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「あの、長瀬さんですか」
声をかけられて、天は教本をしまう手を止めた。
天は都内有数のマンモス大学で経済の講義──楽だという噂に騙されて受講したが全く楽ではなかった──を受け終わり、遅い昼飯を食べに学食にでも行こうかなと思ったところだった。
「あー、はい。そうですけど」
答えながら横に立つ青年を見つめる。
癖のない黒髪と存在感のある瞳。服装はシンプル、 言わばユニクロのような格好だが、パッと見でユニクロの丈を詰めずに済む人生なのがわかるスタイルをしていた。
俗的な言葉で簡単に表現すれば、青年はとてもイケメンだった。
そして、彼は天の知り合いではないはずだが、何故かなんとなく既視感があった。
「やっぱり!俺、1年の築城晴馬です。はじめまして」
「あ、1年生なんだ。俺は3年の長瀬天。よろしく」
青年──晴馬の挨拶に流されて、天も自己紹介をした。
天の顔を見てニコニコしている晴馬は、女子学生が今すぐ黄色い声を上げそうな風体だ。しかし天は女子学生ではないので、同学年でもないのに突然声をかけてきた晴馬への訝しさが勝っていた。
「それで、俺に何か用?」
「あ、いや。特に用があるわけでは、ないんですけど……」
用もないのに声をかけたと分かると、天は隠していた訝しさをしっかり顔に出してしまった。その表情を見た晴馬は、落ち着きなく手を動かし始める。
「えっと……えーと、そうだお茶!この後時間あったら、お茶でもどうですか」
目を泳がせていたかと思えば急に前のめりな提案をしてきて、
「何でもおごります」
と、晴馬は握り締めた拳を見せつけてくる。
天は目の前の拳を訝しげな顔のまま見つめた。
「いやあの、俺ほんとに変なこととか、悪いこと考えてるとかじゃないですよ……!ただ、長瀬さんとお話ししてみたいな~って、それだけで……!」
沈黙する天に焦ったのか、晴馬は拳を作ってない方の手を振り回して説得を試みてくる。
その様は必死なナンパのようで、天は意味のわからない面白さに吹き出してしまった。「なんで笑うんですか」と動揺する晴馬を見てさらに笑ってから、天は握った拳を下ろさせる。
「わかった、いいよ。ただお茶じゃなくてさ、ふつーにご飯食べていい?腹減ってて」
「あっはい、もちろんです……!」
「じゃ学食行こうか」
晴馬は安堵の顔で細かく頷いている。鞄を肩にかけて天が歩き出すと、晴馬は斜め後ろにくっつくようについてきた。
昼過ぎでピークは過ぎている時間帯だったので、学食は全体的に空いていた。空いてはいたが、女子学生たちの視線が刺さる。天はいつものことだと思ったが、いつもより視線が多い気がした。
天が頼んだかき揚げ蕎麦と、晴馬が頼んだグラタン&ピザセットがテーブルに並ぶ。
お茶を提案した晴馬の方があからさまにがっつり食事をしようとしていて、天はまた笑いそうになった。ちなみに晴馬は本当に蕎麦を奢ろうとしてきたが、天には年上の自覚があるのでちゃんと断った。
いざ食事が始まると会話は減り、減る度に晴馬が「学食よく来るんですか」とか「明日雨らしいです」とか言って間を埋めようとした。
何度目かの間が生まれかけた時、
「いきなり話しかけられて、不審に思ってますよね」
晴馬はそう言って天の顔を見た。
本題に入るのかと思って、天は器に箸を置いた。
「不審っていうか、まぁ不審には思ってたけど。今はなんでだろって感じかな」
晴馬が悪意のある人間ではなく、見たまんまの良いやつなんだろうということは、既に天にも分かり始めていた。
「さっき、はじめましてとは言ったんですが、実は長瀬さんのこと一方的に知ってたんです」
「え、そうなの」
「スタバでバイトしてましたよね、中野駅のとこの」
「あ~、してた。1年だけだったけど」
「俺、高校の時そのスタバでよく勉強してたんです。あの店員さんすごいカッコいいなってずっと思ってて。そしたらミスターコンに出てるのを見つけて、長瀬さんっていうんだって名前を知りまして」
天は1年の時にミスターコンに他薦され、その影響力もよくわからずノリで出場し、結果圧倒的大差で優勝してしまったことがあった。その後『〇〇大のミスターが中野のスタバでバイトしてる!』とSNSで拡散されて、野次馬の客と芸能事務所のスカウトが来るようになり、色々と面倒になって辞めたことが思い返される。
「同じ大学に入学したけど会えるとは思ってなくて、講義中に見つけた瞬間『あ!長瀬さんだ!』ってテンション上がって声かけちゃいました」
