46 / 49
アリスの疑問
しおりを挟む
なぜ、卒業生代表の挨拶なのに、自分が前に出てきているのか。
アリスの疑問はただそれだけだ。
卒業生代表と呼ばれた瞬間、ハースが立ち上がった。
そこまでは理解できた。ハースは学年一位だ。当然ハースが選ばれているのも知っている。
だが、なぜかハースがニッコリ笑って、アリスに手を差し伸べて来たのだ。
唖然とするアリスに、ハースは”笑顔”とだけ告げた。
小さいころからハースに仕込まれているアリスは、慌てて笑顔を作り、立ち上がった。
どうやらやらなければならないらしいと理解した。
そうは理解したけれど、どうしてやることになったのかは、さっぱり分からなかった。
そうしてハースにエスコートされて、アリスは全校生徒の前に立つことになった。
「あ、お姉様!」
という声が聞こえたのは、誰だったんだろうか。
ハースは名残惜しそうにアリスから手を離すと、アリスの腰を抱いた。
アリスは赤面する。だが、文句も言えやしない。
卒業生も、在校生も、アリスが前に出てきた時には一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得した顔をしていたし、ハースが腰を抱いたときでさえ、表情を変えなかった。
一体、アリスとハースはこの学院の中でどんな立ち位置になっていたんだろうと、アリスは今更思う。
学院長を見て見るが、特に困った様子は見せていないため、きっとこれは既定路線だったのかもしれない。
グリーン先生の顔が見えたが、遠目にもその顔が虚ろに見えたのは気のせいだろうか。
不思議な気持ちで学院生たちの顔を見ていたら、ハースが顔を覗き込んできた。
どうやら何か役割があるらしいと、アリスはハースに集中した。
ハースはアリスの視線が自分に向くと、満足したように笑って口を開いた。
「この学院に入学したとき、私は大きな野望を抱いていました」
野望と聞こえたが、きっと気のせいに違いないとアリスは思い込もうとした。きっと希望と言ったのだと。だが、目があったケリーは明らかに笑っている。やっぱり野望と言ったらしい。一体ハースは何を言い出すのかと、アリスはハラハラする。
「それは……学院生活をすばらしいものにすることです」
ハースの続けた言葉が普通で、アリスはホッとする。
「そして、私はその野望を達成し、この学院での生活をすばらしいものとすることができました」
どうやら野望という言葉の選び方が変わっていただけで、中身は普通のあいさつらしいとアリスは納得する。
でも、視界の端に、なぜかクラスメイトがニヤニヤしているのが見えた。マークなどおかしそうに笑っているようにも見える。なぜ笑っているのか、アリスにはわからなかった。
「在校生の皆さん、学院生活をこれから更にすばらしいものにするために、先輩としてアドバイスをします」
アリスはハースが一体何を言うのだろうと、耳を傾けた。
「皆さんには、一番大切なものはありますか?」
ハースのアリスを抱く力が少しだけ強まって、アリスはちょっと恥ずかしい気持ちになった。でも、誰にも気づかれていないだろうと、恥ずかしがる表情は表に出さないようにした。
「まず、自分の本当に大切なものが何か、それをしっかりと理解しなければなりません。そこを見誤ると、それだけで学院生活のすばらしさは半分以下、いや、1割になってしまいます」
力のこもったハースの言葉に、アリスはなるほど、と思う。
アリスにとっての大切なものは何だっただろうか。
学友、勉強、学院生活?
でも一番大切なものは?
