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?.絶望のち希望(◯◯視点)
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────
──悔いの残らぬ人生を送ったと、そう胸を張って言えることが何もなかった。
何も──。
────
「……遺言書、ですか?」
ラーバートが面白そうな顔をして、僕の事を見る。もちろんの事、こちらもニッコニコだったけど。
「……まさか私の遺言書を私の代わりに書いた、というわけじゃありませんよね?」
「なるほど、それも面白そうだな。しかし君にはそもそも財産を残す遺族がいないだろう」
「息子が、一人」
僕はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。父の代から屋敷に仕えてくれている、一番古い友人だった彼だが、そんな話は初めて聞いた。
「嘘?」
「本当です」
「結婚した事もないのに?」
「ええ、まぁ……向こうは私を父とも知りません」
僕は、ははぁ、とおののいた。
「元気なのかい?」
「詳しくは知りませんが、風の噂では」
「そうか、良かったな」
「良くはありません。恥の多い事です」
「いや、良い事だ。少なくとも僕のように自分の遺伝子を残せない者から見たら」
そういってやるとラーバートは、フンと笑ってみせた。
「で、ご当主は、いつ死ぬのですか?」
「予定を立ててるわけじゃない。でも人生は何が起こるか分からんよ」
「用意が良すぎでは?」
「正直言うと、ミザ公爵に睨まれてるみたいだ」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「なぜ?」
「さあ? 僕が国王陛下に気に入られてるのが、面白くないんじゃないか?」
「陛下には、このお話を?」
「いんや。何の証拠もないし」
「ミザ公爵は恐ろしい方です。あまり甘く見ない方が……」
「甘く見てないから、これを残すのさ。これが、愛しい義娘たちに振り分けるべき、僕の財産だ」
僕はニヤリとしてみせて、遺言書をラーバートに差し出した。
「率直に、どう思う?」
ラーバートは難しい顔をして──おそらく見間違いがないか三度は見直して、それからまた僕の顔を見た。
「アホですか?」
「ありがとう」
「意図を教えてください。まさか本気だとは思いませんが、仮にそうだとすれば、アリアお嬢様があまりに不憫です」
「正直僕は、いい父親じゃない。忙しさにかまけて殆ど義娘達にかまってやる余裕もなかった」
「だから?」
「うん、まあ、なんというか、教育というか、試練だ」
「試練?」
「人生においてもっとも大きな財産とは、人間としての成長だ。そう思って僕は僕なりに、彼女達に残せるものを考えたんだ」
僕は続けた。
「長女レイシアは、姉妹の中で一番欲深い。いや、欲張りはいいことだ。人間、欲がないと何も出来ないからな。ただ、そのわりに全くいい加減なのが良くない。領民と真に向き合わなければ、いい領主にはなれないと、僕のあとを継げば気付いてくれるだろう。いい加減ばかりでは破綻する。何事にも誠実さを大切にとりくむべきだと……領主に限った話ではない。失敗したとしても、勉強になるさ」
ラーバートは黙って聞いてくれている。
「次女ミルリアは、レイシアと比べればいい加減ではないけれど、自己肯定が強すぎる。実際かわいいけどな。でもかわいいだけじゃ、世の中通用しないという事を、知って欲しいところだ。ガンフォー子爵には、徹底的にやっつけてくれと伝えてある。それで気持ちを入れ換えて、本気で魔術に取り組んでくれるならよし。これも、駄目でもいい経験となるだろ」
「……」
「三女アリアは……正直、三姉妹の中で一番よく分からない。遠慮してるのか恐れられているか知らないが、僕にはあまり自分の気持ちというのを話してくれないからな。どうして、あんな引っ込み思案に育ってしまったのか」
「……アリアお嬢様は、お優しいのです」
と、ラーバートが言った。
「あなたが忙しい事を承知している。だから何も言えない。本当は誰より、あなたとお話したいのです」
「……娘が、親にそんな遠慮をするものかね?」
