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第七章 真実の愛
<12>真実
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庭先をあちこち熱心に観察してはメモを取るエリスを見つめていると、エヴァンズ公爵が話しかけてきた。
「どうしたんだい? 黙りこんでしまって」
その声でハッと我に返る。
「失礼しました。その……パンを作ることができるなんて、知らなかったものですから。驚いてしまって」
貴族は高位であればあるほど料理なんてしないものだ。僕だって剣は振るっても包丁は握ったことがない。
「しかもラムズデール公爵家で華やかな生活をしていた妻が、こんなに素朴はパンを焼くなんて思ってもみなかったものですから」
続けて言うと、エヴァンズ公爵が驚いたように目を見開いた。
「ヴァンダービルト公爵、まさかあなたはエリスがどんな生活をしていたかご存じないのですか?」
「事前に調べた情報では連日連夜、ラムズデール公爵とともに夜会に出かけては様々な貴族たちと浮名を流していると――」
「それは違う。兄上と夜会に出かけていたのはあの子じゃない、兄のウィリアムと弟のハロルドのことだ」
エヴァンズ公爵が厳しい口調で言葉を被せてくる。
「その情報は間違っているよ。エリスは家族から言葉にするのも躊躇われるような扱いを受けていたのだから。おそらく情報を仕入れた人間も、まさか公爵令息が実家で使用人同然の扱いを受けているなんて思いもしなかったんだろう」
今度は僕が驚く番だった。
エヴァンズ公爵は深いため息を吐くと、静かに言った。
「少しだけ、私の話を聞いてくれるかな」
「……はい」
公爵の話を聞き終えた僕は、あまりの衝撃に言葉が出てこなかった。
エリスには確かにとても強い魔力がある。
魔力を使っているところも何度も目撃しているし、ヴァンダービルト家の呪いを解呪してくれたとマークからも聞いた。
実際、僕にかかっていたはずの呪いはすっかり消えている。
記憶が欠けているのでその時のことは思い出せないが、皆が口を揃えてエリスの力だと言っていた。
だがアイルズベリーの魔力量判定では、ほぼゼロという判定を下されたという。
もちろん魔力ゼロの判定を受けた両親のショックは計り知れなかっただろうが、だからといって子どもを虐げていい理由になるはずがない。
僕の両親はもうすでに亡くなっているのだが、愛された記憶しかなかった。
実の子どもを使用人同然に扱う親が存在するなんて信じられないし、信じたくない。
(僕は目の前にいるエリスではなく、報告書に記載されていたことしか見ていなかった)
自分の浅はかさが恥ずかしくて、両手を膝の上で強く握りしめる。
「あの子には幸せになる権利がある。エリスのことをよろしく頼む」
エヴァンズ公爵の言葉に、俺は黙って頭を下げることしかできなかった。
しんみりとした空気をエリスの大声が打ち破った。
「叔父上! 少しわけていただきたいハーブがあるのですが」
庭から目をキラキラさせて叫ぶエリスはよほど興奮しているのか、頬が紅潮している。
「好きなだけ持って行きなさい」
エヴァンズ公爵の言葉にエリスは大喜びで庭の奥へとリアムを従えて姿を消した。
「楽しそうでなによりだ」
公爵が独り言のように呟くのとほぼ同時に、慌てたような乱れた足音が廊下から聞こえてきた。
ガチャリと大きな音を立てて扉が開き、明らかにうろたえた様子の使用人が入ってくる。
「どうしたんだ。廊下を走るだなんて」
「もっ、申し訳ございません……ですがラムズデール公爵ご一家がいらっしゃいまして。来客中ですと申し上げたのですが、我々の制止も聞かずこちらに向かわれております!」
「なんだって」
公爵の眉が跳ねあがる。
「おそらくはあと数分もしないうちにこちらにいらっしゃるかと」
「……まったく。わかった、後は引き受けよう。ヴァンダービルト公爵、大変申し訳ございません」
エヴァンズ公爵が頭を下げた。
「公爵、謝らないでください……エリスはしばらくこちらへは戻らないようにしておいた方がいいかもしれませんね」
「たしかに、仰るとおりですな。皆、ここは大丈夫だから私から連絡するまでエリスをこの部屋へ近寄らせないようにしてくれ。ヴァンダービルト公爵も別の部屋へ移動されますか?」
エヴァンズ公爵の言葉に僕は首を左右に振る。
「いえ。僕も残ります。お話をお聞きして、彼らに会ってみたくなっていたので」
「なんですって」
目を丸くするエヴァンズ公爵に僕は微笑んだ。
