き抜いて静かに眺める彼の足元には、数枚の白い花びらが落ちていた。

「何してるんですか」
「っうわ、びっくりした」

    ほとんど目の前に立って言うと、新坂は目を丸くして瀬戸を見上げた。

「いきなり脅かすなよ」
「新坂さんが気付かなすぎです。そんな集中してたんですか」

    瀬戸が手元の花を指差しながら隣に座ると、

「花と話すにはここがいいと思って」

    新坂は不思議なこと言って、セットとして敷かれた地面を指差す。土のある場所で花を眺めたかった、ということらしい。

「ユキトくんこそ、こんなとこまで来てどしたの。尚也との話は終わった?」
「ああ、はい。それで、俺は新坂さんを探してたんです」
「え、なんで?呼び出し?」
「いえ。俺が会いたかったからです」

    瀬戸が偽りなく答えると、新坂は目を瞬いてから嬉しそうにはにかむ。瀬戸はまた胸が締まるのを感じた。
    はにかんだままの新坂は、くるくると花を指先で回して瀬戸に見せてくる。

「見てこれ、マーガレット。撮影用に用意したけど、折れちゃって使えないらしくて」

    瀬戸はマーガレットをつつく新坂の横顔を眺めた。

「好き、嫌いって花びらでやる花占いあるじゃん。それって本来マーガレットでやるんだって前に尚也が教えてくれてさ」

    そう言う新坂の足元には花びらが散っている。

「それで今やってたんですか」
「えっ」

    言葉に詰まる新坂を見て、花占いをやっていたとしたらその占い相手は自分だと瀬戸は気付いた。なんともデリカシーのない自分が嫌になりながら謝ろうとしたら、

「……やってた」

    瀬戸が謝るより先に新坂は照れを滲ませながら頷いていた。

「今のとこ、結果は『好き』。なんてね」

    自分で言って茶化して、それでもマーガレットを見る新坂は嬉しそうだった。
    瀬戸は胸が締め付けられて、花を持つ新坂の手を引き寄せるように掴んでいた。新坂の身体をテントのフロアに倒して覆い被さると、驚いた新坂の脚が当たって入り口の布が下りる。

「なに、ユキトくん──」
「そりゃ、そうですよ」

    瀬戸は新坂の首元に顔をうずめた。
    優しい香りがして、頭には笹川が言ったお願いが浮かぶ。

「だって嫌いなわけ、ないですから」

    絞り出すように言うと、驚きで強張っていた新坂の身体が緩む。

「……ありがと」

    新坂の手が少しぎこちなく瀬戸の襟足を撫でた。キスしたくなって、でもここは誰が来るともわからない。瀬戸は掴んでいた新坂の手に指を絡めるに留めて、ゆっくり身体を起こした。

「今度のデート、俺の家にしませんか」

    瀬戸は新坂の頬に手を添えて言った。
    新坂は何か考えるように瀬戸を見つめてから、「いいよ」と小さく答えた。
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