晴馬は憧れを隠さない表情で、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。ここまで分かりやすく同性から憧れを出されたのが初めてで、天はちょっと照れてしまった。
「突然で、驚かせてしまってすみません」
「いや、全然。なんかありがとね、誉めてくれて」
天がはにかむと、晴馬は空になっていたグラタン皿を横に捌けさせて居住まいを正す。
「それでその、長瀬さんが良ければなんですが……俺と仲良くしてもらうことって可能でしょうか?」
晴馬は最終面接の就活生のような面持ちだった。うって変わった真剣なテンションに、つい天も居住まいを正した。
「えーと、俺はいいけど、友達と居づらくない?」
関わりのない3年が一緒にいるだけでそれなりの威圧感だろう。それに天はその辺の3年より、なんなら3年の中で1番浮いている自覚があった。
「全然!全然大丈夫です!俺、人見知りだからあんまり友達多くないし」
それは高らかに宣言すべきことなのかわからなかったが、天はそんな晴馬のことが面白くて肩を震わせた。
「人見知りなんだ。俺にはいきなり話しかけられるのに」
「長瀬さんとは絶対話したかったんで、勇気振り絞ったんですよ。だから今、ほんと嬉しいです」
目尻を下げる晴馬を見て、天は大学で初めて仲良くできるやつと出会えたかもしれないと感じた時。
「わ!あれ長瀬さんだよね?初めて生で見た、かっこいい~!」
女子学生の声が聞こえた。いつものことなので天の耳はスルーしようとしたが、次の会話で耳が引っ掛かった。
「一緒にいるの築城くんじゃん!仲いいのかな、すご」
「築城くんって誰?イケメンだけど」
「うっそ、アンタ知らないの?今年のミスターコン1位だよ」
「えっそうなの!?」
「え、何がですか」
思わぬ事実に天が声を出すと、女子学生の話を盗み聞いていなかった晴馬はきょとんとした。
「いや、えっと、ミスターコン優勝した?」
「あ、はい。断ろうと思ったんですけど、実行委員の友達に押し負けてしまって……」
照れて笑う顔に既視感が蘇る。
つい先日まで、大学中にこの笑顔のポスターが貼られていたことを天は思い出した。
「でも長瀬さんには全然かないませんよ!全然!」
「あ~、うん……そっか……」
ついさきほど大学で初めて仲良くできそうなやつと出会えたかもと思ったが、その正体が目立ちまくる出来立てほやほやのミスターコン1位だとわかり、天は大学生活から安寧が消えるのを感じた。
声をかけられて、天は教本をしまう手を止めた。
天は都内有数のマンモス大学で経済の講義──楽だという噂に騙されて受講したが全く楽ではなかった──を受け終わり、遅い昼飯を食べに学食にでも行こうかなと思ったところだった。
「あー、はい。そうですけど」
答えながら横に立つ青年を見つめる。
癖のない黒髪と存在感のある瞳。服装はシンプル、 言わばユニクロのような格好だが、パッと見でユニクロの丈を詰めずに済む人生なのがわかるスタイルをしていた。
俗的な言葉で簡単に表現すれば、青年はとてもイケメンだった。
そして、彼は天の知り合いではないはずだが、何故かなんとなく既視感があった。
「やっぱり!俺、1年の築城晴馬です。はじめまして」
「あ、1年生なんだ。俺は3年の長瀬天。よろしく」
青年──晴馬の挨拶に流されて、天も自己紹介をした。
天の顔を見てニコニコしている晴馬は、女子学生が今すぐ黄色い声を上げそうな風体だ。しかし天は女子学生ではないので、同学年でもないのに突然声をかけてきた晴馬への訝しさが勝っていた。
「それで、俺に何か用?」
「あ、いや。特に用があるわけでは、ないんですけど……」
用もないのに声をかけたと分かると、天は隠していた訝しさをしっかり顔に出してしまった。その表情を見た晴馬は、落ち着きなく手を動かし始める。
「えっと……えーと、そうだお茶!この後時間あったら、お茶でもどうですか」
目を泳がせていたかと思えば急に前のめりな提案をしてきて、
「何でもおごります」
と、晴馬は握り締めた拳を見せつけてくる。
天は目の前の拳を訝しげな顔のまま見つめた。
「いやあの、俺ほんとに変なこととか、悪いこと考えてるとかじゃないですよ……!ただ、長瀬さんとお話ししてみたいな~って、それだけで……!」
沈黙する天に焦ったのか、晴馬は拳を作ってない方の手を振り回して説得を試みてくる。
その様は必死なナンパのようで、天は意味のわからない面白さに吹き出してしまった。「なんで笑うんですか」と動揺する晴馬を見てさらに笑ってから、天は握った拳を下ろさせる。
「わかった、いいよ。ただお茶じゃなくてさ、ふつーにご飯食べていい?腹減ってて」
