無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ

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10話

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 高嶺が優成の肩に腕を回して声を潜める。

 ナニを抜けるか。

 その表現で思い付くのはただひとつだ。しかし、優成は一旦聞き返すことにした。

「は?いやいや。なんですかそれ?」

 半笑いを添えてみたが、高嶺と仁はいたって神妙だ。

「明樹をオカズにしたことないの?」
「ないですよ!?」

 さも意外、という顔で見られ、優成は自分の印象の悪さに胸が痛んだ。

「するわけないでしょ!何言ってんですか!」
「本当に明樹で興奮しないって言いきれるのか?」

 優成の大声と反比例して冷静な声を出す高嶺は、冗談で言ってるわけじゃないと暗に伝えていた。

「あ、当たり前じゃないですか」

 高嶺に対抗して優成も頑張って冷静な声を出す。

「いくら明樹さんの顔が綺麗でも、そういう目で見たことはないですし」
「じゃ、もし明樹で興奮したら、恋心を認めるって約束してくれ」
「いいですよ。受けて立ちますよ。俺はそんな節操のない人間じゃないんで」

 ふん!と効果音が付きそうな動きで顔を背ける優成を見て、高嶺はやれやれと首を振る。

「ま、このくらいの意固地は想定内よ。言質も取れたしそろそろプロジェクト最終段階の時間だな、仁」
「はい。あとは若いふたりで……の時間ですね」
「なんの時間なんですかそれは。というかプロジェクトってなんですか」

 ──ピンポーン。

 高嶺と仁の言葉に不安を感じたとき、部屋のチャイムが鳴った。

「特別ゲストと一緒に自分の気持ち、じっくり考えな」

 笑って立ち上がった仁がドアを開けると、ものすごい美男──つまりは部屋着の明樹がいた。突然の来訪に優成が思わずむせると、明樹は手を振ってくる。

「おーホントに集まってる」
「な、何しに来たんですか!」
「え?いや、仁に呼ばれたんだよ。タダで肉が食えるよって」

 首を痛めそうなスピードで優成が仁を見ると、仁と高嶺が揃ってウィンクを飛ばしてきた。
 すべてが仕組まれている。この人たちは本気なのだ。
 そう悟った優成は、そのやる気に恐怖を感じ唾を飲んだ。

「これワイン?」

 優成が恐怖を感じているうちにテーブルに近づいた明樹は、質問しておいて誰かが答える前に優成のコップに口をつけていた。

「うっわぁ、赤ワインって感じの味」
「赤ワインですからね。無理に飲まなくていいですよ」

 渋さに顔をしかめた明樹からコップを取り上げると、高嶺が仁に目配せするのがわかった。途端に仁が「あ!」と可愛い声をあげる。

「飲みやすい白も用意してたのに持ってくるの忘れてた。俺取ってくるね」
「そういえば、俺も部屋にとっておきのつまみがあるんだったわ。取ってこよ」
「えっじゃ俺も行きま──」
「お前はここにいろ」

 明樹とふたりきりにさせられる空気に抗おうとした優成は、高嶺に指差しで命令された上に仁に肩を押さえ付けられて動きを封じられた。

「ちょ、待って1人にしないで!」

 明樹で抜くか否かの話をした直後に明樹とふたりきりにしようとするなんて、やり方が荒療治すぎる。興奮しないと言いきったはずの優成は、今では完全にひよっていた。

「俺がいるじゃん。優成、俺たちで先に肉食べよ」

 明樹が無邪気にステーキの皿を持ち上げて笑いかける。その言動は部屋を出ていく口実を潰し、優成は弱い笑みと共に頷くしかなかった。

「ちょっとつまみをしまったところ忘れちゃったから、持ってくるの時間かかるかもな~」
「俺も探すの手伝いますよ~」

 白々しい会話を最後に、高嶺と仁はドアの向こうに消えた。
 優成は冷静になるために細く息を吐く。別に明樹とふたりきりだからといって、興奮しないものはしないのだし、変なプロジェクトとやらに踊らされないように対処すればいいだけだ。

「優成」

 呼ばれて振り返ると、明樹がベッドに腰かけている。よりによってベッドに座らないでくれという優成の気持ちを知りもしない明樹は、自分の隣をポンと叩いた。隣に座れということだ。

「肉、食べないんですか」
「食べるけどさ。こっち来て」

 ジェスチャーをスルーした優成に口頭の指示が飛ぶ。やむを得ず立ち上がりベッドに腰かけると、明樹は優成の顔を見つめた。
 見つめられて1秒後には、唇が重なっていた。
 高嶺も仁も知らないことだが、既に優成と明樹は「キスしよう」という言葉もなしにキスするようになっていた。雰囲気で察して唇を重ねる。要素だけで言えばただのカップルと同じ行為だ。

「……もう1回」

 唇を離すと明樹が引き寄せるように優成の首に触れる。
 この定期的なキスは優成の心拍数を早鐘にしていたが、性的に興奮したことがないのは本当だった。唇が触れ合うだけの、少し行きすぎたスキンシップ。そういうことにしていた。

「……肉食べましょうよ」
「もう1回したら食べる」
「別に今しなくてもよくないですか?」

 しかし、ホテルのベッドでキスをするという状況は、今までにない。本能的な焦りを感じて、ベッドから立ち上がろうとした優成の腕を、明樹が引っ張った。

「もう1回だけだっての」
「わ、ちょっと」

 思いの外強い力で引き寄せられ、両手で顔を掴まれたと思ったときにはもう目前に明樹がいた。言い訳をすれば、口を閉じる時間がなかった。
 開いたままの唇が重なって、

「……っ」

 そのまま舌が触れ合った。
 お互いが、初めて口の中に入った。
  
(ダメだ、離れないと)

 頭は正論を主張してくるが、舌先に触れる自分じゃない体温が思考を妨害する。
 どちらかがやめれば済むはずなのに、優成も明樹も離れようとしなかった。出方を伺う触れ合いもすぐに終わり、どこかで経験を積んだ動きで互いの口内を舐めた。
 唾液の交換に思考を奪われた優成が体重をかけると、明樹は抵抗することもなくベッドに沈む。気づけば手が、明樹の服の下に入り込み筋肉の形がわかる腹を撫でていて、優成の指先に反応した腹が浅く跳ねた。
 瞬間、身に覚えのある強い欲が優成の身体を走った。

『興奮したら明樹への恋心を認める』

 突如先ほどの口約束が頭を駆け巡り、優成は弾かれたように身を起こした。

(俺は、何をしてるんだ)

 明樹の腹から手を引き抜いて、優成は下に寝る明樹を見下ろした。
 美しい両眼が優成を射抜く。明樹は優成を見たまま、濡れた唇をゆっくり舐めた。

「っあ、ぁあー!もう!!」
「な、なに」
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