「赤子の時のトラウマは、本人が覚えていなくても潜在意識に焼き付いてしまうものと聞きます。親に捨てられ孤児となった、その事実が未だにお嬢様の中に、残っているのかもしれません」
「……だから人の顔色ばかりうかがっている?」
「かもしれないという話です」
僕は腕を組んで、ううむ、と唸った。
「でも主張しないだけで、あの中では一番出来た子だとは思うぞ。人間としてな。そもそもここにいるべき子じゃなかったのかも。笑う事が少ない。でもきっと外の世界に出れば、人生が、楽しいものだと理解してくれる」
「それでも遺産が犬だけというのが意味が分かりませんが」
「君、イルをただの犬だと思ってる?」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「違うのですか?」
「いやただの犬だけど」
「なんなんですかあなた」
「でもアリアの一番の友達だ」
僕は続けた。
「アリアはきっと頑張って、イルを護ろうとしてくれるだろう。逃げ場もない、言い訳も出来ない。自分が頑張らなければ、イルも一緒に飢え死んでしまう。そう思ったならば、彼女はきっと殻を破る。道を切り開く。彼女自身の力でな。そう確信しているだけ……うん、まぁ、姉妹の誰より信頼してるのかな?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とは言いますが……」
ラーバートは溜め息を漏らした。
「あなたはただの狂人ですな」
「だってなあ……本当に笑ってしまうくらい、残せるものがないんだもの」
「税を上げないで損ばかりしてきたからでしょう。自業自得です」
「税を上げたら多くの領民の生活が破綻したかもしれない。これでも上手く立ち回ってきたつもりだよ」
「まぁ実際、あなたでなければここの領主はつとまらなかったとは認めますが……ゆえに……」
彼はもう一度、遺言書に視線を落とした。
「これは……悪く運べば、私も職を失う事になりますかね?」
「面白いか?」
「笑えませんが、そうですね」
「そうだろう──」
言って、僕はようやく満足した。
人生何が起こるか分からない。思うようにいかぬ事ばかりではあるけれど。
さて、待っているのは、一体どんな未来か──。
──悔いの残らぬ人生を送ったと、そう胸を張って言えることが何もなかった。
何も──。
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「……遺言書、ですか?」
ラーバートが面白そうな顔をして、僕の事を見る。もちろんの事、こちらもニッコニコだったけど。
「……まさか私の遺言書を私の代わりに書いた、というわけじゃありませんよね?」
「なるほど、それも面白そうだな。しかし君にはそもそも財産を残す遺族がいないだろう」
「息子が、一人」
僕はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。父の代から屋敷に仕えてくれている、一番古い友人だった彼だが、そんな話は初めて聞いた。
「嘘?」
「本当です」
「結婚した事もないのに?」
「ええ、まぁ……向こうは私を父とも知りません」
僕は、ははぁ、とおののいた。
「元気なのかい?」
「詳しくは知りませんが、風の噂では」
「そうか、良かったな」
「良くはありません。恥の多い事です」
「いや、良い事だ。少なくとも僕のように自分の遺伝子を残せない者から見たら」
そういってやるとラーバートは、フンと笑ってみせた。
「で、ご当主は、いつ死ぬのですか?」
「予定を立ててるわけじゃない。でも人生は何が起こるか分からんよ」
「用意が良すぎでは?」
「正直言うと、ミザ公爵に睨まれてるみたいだ」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「なぜ?」
「さあ? 僕が国王陛下に気に入られてるのが、面白くないんじゃないか?」
「陛下には、このお話を?」
「いんや。何の証拠もないし」
「ミザ公爵は恐ろしい方です。あまり甘く見ない方が……」
「甘く見てないから、これを残すのさ。これが、愛しい義娘たちに振り分けるべき、僕の財産だ」
僕はニヤリとしてみせて、遺言書をラーバートに差し出した。
「率直に、どう思う?」
ラーバートは難しい顔をして──おそらく見間違いがないか三度は見直して、それからまた僕の顔を見た。
