12 / 25
12話
しおりを挟む
洒落たスタジオに、英会話が交錯する。
ネイティブと同じスピードで応答する翔真というのは見慣れた光景であるが、改めてその実力に明樹は感心していた。
(勉強しても用意したことしか喋れないんだよなぁ)
海外でORCAの曲が時間差でバズり、最近こうして海外から仕事が来ることが増えている。日本人気しか意識していなかった弱小事務所は、天に恵まれたこのチャンスにしがみついた。どうにか海外人気を獲得しようと躍起になり、大卒秀才の翔真以外のメンバーも英語を話せるようになれと焚きつけているが、残念ながらあまり効果は出ていない。
明樹が記憶してきたコメント用の英文を頭の中で復唱していると、ふと視線を感じた。感じたまま隣を見れば、パチッと音がしそうなくらい優成と目が合って、すぐに顔をそらされる。気まずそうな横顔に明樹もなんだか気まずくなって、目線を落とした。
(最近ずっとこうだな)
優成との間に何となく距離ができていて、気まずい。
原因はひとつ、明樹の頭に浮かんでいた。数週間前に宿泊先のホテルで優成とキスをした件だ。キスとはいえ、明樹にとってそれはじゃれあいや戯れの延長にあって、スキンシップに分類されるものだったのだが、ホテルのベッドの上でその関係が瓦解した。ただのキスだったものが、舌の舐め合いに変貌するという事故が起きたのだ。
あの夜の異様な空気は、いまだに鮮明に甦ってくる。
舌のざらつきと腹に触れる指先。
生々しい感覚が反芻してきて、明樹は咳払いをした。
「Mr.Aki」
唐突に名前を呼ばれる。咳払いで標的にされたようで、明樹は床を見るのをやめて青い目の司会者に薄い笑顔を向けた。英語は日本語より簡単だとよく言うが、母国語を難しいと感じたことがないので比較などできない。
「What do you want to do on your next holiday?」
「あー……」
「次の休みにしたいこと」
通訳より先に翔真が明樹に囁く。
(したいこと、したいこと……)
悩む最中に司会者と目が合い、急かすように眉を上げられた明樹は、咄嗟に視線をメンバーにスライドさせる。ここで再び優成と目が合った。そして再びそらされる。あからさまな態度に明樹はちょっと神経を逆撫でられて、気づけば優成の肩に手を置いていた。
「休みがあったら、優成と一緒に料理をしたいです」
「えっ?」
真顔で言うと、優成は振り返って目を見張った。仕返しのつもりで明樹は見返してやらなかった。
「おーいいね~!やるでしょ優成」
「いや、あの」
「ふたりが作った料理の写真をSNSにアップしたら」
優成の戸惑いは冬弥と翔真が明樹の援護射撃をしたことによって消され、通訳を経た司会者が拍手をして盛り上げたことで、既成事実が完成した。
「僕と優成の料理を楽しみにしててくださいね、皆さん」
明樹は優成の肩を抱き寄せて、言ったもん勝ちの笑みをカメラに向ける。優成もプロなのですぐにいつもの可愛らしい笑顔を浮かべたが、明樹の腕の中の身体は強張っていた。
ネイティブと同じスピードで応答する翔真というのは見慣れた光景であるが、改めてその実力に明樹は感心していた。
(勉強しても用意したことしか喋れないんだよなぁ)
海外でORCAの曲が時間差でバズり、最近こうして海外から仕事が来ることが増えている。日本人気しか意識していなかった弱小事務所は、天に恵まれたこのチャンスにしがみついた。どうにか海外人気を獲得しようと躍起になり、大卒秀才の翔真以外のメンバーも英語を話せるようになれと焚きつけているが、残念ながらあまり効果は出ていない。
明樹が記憶してきたコメント用の英文を頭の中で復唱していると、ふと視線を感じた。感じたまま隣を見れば、パチッと音がしそうなくらい優成と目が合って、すぐに顔をそらされる。気まずそうな横顔に明樹もなんだか気まずくなって、目線を落とした。
(最近ずっとこうだな)
優成との間に何となく距離ができていて、気まずい。
原因はひとつ、明樹の頭に浮かんでいた。数週間前に宿泊先のホテルで優成とキスをした件だ。キスとはいえ、明樹にとってそれはじゃれあいや戯れの延長にあって、スキンシップに分類されるものだったのだが、ホテルのベッドの上でその関係が瓦解した。ただのキスだったものが、舌の舐め合いに変貌するという事故が起きたのだ。
あの夜の異様な空気は、いまだに鮮明に甦ってくる。
舌のざらつきと腹に触れる指先。
生々しい感覚が反芻してきて、明樹は咳払いをした。
「Mr.Aki」
唐突に名前を呼ばれる。咳払いで標的にされたようで、明樹は床を見るのをやめて青い目の司会者に薄い笑顔を向けた。英語は日本語より簡単だとよく言うが、母国語を難しいと感じたことがないので比較などできない。
「What do you want to do on your next holiday?」
「あー……」
「次の休みにしたいこと」
通訳より先に翔真が明樹に囁く。
(したいこと、したいこと……)
悩む最中に司会者と目が合い、急かすように眉を上げられた明樹は、咄嗟に視線をメンバーにスライドさせる。ここで再び優成と目が合った。そして再びそらされる。あからさまな態度に明樹はちょっと神経を逆撫でられて、気づけば優成の肩に手を置いていた。
「休みがあったら、優成と一緒に料理をしたいです」
「えっ?」
真顔で言うと、優成は振り返って目を見張った。仕返しのつもりで明樹は見返してやらなかった。
「おーいいね~!やるでしょ優成」
「いや、あの」
「ふたりが作った料理の写真をSNSにアップしたら」
優成の戸惑いは冬弥と翔真が明樹の援護射撃をしたことによって消され、通訳を経た司会者が拍手をして盛り上げたことで、既成事実が完成した。
「僕と優成の料理を楽しみにしててくださいね、皆さん」
明樹は優成の肩を抱き寄せて、言ったもん勝ちの笑みをカメラに向ける。優成もプロなのですぐにいつもの可愛らしい笑顔を浮かべたが、明樹の腕の中の身体は強張っていた。
29
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています
大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。
冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。
※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛
虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」
高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。
友だちゼロのすみっこぼっちだ。
どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。
そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。
「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」
「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」
「俺、頑張りました! 褒めてください!」
笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。
最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。
「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。
――椿は、太陽みたいなやつだ。
お日さま後輩×すみっこぼっち先輩
褒め合いながら、恋をしていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる