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大切なモノ
59話 大切なモノ
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「……」
「目が覚めたかな」
「…喜代春」
床一面に積もる桜の花びらの上で薄雪は目を覚ました。部屋には視界が霞むほどのお香の煙が立ち込めている。喜代春の術結界の中にいるとすぐに分かった。
隣には花雫も横たえられていた。未だ顔は青白く、目を覚ましそうにない。だが、瞼の上に刻まれていた痣は消えていた。薄雪は安堵のため息をつき、花雫に向けて手を伸ばした。彼の体も清められ元通りになっている。
「あれほどひどい有様だった私を治してくれたんだね」
喜代春は返事をせず、冷たい目で彼を見下ろした。アチラ側で愛用している術具である煙管を吸い、煙をゆっくりと吐いた。それから蓮華と蕣に合図をした。
二人は頷き、状況を説明する。
「まず綾目」
「ココにいる」
「コチラ側に連れて来ては…」
「問題ない」
「穢れを落として美しいまま」
「ただ、光を失った」
「目が見えない」
「そうか…綾目、おいで」
蕣に手を引かれた綾目が薄雪の手を握る。盲いた目を見せたくないのか、顔を上げようとしない。綾目は、伏し目がちに涙を流しながら薄雪の手を頬に添えた。
「薄雪さま…ごめんなさい…。何も役に立てなかった…」
「君が無事ならそれでいい」
「僕が…コチラ側に来てしまったせいで…薄雪さまがこんな目に遭ってしまった…」
「私は花雫やウメと出会えてよかったと思っているよ。だから綾目には感謝をしてる」
「そんなこと…っ、言わないで…」
「それよりも君が心配だ。暗闇の中で生きねばならないのは辛いだろう」
「いいえ。僕はあなたの眷属です。自分の瞳にはなにも映りませんが、あなたを通して見えています…」
「そうか。よかった」
薄雪が綾目を抱きしめると、綾目は嗚咽をもらして彼の胸に顔をうずめた。
綾目をあやしながら、薄雪は蓮華と蕣を見た。目が合った彼女たちが話を続ける。
「ヌシサマが無理矢理綾目をアチラ側に送ったから」
「縁を無理に切ったから」
「扉を無理に開いたから」
「花と世が怒った」
「アチラ側とコチラ側を繋ぐ扉が開かなくなった」
「アルジサマでも扉を開き直すのに時間がかかって」
「助けに行くのが遅くなった」
「ヌシサマ危なかった」
「半分消えてた」
二人の話に耳を傾けていた薄雪は、小さく頷き自嘲的に笑う。
「私も今度こそ死んだかと思いました」
「穢れ切ったヌシサマを清め」
「少年と少女の髪束を混ぜた」
「アルジサマと私たちと綾目の血肉を食わせた」
「あの子たちの髪には特別な力がある」
「ヌシサマの命を繋げてくれた」
「そうか…またあの子たちは私を救ってくれたんだね」
薄雪は袖から巾着を取り出した。その中に入っていた髪は失くなり、骨だけが残っていた。
蓮華と蕣は淡々と話を続ける。
「妖力はアルジサマのモノを与えた」
「今もヌシサマは危ない状態」
「アルジサマの結界から出たら死んでしまう」
「ましてやココはコチラ側」
「穢れに満ちた場所」
「だから一歩も出ちゃだめ」
「分かっているよ。……」
薄雪はちらりと自分の腕を見た。穢れがあとかたもなく清められている。
それなのに残されている、花の痕。
彼はクスっと笑い、喜代春に視線を移した。
「喜代春。ありがとう」
「なにがだい」
「花の痕を、残したままにしてくれている」
喜代春は依然不機嫌なままだったが、困ったように頬を掻き、ボソボソと応える。
「…死ぬ間際まで大切に守っていたモノを消すほどひどいやつじゃないよ、私は」
「ありがとう」
「それよりも…怒らないのかい?」
「どうして私が怒るんだい」
「無理に生を繋いだから」
「怒らないよ。生きると約束したからね」
「……」
喜代春はホッと息を吐いた。そこではじめて薄雪と目を合わす。
「あのようなあかやしにさえ情を移すとは」
「…彼女はヒトだったのです」
「ヒト"だった"モノにまで情を移すんじゃないと言っているんだ」
「いいえ。彼女こそ癒すべきモノです」
「だから君のことを閉じ込めたくなるんだよ。分かるかな」
「あいた」
喜代春が煙管でこつんと薄雪の頭を叩いた。それに乗じて蓮華と蕣も彼の頭をはたく。彼女たちも怒っているようだ。
「ヌシサマにとってヒトが大事」
「それは仕方のないこと」
「でも私たちのことも大事にして」
「ヌシサマいなくなったら蕣が消える」
