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第六章 解呪と試練
<5>月の神2
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月の神の名前はアリルと名乗った。
アリルと狼神は帝国が存在する前からこの地を護っていたという。
二人は人間の姿で地上に現れ、人間たちを観察したり見守ったりしていたそうだ。
ある時、彼らは人間の男――初代ベリンガム帝国の国王と偶々出逢い、親交を深めるようになる。その結果、二人はその男を国王とした国を作ることを思いつく。
三人は神と人間という立場を越えた親友になった。
「だから俺がクソ狼に片想いなんてありえねえっつの」
アリルは忌々しそうに爪を噛んだ。
けれど帝国の建国にあたり、国を護る方針でアリルと狼神はぶつかった。
「たしかにアイツの言うことは正論だったよ。けどそれだけじゃ人間は絶対にうまくいかねえ。俺らとは違うんだ」
人間の善性を重んじる狼神と厳しく律しなければすぐに堕落してしまうと唱えるアリル。
二人は次第に対立を深めていく。
そんな中、狼神の忠臣の狼とヴァンダービルト家の令嬢が出逢うことになる。
「怪我したアイツの手下をヴァンダービルトの女が助けたのは本当。俺がそいつを人間にしてやったのも本当」
その後、人間になった狼神の忠臣――初代ヴァンダービルト公爵は初代国王がもっとも信頼を寄せる臣下となる。
「国王は悩んでたんだよ。俺とアイツの主張、どっちを取り入れるべきかって。そこにヴァンダービルトの野郎が入れ知恵しやがった」
アリルは次第に国政や事業から遠ざかるようになる。気がついたときにはアリルのいた場所はヴァンダービルト公爵にとって変わられていた。
「ベリンガム帝国はアイツと初代国王と俺で創ってきたはずだったんだ。それなのに、ヴァンダービルトが介入するようになってから色んなことがおかしくなった」
そうして、ある政策のことで真っ向から対立したアリルとヴァンダービルト公爵は決闘を行うことになる。
「神に勝てるわけなんかないっつーのに。で、負けたアイツに俺が呪いをかけたわけ」
話を終えたアリルは反応を窺うような目を俺たちに向ける。
そんなことで何百年にも渡る呪いをかけるなんて子どもっぽいし自己中心的だと思う。
怒りを感じてはいるものの、それを表に出してはいけない。
チラリと隣に視線を向ける。レヴィの瞳にも怒りの炎が宿っているように見えた。
膝の上で強く握りこまれた拳にそっと手を重ねる。
レヴィがハッとした表情でこっちを見た。俺は大丈夫だという意味を込めて微笑み、小さく頷いた。
「アリル様。単刀直入に申し上げます。俺たちはヴァンダービルト家にかけられた呪いを解いてもらいにきました」
アリルは不敵な笑みを浮かべる。
「俺だってもっと早くおまえらの先祖が謝りに来てりゃすぐに解呪してやるつもりだったよ。それなのに、ヴァンダービルトの人間は何百年も来なかった。おかげで王やクソ狼とも絶交する羽目になっちまった」
「それは――」
俺の言葉をアリルは片手を挙げて制する。
「わかってるよ。俺が怖かったんだろ。確かにあの時はブチ切れてたけどさ。けど俺だけが悪者なわけでも、可哀想な奴ってわけでもないんだからな」
不貞腐れたような口調と寂しそうな瞳。ああそうか、この人は。
考えるより先に、口から言葉が零れた。
「アリル様。ずっとおひとりで寂しかったんですね」
「……は」
アリルの金の瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。
「本当にすみません。ずっと一人にして。俺たちも先祖もアリル様ばかりを悪者にして怖がるばかりで、アリル様のお気持ちを考えていませんでした。解呪してくださったら、国王や狼神に会いに行きましょう」
「……んなこと言ってまた俺のこと一人にするんじゃねえだろうな」
アリルの顔が苦しそうに歪む。
「しません。絶対に」
エリスとして生きてきた俺も、家族に見限られてからはずっと一人で本当はつらかった。
もちろんリアムはいてくれたけれど、俺がいなくても楽しそうにしている両親や兄妹たちの姿を目にするのは寂しかったから。
アリルは椅子から立ち上がると、ブーツの踵を鳴らしてこっちに近づいてくる。
俺たちの正面に座ると、何かを探るように俺の目をじっと見た。
「おまえ……アラン・ベリンガムだな」
「はい。一度死んで、今はアイルズベリーのラムズデール家に生まれ変わりましたが。アリル様は俺のこと、ご存知だったんですね」
「ああ。王家の人間のことはずっと見てたから」
「そうだったんですか……アリル様はお優しい方なんですね」
俺の言葉に、アリルの顔にさっと赤味が差す。
「は、はぁ!? 別に優しくなんかねえし! 神としての仕事だからだよ!」
その様子がなんだか可愛くて、自然と笑みがこぼれる。
「おい! 何笑ってんだよ!」
「申し訳ありません。アリル様が可愛らしくて、つい」
「かっ……! 舐めてんのか! 俺の方が何百歳も年上なんだぞ!!」
(月の神、なんか憎めない奴だな。ていうか仲良くなれそうかも)
俺はやんちゃ坊主が嫌いじゃない。弟子たちの中にも負けん気が強くてあまのじゃくな性格の子どもたちは多かった。
