【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花

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ローズ・マルファルの初恋

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「ローズ様……ローズ様?」
 ローズは、従者の声にハッと我に返る。
 そして、目の前にいたはずの少年がいなくなっていることに、目を見開いた。
「ねえ! あの天使はどこに行ったの?」
 ローズの言葉に目を丸くした従者は、天使と呼ばれた相手にすぐ思い至って頷いた。

「右手の方に、歩いて行かれましたよ」
 ローズは右を見て、その後ろ姿を認めると、従者を振り返った。
「どうして引き留めて置かなかったの?」
 従者はパチパチとまばたきをすると、微笑んだ。
「ローズ様が反応されないので、ガリヴァ男爵が早々に引き取ってしまわれたんですよ」

「他の人にあの天使を奪われたら困るわ。手を打たなきゃ。どうやって手元に置こうかしら。まずは仲良くならなきゃ」
 ローズの目は、本気だ。だが、従者は苦笑する。
「残念ですがローズ様。クリストファー君は貴族ではありませんので、マルファル侯爵夫人が、ご自宅に呼ぶのをいやがるんではないでしょうか」
「だって、あんなに天使なのよ? お母様だってお許しになるわ」

 従者は、首を横にふる。
「お嬢様のお友だちは、厳しく選定されていると、お嬢様だってご存じではないですか」
 ローズはムッとする。
「私のお婿さん候補なんて、要らないわ。私が爵位を継げばいいじゃないの。お父様だって、私には甘いわ。許してくださると思うのだけど」
 だが、従者は肩をすくめた。

「我が国では、女性に爵位を継げないということも、良くご存じでしょう?」
 ローズが悔しそうに唇を噛む。
「ならば、結婚相手くらい、自分で見つけたいわ。私はクリストファーがいいの!」
 従者は小さくため息を漏らした。
「それならば、クリストファー君の後ろ楯にどなたか高位貴族をつけるしかないでしょうね。……非常に難しいと思いますが……」

 パッとローズの目が輝く。むしろ従者はたじろぐ。
「おじさまなら、きっと協力して下さるわ!」
 ローズの言葉に、従者はヒヤリとする。
「まさか、ナリオ公爵様にお願いするおつもりですか?」
 従者の願いはむなしく、ローズがにっこりと笑った。

「もちろんよ! おじさまだって良く言っているわ。もし同じくらいの年頃の息子がいたら、ローズと結婚させるのに、って。なら、クリストファーをおじさまの養子にしてもらえばいいのよ!」
「いえ、それは……本当に子供がいれば、の話だと思うんですが……」
 ナリオ公爵は、マルファル侯爵夫人の叔父に当たる人間で、ローズを可愛がっている。それでも、実現するアイデアのようには思えなかった。

 *

「なんですって? おじさまの申し出を、クーン家は断ったの?」
 ナリオ公爵は申し訳なさそうに頷く。
「妻が悲しむので、クリストファーを養子にはやれないと言われてね。それを引き裂くことは流石にできないからね」
「……クリストファー……手に入らないのかしら……」
 ローズは小さくため息をついた。

 端で見ていた従者は、ローズの淡い初恋の終わりを目にした。

 *

「お義父様、よろしくお願いします」
 殊勝そうに頭を下げるローズに、マットが微笑む。
「まさか、マルファル家のご令嬢とうちのクリストファーが結婚することになるとは、嘘みたいだね(絶対あり得ないと思っていたのに、なかなかやるね)」
 微笑むマットに、ローズも微笑み返す。

「本当ですわ。幼い頃からクリストファー様をお慕いしていたんです(良くご存じの癖に。ナリオ公爵の申し出を3回は断ったでしょう?)」
「そうなのか。クリストファーも幸せ者だね(性格がレイーアに似てひどく素直だから、押しきるのは簡単だっただろうね。侯爵家に婿入りとか、苦労させたくなかったんだけど)」
「二人で幸せになりますわ(押しきったもの勝ちよ!)」

 レイーアとクリストファーが、マットとローズの心のうちのやり取りに気づくことは、絶対ない。
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