隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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気持ち

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    診療の後、ファッション雑誌のインタビューをこなして、俺は港区にあるメインの自宅に帰ってきていた。
    誰もいないガランとした1LDKに無言で入り、被っていた帽子をソファに投げてマスクを外す。

「はぁ……」

    出るのはため息だけだ。
    雑誌のインタビューは楽だけど、自分の虚像感を強く感じてしまうので苦手だった。

    『好きな女性のファッションは?』
    『初恋はいつ?』
    『学生時代はモテた?』

    何回聞いたら気が済むんだという内容に、好感度を下げないように答えなければならない。好きな女性のファッションなどなくとも「好きな服を着てもらえたら。あ、でも個人的にはカジュアルな格好が結構好きですね」とか笑顔で言わなければならない。『杉崎久遠』というキャラを演じる延長線にあるだけですべて虚像だ。

「はぁー……」

    2度目のため息を吐きながらクリニックで処方された薬の紙袋を雑に棚にしまう。出されている薬は睡眠薬だけではないけど、睡眠薬以外は何のために出されている薬なのかわからない。
    何年飲んでても良くならないし飲まなくても同じなんじゃないのかと、処方箋を冷めた気持ちで眺めて何となくテレビを付ける。

『今夜のゲストは、人気急上昇中のイケメン俳優!杉崎久遠さんです!』

    うわぁ。
    黄色い歓声と笑顔で会釈しながら現れる自分がテレビ画面いっぱいに映し出されて、一瞬でテレビの電源を切った。

「あー……萎える……」

    自分のことが嫌いだから、自分の映像を見ていられない。渋谷でスカウトされた高2の夏に戻って、芸能人にはなりませんって言いたい。

    ──ピロン。

    LINEの通知音。

『お疲れ様です。今日バラシになった食事会について調整したのでご確認ください』

    マネージャーからだった。
    今日はテレビ局の偉いさんと食事会の予定だったけど、番組の不祥事が発覚したとかでお開きになっていた。おそらくヤラセか社員アナウンサーの不倫だ。芸能界あるあるなので驚きはしないが、マネージャーは食事会のバラシを悔やんで、また別日で食事会を設定したがっていた。
    俺はバラシのままでいいけど、と思いながら『日程問題ないです』と返す。
    こんなことなら一太くんち泊まることにしとけばよかった。食事会という名の飲み会は深夜解散が必然なので、今日は一太くんの家に泊まらない日にしていたのだ。

「もう寝るか……薬飲も」

    そう独り言を言いながら、俺の指は勝手に一太くんのLINEを開いていた。いつもの癖だ。俺はやり取りが終わっている一太くんとのLINEをことあるごとに見返す癖があった。気持ち悪い自覚はある。
    岐阜にある実家で飼っているという犬の写真を一太くんが送ってきて盛り上がったのが最後のやり取りだった。犬はもちろん可愛いけど、犬を誉められて嬉しそうにしている一太くんも可愛い。

「って、ウソっ……」

    ニヤニヤしながらLINEを見ていたら、一太くんが写真を送ってきて思わず声が出た。用もなくLINE見てたのがバレて恥ずかしい。いやでも一太くんからLINEが来たことの嬉しさが勝つけど。
    写真は綺麗に並べられたハムだ。

『ハム、作ってみたんで見てください』

    ハムって手作りできるんだ、すごいな。
    一太くんは料理好きというわけじゃないのに、時間があると謎に手間のかかるものを作ることがある。前は半日かけて角煮を作っていた。

『久遠さんは今日フグ食べてるんでしたっけ🐡羨ましいので当てつけです』

「えー……なにそれかわ……」

    思わず口を押さえて呟く。こういう『用はないけど送られてくるLINE』が、仲良しの証っぽくてめちゃくちゃ嬉しかった。こんなやり取りできる相手が今までろくにいなかったので、いちいち全てにニヤついてしまう。

『ハムまで作れる一太くんすごすぎて笑う。実は食事会なしになってまだ夕飯食べてないんだ。美味しそうでいいな~』

    送信してからかまちょみたいな文でキモいなと反省し、『これから出前でも取る』と嘘をつけたそうとしていると先に返信が来てしまった。

『あっそうなんですか?正直作りすぎたんで食べたかったらあげます』
『え、ホントに?いつ行っていい?』

    つい即レスしてしまって、ウザさに自己嫌悪を感じる。
    しかしすぐに『今でも明日でもいつでもいいですよ』と当たり前のように返ってきて、俺はその優しさに頬がだるだるに緩むのを感じた。

『そしたらマジで今から行くよ?暇かよって引かないでね……』
『引かないですよ笑じゃ待ってます』

    手を振ってる犬のスタンプが返ってきて俺もスタンプを返す。
    スマホをテーブルの端に置き、俺はソファに置いてあるろくに使ったこともないクッションを掴んで顔を埋めた。

「……ッあ~、好き……」

    クッションを抱き締めてひとり絞り出すように呟く。
    俺は一太くんが好きだった。
    とっくの昔に友情なんて越えていた。
    荒ぶる恋心を抑えるために、俺は少しの間クッションを抱き締め続けた。
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