そんなことを思いながらアリルとの会話を楽しんでいた俺は、レヴィがどんな目で俺たちを見ていたのかなんて全く気づいていなかった。
アリルと狼神は帝国が存在する前からこの地を護っていたという。
二人は人間の姿で地上に現れ、人間たちを観察したり見守ったりしていたそうだ。
ある時、彼らは人間の男――初代ベリンガム帝国の国王と偶々出逢い、親交を深めるようになる。その結果、二人はその男を国王とした国を作ることを思いつく。
三人は神と人間という立場を越えた親友になった。
「だから俺がクソ狼に片想いなんてありえねえっつの」
アリルは忌々しそうに爪を噛んだ。
けれど帝国の建国にあたり、国を護る方針でアリルと狼神はぶつかった。
「たしかにアイツの言うことは正論だったよ。けどそれだけじゃ人間は絶対にうまくいかねえ。俺らとは違うんだ」
人間の善性を重んじる狼神と厳しく律しなければすぐに堕落してしまうと唱えるアリル。
二人は次第に対立を深めていく。
そんな中、狼神の忠臣の狼とヴァンダービルト家の令嬢が出逢うことになる。
「怪我したアイツの手下をヴァンダービルトの女が助けたのは本当。俺がそいつを人間にしてやったのも本当」
その後、人間になった狼神の忠臣――初代ヴァンダービルト公爵は初代国王がもっとも信頼を寄せる臣下となる。
「国王は悩んでたんだよ。俺とアイツの主張、どっちを取り入れるべきかって。そこにヴァンダービルトの野郎が入れ知恵しやがった」
アリルは次第に国政や事業から遠ざかるようになる。気がついたときにはアリルのいた場所はヴァンダービルト公爵にとって変わられていた。
「ベリンガム帝国はアイツと初代国王と俺で創ってきたはずだったんだ。それなのに、ヴァンダービルトが介入するようになってから色んなことがおかしくなった」
そうして、ある政策のことで真っ向から対立したアリルとヴァンダービルト公爵は決闘を行うことになる。
「神に勝てるわけなんかないっつーのに。で、負けたアイツに俺が呪いをかけたわけ」
話を終えたアリルは反応を窺うような目を俺たちに向ける。
そんなことで何百年にも渡る呪いをかけるなんて子どもっぽいし自己中心的だと思う。
怒りを感じてはいるものの、それを表に出してはいけない。
チラリと隣に視線を向ける。レヴィの瞳にも怒りの炎が宿っているように見えた。
膝の上で強く握りこまれた拳にそっと手を重ねる。
レヴィがハッとした表情でこっちを見た。俺は大丈夫だという意味を込めて微笑み、小さく頷いた。
「アリル様。単刀直入に申し上げます。俺たちはヴァンダービルト家にかけられた呪いを解いてもらいにきました」
アリルは不敵な笑みを浮かべる。
「俺だってもっと早くおまえらの先祖が謝りに来てりゃすぐに解呪してやるつもりだったよ。それなのに、ヴァンダービルトの人間は何百年も来なかった。おかげで王やクソ狼とも絶交する羽目になっちまった」
「それは――」
俺の言葉をアリルは片手を挙げて制する。
「わかってるよ。俺が怖かったんだろ。確かにあの時はブチ切れてたけどさ。けど俺だけが悪者なわけでも、可哀想な奴ってわけでもないんだからな」
不貞腐れたような口調と寂しそうな瞳。ああそうか、この人は。
考えるより先に、口から言葉が零れた。
「アリル様。ずっとおひとりで寂しかったんですね」
「……は」
アリルの金の瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。
「本当にすみません。ずっと一人にして。俺たちも先祖もアリル様ばかりを悪者にして怖がるばかりで、アリル様のお気持ちを考えていませんでした。解呪してくださったら、国王や狼神に会いに行きましょう」
「……んなこと言ってまた俺のこと一人にするんじゃねえだろうな」
アリルの顔が苦しそうに歪む。
「しません。絶対に」
エリスとして生きてきた俺も、家族に見限られてからはずっと一人で本当はつらかった。
もちろんリアムはいてくれたけれど、俺がいなくても楽しそうにしている両親や兄妹たちの姿を目にするのは寂しかったから。
アリルは椅子から立ち上がると、ブーツの踵を鳴らしてこっちに近づいてくる。
俺たちの正面に座ると、何かを探るように俺の目をじっと見た。
「おまえ……アラン・ベリンガムだな」
「はい。一度死んで、今はアイルズベリーのラムズデール家に生まれ変わりましたが。アリル様は俺のこと、ご存知だったんですね」
「ああ。王家の人間のことはずっと見てたから」
「そうだったんですか……アリル様はお優しい方なんですね」
俺の言葉に、アリルの顔にさっと赤味が差す。
「は、はぁ!? 別に優しくなんかねえし! 神としての仕事だからだよ!」
その様子がなんだか可愛くて、自然と笑みがこぼれる。
「おい! 何笑ってんだよ!」
「申し訳ありません。アリル様が可愛らしくて、つい」
「かっ……! 舐めてんのか! 俺の方が何百歳も年上なんだぞ!!」
(月の神、なんか憎めない奴だな。ていうか仲良くなれそうかも)
俺はやんちゃ坊主が嫌いじゃない。弟子たちの中にも負けん気が強くてあまのじゃくな性格の子どもたちは多かった。
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