母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
28 / 46
第四章

4.告白のような

しおりを挟む
 ふと、途切れていた暑さと、蝉の声、線香の香りが急に感覚として戻って来たのを感じた。

『きゅわわーん』

 どこからともなく現れ、ぴょいぴょいと跳ね回る白いモフ。消えた白昼夢にそっと息をつき改めて目の前にある鉄の門扉に手を伸ばした。

 キィ~ッと音をさせてそれを開くと、一番新しいお墓の前にしゃがんでいたお兄さんがゆっくりとこちらを振り返った。

 鯖色のボサボサの荒れた髪は、照りつける太陽の光で現実味のない不可思議な色に感じられる。

 黒縁の眼鏡の奥の細い目は、ただ静かに私を見ていた。

「こんにちは、入っていい?」

 先に私から声をかけた。仕切られた東神家の墓所に身内でもない私が勝手に入るのはいけないだろう。

「ああ、いいよ、どうぞ。俺も会いたかった」

 それを聞いて私は門の中へ入り、門を閉めた。

「このお寺にお墓参りに来たんだけど、お兄さんが見えたから・・・勝手に来てごめんね」

「いや、会って話がしたかったのは本当だし、会えて良かった」

 いつもはマスクしているので口元が見えないけど、今日はしていないので顔が全部見える。お兄さんの口元に笑みがあった。

「あの、そのお墓に、私もお参りさせてもらって良いかな?」

 線香立てに立てられたお香の良い香りが流れてくる。それにここには水道がひかれていて、柄杓やバケツなども屋根付きの置き場所が作られている。お墓も綺麗に掃除されていた。

「うん、どうぞ」

 お兄さんがしゃがんでいた新しいお墓の前に、私もしゃがんで手をあわせた。

 言葉には出来ない色んな思いが私の胸の奥に留まっていて、今はここに埋葬された人達に何かを伝える事はできないから、黙って手を合わせただけだ。そして、朝の夢の中で手を引いてくれた人の事を思った。

 それから二人で墓所を出てお寺の木陰に移動し、縁石に座って話をした。

「お盆で親父が家に帰れって連絡をよこしたから家に顔を出したんだ。母親の調子がおかしいって聞いてたのもあって・・・」

「おかしいって、どんなふうに?」

「精神的に不安定って言うか、そんな感じ。家に帰った俺が傍に近づいたら急に狂ったように叫びながら自分の部屋に逃げて、布団被って出てこなくなった。部屋に入ろうとしたら、「来るなっ」て怒鳴る声はとても母親の声じゃなくて、あの時は動物みたいに四つ足で這って行ったんだ。その姿は人とは思えなかった・・・俺は、これは普通じゃない事だと思った。あれは母さんじゃなかった。――――君は迷信だとか、超常現象とか信じる?」

 お兄さんは直球で聞いてきた。それなら私もそのように返していいだろうと思った。それにどんなふうに言ったとしても、このお兄さんは私の言った事を悪くはとらえないんじゃないかと思えた。

「えっと、私は人には見えないモノが見えるから信じる。だからお兄さんに百家さんの護符を渡したでしょ」

 悪いものに取り憑かれていたお兄さんのお母さんはその護符に反応したのじゃないだろうか。

「・・・そうなんだな。そういう気がした。それに初めて会った時から君の事はなんだかとても気になっていたよ。おかしな話、懐かしい感じがした。とても君の存在に惹かれていた。何故だか分からないけど」

「うん、わかる。私もお兄さんを初めて見た時、とても気になった。私もとてもお兄さんに会ったとき懐かしかった。だから意味があって来たんだと思ってる」

 

 私達以外の人には、まるで何かしら告白のようにしか聞こえないやりとりだっただろう。

 そんな私の言葉に頷いてお兄さんは言った。


「家に帰って母親に会った時、親父も豹変する母を見ていたんだ。親父は現実主義者で、今まで家で起こった多くの不幸な出来事を家にある謂れのある井戸のせいにはしたく無かったらしいよ。でも数日前に百家神社の宮司さんが家を訪ねて来て、古くから伝わっている家の井戸の詳しい話を親父に話してくれたらしい。それで、やっとその事について真摯に受け止めたみたいだ。思う所もあったんじゃないかな」

「私、その井戸の話知ってる。よくない謂れの井戸なんでしょ」

「うん。とてもよくないものらしい。家に来てくれた宮司さんが、家に護符を貼ったり、敷地を祓って清めた石のような物を何か所かに埋めて帰ったそうなんだ。そしたら、親父の夢の中に俺のお兄ちゃんのお母さんが現れたんだって聞いた。あ、知ってるかも知れないけど、俺の亡くなったお兄ちゃんのお母さんは、俺の母親の姉だった人なんだ。やっぱり亡くなってるけど。――――その人が『この家には悪いモノが憑いていて入れなかったけど、百家さんのおかげでやっと入る事が出来た』って親父に話したらしい」

「―――あのね、私も前にお兄さんのお母さんが道の駅に来た時、悪いモノが憑いているのが視えた。だから護符を渡したんだけど。その時、百家さんの所の同級生も一緒にいたから、頼んだらあの護符を作ってくれたの」

「そうか、そんな事があったんだな。世の中には不思議な事があるな。生きていると知らない事に出会えたり、君に出会えたり、そんな風に、まだ、嬉しい事があるってわかって良かった。・・・死んでるみたいに生きてたけど、それでも生きてて良かった・・・」

 ポツリ、ポツリとお兄さんは話してくれた。私はただ頷いて聞いている事しかできなかったけど・・・。


 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...