【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花

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マット・クーンの確信②

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 歩いて10分ほどの場所に、高等部の校舎はある。
 マットはその10分ほどの間に、レイーアと会う計画を練り上げた。
 練り上げた、と言っても、単純なものだ。

 落とし物作戦。

 元々マットの持ち物であるハンカチーフを、レイーアのものじゃないか、と言ってレイーアにつないでもらうのだ。
 マディーを使うことを考えたが、そもそも今、マットがレイーアに会わなければいけない理由など皆無だ。
 だから、今回はすぐに思いついた落とし物作戦で行くことにした。
 少々単純すぎるが、きっとお人好しだろうレイーアは意図的なものに気付きもしないだろう、とマットは思っている。

 そして、レイーアと知り合いになったら、天使の美貌を駆使して、高等部の人間たちとの繋がりをつけてもらうように誘導していくのだ。
 マットはこの作戦は成功すると確信していた。
 なぜなら、マディーの姉だからだ。
 マディーもマットの顔に一瞬見惚れていたくらいだった。だから、姉であるレイーアも、きっとマットの顔だけで言うことを聞いてくれるはずだ。
 他の大人たちのように。

 中等部の制服の人間が高等部の敷地の中にいるのは、当然目立った。それにマットの美貌だ。
 すぐさま、マットに声を掛けてくるお姉さまがいた。その目はハートに見える。
 貴族名鑑が頭に入っているマットは、そのお姉さまが自分の役に立ちそうか否かを算段しながら、ニコニコと返事をした。勿論、その加減を間違えると、変に執着される。だから、その部分は慎重に行わなければならない。
 下手をすると、自分より一枚上手な相手かもしれないのだ。

 だが、幸いお姉さまはちょろかった。
 すぐにレイーアを呼んでもらえることになった。
 高等部の人間も、まだちょろい。マットは走って行くお姉さまの後ろ姿を見つめながら、次に会ったときには大げさにお礼を言わなければ、と頭の隅に置いた。
 レイーアを待つ間、どんな会話でレイーアを御そうと算段する。

「えーっと、私を呼んだのは、あなたかしら?」
 特別に美人と言うわけではないが、優しさが見てわかるような優しい表情の女性が、レイーアだった。
 レイーアはマットのところに来ると、戸惑った様子で声をかけてきた。
 見ず知らずの相手だ。仕方ないだろう。
「あの……ハンカチーフを落としませんでしたか?」

 マットがハンカチーフを出してレイーアを見上げる。
 今の身長差では、どうしても見上げることになってしまう。
 そして、その見上げるしぐさが、天使の愛らしさに環をかけるのだと、マットは重々理解している。
 だが、当のレイーアは表情も変えずに首をかしげた。
 いつもなら、マットは見惚れられている瞬間なのに、だ。

 マットは見惚れて来ないレイーアに驚く。
 弟のマディーは、性別が違うにも関わらず見惚れてきたというのに、兄弟でもこんなに反応が違うのだろうか。
「ごめんなさい。それは私のではないわ」
 レイーアの答えに、マットは目を潤ませてみた。
 その表情が、庇護欲をそそると理解している。

「そうなんですか」
 マットの反応に、レイーアが慌てる。
「ごめんなさいね。でも、違うのよ。代わりに、持ち主を探してあげましょうか?」
 マットは首をふるふるとふった。
 お人好しなのだけは、兄弟そっくりかもしれない。

「でも、わざわざこんなところまで持ってきたんでしょう? ……制服を着てたら見間違えて勘違いするかもしれないわよね。……私みたいに黒い髪の人だと、ルルック伯爵家のご令嬢とかいるわ?」
 確かにレイーアが出した名前の令嬢は、レイーアと同じように黒髪だった。
「いえ……あなたみたいに、かわいらしい人だったんです!」
 ルルック伯爵令嬢は、ゴージャス美人の部類だ。だから違うのだとマットは主張した。

「そう、なの」
 だが、マットの誉め言葉は、レイーアにスルーされた。
「ごめんなさい。お役にたてそうになくて」
 マットは首をふった。
 問題は、レイーアを駒のひとつとして使えるかどうかだ。
 今のところ、手応えがなかった。

「ねえ、おうち、一人で帰れる?」
 マットはレイーアに言われた言葉が、一瞬理解できなかった。
「え?」
 マットが見上げると、レイーアは真剣な目でマットを見ていて、マットは逆にドキリとする。
「だって、おうちの人を連れずにこんなところまで来ちゃったんでしょう? おうちの人が心配しているわ。この学院がある場所って、王都の外れの辺鄙なところだから。来るのも大変だったんじゃない? おうちはどこなの?」

 マットは嫌な予感がした。
「あの……中等部なので、そこまで遠くはありませんけど……」
 マットの言葉に、レイーアはハッとする。
「そうなの? ごめんなさい! 制服も着てないし、中等部の生徒だとは思わなくって」
 レイーアも顔を赤らめたが、マットも屈辱で顔を赤らめた。

 レイーアは抜けている。それだけは間違いないとマットは確信した。
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