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7.(終)私に残されたもの、私が得たもの
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「よう、アリアちゃんこんばんわ!」
「いらっしゃいませ!」
……屋敷を出てから、四ヶ月が経ちました。
「アリアちゃーん! こっちエール追加で!」
「はーい!」
私は、街の酒場でお仕事をしています。
初めの頃は失敗ばかりで、マスターにもお客様にもご迷惑をかけていましたが、最近になってようやく慣れてきたと思っています。
大変なのは変わりませんが、住み込みでのお仕事を許して下さったマスターは本当にいい方ですし、酒場を訪れる冒険者さん達は、怖い人が多いだろうと思っていたのですが、色んな土地を見てきたそのお話が面白くて、ついつい聞き込んでしまいたくなります。
世の中には本当に色んな人がいて、色んな面白い話をしてくれて。
本で読んだだけの知識が実際には全く違ったり、より深みがあるものだったり。
今は、屋敷に引きこもっていた時には得られなかった充足感でいっぱいです。
「アリアちゃん今日もかわいいねー。今度おじさんと何か食べに行こうよ!」
「すみません! マスターからダメって言われてますので!」
「リースちゃんでもいいが!?」
「同じでーす!」
「お、おう、そうか……」
カウンターでグラスを磨いていたマスターが、ギロリと睨みを利かせると、冒険者のおじさんは怯んで息を飲んでしまいました。
マスターは単眼で、黒い眼帯をつけていらっしゃるのですが、片方だけでもその眼光は相当怖いです。
全然マスターの方が年下ですが、最初はなんとなく、ラーバートにそっくりな人だと思いました。眼帯の事は流石に聞いた事はありませんが、軍隊に関係していたことは知っています。そういう過去までそっくりで。
「おう、聞いたか? 領主の事」
「なんか変わるらしいな。どうでもいいけど」
奥のテーブルで飲んでいた四人組のお客様が、そんな話をしていました。私は一瞬、反応してしまいましたが、反対のテーブルのかたが料理を待っています。
「どうでもよくはねーだろ、税金上がるかもしれねーぞ」
「俺は流れだからどのみち納めてねー」
「まぁ確かに女領主じゃ……」
はっきり聞こえたのは、そこまででした。
駄目だったの? お義姉様……。
「チキンまだー?」
「はい! ただいま!」
考えるのは、やめよう。
どうにもならない。私に出来る事なんて何もない。お義姉様は私よりずっと器用な──はっきり言ってズル賢い方だったから。私がどうにかなって、お義姉様がどうにもならないという事はない筈です。
だけど……。
あまりいい思い出があった屋敷ではないけれど……。
リルフォードの名前が無くなってしまう。そう考えれば、少し寂しくはあります。
「……どうかしたか?」
顔色が、変わっていたのでしょうか。カウンターにエールをとりに来た時に、マスターが私にそう話しかけてきました。
「い、いえいえ! なにもなにも!」
マスターは、私が元リルフォード家の令嬢だったという事は承知しています。
例の怖い目でじっと私の事を見ていた彼でしたが、次にこう言って下さいました。
「出勤してから出ずっぱりだったな。ちょっと休んでこい」
「えっ、でもこんな忙しい時間に、休憩なんて」
「お嬢様が前みたいにぶっ倒れたら困るんだ。十五分やる。そのくらい、俺とリースで回すさ」
その時、裏手の方から、ワン、という声が響いてきました。マスターは面白そうに、フンと笑いました。
「……トモダチもご注文のようだ。行ってやれ」
「で、では、少し、お水を頂いてきます……」
「ああ」
私はマスターにおじきをして、ありがたくお言葉に甘える事にしました。
────
私はまかない用のお肉とお皿をもって、裏手に回りました。
マスターに作って頂いた小屋から、バッとイルが顔を出します。私は思わず笑ってしまいました。
相変わらず、お肉の匂いを嗅ぐと若い犬のように反応がいいのです。
「お肉が食べたくて私を呼んだの?」
「ワン!」
肯定のように、あるいは早く寄越せというように、イルが鳴いてみせました。
私は彼ががっついている横で座り込み、水を口に含みました。
ひっとしたら、私に休めと言っていたのかも──。
本当にそう信じたくなるくらい、イルは不思議な子です。
屋敷を出てから、この街へ、そしてこの酒場にも、イルが導いてくれたような気がします。彼のお陰で充足した日々が送れていますし、感謝はしてもしたりません。
昔の事を思い出して、ちょっと、溜め息をついてしまいました。
世の中、変わっていく事だらけです。家も名前もなくなりますし、私自身、屋敷にいた時と比べて変わったと自負しています。
今の自分と昔の自分、どっちが好きかというと……。
「イル……私達、今、幸せだよね?」
尋ねてみましたが、お肉に夢中で聞いてくれません。
私は、そっと彼の頭を撫でました。
いつもはご飯中に触ると少し怒る彼でしたが、今日は全く唸りませんでした。
夢中すぎです。
その幸せは、逃げませんよ? って、そう言ってあげるつもりだったのですけど。
──了
「いらっしゃいませ!」
……屋敷を出てから、四ヶ月が経ちました。
「アリアちゃーん! こっちエール追加で!」
「はーい!」
私は、街の酒場でお仕事をしています。
初めの頃は失敗ばかりで、マスターにもお客様にもご迷惑をかけていましたが、最近になってようやく慣れてきたと思っています。
大変なのは変わりませんが、住み込みでのお仕事を許して下さったマスターは本当にいい方ですし、酒場を訪れる冒険者さん達は、怖い人が多いだろうと思っていたのですが、色んな土地を見てきたそのお話が面白くて、ついつい聞き込んでしまいたくなります。
世の中には本当に色んな人がいて、色んな面白い話をしてくれて。
本で読んだだけの知識が実際には全く違ったり、より深みがあるものだったり。
今は、屋敷に引きこもっていた時には得られなかった充足感でいっぱいです。
「アリアちゃん今日もかわいいねー。今度おじさんと何か食べに行こうよ!」
「すみません! マスターからダメって言われてますので!」
「リースちゃんでもいいが!?」
「同じでーす!」
「お、おう、そうか……」
カウンターでグラスを磨いていたマスターが、ギロリと睨みを利かせると、冒険者のおじさんは怯んで息を飲んでしまいました。
マスターは単眼で、黒い眼帯をつけていらっしゃるのですが、片方だけでもその眼光は相当怖いです。
全然マスターの方が年下ですが、最初はなんとなく、ラーバートにそっくりな人だと思いました。眼帯の事は流石に聞いた事はありませんが、軍隊に関係していたことは知っています。そういう過去までそっくりで。
「おう、聞いたか? 領主の事」
「なんか変わるらしいな。どうでもいいけど」
奥のテーブルで飲んでいた四人組のお客様が、そんな話をしていました。私は一瞬、反応してしまいましたが、反対のテーブルのかたが料理を待っています。
「どうでもよくはねーだろ、税金上がるかもしれねーぞ」
「俺は流れだからどのみち納めてねー」
「まぁ確かに女領主じゃ……」
はっきり聞こえたのは、そこまででした。
駄目だったの? お義姉様……。
「チキンまだー?」
「はい! ただいま!」
考えるのは、やめよう。
どうにもならない。私に出来る事なんて何もない。お義姉様は私よりずっと器用な──はっきり言ってズル賢い方だったから。私がどうにかなって、お義姉様がどうにもならないという事はない筈です。
だけど……。
あまりいい思い出があった屋敷ではないけれど……。
リルフォードの名前が無くなってしまう。そう考えれば、少し寂しくはあります。
「……どうかしたか?」
顔色が、変わっていたのでしょうか。カウンターにエールをとりに来た時に、マスターが私にそう話しかけてきました。
「い、いえいえ! なにもなにも!」
マスターは、私が元リルフォード家の令嬢だったという事は承知しています。
例の怖い目でじっと私の事を見ていた彼でしたが、次にこう言って下さいました。
「出勤してから出ずっぱりだったな。ちょっと休んでこい」
「えっ、でもこんな忙しい時間に、休憩なんて」
「お嬢様が前みたいにぶっ倒れたら困るんだ。十五分やる。そのくらい、俺とリースで回すさ」
その時、裏手の方から、ワン、という声が響いてきました。マスターは面白そうに、フンと笑いました。
「……トモダチもご注文のようだ。行ってやれ」
「で、では、少し、お水を頂いてきます……」
「ああ」
私はマスターにおじきをして、ありがたくお言葉に甘える事にしました。
────
私はまかない用のお肉とお皿をもって、裏手に回りました。
マスターに作って頂いた小屋から、バッとイルが顔を出します。私は思わず笑ってしまいました。
相変わらず、お肉の匂いを嗅ぐと若い犬のように反応がいいのです。
「お肉が食べたくて私を呼んだの?」
「ワン!」
肯定のように、あるいは早く寄越せというように、イルが鳴いてみせました。
私は彼ががっついている横で座り込み、水を口に含みました。
ひっとしたら、私に休めと言っていたのかも──。
本当にそう信じたくなるくらい、イルは不思議な子です。
屋敷を出てから、この街へ、そしてこの酒場にも、イルが導いてくれたような気がします。彼のお陰で充足した日々が送れていますし、感謝はしてもしたりません。
昔の事を思い出して、ちょっと、溜め息をついてしまいました。
世の中、変わっていく事だらけです。家も名前もなくなりますし、私自身、屋敷にいた時と比べて変わったと自負しています。
今の自分と昔の自分、どっちが好きかというと……。
「イル……私達、今、幸せだよね?」
尋ねてみましたが、お肉に夢中で聞いてくれません。
私は、そっと彼の頭を撫でました。
いつもはご飯中に触ると少し怒る彼でしたが、今日は全く唸りませんでした。
夢中すぎです。
その幸せは、逃げませんよ? って、そう言ってあげるつもりだったのですけど。
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