30 / 46
第四章
6.時雨さん
しおりを挟む
百家くんの家で巫女装束の着付けを習った日の事だ。
暑いので住居側の冷房の良く効いた部屋に通された。そこは畳の広い和室で上品な色合いの綿壁でしつらえてある。綿壁はキラキラが少し混ざっていて宇宙的な空間を感じさせる。つまり、なんかいい感じだった。
障子戸は下半分がガラスになっているけど、スライドして障子を下すと全面が障子になり部屋の中は見えなくなる仕様だった。上部は欄間になっていて龍やら雲やら仙人みたいなのが木に彫られていた。
障子を取り払えば次の間と続いて広い座敷の間になる。神社なので人の集まりも多そうだ。
「きれい・・・」
「塙宝、壁にくっついてないでこっちに来てくれよ」
じっくり綿壁を観察していると、百家くんに座卓の方に呼ばれた。そして座布団に座るように勧められた。
「わぁ、フカフカ」
分厚い高級座布団と、広い黒檀の座卓がどーんと置いてあり、その上に麦茶とおやつの菓子が菓子器に盛られている。家の座布団の三倍くらいの厚みがあった。
そこに母より年上に見える女性がニコニコしながら入って来た。
「いらっしゃい、斜陽の伯母の時雨(しぐれ)です。いつもは斜陽が会わせてくれないから貴方のこと物陰から見ていたのよ。やっと会わせてもらえたわ~」
うきうきとした感じの声でやたらと嬉しそうだ。見た目は、ぽっちゃりとして小柄な人で、優しそうな人だなという感じ。そして明るい。
百家くんは時雨さんをじろりと一瞥した。
「塙宝 麻美です。今日はよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「まあまあまあ、なんて綺麗なお嬢さんかしら、髪もツヤツヤでお姫様みたいね」
どこがどうお姫様なのかよくわからないけど、今日は着替えたりするし、お母さんがコンタクトレンズにしていけというのでそうした。まだあまりコンタクトをつける練習もしていないので、朝、格闘して入れてきたのだ。
髪も寝ぐせをブローして直している。いつもは三つ編みにするので全く構っていないけど。
「・・・」
普通ならなんか突っ込みをいれそうなものなのに百家くんは黙って麦茶を飲んでいる。
「麻美ちゃんていうのね、名前も可愛いわ、それにものすごい美人さんね。さて、今日は着付けのお教室よね。でも先に冷たいものを頂いて頂戴」
美人だなんて言われた事もなかったので思わず周りを見回してしまった。どうやら私に向けて言われたようだ。美人さんと言えば百家くんだが。もしかしたら社交辞令というやつかもしれないとも思った。
「頂きます」
「はいどうぞ。お義父さんから、斜陽に仲の良い女の子がいるって聞いていて、前から会いたかったの。この子ほら、えーと、ツンデレっていうタイプでしょ。彼女も出来ないんじゃないかって心配だったのよね」
「ツンですがデレは見たことないです。それに心配されなくても、斜陽くんは女の子にはいつも大人気です」
ツンデレっていうより、不遜って感じだけどね、でも本当はとても優しい人だと思う。
「まあ、そう!それで麻美ちゃんとは・・」
「伯母さん!麦茶お代わり!」
ドン、と飲み切った麦茶を高級座卓に音を立てて百家くんが置いた。
透明なビニールのシートでカバーされてるけど、傷がつきそう。
「まあ、なあに、ホントに男の子ってつまんないわよね~、でも、麦茶はお代わりを持って来ておくわ。待っててね」
時雨さんは見た目のふんわりさとは違い、素早い動きで立ち上がり部屋を出て行った。
「着付けの練習終わるまで部屋から出ていけって伯母さんに言われてるから、時間潰してる。終わったら携帯で連絡してくれよ」
「わかった」
「なんかさ、尾根山が変な案件持って来てるし、その話もしたいんだ」
「えっ尾根山君が?」
「そんな、ムッとした顔すんな」