「僕、性格があまり良くないんですよ」
エヴァンズ公爵は一瞬ぽかんとした表情になった後、大声で笑い始めた。
「どうしたんだい? 黙りこんでしまって」
その声でハッと我に返る。
「失礼しました。その……パンを作ることができるなんて、知らなかったものですから。驚いてしまって」
貴族は高位であればあるほど料理なんてしないものだ。僕だって剣は振るっても包丁は握ったことがない。
「しかもラムズデール公爵家で華やかな生活をしていた妻が、こんなに素朴はパンを焼くなんて思ってもみなかったものですから」
続けて言うと、エヴァンズ公爵が驚いたように目を見開いた。
「ヴァンダービルト公爵、まさかあなたはエリスがどんな生活をしていたかご存じないのですか?」
「事前に調べた情報では連日連夜、ラムズデール公爵とともに夜会に出かけては様々な貴族たちと浮名を流していると――」
「それは違う。兄上と夜会に出かけていたのはあの子じゃない、兄のウィリアムと弟のハロルドのことだ」
エヴァンズ公爵が厳しい口調で言葉を被せてくる。
「その情報は間違っているよ。エリスは家族から言葉にするのも躊躇われるような扱いを受けていたのだから。おそらく情報を仕入れた人間も、まさか公爵令息が実家で使用人同然の扱いを受けているなんて思いもしなかったんだろう」
今度は僕が驚く番だった。
エヴァンズ公爵は深いため息を吐くと、静かに言った。
「少しだけ、私の話を聞いてくれるかな」
「……はい」
公爵の話を聞き終えた僕は、あまりの衝撃に言葉が出てこなかった。
エリスには確かにとても強い魔力がある。
魔力を使っているところも何度も目撃しているし、ヴァンダービルト家の呪いを解呪してくれたとマークからも聞いた。
実際、僕にかかっていたはずの呪いはすっかり消えている。
記憶が欠けているのでその時のことは思い出せないが、皆が口を揃えてエリスの力だと言っていた。
だがアイルズベリーの魔力量判定では、ほぼゼロという判定を下されたという。
もちろん魔力ゼロの判定を受けた両親のショックは計り知れなかっただろうが、だからといって子どもを虐げていい理由になるはずがない。
僕の両親はもうすでに亡くなっているのだが、愛された記憶しかなかった。
実の子どもを使用人同然に扱う親が存在するなんて信じられないし、信じたくない。
(僕は目の前にいるエリスではなく、報告書に記載されていたことしか見ていなかった)
自分の浅はかさが恥ずかしくて、両手を膝の上で強く握りしめる。
「あの子には幸せになる権利がある。エリスのことをよろしく頼む」
エヴァンズ公爵の言葉に、俺は黙って頭を下げることしかできなかった。
しんみりとした空気をエリスの大声が打ち破った。
「叔父上! 少しわけていただきたいハーブがあるのですが」
庭から目をキラキラさせて叫ぶエリスはよほど興奮しているのか、頬が紅潮している。
「好きなだけ持って行きなさい」
エヴァンズ公爵の言葉にエリスは大喜びで庭の奥へとリアムを従えて姿を消した。
「楽しそうでなによりだ」
公爵が独り言のように呟くのとほぼ同時に、慌てたような乱れた足音が廊下から聞こえてきた。
ガチャリと大きな音を立てて扉が開き、明らかにうろたえた様子の使用人が入ってくる。
「どうしたんだ。廊下を走るだなんて」
「もっ、申し訳ございません……ですがラムズデール公爵ご一家がいらっしゃいまして。来客中ですと申し上げたのですが、我々の制止も聞かずこちらに向かわれております!」
「なんだって」
公爵の眉が跳ねあがる。
「おそらくはあと数分もしないうちにこちらにいらっしゃるかと」
「……まったく。わかった、後は引き受けよう。ヴァンダービルト公爵、大変申し訳ございません」
エヴァンズ公爵が頭を下げた。
「公爵、謝らないでください……エリスはしばらくこちらへは戻らないようにしておいた方がいいかもしれませんね」
「たしかに、仰るとおりですな。皆、ここは大丈夫だから私から連絡するまでエリスをこの部屋へ近寄らせないようにしてくれ。ヴァンダービルト公爵も別の部屋へ移動されますか?」
エヴァンズ公爵の言葉に僕は首を左右に振る。
「いえ。僕も残ります。お話をお聞きして、彼らに会ってみたくなっていたので」
「なんですって」
目を丸くするエヴァンズ公爵に僕は微笑んだ。
「僕、性格があまり良くないんですよ」
エヴァンズ公爵は一瞬ぽかんとした表情になった後、大声で笑い始めた。
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