アリスに浮かんだのは、一人だけだった。
「その大切なものを、守れる力を身に着けていってください。それが、学院生活がすばらしいものだったと最後に言える根拠になるのです」
果たして、アリスは大切なものを守れる力を身につけられただろうか。
アリスはハースの横顔を見つめる。
「私はこの学院生活で、大切なものを守る力を身に着けました。だからこそ、胸を張って言えるのです。学院生活はすばらしいものだったと」
そこで言葉を切ったハースが、アリスを見つめる。
アリスは照れてうつむいた。
「在校生の皆さん、これからの学院生活が、もっとすばらしいものになるように、卒業生一同願っています」
ハースが言い切ると、どこからともなく拍手がわき上がる。
アリスも、確かにすばらしいスピーチだったと思う。
だがしかし、一つだけ疑問が残っている。
アリスは結局、何もしなかった。
どうしてアリスは前に出る必要があったんだろうか。
満足そうにアリスを見るハースからは、きっと答えがもらえないだろうと、アリスは思う。
それでもアリスは、もしかしなくてもハースの力になれたのかもしれないと、前に出る前に少し震えていたハースの手を思い出しながら、微笑んだ。
アリスの疑問はただそれだけだ。
卒業生代表と呼ばれた瞬間、ハースが立ち上がった。
そこまでは理解できた。ハースは学年一位だ。当然ハースが選ばれているのも知っている。
だが、なぜかハースがニッコリ笑って、アリスに手を差し伸べて来たのだ。
唖然とするアリスに、ハースは”笑顔”とだけ告げた。
小さいころからハースに仕込まれているアリスは、慌てて笑顔を作り、立ち上がった。
どうやらやらなければならないらしいと理解した。
そうは理解したけれど、どうしてやることになったのかは、さっぱり分からなかった。
そうしてハースにエスコートされて、アリスは全校生徒の前に立つことになった。
「あ、お姉様!」
という声が聞こえたのは、誰だったんだろうか。
ハースは名残惜しそうにアリスから手を離すと、アリスの腰を抱いた。
アリスは赤面する。だが、文句も言えやしない。
卒業生も、在校生も、アリスが前に出てきた時には一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得した顔をしていたし、ハースが腰を抱いたときでさえ、表情を変えなかった。
一体、アリスとハースはこの学院の中でどんな立ち位置になっていたんだろうと、アリスは今更思う。
学院長を見て見るが、特に困った様子は見せていないため、きっとこれは既定路線だったのかもしれない。
グリーン先生の顔が見えたが、遠目にもその顔が虚ろに見えたのは気のせいだろうか。
不思議な気持ちで学院生たちの顔を見ていたら、ハースが顔を覗き込んできた。
どうやら何か役割があるらしいと、アリスはハースに集中した。
ハースはアリスの視線が自分に向くと、満足したように笑って口を開いた。
「この学院に入学したとき、私は大きな野望を抱いていました」
野望と聞こえたが、きっと気のせいに違いないとアリスは思い込もうとした。きっと希望と言ったのだと。だが、目があったケリーは明らかに笑っている。やっぱり野望と言ったらしい。一体ハースは何を言い出すのかと、アリスはハラハラする。
「それは……学院生活をすばらしいものにすることです」
ハースの続けた言葉が普通で、アリスはホッとする。
「そして、私はその野望を達成し、この学院での生活をすばらしいものとすることができました」
どうやら野望という言葉の選び方が変わっていただけで、中身は普通のあいさつらしいとアリスは納得する。
でも、視界の端に、なぜかクラスメイトがニヤニヤしているのが見えた。マークなどおかしそうに笑っているようにも見える。なぜ笑っているのか、アリスにはわからなかった。
「在校生の皆さん、学院生活をこれから更にすばらしいものにするために、先輩としてアドバイスをします」
アリスはハースが一体何を言うのだろうと、耳を傾けた。
「皆さんには、一番大切なものはありますか?」
ハースのアリスを抱く力が少しだけ強まって、アリスはちょっと恥ずかしい気持ちになった。でも、誰にも気づかれていないだろうと、恥ずかしがる表情は表に出さないようにした。
「まず、自分の本当に大切なものが何か、それをしっかりと理解しなければなりません。そこを見誤ると、それだけで学院生活のすばらしさは半分以下、いや、1割になってしまいます」
力のこもったハースの言葉に、アリスはなるほど、と思う。
アリスにとっての大切なものは何だっただろうか。
学友、勉強、学院生活?
でも一番大切なものは?
アリスに浮かんだのは、一人だけだった。
「その大切なものを、守れる力を身に着けていってください。それが、学院生活がすばらしいものだったと最後に言える根拠になるのです」
果たして、アリスは大切なものを守れる力を身につけられただろうか。
アリスはハースの横顔を見つめる。
「私はこの学院生活で、大切なものを守る力を身に着けました。だからこそ、胸を張って言えるのです。学院生活はすばらしいものだったと」
そこで言葉を切ったハースが、アリスを見つめる。
アリスは照れてうつむいた。
「在校生の皆さん、これからの学院生活が、もっとすばらしいものになるように、卒業生一同願っています」
ハースが言い切ると、どこからともなく拍手がわき上がる。
アリスも、確かにすばらしいスピーチだったと思う。
だがしかし、一つだけ疑問が残っている。
アリスは結局、何もしなかった。
どうしてアリスは前に出る必要があったんだろうか。
満足そうにアリスを見るハースからは、きっと答えがもらえないだろうと、アリスは思う。
それでもアリスは、もしかしなくてもハースの力になれたのかもしれないと、前に出る前に少し震えていたハースの手を思い出しながら、微笑んだ。
35
あなたにおすすめの小説
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
悪役令嬢は断罪の舞台で笑う
由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。
しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。
聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。
だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。
追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。
冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。
そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。
暴かれる真実。崩壊する虚構。
“悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる