聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花

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まさかの⑤

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「……懐かしい、夢見たな」

 天井を見て、今どこにいるのか思い出して、私は小さく首を横に振った。
 結局、幼い私は、お父様から、ノーフォーク公爵家から逃げることは叶わなかった。
 床に頭を打ち付けて、意識を失いはしたけれど、それが逆にあだになった。
 意識を失っているうちに、お父様に連れていかれてしまったからだ。

 そして、母の行方は、知れない。
 前の時は、私の母はお金と引き換えに私を売ったのだと、誰彼となく言い聞かされていたせいで、母は私を売ったのだと思い込んでいた。
 だけど、それは、事実と違っていたともう知っている。

 だけど、母と私が住んでいたはずの家に、母は本当にいなかった。近所の人たちも、母の行方は分からないとしか答えてくれなかった。
 それは、何度も逃げ出そうとして失敗を繰り返して、ようやく成功した5か月目のこと。

 それ以上のことを、知ることはできなかった。
 結局、すぐに公爵家の人間に見つけ出されてしまったから。

 私は起き上がると、窓の外を見た。
 格子のはまった窓からは、ノーフォーク公爵家領の街並みが一望できた。
 ……さあ、誰もいないうちに、筋トレしなきゃ。
 私は窓の外を見ながら、スクワットを始めた。朝の日課だ。

 ……前回は、物置小屋で暮らしてたけど、今は一応部屋らしい部屋で暮らせてる。
 ただし、敷地内の棟の最上階の部屋で、ドアは内側から開かないし、見張りも立っているし、窓にも鉄格子がはまっている。
 逃げようがない部屋に私は閉じ込められてしまっている。
 一人きり。……いや。見張り兼マナーを教えてくれる人間が朝から夕方まで付きっきりでいるから、完全に部屋で一人きりではないんだけど。

 クララとの関わりは、稀なものになった。当然、義理のお母様とも。その点では、多少生きやすいかもしれない。
 そして、16歳になる私は、そろそろ学院に進学する予定だ。
 ……以前、ならば。
 実際どうなるかは、私にはわからない。今は家庭教師もついていて、勉強できる環境下にはあるし。
 学院では寮生活になるし、いくらでも逃げる隙ができてしまうから、きっとお父様は私を学院に行かせるつもりがないんじゃないかと思っている。

 ……もう、あの時ほどむやみやたらに逃げ出すつもりはなくなったのだけど。
 公爵家に連れてこられたころの私は、幼すぎて生活力が乏しいから、逃げても野垂れ死にするのが関の山。
 そう思ったら、頼れるはずの母の行方が分からなくなってしまったことで、私の逃げるという道は途絶えた。
 そして、どうやって自分の道を切り拓いていくか、と言うことを考え始めた。

 聖女認定は避けられない。光を浴びての神託は、領地から遠い王都からも見えたほど。そのせいで、国王の使いがはるばるやってきたくらいだ。
 だとすると、私が取れる方法は、?婚約者が決まってしまうまでに教会に駆け込む、?婚約が決まったら、クララがきっと計画するだろうざまぁ計画に乗って、ざまぁされて市井に暮らす、のどちらかだ。
 ただ?だと、あのいけ好かない司祭の庇護下にいなきゃいけなくなるから嫌だ。
 だから、?しかない。

 とりあえず、市井で生活していくために、この世界の知識を吸収しなきゃいけない。やればやるほどきりがなくて、十数年たってしまった気もする。
 とりあえず、手習いの類は身に着けた。一番役に立ちそうな知識は、今のところ薬草の知識かな、と思っている。一番お金になりそうだから。
 クララたちからいじめられるくらいなら、一人で勉強してる方が何倍もましだった。だから、この生活に困ってることはほとんどない。

 恋愛とかも考えられないし、人に会えなくても何ともない。……そもそも、前世でも舞台の男役にキュンキュン、ドキドキはしても、リアルで好きになった男の人っていなかったし。変な人にばっかり好かれてたせいかもしれないけど。
 コンラッド様については、そうか婚約者か……イケメンで変な感じの人じゃなくて良かったな、ってくらいの気持ちしかなかったし。私が娘役のトップになれたって事実の方が嬉しかったくらいで。

 トントン。

 どうやら、私の見張られる一日が、また始まったらしい。

 ◇

『流石ですね。キャサリン嬢。これだけ使えれば、ディル王国に行っても、会話ができるでしょう』
『ありがとうございます、ハワード先生!』

 ハワード先生の言葉に、嬉しくなって声が跳ねる。ハワード先生は、ディル王国の貴族の子息らしく、私にディル王国の言葉を教えてくれていた。

『こんな短期間で習得されるとは思いませんでしたよ』

 ニコリ、と笑うハワード先生に、私は純粋に嬉しくなる。
 だって、私を褒めてくれる人なんて、滅多にいないから。

「ハワード先生、そろそろお時間です」

 お目付け役の淡々とした言葉に、私は小さくため息をつく。
 集中しているから、勉強の時間はあっという間に過ぎていく。
 あまりに食いついて先生を困らすせいか、この十数年で家庭教師は沢山変わっていった。中には気持ち悪くて理詰めにして追い返した先生も結構いたけど。
 ハワード先生は、そんな私の疑問に根気強く答えてくれる貴重な先生だ。
 
『もうそんな時間か。キャサリン嬢の勤勉さのおかげで、私は楽をさせてもらいましたよ』

 ハワード先生の言葉に、ドキリとする。
 まるで、終わりの挨拶みたいだから。

『いえ。ハワード先生のおかげです!』
『いや、キャサリン嬢の努力のたまものだよ。それに、私はそろそろ、別の国に行こうと思っていてね』
『……ディル王国に帰ってしまわれるのですか?』
『ディル王国の皇太子が、早くディル王国に戻ってきて仕事を手伝えと煩くてね。それから逃げるために、また別の国に行こうと思って』

 たぶんそれなりの家の人なんだろうって思ってたけど、ハワード先生、結構すごい人だったんだ! しかも、皇太子の誘いから逃げるとか、変わってる!

『評価されているのに、勿体ないです』
『いいんだ。私は私の信念で生きていきたいんだ』

 ……本当に、もったいない気がするんだけど。
 二つの国は、大きさも環境もあまり違いはないのだけど、ディル王国の国力は、オールコック王国の3倍はある。15年ほど前は、同じくらいの国力だったのに、あっという間に差がついた。
 きっと、今のディル王国の王家が素晴らしいからなんだろうと思っているんだけど。だって、オールコック王国の王族は、見る目のないクズだもの。

 でも、ハワード先生は、自分の人生を生きようとしてるんだなぁ。見習いたい!

 ……あ。聖女認定されるときに、この国にいなければ、未来はもっと変わるかもしれない?

『ハワード先生、私、ディル王国の言葉についてもっと学んでみたいんです! 私をディル王国の学院に入学させてもらうことはできるでしょうか?』

 ハワード先生が目を見開く。ディル王国の言葉がわからないお目付け役が、不思議そうに首を傾げた。
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