「アホですか?」
「ありがとう」
「意図を教えてください。まさか本気だとは思いませんが、仮にそうだとすれば、アリアお嬢様があまりに不憫です」
「正直僕は、いい父親じゃない。忙しさにかまけて殆ど義娘達にかまってやる余裕もなかった」
「だから?」
「うん、まあ、なんというか、教育というか、試練だ」
「試練?」
「人生においてもっとも大きな財産とは、人間としての成長だ。そう思って僕は僕なりに、彼女達に残せるものを考えたんだ」
僕は続けた。
「長女レイシアは、姉妹の中で一番欲深い。いや、欲張りはいいことだ。人間、欲がないと何も出来ないからな。ただ、そのわりに全くいい加減なのが良くない。領民と真に向き合わなければ、いい領主にはなれないと、僕のあとを継げば気付いてくれるだろう。いい加減ばかりでは破綻する。何事にも誠実さを大切にとりくむべきだと……領主に限った話ではない。失敗したとしても、勉強になるさ」
ラーバートは黙って聞いてくれている。
「次女ミルリアは、レイシアと比べればいい加減ではないけれど、自己肯定が強すぎる。実際かわいいけどな。でもかわいいだけじゃ、世の中通用しないという事を、知って欲しいところだ。ガンフォー子爵には、徹底的にやっつけてくれと伝えてある。それで気持ちを入れ換えて、本気で魔術に取り組んでくれるならよし。これも、駄目でもいい経験となるだろ」
「……」
「三女アリアは……正直、三姉妹の中で一番よく分からない。遠慮してるのか恐れられているか知らないが、僕にはあまり自分の気持ちというのを話してくれないからな。どうして、あんな引っ込み思案に育ってしまったのか」
「……アリアお嬢様は、お優しいのです」
と、ラーバートが言った。
「あなたが忙しい事を承知している。だから何も言えない。本当は誰より、あなたとお話したいのです」
「……娘が、親にそんな遠慮をするものかね?」
「赤子の時のトラウマは、本人が覚えていなくても潜在意識に焼き付いてしまうものと聞きます。親に捨てられ孤児となった、その事実が未だにお嬢様の中に、残っているのかもしれません」
「……だから人の顔色ばかりうかがっている?」
「かもしれないという話です」
僕は腕を組んで、ううむ、と唸った。
「でも主張しないだけで、あの中では一番出来た子だとは思うぞ。人間としてな。そもそもここにいるべき子じゃなかったのかも。笑う事が少ない。でもきっと外の世界に出れば、人生が、楽しいものだと理解してくれる」
「それでも遺産が犬だけというのが意味が分かりませんが」
「君、イルをただの犬だと思ってる?」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「違うのですか?」
「いやただの犬だけど」
「なんなんですかあなた」
「でもアリアの一番の友達だ」
僕は続けた。
「アリアはきっと頑張って、イルを護ろうとしてくれるだろう。逃げ場もない、言い訳も出来ない。自分が頑張らなければ、イルも一緒に飢え死んでしまう。そう思ったならば、彼女はきっと殻を破る。道を切り開く。彼女自身の力でな。そう確信しているだけ……うん、まぁ、姉妹の誰より信頼してるのかな?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とは言いますが……」
ラーバートは溜め息を漏らした。
「あなたはただの狂人ですな」
「だってなあ……本当に笑ってしまうくらい、残せるものがないんだもの」
「税を上げないで損ばかりしてきたからでしょう。自業自得です」
「税を上げたら多くの領民の生活が破綻したかもしれない。これでも上手く立ち回ってきたつもりだよ」
「まぁ実際、あなたでなければここの領主はつとまらなかったとは認めますが……ゆえに……」
彼はもう一度、遺言書に視線を落とした。
「これは……悪く運べば、私も職を失う事になりますかね?」
「面白いか?」
「笑えませんが、そうですね」
「そうだろう──」
言って、僕はようやく満足した。
人生何が起こるか分からない。思うようにいかぬ事ばかりではあるけれど。
さて、待っているのは、一体どんな未来か──。
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