「わたし消えたくない」
「綾目も消える」
「綾目消えたらつまらない」
「ヌシサマのせいで朝霧も」
「とっても静か」
「落ち着かない」
「…そうだ。朝霧は無事かな。かなり無理させてしまった」
「やっと思い出したのかい。君と花雫の命を救った一番の功労者を」
喜代春が朝霧を取り出した。鞘から抜いたそれは、未だ刀身にたっぷり穢れが沁み込んでいる。いつもはうるさく騒ぎ立てるソレも沈黙していた。
「朝霧…」
薄雪が悲し気に呟くと、喜代春は優しく朝霧を撫でた。
「生きてはいる。だが…あれほどの穢れを吸収し、浄化し、君に夢見をさせ、毒のような命を吸い取らせた。無茶させたね」
「ああ…。悪いと思っている」
「コレはしばらく大木古桜の元で清めないといけない。穢れを祓うのに100年はかかるだろう」
「そうですか…」
「それほどの無茶を受け入れたのは、朝霧も君を助けたかったからだ」
「…はい」
薄雪は小さく頷き、肩を落とした。
それを見て、喜代春がため息をつく。朝霧を薄雪に向かって軽く揺らしながら、低くなだらかな声で言い聞かせる。
「ヒトも大事だろうがね薄雪。君にとってのカゾクも大事にしなさい。君のことを一番大切に想っているのは、なにも私だけじゃないんだよ」
「……」
「ヌシサマいなくならないで」
「もっと大切にして」
「ヌシサマ傷つくの見るの辛い」
「つらい」
「薄雪さま…」
薄雪は小さな眷属たちの頭を優しく撫でた。三人ともしくしく泣いている。
「喜代春」
「?」
薄雪がちっちっち、と指を揺らした。手招きされていると思った喜代春が彼の顔に頭を近づける。薄雪はそっと喜代春の頭に手を添え、彼の頭も撫でた。
「…なにをしているんだい。私は子どもじゃないよ」
「私にとっては子どもと同じです」
「まったく。その子どもに何度命を助けられていると思うんだい」
「本当に、頼りになる子ですね」
「……」
「朝霧を貸してください」
「いいのかい。まだ穢れているよ」
「かまいません」
差し出された朝霧を受け取り、薄雪はそれも撫でた。
「朝霧。ありがとう。今はゆっくりとお眠りなさい。そしてまた元気になったときは、私の腰元に戻ってきておくれ。そしてもう二度と離さない。たとえ君が、私の元を離れたいと言っても」
朝霧は返事をしなかった。その代わりに黒ずんだ花びらを一枚舞わせた。花びらから雫が一粒落ちる。薄雪はその雫を手のひらで受け止め、唇を添えた。
「目が覚めたかな」
「…喜代春」
床一面に積もる桜の花びらの上で薄雪は目を覚ました。部屋には視界が霞むほどのお香の煙が立ち込めている。喜代春の術結界の中にいるとすぐに分かった。
隣には花雫も横たえられていた。未だ顔は青白く、目を覚ましそうにない。だが、瞼の上に刻まれていた痣は消えていた。薄雪は安堵のため息をつき、花雫に向けて手を伸ばした。彼の体も清められ元通りになっている。
「あれほどひどい有様だった私を治してくれたんだね」
喜代春は返事をせず、冷たい目で彼を見下ろした。アチラ側で愛用している術具である煙管を吸い、煙をゆっくりと吐いた。それから蓮華と蕣に合図をした。
二人は頷き、状況を説明する。
「まず綾目」
「ココにいる」
「コチラ側に連れて来ては…」
「問題ない」
「穢れを落として美しいまま」
「ただ、光を失った」
「目が見えない」
「そうか…綾目、おいで」
蕣に手を引かれた綾目が薄雪の手を握る。盲いた目を見せたくないのか、顔を上げようとしない。綾目は、伏し目がちに涙を流しながら薄雪の手を頬に添えた。
「薄雪さま…ごめんなさい…。何も役に立てなかった…」
「君が無事ならそれでいい」
「僕が…コチラ側に来てしまったせいで…薄雪さまがこんな目に遭ってしまった…」
「私は花雫やウメと出会えてよかったと思っているよ。だから綾目には感謝をしてる」
「そんなこと…っ、言わないで…」
「それよりも君が心配だ。暗闇の中で生きねばならないのは辛いだろう」
「いいえ。僕はあなたの眷属です。自分の瞳にはなにも映りませんが、あなたを通して見えています…」
「そうか。よかった」
薄雪が綾目を抱きしめると、綾目は嗚咽をもらして彼の胸に顔をうずめた。
綾目をあやしながら、薄雪は蓮華と蕣を見た。目が合った彼女たちが話を続ける。
「ヌシサマが無理矢理綾目をアチラ側に送ったから」
「縁を無理に切ったから」
「扉を無理に開いたから」
「花と世が怒った」
「アチラ側とコチラ側を繋ぐ扉が開かなくなった」
「アルジサマでも扉を開き直すのに時間がかかって」
「助けに行くのが遅くなった」
「ヌシサマ危なかった」
「半分消えてた」
二人の話に耳を傾けていた薄雪は、小さく頷き自嘲的に笑う。
「私も今度こそ死んだかと思いました」
「穢れ切ったヌシサマを清め」
「少年と少女の髪束を混ぜた」
「アルジサマと私たちと綾目の血肉を食わせた」
「あの子たちの髪には特別な力がある」
「ヌシサマの命を繋げてくれた」
「そうか…またあの子たちは私を救ってくれたんだね」
薄雪は袖から巾着を取り出した。その中に入っていた髪は失くなり、骨だけが残っていた。
蓮華と蕣は淡々と話を続ける。
「妖力はアルジサマのモノを与えた」
「今もヌシサマは危ない状態」
「アルジサマの結界から出たら死んでしまう」
「ましてやココはコチラ側」
「穢れに満ちた場所」
「だから一歩も出ちゃだめ」
「分かっているよ。……」
薄雪はちらりと自分の腕を見た。穢れがあとかたもなく清められている。
それなのに残されている、花の痕。
彼はクスっと笑い、喜代春に視線を移した。
「喜代春。ありがとう」
「なにがだい」
「花の痕を、残したままにしてくれている」
喜代春は依然不機嫌なままだったが、困ったように頬を掻き、ボソボソと応える。
「…死ぬ間際まで大切に守っていたモノを消すほどひどいやつじゃないよ、私は」
「ありがとう」
「それよりも…怒らないのかい?」
「どうして私が怒るんだい」
「無理に生を繋いだから」
「怒らないよ。生きると約束したからね」
「……」
喜代春はホッと息を吐いた。そこではじめて薄雪と目を合わす。
「あのようなあかやしにさえ情を移すとは」
「…彼女はヒトだったのです」
「ヒト"だった"モノにまで情を移すんじゃないと言っているんだ」
「いいえ。彼女こそ癒すべきモノです」
「だから君のことを閉じ込めたくなるんだよ。分かるかな」
「あいた」
喜代春が煙管でこつんと薄雪の頭を叩いた。それに乗じて蓮華と蕣も彼の頭をはたく。彼女たちも怒っているようだ。
「ヌシサマにとってヒトが大事」
「それは仕方のないこと」
「でも私たちのことも大事にして」
「ヌシサマいなくなったら蕣が消える」
「わたし消えたくない」
「綾目も消える」
「綾目消えたらつまらない」
「ヌシサマのせいで朝霧も」
「とっても静か」
「落ち着かない」
「…そうだ。朝霧は無事かな。かなり無理させてしまった」
「やっと思い出したのかい。君と花雫の命を救った一番の功労者を」
喜代春が朝霧を取り出した。鞘から抜いたそれは、未だ刀身にたっぷり穢れが沁み込んでいる。いつもはうるさく騒ぎ立てるソレも沈黙していた。
「朝霧…」
薄雪が悲し気に呟くと、喜代春は優しく朝霧を撫でた。
「生きてはいる。だが…あれほどの穢れを吸収し、浄化し、君に夢見をさせ、毒のような命を吸い取らせた。無茶させたね」
「ああ…。悪いと思っている」
「コレはしばらく大木古桜の元で清めないといけない。穢れを祓うのに100年はかかるだろう」
「そうですか…」
「それほどの無茶を受け入れたのは、朝霧も君を助けたかったからだ」
「…はい」
薄雪は小さく頷き、肩を落とした。
それを見て、喜代春がため息をつく。朝霧を薄雪に向かって軽く揺らしながら、低くなだらかな声で言い聞かせる。
「ヒトも大事だろうがね薄雪。君にとってのカゾクも大事にしなさい。君のことを一番大切に想っているのは、なにも私だけじゃないんだよ」
「……」
「ヌシサマいなくならないで」
「もっと大切にして」
「ヌシサマ傷つくの見るの辛い」
「つらい」
「薄雪さま…」
薄雪は小さな眷属たちの頭を優しく撫でた。三人ともしくしく泣いている。
「喜代春」
「?」
薄雪がちっちっち、と指を揺らした。手招きされていると思った喜代春が彼の顔に頭を近づける。薄雪はそっと喜代春の頭に手を添え、彼の頭も撫でた。
「…なにをしているんだい。私は子どもじゃないよ」
「私にとっては子どもと同じです」
「まったく。その子どもに何度命を助けられていると思うんだい」
「本当に、頼りになる子ですね」
「……」
「朝霧を貸してください」
「いいのかい。まだ穢れているよ」
「かまいません」
差し出された朝霧を受け取り、薄雪はそれも撫でた。
「朝霧。ありがとう。今はゆっくりとお眠りなさい。そしてまた元気になったときは、私の腰元に戻ってきておくれ。そしてもう二度と離さない。たとえ君が、私の元を離れたいと言っても」
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