悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花

文字の大きさ
28 / 50

ならば⑥

しおりを挟む
「クリスティアーヌ嬢、言うことに事欠いて何を言い出すんだ!」

 ファビアン殿下が叫ぶ。
 でも、クリスティアーヌ様は首を横に振った。当然よね。本当のことだもの。だけど、今は真実は必要ないもの。

「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのは初めてですのよ」
「嘘ですわ! 私、クリスティアーヌ様に、いじめられていましたもの!」

 私はとっさに、ファビアン殿下に向かってすがるように告げた。

「ノエリア、わかっている。これは、クリスティアーヌ嬢が自分の非を認めないための嘘だ」

 私をなだめるように、ファビアン殿下が声を重ねてくれる。その、訳知り顔のファビアン殿下自身が私に完全に騙されるなんて、本当に滑稽だわ。

「あら、では、私とどこで会ったのか、教えてくださるかしら?」
 
 クリスティアーヌ様が私に向かって微笑んでくるから、私はファビアン殿下にしがみついて泣き出してみせた。

「あら、いやですわ。でも、私がノエリア様に会ったことがあるのなら、教えてほしいの。だって、私がノエリア様のうわさを耳にしたことはあっても、姿を見たのは、本当にこの会場が初めてなんですもの」

 そうでしょうね。クリスティアーヌ様。私だって、クリスティアーヌ様の姿を見たのは初めてですもの。

「しらじらしい! クリスティアーヌ嬢、公爵家令嬢としての矜持があるのならば、ノエリアに謝ったらどうだ!」

 ファビアン殿下が憤慨している。
 
「私、1年ぶりに学院に顔を出したんですけれど、どうやってノエリア様とお会いできるのかしら?」
「1年ぶり?! 何を言っているんだ!」

 クリスティアーヌ様が予想以上に冷静だわ。本当に、噂の通り、聡明な方だったのね。この学院にいた学院生たちは簡単に騙せたから、クリスティアーヌ様の攻略も簡単にできるかと油断していたわ。言い負かされないように頑張らなければ。

「私、バール王国に留学しておりましたのよ? お忘れになって? 国王陛下から直々に、隣国の言葉を実地で学ぶようにと言われて、1年間、しっかりと勉強してきたのですけれど。隣国の学院に通うことにはなりますが、我が国の学院も卒業できる手はずになっていますのよ?」

 会場がざわめく。

「う、うそよ!」

 私は泣きながら叫ぶ。
 クリスティアーヌ様の言葉にハッとしたファビアン殿下は、でも首を横に振ってくれた。まだ、大丈夫。

「留学して、我が国に全くいないふりをして、隠れてノエリアをいじめていたのだろう!?」

 クリスティアーヌ様が小さくため息をつくと、会場を見回した。

「この1年、私の姿を学院で見かけた方はいらっしゃって?」

 クリスティアーヌ様の視線に目をそらす人はいたけれど、手を挙げる人は誰もいなかった。……失敗したわ。ファビアン殿下だけではなくて、他の殿方の気も引いておけばよかったわ。そうしたら、私の味方がもっと増えたはずなのに。
 クリスティアーヌ様という敵が目の前にいなくて、ことが簡単に進んでいたから、つい油断してしまっていたわ。
 クリスティアーヌ様が視線をファビアン殿下に戻す。
 私は不安そうに見える表情でファビアン殿下を見上げた。ファビアン殿下は、なだめるように小さく首を横に振った。
 まだ大丈夫。ファビアン殿下は私を信じ切っているわ。

「ファビアン殿下、私の姿を誰も見てはいないようですわ」

 クリスティアーヌ様の言葉に、ファビアン殿下が口を開いた。

「そ、そもそも、なぜわざわざクリスティアーヌ嬢が隣国の言葉を学びに行く必要があるのだ! それ自体が嘘だろう!」

 そういえばそうね。どうしてなのかしら?

「ファビアン殿下がバール王国の言葉を完璧に使いこなせるようになっていれば、私がバール王国に留学する必要などなかったんですけれど。ファビアン殿下が幼いころからバール王国の言葉を習っていても、一向に身に着ける様子がないのを心配された陛下が、私がファビアン殿下の力になるよう、バール王国の言葉をしっかりと身に着けるように留学の手配をされたのです」

 ファビアン殿下が顔を赤くする。そうなのね。ファビアン殿下は自分には国王の器があるから勉強など今更必要ないと勉強する姿など、この一年全く見なかったものね。その代わりに、クリスティアーヌ様が頑張っておられたのね……。
 でも、もう頑張らなくてもよいのよ? クリスティアーヌ様も、もうファビアン殿下を見限ればいいのに。

「私を侮辱するのか!」

 怒りだしたファビアン殿下に心の中で呆れつつ、私はファビアン殿下の胸の中で首を横に振る。

「ファビアン殿下を侮辱するなんて、ひどいですわ!」

 甘えながら、ファビアン殿下を擁護。これ、完璧。

「侮辱したわけではありませんわ。事実を述べただけですの」
 
 それでも冷静なクリスティアーヌ様に、私は顔を向けた。

「ファビアン殿下は、バール王国の言葉をきちんと扱えますわ! 私、ファビアン殿下からバール王国の言葉で愛の言葉をささやかれましたもの!」

 私が叫んだ内容に、クリスティアーヌ様が肩をすくめた。
 ファビアン殿下は満足そうにうなずいているけど、そんな事実はなかったのよ。それも覚えていないのかしら?

「愛の言葉だけでは、バール王国との交渉はできませんわ。ノエリア様」
「私が愛されているからって、嫉妬して意地悪を言うなんて!」

 またファビアン殿下の胸に顔をうずめる。

「私は、バール王国の交渉には、バール王国の言葉を習得する必要があると言っているのです」
「バール王国との交渉に、どうしてバール王国の言葉を使わなければならないの?! 我が国の言葉でやり取りすればいいだけの話ではないかしら!」

 私は振り向いて叫ぶ。クリスティアーヌ様が驚いて目を見開いている。詭弁ならば任せてちょうだい!

「ノエリア様、バール王国の国力が、我が国の10倍はあると、理解されていますか? バール王国に攻め入られたら、我が国はおしまいですのよ? 交渉を行うのも、国王の務め。それを補佐することが、王妃に求められているのです。ですから、語学に弱いファビアン殿下に代わり、私が語学を習得することになったのです」

 クリスティアーヌ様の言葉に、咄嗟に言葉が出てこなくて私の唇がわななく。他に切り口を考えなければ!

「私が、ファビアン殿下を支えるのです! もう、クリスティアーヌ様の役目ではなくてよ!」

 クリスティアーヌ様が目を丸くした。

「ノエリア様は、バール王国の言葉が扱えるのですか?」
「ファビアン殿下! こうやってクリスティアーヌ様は、学が足りないと私をいじめていたのです!」

 私はまたファビアン殿下にしがみつく。

「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ノエリア様。私、クリスティアーヌ = ドゥメルグと申します」

 なのに、クリスティアーヌ様は気を取り直して、話を元に戻してしまった。
 あまりにも優雅な微笑みに、ファビアン殿下も私も目を見開いた。
 
 何て、何て手ごわい相手なの! 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした

珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……? 基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...