「あっはい、もちろんです……!」
「じゃ学食行こうか」
晴馬は安堵の顔で細かく頷いている。鞄を肩にかけて天が歩き出すと、晴馬は斜め後ろにくっつくようについてきた。
昼過ぎでピークは過ぎている時間帯だったので、学食は全体的に空いていた。空いてはいたが、女子学生たちの視線が刺さる。天はいつものことだと思ったが、いつもより視線が多い気がした。
天が頼んだかき揚げ蕎麦と、晴馬が頼んだグラタン&ピザセットがテーブルに並ぶ。
お茶を提案した晴馬の方があからさまにがっつり食事をしようとしていて、天はまた笑いそうになった。ちなみに晴馬は本当に蕎麦を奢ろうとしてきたが、天には年上の自覚があるのでちゃんと断った。
いざ食事が始まると会話は減り、減る度に晴馬が「学食よく来るんですか」とか「明日雨らしいです」とか言って間を埋めようとした。
何度目かの間が生まれかけた時、
「いきなり話しかけられて、不審に思ってますよね」
晴馬はそう言って天の顔を見た。
本題に入るのかと思って、天は器に箸を置いた。
「不審っていうか、まぁ不審には思ってたけど。今はなんでだろって感じかな」
晴馬が悪意のある人間ではなく、見たまんまの良いやつなんだろうということは、既に天にも分かり始めていた。
「さっき、はじめましてとは言ったんですが、実は長瀬さんのこと一方的に知ってたんです」
「え、そうなの」
「スタバでバイトしてましたよね、中野駅のとこの」
「あ~、してた。1年だけだったけど」
「俺、高校の時そのスタバでよく勉強してたんです。あの店員さんすごいカッコいいなってずっと思ってて。そしたらミスターコンに出てるのを見つけて、長瀬さんっていうんだって名前を知りまして」
天は1年の時にミスターコンに他薦され、その影響力もよくわからずノリで出場し、結果圧倒的大差で優勝してしまったことがあった。その後『〇〇大のミスターが中野のスタバでバイトしてる!』とSNSで拡散されて、野次馬の客と芸能事務所のスカウトが来るようになり、色々と面倒になって辞めたことが思い返される。
「同じ大学に入学したけど会えるとは思ってなくて、講義中に見つけた瞬間『あ!長瀬さんだ!』ってテンション上がって声かけちゃいました」
晴馬は憧れを隠さない表情で、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。ここまで分かりやすく同性から憧れを出されたのが初めてで、天はちょっと照れてしまった。
「突然で、驚かせてしまってすみません」
「いや、全然。なんかありがとね、誉めてくれて」
天がはにかむと、晴馬は空になっていたグラタン皿を横に捌けさせて居住まいを正す。
「それでその、長瀬さんが良ければなんですが……俺と仲良くしてもらうことって可能でしょうか?」
晴馬は最終面接の就活生のような面持ちだった。うって変わった真剣なテンションに、つい天も居住まいを正した。
「えーと、俺はいいけど、友達と居づらくない?」
関わりのない3年が一緒にいるだけでそれなりの威圧感だろう。それに天はその辺の3年より、なんなら3年の中で1番浮いている自覚があった。
「全然!全然大丈夫です!俺、人見知りだからあんまり友達多くないし」
それは高らかに宣言すべきことなのかわからなかったが、天はそんな晴馬のことが面白くて肩を震わせた。
「人見知りなんだ。俺にはいきなり話しかけられるのに」
「長瀬さんとは絶対話したかったんで、勇気振り絞ったんですよ。だから今、ほんと嬉しいです」
目尻を下げる晴馬を見て、天は大学で初めて仲良くできるやつと出会えたかもしれないと感じた時。
「わ!あれ長瀬さんだよね?初めて生で見た、かっこいい~!」
女子学生の声が聞こえた。いつものことなので天の耳はスルーしようとしたが、次の会話で耳が引っ掛かった。
「一緒にいるの築城くんじゃん!仲いいのかな、すご」
「築城くんって誰?イケメンだけど」
「うっそ、アンタ知らないの?今年のミスターコン1位だよ」
「えっそうなの!?」
「え、何がですか」
思わぬ事実に天が声を出すと、女子学生の話を盗み聞いていなかった晴馬はきょとんとした。
「いや、えっと、ミスターコン優勝した?」
「あ、はい。断ろうと思ったんですけど、実行委員の友達に押し負けてしまって……」
照れて笑う顔に既視感が蘇る。
つい先日まで、大学中にこの笑顔のポスターが貼られていたことを天は思い出した。
「でも長瀬さんには全然かないませんよ!全然!」
「あ~、うん……そっか……」
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