「だって尾根山君でしょ、また何か関わりたくないような話じゃないよね?」
「う~ん、それは何とも言えないな」
「あ、絶対そうだよね、今、目が泳いだもん」
「・・・まあ、今は東神家の事があるから、尾根山の話は取り敢えず、ちょっと話を聞いてもらうだけだから」
「あっそう」
尾根山くんと言えば、拾った川石の憑き物の事件があった。彼は高校は県内の男子校に通っている。
学校は別々になったけど、百家くんとの友達付き合いは続いているようだ。
「菓子も食えよ。これ、岡山銘菓だって。お前好きそう」
勧められて『むらずずめ』を頂いた。
うん、んまい。これ好き。
聞いたところによると、神職のアルバイトはバイトとは言わず、正式には助勤(じょきん)というのだそうだ。
でもたぶん、皆、年末の巫女さんのバイトと言っているし、逆に助勤と言ったらたぶん意味が分からない人の方が多いと思う。
そして百家神社は単立神社で、神社庁には所属していないそうだ。有名な所で出雲大社や靖国神社もそうらしい。宗派の違いもあるそうだけど、神社本庁は民間宗教団体であって国の機関ではないそうなので、色々と難しい大人の問題が山積みのようだ。
そんな事はさておき、巫女の衣装を見せてもらった。白の小袖に緋袴だ。そして神事によって上に羽織る千早(ちはや)と呼ばれる上衣や被り物の水干(すいかん)、頭飾り等、他にも色々アイテムがあるらしい。
履物は白足袋を着用し、草履か下駄を履くらしいけど、慣らさないとむずかしいだろう。とりあえずは白のスニーカーでもいいと言われた。慣れない履物で転げて怪我をするよりもその方がいいよね。
その日は着付け方とたたみ方を習い何度か練習をした。
巫女装束は脱ぎ捨てず、直ぐににたたむこと。跨いだりしない、という決まりがあるのだそうだ。護符と同じ扱いをするようだった。
気が付くともう夕方で、終わってから百家くんに携帯で連絡すると、
「長かったな」
と一言われた。
暑いので住居側の冷房の良く効いた部屋に通された。そこは畳の広い和室で上品な色合いの綿壁でしつらえてある。綿壁はキラキラが少し混ざっていて宇宙的な空間を感じさせる。つまり、なんかいい感じだった。
障子戸は下半分がガラスになっているけど、スライドして障子を下すと全面が障子になり部屋の中は見えなくなる仕様だった。上部は欄間になっていて龍やら雲やら仙人みたいなのが木に彫られていた。
障子を取り払えば次の間と続いて広い座敷の間になる。神社なので人の集まりも多そうだ。
「きれい・・・」
「塙宝、壁にくっついてないでこっちに来てくれよ」
じっくり綿壁を観察していると、百家くんに座卓の方に呼ばれた。そして座布団に座るように勧められた。
「わぁ、フカフカ」
分厚い高級座布団と、広い黒檀の座卓がどーんと置いてあり、その上に麦茶とおやつの菓子が菓子器に盛られている。家の座布団の三倍くらいの厚みがあった。
そこに母より年上に見える女性がニコニコしながら入って来た。
「いらっしゃい、斜陽の伯母の時雨(しぐれ)です。いつもは斜陽が会わせてくれないから貴方のこと物陰から見ていたのよ。やっと会わせてもらえたわ~」
うきうきとした感じの声でやたらと嬉しそうだ。見た目は、ぽっちゃりとして小柄な人で、優しそうな人だなという感じ。そして明るい。
百家くんは時雨さんをじろりと一瞥した。
「塙宝 麻美です。今日はよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「まあまあまあ、なんて綺麗なお嬢さんかしら、髪もツヤツヤでお姫様みたいね」
どこがどうお姫様なのかよくわからないけど、今日は着替えたりするし、お母さんがコンタクトレンズにしていけというのでそうした。まだあまりコンタクトをつける練習もしていないので、朝、格闘して入れてきたのだ。
髪も寝ぐせをブローして直している。いつもは三つ編みにするので全く構っていないけど。
「・・・」
普通ならなんか突っ込みをいれそうなものなのに百家くんは黙って麦茶を飲んでいる。
「麻美ちゃんていうのね、名前も可愛いわ、それにものすごい美人さんね。さて、今日は着付けのお教室よね。でも先に冷たいものを頂いて頂戴」
美人だなんて言われた事もなかったので思わず周りを見回してしまった。どうやら私に向けて言われたようだ。美人さんと言えば百家くんだが。もしかしたら社交辞令というやつかもしれないとも思った。
「頂きます」
「はいどうぞ。お義父さんから、斜陽に仲の良い女の子がいるって聞いていて、前から会いたかったの。この子ほら、えーと、ツンデレっていうタイプでしょ。彼女も出来ないんじゃないかって心配だったのよね」
「ツンですがデレは見たことないです。それに心配されなくても、斜陽くんは女の子にはいつも大人気です」
ツンデレっていうより、不遜って感じだけどね、でも本当はとても優しい人だと思う。
「まあ、そう!それで麻美ちゃんとは・・」
「伯母さん!麦茶お代わり!」
ドン、と飲み切った麦茶を高級座卓に音を立てて百家くんが置いた。
透明なビニールのシートでカバーされてるけど、傷がつきそう。
「まあ、なあに、ホントに男の子ってつまんないわよね~、でも、麦茶はお代わりを持って来ておくわ。待っててね」
時雨さんは見た目のふんわりさとは違い、素早い動きで立ち上がり部屋を出て行った。
「着付けの練習終わるまで部屋から出ていけって伯母さんに言われてるから、時間潰してる。終わったら携帯で連絡してくれよ」
「わかった」
「なんかさ、尾根山が変な案件持って来てるし、その話もしたいんだ」
「えっ尾根山君が?」
「そんな、ムッとした顔すんな」
「だって尾根山君でしょ、また何か関わりたくないような話じゃないよね?」
「う~ん、それは何とも言えないな」
「あ、絶対そうだよね、今、目が泳いだもん」
「・・・まあ、今は東神家の事があるから、尾根山の話は取り敢えず、ちょっと話を聞いてもらうだけだから」
「あっそう」
尾根山くんと言えば、拾った川石の憑き物の事件があった。彼は高校は県内の男子校に通っている。
学校は別々になったけど、百家くんとの友達付き合いは続いているようだ。
「菓子も食えよ。これ、岡山銘菓だって。お前好きそう」
勧められて『むらずずめ』を頂いた。
うん、んまい。これ好き。
聞いたところによると、神職のアルバイトはバイトとは言わず、正式には助勤(じょきん)というのだそうだ。
でもたぶん、皆、年末の巫女さんのバイトと言っているし、逆に助勤と言ったらたぶん意味が分からない人の方が多いと思う。
そして百家神社は単立神社で、神社庁には所属していないそうだ。有名な所で出雲大社や靖国神社もそうらしい。宗派の違いもあるそうだけど、神社本庁は民間宗教団体であって国の機関ではないそうなので、色々と難しい大人の問題が山積みのようだ。
そんな事はさておき、巫女の衣装を見せてもらった。白の小袖に緋袴だ。そして神事によって上に羽織る千早(ちはや)と呼ばれる上衣や被り物の水干(すいかん)、頭飾り等、他にも色々アイテムがあるらしい。
履物は白足袋を着用し、草履か下駄を履くらしいけど、慣らさないとむずかしいだろう。とりあえずは白のスニーカーでもいいと言われた。慣れない履物で転げて怪我をするよりもその方がいいよね。
その日は着付け方とたたみ方を習い何度か練習をした。
巫女装束は脱ぎ捨てず、直ぐににたたむこと。跨いだりしない、という決まりがあるのだそうだ。護符と同じ扱いをするようだった。
気が付くともう夕方で、終わってから百家くんに携帯で連絡すると、
「長かったな」
と一言われた。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる